財政規律の立て直しが不可欠

中林 美恵子
RIETI研究員

「双子の赤字」を抱えていた米国は、1990年代を通し財政赤字の解消に成功したが、その過程は決して単純なものではなかった。様々な試行錯誤を重ね予算編成システムを変革してきたことが実った結果である。しかし、2001年9月の同時テロ以降、歳出が拡大し急速に財政は悪化している。財政再建には強い財政規律が求められるが、現在の政治バランスのなかでは、むしろ逆に力が働いている。ただ、米国は改革の土壌を備えているので、長期的には財政再建は可能と考える。

2002年度は再び財政赤字へ

財政赤字と経常収支赤字との「双子の赤字」を抱えていた米国は、1998年度の財政均衡を達成した。ベトナム戦争で財政赤字が膨張した70年以降、米国は財政規律回復を目指し、予算編成プロセスの改革を含めて様々な試行錯誤を重ねてきた。この財政再建への継続的な努力が実を結んだ結果である。しかし、2001年9月11日の同時テロによる影響や景気低迷により財政は急速に悪化し、2002年度(2002年9月末が会計年度末)には再び赤字に陥ってしまった。

米財務省が発表した2002年10月24日の最終報告によると、同年度は1585億ドルの赤字であった。歳出は金額で1480億ドル増加し、前年度比7.9%のプラスとなる一方、歳入が昨年に引き続き減少し、前年度比6.9%のマイナスとなったためである。歳出増加の主な要因は(1)テロ以降、国内の安全確保や復興作業に関する歳出が続いた(2)景気低迷により失業保険手当て(景気対策としての手当て支給期間延長の影響も含む)の増加(3)年金支給額の増加(4)医療技術の高度化による医療関係費の増加――などである。歳入減少の主な要因は、高額所得者・企業の減収による税収不足や株式市場低迷によるキャピタルゲインの減少などである。

ただし政府の財政収支の中期見通しによると、このまま赤字が累積していくものではない。議会予算局(CBO)による2002年8月時点の財政見通しは、表1のとおりである。経済動向も含めた見通しは好転し、年金基金の黒字も考慮に入れた米国全体としての財政バランスは、赤字が徐々に減少する結果、2006年度には黒字を回復する予想となっている。ただしこの見通しは、議会、大統領府が現在の政策を維持し、法律改正が行われなかった場合が前提である。ところで10月24日に財務省が発表した2002年度赤字額(マイナス1485億ドル)は、CBOの8月時点での予想に近い結果であった。

CBO財政見通し

明確な立法権限と権限の分散が機能

米国の財政再建に関する米国独自のシステム、制度について述べてみたい。まずシステム面での特徴は、予算編成過程で最も大きな影響力を持つのが、議会である立法府という点である。米国と日本との大きな違いは、米国の立法府は権限が強く独立していることである。日本では行政と立法の区分が不明確なため、実態は二権分立状態にあるが、米国では明確に三権が分立している。立法府は専ら立法を司り、行政府は法律で定められたことを着実に執行することに努め、予算法を作成する権限は与えられていない。たとえ大統領でも行政府には、本会議に法案を上程する権限がないため、大統領の予算教書は議会に対するリクエストにすぎず、それを受け取った議会が予算案を作成する。

米国では、予算審議の過程から複数の組織がけん制しあい、役割分担しながら議論を戦わせる仕組みになっている。予算編成に関わる主な組織は、上院・下院両院の予算委員会、歳出委員会、歳入委員会、議会予算局、予算権限を与える各委員会などである。予算委員会は裁量的経費と義務的経費を包括し、国全体の予算編成の方向性を示す。つまり、経済成長見通しも含めた長期の歳入・歳出バランスを踏まえて予算の枠組みや制度を決める役割を担う。国家経営、財政政策という国の基本的な理念に関わる問題を議論するため、共和党と民主党が激しく対立する場でもある。歳入委員会は税制に関する法案政策を担う。歳出委員会は、13の小委員会に分かれ全予算の3分の1にあたる裁量的経費を中心に法案を作成する。外交、軍事等の各委員会が作成した予算権限法を考慮しつつ、予算委員会が決めた枠組みの中で具体的な予算の配分を決め、13の歳出法を作成する。原則では予算権限がなければ歳出委員会での歳出は起こらず、反対に、予算権限が決定されても歳出委員会が歳出法として立法せねば実際の歳出は起こらない仕組みとなっている。

