インダストリー4.0に対して日本企業はどう対応するか?

元橋 一之 ファカルティフェロー

インダストリー4.0とは何か?

「インダストリー4.0」は、インターネットによってモノがつながるIoT(Internet of things)社会において、ドイツが、同国の「ハイテク戦略2020」を実現するための構想として打ち出した国家的イニシアティブである。直訳すると「産業革命4.0」ということで、18世紀末の蒸気機関による「産業革命1.0」、20世紀初頭の電力インフラの普及による「産業革命2.0」、20世紀後半のITによる生産自動化が進んだ「産業革命3.0」の次に来る新たなイノベーションの波を象徴している。多様な製品に対する機能要求に対して、サプライチェーン全体を通した効率的な生産供給システムを構築することで、製造業の競争力向上、少子化による労働力不足へ対応することを目的としている。

インダストリー4.0の根幹をなすコンセプトはCPS(Cyber physical System:サイバーフィジカルシステム)で、サイバー上の情報と物理的なモノが融合化し、生産システムの全体的な最適化が図られる。例えば、個々の消費者のニーズ(デザインや機能)を持つ自動車を大量生産方式で効率的に製造することが可能になる。そのためには多様な製品に対して柔軟に工場内の生産設備が対応し(スマート工場)、生産情報がサプライヤーとも共有されて必要な部品が必要なタイミングで納入される。トヨタ生産方式(カンバン方式)は、サプライヤーが顧客のジャストインタイムで部品を納入する要求に対応する必要があるが、サプライヤーにおける生産システムも含めたバリューチェーン全体の最適化を想定している点が異なる。

このようなシステムが実現されるためには、受注や生産状況によって工場のオペレーションをトップダウンで管理することに加えて、部品や製品の1つ1つに情報を持たせ、工場における生産設備と双方向で通信しながら、自律的に組みあがっていくというボトムアップのプロセスも必要となる。この点が、個々の工場のマスプロダクションの効率化にITを使う「産業革命3.0」とは大きく異なる。ロットサイズ1の大量生産を実現するマスカスタマイゼーションをサプライチェーン全体で最適化しようという考え方である。

実際には、部品メーカーやセットメーカーなど個々の企業は、生産システムやプロセスにおいて競争領域として囲い込みたい領域を有している。これらの標準化やオープン化がどの程度進むのか不透明なところがある。しかし、ドイツにおいては産官学が連携して、インダストリー4.0を実現するためのロードマップを策定し、要素技術の開発や標準化活動などが始まっている。特に工場間や企業間でデータをやり取りするためのシステムの標準化が重要である。生産プロセスに関係する情報システムとしては、サプライチェーンシステムも含んだ経営情報を管理するためのERP(Enterprise Resource Planning)、生産現場における部品や生産工程を管理するMES(Manufacturing Execution System)、個々の生産設備を稼働させるためのPLC(Program Logic Controller)などが存在する。また、製品設計を効率化して生産システムとの連携を行うためには、CAD/CAM/CAEを統合したPLM(Product Lifecycle Management)が重要となる。インダストリー4.0の運営委員会においては、ワーキンググループを設置してこれらのシステムの標準化に向けた検討が進んでいる。

IoTに閲する米国主事のイニシアティブ:IIC

日本におけるインダストリー4.0対応について検討する前に、米国におけるIIC(Industrial Internet Consortium)についてもフォローしておきたい。インダストリー4.0はドイツの産官学がいわば国を挙げて推進している活動であることに対して、IICは米国における産業界が中心になって進めている企業聞コンソーシアムである。創設メンバーの中でも中心的な役割にいるのはGEであり、同社は航空機エンジン、鉄道、医療機器などの事業領域において、ビッグデータを活用した顧客サービス向上のためのビジネスを展開している。例えば航空機の飛行データを解析することで、航空会社に対して効率的な飛行計画の提案が可能となる。このサービスによってアルタリア航空は年間1500万ドルの燃料コストの削減ができたとのことである。GEは、これらの産業機械にかかるデータ収集や解析システムをパッケージ化して他社へ供給するビジネスモデルを描いている。そのためのプラットフォームを形成するためにIBM、インテル、シスコ、AT&Tなどの情報通信関連企業とともに立ちあげた組織である。

