再生エネ買い取り制度の課題
価格設定、「費用対効果」基に

大橋 弘
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

東京電力福島第1原発事故以来、再生可能エネルギーに熱い期待が寄せられている。震災前に策定された現行のエネルギー基本計画では、再生エネの電源構成比を2010年度実績の10.2%から、30年に約20%まで増やすとの目標を掲げている。現在進んでいる基本計画の見直しでは、さらなる再生エネの導入加速が議論されているようだ。

地球温暖化問題への対応だけでなく、エネルギー安全保障や電源分散化の観点からもこうした動きにおおむね異論はないだろう。しかし再生エネは既存電源と比べてなお発電コストが高いため、普及拡大を目指すにはある程度の政策的な後押しが不可欠だ。その政策の切り札が、7月1日から導入が予定されている固定価格買い取り制度である。

この制度は、既に住宅用太陽光発電に対して導入されている買い取り制度の対象範囲を、風力やバイオマス(生物資源)など他の再生エネに拡張するとともに、それらのエネルギー源の発電量全量を一定期間、固定価格で買い取ることを電力事業者に義務付けるものである。買い取りに要する費用は賦課金(サーチャージ)という形で電気料金に上乗せされるので、一般家庭を含む電力需要家が原則負担することになる。

買い取り価格・期間などの条件については関係大臣の意見を聴取したうえで、先月国会で同意された調達価格等算定委員会の意見を尊重して、経済産業相が告示する。どのような買い取り条件が示されるのか、国内外の事業者が固唾をのんで見守っている。

買い取り制度はドイツやスペインでも導入されており、再生エネの導入促進に極めて有効であることが明らかになっている。一方で、国民負担や産業育成を巡って深刻な問題も提起されている。

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本稿ではこうした背景を踏まえつつ、固定価格買い取り制度の詳細設計を考えるうえで重要なポイントを経済学の観点から3つ指摘したい。

第1は、買い取り価格の計算方法である。昨年の国会での議論を経て、買い取り価格の計算方法は再生エネ発電事業者の適正な利潤に配慮しつつ決めるべきだとされた。つまり、再生エネ発電の典型的なモデルを想定し、そのモデルを設置・稼働させる際の原価と適正利潤をカバーするように買い取り価格を決める。

興味深いのは、この計算方法の背景にある考え方が、震災後に東電に対し指摘された、人件費や燃料費など事業にかかる電力会社の費用を積み上げて算出する「総括原価方式」の発想に似ている点である。同方式では費用を確実に回収できるように電気料金が設定されるため、一般電気事業者にとって事業効率化の誘因に欠けるという問題点がある。同様の問題が再生エネ発電事業者でも起きないように、買い取り価格の適正性を確保するための制度的な工夫が必要であろう。

具体的には再生エネ発電事業者に対しては、毎年事業収支報告を義務付け、それに基づいて買い取り価格を改定するプロセスを設けることは検討に値する。原価や事業報酬の適正性の確保は、再生エネ発電事業者のコスト削減や事業効率化への誘因を維持するうえでも大切である。技術革新の目覚ましい再生エネの分野で、行政によるチェック体制を確立することが急務だ。

そもそも買い取り価格設定の目的は再生エネ導入の促進であることを考えれば、適正利潤を基にするのではなく、特定の目標導入量を達成するために必要な買い取り価格を設定する方が目的合理的なはずだ。買い取り価格について複数のシナリオを示したうえで、各シナリオで予想される再生エネ導入量と費用負担を明らかにすることが、買い取り価格の決定プロセスを透明化するうえで重要であろう。

買い取り価格と再生エネの導入量、費用負担の対応関係が示されることで、買い取り価格の妥当性を巡る国民的な議論が促され、また政策的にも費用対効果の観点からの経済性評価が可能になる。

また、石油石炭税の収入額を一部充てることで、賦課金による電気料金の上昇を抑える検討もされている。環境価値の向上という名目で、増大する買い取り費用を電気料金に上乗せし続けることには限界がある。買い取り制度を地球温暖化に対する国の取り組みの一環と位置づけ、電気需要家だけでなく国民全体で支える仕組みに近づけることが理想の姿と思われる。

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第2は、競争メカニズムの活用である。買い取り価格は高ければ高いほど、そして買い取り期間は長ければ長いほど、再生エネの普及が促されることは自明だ。政策的に工夫されるべきは、国民負担を抑えつつ、再生エネが効率的に導入される買い取り条件をどう設定するかだ。

効率的に再生エネを導入するには、種別や規模などの買い取り区分にかかわらず、原則として買い取り条件を一律にすることが望ましい。その際に重要となる要素は、(1)買い取り価格に応じて導入量がどれだけ変化するか(弾力性)(2)導入量の増加に伴って、将来発電単価がどれだけ低下するか(量産効果)――の2つだ。実務的には、足元の導入量に応じて機動的かつ柔軟に買い取り価格を設定できる仕組みとすべきであろう。

買い取り対象を規模や設備形態などに応じて細かく区分する考え方もありうる。しかし、設備認定や買い取り費用の計算を煩雑にするほど、実務現場におけるトラブルや混乱が懸念され、結果として買い取り制度に対する国民の信頼が損なわれかねない。買い取り制度の設計は簡素・簡便を旨とすべきである。

第3は、産業育成に関する点である。買い取り制度の費用対効果を考えるうえで、同制度による再生エネ関連市場の拡大を通じて、わが国の産業の活性化を目指すという政策的視点が重要だ。ドイツのように制度導入の結果、中国製パネルが大量流入して国内太陽電池メーカーが相次いで経営破綻するような事態となれば、国内産業の育成や雇用維持の観点から買い取り制度の意義を半減させかねない。かといって、買い取り対象から海外メーカーを外すような制度は、今のグローバル化の流れの中で時代錯誤との批判を免れないだろう。

買い取り制度を起爆剤としてわが国の産業活性化につなげるには、国内産業を「守る」のではなく、その強みを「伸ばす」視点が不可欠である。そうした視点からの1つの案として、再生エネ設備の中でも高い波及効果を持つ基幹技術について、設備認定により戦略的に優遇するような基準づくりを考えることはできないだろうか。

例えば、わが国が強みを持つ系統安定化に資する技術や電池が併設された設備を優遇することは、電気自動車や家電など他産業への技術的な波及効果を期待できるばかりでなく、災害の際の非常時電源の活用としても有効である。そもそもこうした基幹技術を併設すること自体が、太陽光や風力発電の系統への大量導入を容易にすることを考えれば、前述のような設備認定のあり方は買い取り制度の趣旨に照らしても十分に正当性を持つように思われる。

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固定価格買い取り制度はわが国の再生エネ関連の市場環境を一変させるだけの潜在力を持つ制度である。7月以降、私たちは10年以上の長きにわたりこの制度と付き合っていかねばならない。海外での失敗事例をしっかり学び、同制度がわが国の新エネルギー・省エネルギー推進の基盤を形成することを通じて、低迷するわが国経済の立て直しの一助となるよう、冷静かつ慎重な制度設計を望みたい。

2012年4月17日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2012年4月25日掲載

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