ユーロの試練 必然だったバブル崩壊

小川 英治
ファカルティフェロー

ギリシャでは昨年10月の政権交代をきっかけとして、財政統計処理の不備が指摘され、財政赤字の規模が上方修正された。ギリシャの財政に対する信認が失墜し、これが発端となって、ギリシャ財政危機に発展するとともに、他のPIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)への財政危機の波及予想が高まり、ユーロが暴落した。

欧州に決済通貨としてユーロが導入された1999年以降の為替レート(図参照)を見ると、米国のIT(情報技術)バブル崩壊後の2001年以降、ユーロ相場は上昇傾向にあった。とりわけ、世界金融危機前夜の05年9月より一層のユーロ高が進んだ。その理由は、米連邦準備理事会(FRB)がサブプライムローン問題のために金融緩和に転じた一方で、欧州中央銀行(ECB)は08年9月15日にリーマン・ショックが起こるまでインフレ抑制にこだわり、金融緩和に転じるのが遅れたことである。

ユーロの為替レート

低金利のドルを調達し、そのドルを売って高金利のユーロに替えて投資する「ドルキャリー取引」が拡大した。大量の資金流入はユーロ高を招き、さらに資金流入を加速させた。欧州金融機関がサブプライムローンを担保とした証券化商品を抱え、米国発の金融危機の影響を直接に受けていたにもかかわらず、ユーロが増価し続けていたことはファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)から乖離したバブルそのものであった。そのユーロ・バブルが崩壊する調整局面を迎えることは当然のことであった。

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ユーロ・バブルは2度にわたって崩壊した。まずはリーマン・ショックが起こる1カ月ほど前からのユーロ暴落である。欧州金融機関がどれほどのサブプライムローンを担保とした証券化商品を保有しているかがわからないため、取引相手の抱える「カウンターパーティリスク」が高まったことに原因がある。それによって、欧州金融機関はドル流動性を確保できず、ユーロがドルに対して暴落した。その後、FRBからECBへの通貨スワップ取り決めを通じたドル流動性供給と、ECBから民間金融機関へのドル流動性供給によってユーロ暴落が止まった。

09年10月にギリシャの財政危機が起こると、再びユーロが暴落した。ギリシャの国内総生産(GDP)はユーロ圏16カ国全体の2.7%にすぎない。その小国の財政危機がユーロを暴落させたのは、ギリシャの財政危機そのものよりも、他のPIIGS諸国への財政危機波及が懸念されたからである。PIIGSのGDPはユーロ圏全体の35%に達する。さらに露呈した問題は、国内の納税者を気にするドイツと、国内銀行の抱えるギリシャ国債下落リスクが最大のフランスなどの間で、財政主権が統合されていないことに起因するユーロ圏諸国の足並みの乱れであった。

そもそもギリシャにはユーロを導入する時点から財政問題が存在していた。ユーロ導入には、欧州連合(EU)創設を定めたマーストリヒト条約に基づき、経済収斂条件((1)インフレ率(2)為替相場(3)長期金利(4)財政赤字(5)政府債務)を満たす必要がある。とりわけ、財政赤字はGDP比で3%以内に、政府債務はGDP比で60%以内に収まっていなければならない。しかし、ギリシャはユーロ導入前年の2000年において財政赤字が3.7%、政府債務が114%と、最初から条件を満たしていなかった。その後もギリシャの財政赤字が3%を下回ったのは、2.9%の06年のみであった。

世界金融危機とその後の世界同時不況の影響を受けて、ユーロ圏は08年から09年にかけて財政赤字を増大させた。ユーロ圏16カ国全体で、08年の財政赤字(GDP比)2%から09年には6.3%へ3倍強に増大した。国別ではギリシャの13.5%と並んで、アイルランドの14.3%、スペインの11.2%、ポルトガルの9.4%と高くなった。このように、ギリシャの財政赤字だけが突出しているわけではない。こうした状況は財政危機が他のPIIGSへの波及する可能性を示している。

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財政危機は以下のルートで波及すると考えられる。第1に、財政赤字の大きいこれらの国がギリシャと同様に財政危機に陥り、国債価格が暴落すると投機家が予想して国債の空売り投機に走り、実際に国債価格が暴落する。これは自己実現的投機と呼ばれるものである。

第2に、ギリシャ国債の価格が暴落すると、投資家のポートフォリオに占める他の国債シェアが相対的に高くなるため、投資家は他の国債を売却して調整し、売却対象となった国債価格が暴落する。

第3に、ギリシャ国債が債務不履行となった場合、国債を保有する欧州金融機関の貸借対照表が悪化するため、ソブリンリスク(政府債務の信認危機)の高い国債を売却しなければならなくなる。

第4に、ギリシャ国債の返済繰り延べや一部減免など債務リストラが行われると、さらに金融機関が損失に直面する。一層、リスクの高い国債売却の必要性が高まる。

ギリシャの財政危機を他に波及させないためには、まず、ギリシャの財政危機そのものを終息させることである。それと同時に、前述した財政危機波及ルートを考慮に入れて、財政危機波及を止める措置が必要である。前者は、ユーロ圏諸国と国際通貨基金(IMF)によるギリシャへの金融支援プログラム(総額1100億ユーロ)である。コンディショナリー(救済融資の条件)は、財政赤字に起因する従来型の国際収支危機に対するものと同様に、財政再建とともに、国際競争力の回復と金融安定化のためのセーフガードの確立である。ただし、従来のIMFコンディショナリティーと異なり、ECBに金融引き締め政策を要求していない。

ギリシャに対する金融支援と同時に、ユーロ圏の財政危機波及の対応策として最大5000億ユーロの基金「欧州安定化メカニズム」が創設されることとなった。IMFによる最大2500億ユーロの資金支援も加わり、総額で最大7500億ユーロとなる。この「欧州安定化メカニズム」は、リスボン条約(EU基本条約の修正条約)の規定に基づいて、自然災害と同等の「制御できない例外的な事態」に直面した場合に備えることを目的としている。同メカニズムにもIMFのコンディショナリティーが課されるとともに、EUが当該国の財政状況に対するサーベイランス(調査監視)を実施する。

このような財政危機波及の対応策が提示されても、PIIGSの財政再建が進まなければ、危機は他のユーロ圏諸国に波及することになるだろう。一方、ギリシャの財政再建が進まない場合は、ギリシャ財政が債務超過となり、金融支援を続けても追貸しにすぎないことを意味する。その場合は金融支援よりも債務リストラによって負担軽減せざるをえなくなる。しかし、ギリシャの債務リストラが他のユーロ圏諸国でも行われることが懸念され、ユーロが不安定になる可能性がある。

金融支援によって財政危機の波及が免れたとしても、今後、ユーロ安定化のために、EU諸国は財政の協調を図るとともに、財政規律の確立とモラルハザードの防止が必要となる。前述の債務リストラは、長期的には、貸し手としての金融機関のモラルハザードの防止にも役立つ。

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最後に、ドイツ政府が5月に導入した国債の空売り禁止は、期待するところとは異なり、ユーロのさらなる減価を引き起こした。ドイツ政府が他のユーロ圏諸国と協調せず、単独で資本規制を課そうとしたため、ユーロ圏諸国の足並みの乱れがさらに際立ってしまった。

国債空売り規制は前述した財政危機の波及ルートの1つを摘み取ることを目指したものであるが、他の波及ルートが残る限り、その効果を過大には期待できない。むしろ、財政主権が統一されていないことによる足並みの乱れが投機を呼び込んでいることを再認識すれば、EU諸国間における資本規制導入の協調・調和が必要である。

2010年6月14日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2010年6月23日掲載

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