日本企業も含めた200社以上が参加しており、メーカー+ITベンチャー+チップメーカーといった垂直的な連携を推進する母体となっている。具体的な活動としては、参加企業(主にITベンダー)からテストベット(試験用プラットフォーム)の提案を受け、コンソーシアム内で具体的な相互接続試験を行うなど、その先のビジネスにつなげるためのステップを提供している。ちなみに、日本企業としては富士通が、同社の島根工場における取組などをベースにした「IoTによる工場の見える化」に関するテストベットがコンソーシアムから承認を受けている。工場内の機械設備におけるセンサー情報から生産プロセスをリアルタイムで把握することで、工場全体の生産効率向上を実現するためのシステムである。

インダストリー4.0とIICの違いについて図1を用いて説明したい。インダストリー4.0はサプライチェーン全体としてマスカスタマイゼーションと生産効率向上を実現するために、システムの標準化や多様な製品に対応する柔軟な生産プロセス(スマート工場)の研究開発を進めている。図1でいうと企業間を水平的につなぐ活動となり、対象となる産業としては、自動車などの組み立て型消費財が念頭にある。

図1:インダストリー4.0とIIC(Industrial Internet Consortium)
図1:インダストリー4.0とIIC(Industrial Internet Consortium)

一方、IICは製品別の企業の垂直連携を進めるものである。IoTが現実のシステムとして実装されるためには、通信事業者、ITベンダー、ユーザー企業などの連携が必要になる。IICはそれぞれのレイヤーにおける標準化を進めるのではなく、テストベット(試験用プラットフォーム)やユースケース(実証事例)を通じて垂直的な連携が進み、IoTの社会実装を進めることを目的としている。IICを主導するGEは、ジェットエンジン、ガスタービン、鉄道、医療機器などの産業機械に強みを持ち、これらの設備のアフターマーケットにおけるメンテナンスの効率化や異常予知サービスに力を入れている。また、この社内システムをソリューションプラットフォーム(名称:Predix)として外部提供し、ITベンダーやユーザー企業は、Predix上で個別のシステム要求に応じたアプリケーション開発が可能となる。IICによってIoTの社会実装が進めば、機器メンテナンスソリューションのプラットフォームであるPredixの価値が高まるというロジックが背後にある。

インダストリー4.0時代のモノづくりと日本企業の対応

このようにインダストリー4.0やIICなどの動きによって、水平的、垂直的な企業関連携が進み、モノづくりのあり方についても大きな変革期をむかえていることは間違いない。工場内の生産プロセスは、企業ごと、場合によっては同じ企業内でも工場ごとに異なるシステムによって運営されている。しかし、IICにおいてはITベンダーが構築したテストベットを用いたスマート工場の実証試験が可能となり、相互接続性のあるシステム導入が業界内で進めば、データの企業関連携が進むことが予想される。インダストリー4.0は、工場内システムのレベルにおいて、標準化によるサプライチェーン全体のデータ連携を一気に進めることを目指している。このようなモノづくりのネットワーク化が欧米を中心として動く中で日本企業としても大きな流れに乗らざるを得ないというのが現状である。ネットワーク間の競争は、基本的にメンバーの数によってその優劣が決まる。日本版インダストリー4.0とか日本版IICという御旗を立てて、世界的潮流に対抗していくという考え方は現実的ではない。一方で、自分の会社は、独自の優れた生産技術があるので、このような標準化に関する動きは無関係である、という考えも適当ではない。世界のメーカーやITベンダーが作り上げようとしているイノベーションのエコシステム(生態系)に対して、単騎で戦いを挑んでいくことはやはり非現実的である。それでは、日本企業としてはどのような対応が求められるのであろうか?

