金融危機とアジア 常設監視機関で通貨協調を

小川 英治
ファカルティフェロー

朝日アジアフェローの第6回フォーラムが1月29日開かれ、榊原英資・早稲田大教授、小林慶一郎・経済産業研究所上席研究員の報告をもとに、世界金融危機の影響を論議した。私は、危機が教えたアジアの課題を考えたい。

金融危機の震源地の米国経済は、経常収支赤字に表れているように、十分な国内貯蓄がない。そのため、サブプライムローン問題につながる住宅投資ブームは、外国から資金が流入され続けなければならなかった。経常収支黒字国の余剰資金に頼ることになる。東アジアの金融機関が被ったサブプライムローン関連の証券化商品の損失がそれほど大きくないことから明らかなように、東アジアの資金は主として米国国債に向けられた。むしろ、欧州金融機関が大きな損失を被った。

ここに、原油産出諸国の経常収支黒字を米国の住宅投資へ金融仲介した欧州金融機関の姿が浮き上がる。さらに、サブプライムローン関連の証券化商品を保有していると思われる欧州金融機関を中心に、金融機関間の金融取引の相手方が経営破綻を起こすのではないかというカウンターパート・リスクが高まった。

欧州のユーロ圏16カ国は、域内の経済取引はユーロで決済される一方、域外との経済取引は依然としてドルで決済される。そんななか、カウンターパート・リスクの高まった欧州金融機関のドル調達が困難となり、ドルの流動性不足に陥った。そのため、金融危機の震源地となった米国の通貨ドルが暴落することなく、むしろユーロやポンドなど欧州通貨が暴落した。

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今回の危機で明らかになったのはドル暴落よりむしろ、金融危機に直面した国の金融機関のカウンターパート・リスクが高まると、ドル資金を調達できず、ドルの流動性不足(超過需要)によってその通貨が暴落したことである。

危機からの回復の道筋はまだ不透明な段階だが、既に1つの教訓を得た。域内で基軸通貨ドルから既に脱却しているユーロでさえも、域外との取引がドルで決済されるため、いったん金融危機が起こると通貨は暴落するのである。域外のみならず、域内でも基軸通貨ドルに依存している東アジア経済が、経常収支黒字をサブプライムローン関連の証券化商品にもっと積極的に運用して、欧州と同様に金融危機に陥っていたならば、円を含めた東アジア通貨の暴落はユーロの暴落どころではなかっただろう。想像すると背筋が凍る思いだ。

世界金融危機のあおりで、それ以前に大量の資金流入によって割高に推移していた一部の東アジア通貨が減価している。典型的なのは、韓国ウォンである。一方、アジア通貨の中で比較的に割安だった円や人民元は世界金融危機をきっかけに増価している。

韓国ウォンの暴落を止めるためにドル資金を必要とする韓国政府は、東南アジア諸国連合(ASEAN)+日中韓が2000年に合意した地域通貨協力であるチェンマイイニシアチブ(CMI)の通貨スワップ協定を利用しなかった。むしろ米連邦準備銀行に駆け込み、新たに通貨スワップ協定を締結し、実際にドル資金を借り入れた。このように、既存のCMIの通貨スワップ協定が利用されなかった理由は、「国際通貨基金(IMF)リンク」の条件が存在するからである。これは韓国政府がIMFから金融支援を受けて初めて、通貨スワップ協定が発動されるというもので、総額の8割の発動についてはこのIMFリンクが制約となっている。一方、日中韓首脳会議で増額した通貨スワップ協定は円の短期流動性を供給するのであるが、IMFリンクの条件は適用されない。

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東アジアで実効的な地域通貨協調を可能とするためには、CMIのIMFリンクを縮小するなり、撤廃することが必要である。そして、IMFリンクを撤廃するとなると、自分たちの判断で通貨スワップ協定を発動することを意思決定する体制を構築し、日常的に各国経済が通貨危機に陥ったのかどうかをウオッチする体制を築く必要がある。また、通貨危機防止のための実効的なサーベイランス(監視)も同時に日常的に実施することが望まれる。これらを可能とするためには、年1、2回の会合だけでなく、常設の機関を設立することが必要である。これをアジア開発銀行の中に設置するのか、あるいは、ASEAN+3財務相会議の下に設立するのか、議論があるだろう。いずれにせよ、常設の機関を持ったCMI体制に発展させることが望まれる。

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2009年2月16日「朝日新聞」に掲載

2009年2月20日掲載

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