社会保障予算どう管理するか 年金過剰給付の是正 急げ

西沢 和彦
日本総合研究所調査部主席研究員

中田 大悟
リサーチアソシエイト

日本の年金財政は極めて深刻な問題を抱えている。にもかかわらず「100年安心」がうたわれた2004年の年金改正以降、そうした問題は糊塗(こと)され続けている。

厚生労働省は5年に1度、人口動態と経済変数に一定の前提を置き、年金財政の今後100年間の姿を描き出す。これは財政検証といい、いわば年金財政の定期健診だ。直近は14年に実施され、健康体であるとの判断が下された。

ただしその判断は物価上昇率1.2%、賃金上昇率2.5%など実態とかい離した日本経済の先行きに関する前提を置くことで、年金給付を抑制する「マクロ経済スライド」が順調に機能するという仮定の上に成り立っている。

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マクロ経済スライドは、高齢化の進行下でも年金財政の持続可能性を図るため、04年改正で導入された。

もともと年金は前年の賃金上昇率に応じ、年金額を改定する仕組みをとってきた。例えば前年の賃金が2%上がれば、年金も2%上げる。これを賃金スライドという。04年改正では賃金スライドをいったん棚上げし、前年の賃金上昇率から1〜2%程度(スライド調整率)を差し引いた年金額改定にとどめることで給付抑制を図ることとした。

スライド調整率は、年金財政の支え手である労働力人口のその時々の減少率を踏まえて決定される。棚上げ期間は、給付が十分抑えられ、財政検証から100年たった時点でも積立金が枯渇せずに一定程度残るめどが立つまでだ。

ただし前年の名目年金額は維持するとの縛り(名目下限措置)が設けられた。賃金上昇率、スライド調整率がそれぞれ0%、1%の場合、年金額は1%減額されるのではなく、名目下限措置により据え置かれる。例外措置のはずが、実際には賃金が伸びず、恒常化し今日に至っている。マクロ経済スライドが実際に機能したのは、消費増税の影響で一時的な物価上昇が起きた14年の翌15年の1回だけだ。

その結果、年金給付水準は04年改正時の想定に反し過剰給付になっている。04年改正時、年金給付水準を表す代表的指標である所得代替率(年金額を賃金で割った比率)は当時の59.3%から、14年には54%まで低下すると想定されていた。だが実際には2割弱高い62.7%に上昇した。2割弱とは9兆円規模に相当する。それは過剰給付であり、将来世代の給付原資となるべき積立金の取り崩しや赤字国債で賄われている。

国の一般会計における社会保障関係費約33兆円(18年度予算)のうち、年金は11.8兆円に及ぶ。仮にマクロ経済スライドが確実に機能していれば、その分社会保障関係費は抑えられていた。

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では実態に近い経済前提によれば、今後の年金財政の姿はどう描かれるのだろうか。筆者らは厚生労働省が公開する14年財政検証プログラムを基に、より現実的と考えられる経済前提の下で試算した。

物価上昇率、賃金上昇率は13〜17年の平均をとり、いずれも0.44%とした。この期間は12年12月にスタートした第2次安倍政権および景気拡大期と重なる。なお物価上昇率は14年の消費税率引き上げの影響を除いている。運用利回りについては年ごとのブレが大きいことから、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の通期運用利回り(01〜16年)の2.89%とした。

この試算によれば懸念すべき2つの事態が生じる。一つは加速度的な積立金の取り崩しだ。厚労省の14年財政検証では、14年の183.3兆円から75年に672兆円となるまで積立金残高を積み増し、それ以降2110年に給付の1年分になるまで残高を減らしていく想定になっている。

しかし筆者らの試算では、積立金は足元から2051年に枯渇するまでほぼ一貫して取り崩されていく。取り崩し額は年々大きくなり、30年の0.7兆円から40年に6.5兆円、50年に10.5兆円となる。積立金の資産構成の4分の1は国内株式なので、それだけ株式市場に常に売り圧力がかかることになる。

もう一つは52年には非連続的な年金給付の調整に追い込まれることだ。14年財政検証では、所得代替率は年平均0.4ポイントずつ低下し43年に50.6%まで下がるが、それ以降は維持されるとしている。04年改正で国民に約束した50%が確保される形だ。

だが筆者らの試算で用いた賃金上昇率0.44%では、名目下限措置が障壁となる。1〜2%のスライド調整率をすべて差し引くことができず、所得代替率の低下は年平均0.2ポイントと緩慢なものにとどまる。給付水準が十分に下がらないため、51年に積立金が枯渇し、52年以降は保険料収入の範囲での給付となる。その結果、所得代替率は51年の54.2%から52年の36.1%へと一挙に落ち込む(図参照)。

図:年金の所得代替率
図:年金の所得代替率
(出所)筆者試算

一方、名目下限措置を廃止するとどうなるだろうか。同じ経済前提の下で試算したところ、48年まで積立金が積み上がり続け、所得代替率は44年に46.8%まで低下した以降はこの水準で維持できる。

19年に予定される次の財政検証を踏まえ、名目下限措置廃止に取り組む必要がある。楽観的な経済前提で100年安心を演出するのでなく、経済が下振れしても一定の年金給付が維持される将来像を示すことこそ、制度の信頼につながると肝に銘じるべきだ。

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そのうえで年金制度が抱える諸課題への対応が必要だ。第1にかねて検討が急がれる非正規雇用者の厚生年金適用拡大だ。国民年金の就業別加入者数で最大のウエートを占めるのが非正規雇用者とみられる。国民年金加入者は基礎年金のみの受給であるうえ、さらにマクロ経済スライドの対象となることを考えると、2階部分を持つ厚生年金への適用拡大は喫緊の課題だ。

第2に働き方の多様化への対応だ。今後、複数の仕事から収入を得るマルチワーク、副業、プラットフォーム上でビジネスを展開する労働者、およびシェアリングエコノミーの下で働く非典型的労働者などの増加が見込まれる。さらには健康面で個人差の大きい高齢労働者の増加は、雇用形態の一段の柔軟化を促すと予想される。こうした労働者をいかに公平かつ効率的に社会保険制度に取り込んでいくかは、現代的な課題といえる。

「骨太方針2018」でも「勤労者皆社会保険制度」が打ち出されており、具体化に向けた今後の取り組みが極めて注目される。正攻法は年金制度の一元化だが、改革のフィージビリティー(実行可能性)を重視し、現行制度下で適用拡大を先行させる方法もあり得るだろう。経済界との合意形成が必要だ。

第3に年金の受給開始年齢をより柔軟に選択できるように期限を定めないオープンエンド化だ。一般に高齢者の金融リテラシー(知識)は加齢とともに低下することを踏まえると、可能ならば積極的に繰り下げ受給を選択し、後期高齢期に手厚い年金給付を受けた方が好ましい。労働所得の有無や多寡に応じ、一時的な年金給付停止や縮小といった選択肢があってもよい。加えて公的年金の給付抑制を補完するため、私的年金および企業年金の拡充も不可欠だ。

マクロ経済スライドの名目下限措置を廃止しフルに機能させつつ、中高齢者の自助や共助を適切に引き出せれば、未曽有の高齢化を乗り越える道筋は残されている。建設的な議論を急ぐ必要がある。

2018年8月17日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2018年8月31日掲載

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