以上のように、日本では財務省というひとつの組織が予算編成の中心的役割を負うのに対し、米国では権限が分散されており、相互のチェック機能が働くことになる。

変革を重ねてきた予算編成過程

米国の予算編成に関わる制度改革の歴史を振り返ると、米国には自らシステムをより良いものへ変えていく力が備わっていることが分かる。現在の予算編成システムの基盤となったのが74年に制定された議会予算法である。大統領直属の行政予算管理局(OMB)は、以前から行政府のなかで大統領の予算を作成する中心的な存在だったが、一方の議会は予算の正確な数字や知識を持っていなかった。また、以前は歳入委員会と歳出委員会のそれぞれが単独で法律を作っており、議会には国全体の財政バランスを考える仕組みが存在しなかった。この反省に立って、予算編成に必要となる組織と過程について検討した結果、制定されたのがこの予算法である。同法で予算委員会を設立したことによって、義務的経費である国民の年金や健康保険、税収までを包括して、議員自らが国政の全体像を検討する組織が確立された。議員自らが責任をもって財政規律を考える仕組みができたことは、米国が財政再建を目指すために大きな役割を果たすこととなった。同時に、議会付属の機関として予算の数字的な裏付け(コスト推計)を計算する議会予算局が設置された。議会予算局はエコノミストを中心とした約250人のスタッフからなる専門家集団であり、政策の立案や立法権限はないものの、米国経済の成長見通し、財政収支の見通しを行う。議員が提出する法案の予想される必要経費も算出して政策決定を助けているのである。

それでも経済が低迷し赤字が続くなかで、80年には議会の改善策として財政調整法が成立した。財政調整法の枠組みが予算決議に組み込まれることにより、予算編成過程で政策全体の整合性を考えながら税制改正などを議論することが可能となった。財政調整法に組み込まれた法律改正は、単独の法案として扱う場合に比べ本会議での速やかな審議が可能となるよう、議論の時間制限や予算に関係ない修正案に対する制限などの規制がかけられる。これは予算が成立しなければ国民の生活に重大な悪影響を及ぼすことに配慮したものである。

さらに、85年、87年に悪名高き財政収支均衡法が加わり、全体の収支バランスの最終的な目標を数値で定め、未達成ならば一律歳出カットという厳しい状況を作った。数字で強固に目標を定めた結果、経済状態の変化に対応できない非現実的なものとなってしまった。

その対策として、90年に財政執行法が制定された。この主な特徴は、ペイアズユーゴー(PAYGO:Pay-as-you-go)ルールと裁量的経費に上限をつけたことである。ペイアズユーゴーとは、義務的経費の歳出を伴う法案や修正案を提案する場合には、議員はその財源を別の歳出削減か、増税でみつけなければならないというものである。提出される政策案が財政面で中立になるようにするルールである。これによって、財政規律が高まり財政均衡への道のりが短くなったと予算の専門家から高く評価され、93年、97年の2度にわたり法律の期限が延長されてきた。しかし、2002年9月末に期限切れとなった。歳出拡大の抑制となり財政規律に貢献してきたルールがなくなったことは、米国の財政再建が今後どのように進むのかの重要なポイントとなる。

財政再建には政治がカギ

米国予算の構成をみると(図)、最も大きなウェートを占めるのは、年金、保険、医療等の義務的経費であり、直近の2002年度でみても5割を超えている。将来の推計では、これらの義務的経費が大変な勢いで伸びていき、他の予算を圧迫するとみられている。特に20年から30年後には高齢者向けの予算が肥大化し、現在のGDP(国内総生産)の7%程度なのが、16~17%にまで達すると見込まれている。この額は現在の予算総額にほぼ匹敵する規模であり、財政にとっての最大の懸念である。表2のとおり、必然的に累積赤字が増加していくことも予想されている。歳出肥大化が予想されるなかで、この歳出抑制に貢献してきたルールが既に打ち切られたことは、米国の財政規律にとって憂うべき問題である。

予算の主な構成 (1970~2012年度)
累積赤字

財政規律が保たれ、今後の財政再建実現の正否には、政治的な勢力バランスが強く関わっていくものと予想される。90年代初めから財政均衡は政治の重要課題となり、民主党は増税を、共和党は歳出削減を訴えて論戦を展開してきた。2002年11月の中間選挙では共和党が勝利し、大統領も含め上院、下院のすべてを共和党が制する構図となった。大統領と議会の勢力が対峙することにより、相互のけん制作用が機能していたものが、今後は共和党がすべてを制していくこととなる。共和党のなかでも中道であり減税のいきすぎを抑制してきたドメニチ予算委員長が今議会で委員会を代わり、後任のニクルス委員長が減税推進派であるという事実は重要である。さらに次期議会では、減税法の制定を容易にする法案の提出も議論されている。これらを含めた政治的理由からも財政規律は現在緩んでいると指摘せざるを得ない。表1のCBOの見通しも襲来マイナス方向へ修正される状況になるかも知れない。

今後財政規律の建て直しは可能であろうか。現在の政治バランスから判断すれば、短期的には難しいと考えられる。しかし、米国は現在まで幾度も変革を経験してきた。米国のシステムには状況の悪化に直面した場合、変革を議論するという土壌が備わっているため、長期的には財政再建に再び向かうことになると予想する。

本稿は日本経済研究センターでの講演(2002年12月)をまとめたものです。

2003年02月15日 『日本経済研究センター会報』に掲載

2003年2月15日掲載

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