新時代の競争政策:IT世界の寡占化課題に

大橋 弘 プログラムディレクター・ファカルティフェロー

アジアで最初の独占禁止法が我が国で施行されてから今年7月で70年を迎える。制定当初は法適用は困難を極めたが、規制緩和やグローバル化が日本経済の基調となると、課徴金の増額や運用の厳格化を通じて競争政策の執行力は大きく向上した。現在では120以上の国々で競争法が導入されており、国内外を問わず企業が活動するうえでの重要な法的基盤となっている。

日本の競争政策は(1)急激な人口減少(2)第4次産業革命の到来――という2つの動きに直面し、大きな転換点を迎えている。本稿では今後の競争政策のあるべき姿を2つの構造変化に即して考えたい。

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第1は未曾有の人口減少と高齢化の対応だ。国内市場が縮小に向かう中で過剰となる供給構造を適正化する動きがみられる。新日本製鉄と住友金属工業、JXホールディングスと東燃ゼネラル石油の経営統合が代表的な事例だ。

鉄鋼に関して直近10年間の財務データを分析すると、ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)でみた寡占度は世界的な減少傾向とは対照的に、わが国では高まっている(表参照)。今後の詳細な分析は不可欠だが、国内の業界再編は、急激な人口減少に直面するわが国に特有の現象であることが分かる。

表:寡占度(HHI)の変化
2006年 2015年 市場成長率
鉄鋼業 世界全体 173 120 24.7%
日本 1368 1738 -0.5%
IT産業 世界全体 415 827 400.0%
日本 716 1173 64.6%
(出所)Capital IQを基に作成。寡占度および市場規模は企業の総収益額に基づく。

業界再編には2つの相反する効果がある。企業数の減少により競争が制限される効果と、統合により生まれるシナジー(相乗)から効率が向上する効果だ。前者は消費者の利益を損なうものの後者はメリットをもたらすことから、いずれの効果が相対的に強く表れると見込むかが、公正取引委員会による合併可否の判断に大きな影響を与える。

なお合併前の市場シェアの多寡は、合併の是非の判断を決定づける情報として十分でないことが知られている。公取委は個別の案件に応じて定量的な経済分析を含む詳細な調査を実施してきた。

人口減少下で需要家の交渉力が概して弱く、域外からの競争圧力も見込みがたい地域であれば、そこでの企業合併を巡っては、競争制限の懸念が効率性向上を上回るとされても不思議はない。実際に公取委がここ数年審査した小売業の合併では、競争制限に伴う問題解消の措置として、店舗譲渡などを求めてきた。

他方で競争制限効果が強く働けば、需要家がその地域から離れる可能性がある点にも留意が必要だ。近隣地域からの競争圧力が実質的になくても、需要家が移転先で同様の財・サービスを購入できれば、需要家の視点から画定される市場は一地域を越えたより広範な範囲となり、競争制限効果は限定的なものになる。

国内業界の再編が遅々として進まない中で、人口減少が急激に進めば地域に必要なサービスが行き届かなくなる恐れもある。競争当局は需要家の利益にかなう産業競争力強化のあり方を、他府省と連携して検討することも必要だ。

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競争政策が直面する2つ目の課題はデジタル経済を巡る寡占化の進行だ。IT(情報技術)産業では目覚ましい市場拡大とともに、寡占度も高まっている(表参照)。オープンで自由な環境の代表であるインターネットの世界での寡占度上昇に、欧米などの競争当局も関心を寄せている。

ITとコンピューターの発達により人工知能(AI)が実用化の段階に入り、大きな生産性の向上が実現可能になっていることが背景にある。 B to C(消費者向けサービス)分野では、検索エンジンと連動して広告収入を得るというビジネスモデルがいち早く確立した。検索エンジン利用を無料とすることで、消費者から検索ワードの情報を得るだけでなく、それをメールアカウントや動画からの情報とひも付けすることで、精度の高いユーザー情報の収益化を実現した。一方、消費者は自らの検索ワードや閲覧履歴を事業者に提供するのと引き換えに、自らの嗜好に合った広告や情報をタイムリーに受け取れるようになった。

多様な消費者についてより多面的な情報を収集すれば、個々の消費者へのサービスを一層カスタマイズできる。カスタマイズされたサービスを消費者が好んで利用すると、さらにデータが蓄積される。データの集積と利用の間に相乗効果が働くとき、その関係はネットワーク効果を持つという。ネットワーク効果が働くときには、データを集積できる勝者とそうでない敗者の間で明暗がはっきり分かれることから、市場は寡占化する。

欧米の競争当局も近年、データ集積と寡占化について注目している。昨年にはドイツの連邦カルテル庁とフランスの競争当局が連名でリポートを発信し、米連邦取引委員会もビッグデータをテーマとする文書を発表している。欧米での議論では競争政策上の懸念として、既存事業者のデータ囲い込みにより、新規参入者の新たなサービス提供機会が奪われる可能性が指摘されている。こうしたデータの囲い込みは新たなイノベーション(技術革新)の芽を摘み、産業活性化を妨げかねない。

AI技術がB to B(企業向けサービス)にも急速に浸透するようになり、ものづくりの世界でもデータ集積に対する競争政策上の懸念が生じている。これまでデータ化されることのなかった工場の稼働状況や研究開発の現場に、センサーなどの技術を持ち込むことで、わが国のものづくりの最先端技術をビッグデータにより「見える化」できるようになってきている。

ものづくりの現場をさらに効率化できるという点では望ましいが、ものづくりの現場が容易に模倣されかねないとの懸念も生じている。研究開発や生産工程のノウハウが定量的に解析されると、コンピューター上で容易に再現が可能となり、他国でも同様の技術が複製される。そう考えると、第4次産業革命の推進は、わが国のものづくりの優位性を一気に損なう危険と背中合わせであることが分かる。 つまりB to Cと同様にB to Bでの企業競争でも、データを無視することができない時代になっているのだ。

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これらの議論は、競争政策の対象は財やサービスという伝統的な枠組みを越えて、今やデータでの競争環境も考えるべきときが来ていることを示唆している。国民・消費者がB to Cで、自らのデータがどのように事業者間で共有・活用されているかを事実上把握できない懸念を踏まえれば、財やサービスと同様に、データに関しても所有や利用のあり方を明確にすべきだ。

なお、企業が保有するパーソナル情報を個人に還元して管理を促す仕組みとして、個人が自らのデータを管理する「パーソナル・データ・ストア(PDS)」という考え方が生まれつつある。この概念をB to Bの世界にも拡張しつつ、データ所有・利用権を確立していくための議論を政府全体で始めるべきだろう。

わが国の産業競争力を強化していくうえでも、安心・安全にデータが流通・活用される環境の整備が急務だ。特定の事業者が不当にデータを囲い込んだり、不公正な方法により競争をゆがめたりする事態に対して、競争当局が調査・摘発できる体制と専門性を確立する必要がある。 こうした競争的な基盤が備わって初めて、昨年12月に施行された官民データ活用推進基本法や今年5月に全面施行される改正個人情報保護法の下でのデータ流通・利活用が真の国民生活の利便性向上につながると考えられる。

2017年3月22日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2017年4月12日掲載

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