モノづくりのバリューチェーンは大きく「開発」、「生産」、「アフターサービス」の3つに分類できる。インダストリー4.0やIICなどの動きはそれぞれのプロセスに大きな影響を与える。企業としては、これらのプロセスの中でどこに自社として価値を求めるか、つまり標準化が進んで非競争領域(個々の企業の競争優位を発揮できない分野)が広がる中で、企業として確保すべき競争領域をどこに求めるかという戦略を明確にすることがまず必要となる。日本企業のモノづくりは、「開発」、「生産」、「アフターサービス」のすべてにおいてクローズドな方式をとっており、サプライチェーンも企業系列ごとに形成される傾向がある。つまり、競争領域(クローズ)と非競争領域(オープン)の切り分けが不十分で、企業ごとの価値創造モデルに関する戦略が明確ではない。あえていうと全方位戦略ということになる。

日本企業の全方位戦略の失敗事例は、半導体や民生用電気機器の分野に見られる。半導体においては、開発・設計の特化するファブレスと生産を担当するファンドリーという水平分業モデルに対して、日本のIDM(Integrated Device Manufacturer)という垂直統合モデルが敗退した。民生用電気製品においては、大量生産でコストダウンを実現する生産に特化したEMS(Electronics Manufacturing Service)という専門事業者が立ち上がっている。半導体や民生用電気機器の分野では、開発・設計パートのIT化が特に進み、生産現場である工場とのデータのやり取りが可能になった。また、製品アーキテクチャのモジュール化が進んで、製品ごとに作りこみを行うのではなく、共通の部品をくみ上げることで多様な製品を生み出していく設計思想が浸透した。その結果、垂直統合モデルに見られる製品の独自性に対して、汎用部品の大量生産によるスケールメリットが優位性を持つようになったのである。

モジュール化が進むエレクトロニクス製品と比べて、自動車については個々の部品を組み合わせて、質の高い製品を作り上げる統合(インテグレーション)能力が重要となる。従って、現状においては個々の自動車メーカーが自社製品の設計思想を完全に握っており、半導体や民生用電気機器で起きた水平分業の動きは見られない。しかし、個々の企業においては、複数の車種について車体プラットフォームの共通化や共通部品の活用を進めるなど、社内での製品アーキテクチャのモジュール化を進めている。また、部品メーカーにおいてはシステムサプライヤーとして、自動車メーカーに対する技術的優位性を確保しようとする動きもみられる。Industry4.0構想の下、工場における生産システムにおける標準化が進んでいるが、これまで各自動車メーカーのサプライチェーンにおいて共有されていた設計や生産に関するデータが系列をまたいで共有されるようになると、セットメーカーと部品メーカーの間で水平分業が始まる可能性がある。

Industry4.0で描かれているCPS(Cyber Physical System)で実現する生産システムの将来像は、必要なタイミングで必要な部品が供給される自律的なサプライチェーンを前提としたものである。自動車産業のサプライチェーンがどの程度この理想的な姿に近づいていくのか現時点では何とも言えない状況であるが、水平分業に向けた動きが大きな潮流となる中で、全方位戦略の優位性は低下することは間違いない。自社にとっての競争領域を特定し、経営資源をその分野に集中しないと国際競争に勝ち残れない可能性が高い。

競争領域を特定するためには、ビジネスにおけるエコシステム(生態系)の中で、自社の立ち位置を明確にすることが必要となる。サプライチェーン全体において生産プロセスが柔軟化した世界においては、顧客企業やサプライヤー企業としての関係や業界における他社との競合関係がダイナミックに変化する。また、競合他社と組むことで特定製品や技術分野におけるプラットフォームを形成する協業と競争を組み合わせた企業間関係(Co-petition)を活用することも重要になる。このようなビジネスにおけるエコシステム(生態系)の中で、利益モデルを確保するためには、システム全体が維持されるために必要不可欠となる生物種(キーストーン)としてのポジショニングを行っていくことが重要だ。図2はこのキーストーン戦略を模式的に示したものである。

図2:エコシステムにおけるキーストーン戦略
図2:エコシステムにおけるキーストーン戦略

複雑に絡み合い、かつそれがダイナミックに変化するビジネス取引の関係(ビジネスにおけるエコシステム)の中で、利益モデルを確保するための普遍的な法則は顧客価値を創造することである。モノづくりのIT化が進むことによって、新たな顧客ニーズの出現や消滅はビッグデータの解析によってより正確な把握が可能となる。従って、モノづくりの「開発」、「生産」、「アフターサービス」の流れの中では、「アフターサービス」から得られるデータから顧客の価値を把握し、それを的確でかつ迅速に「開発」と「生産」につなげていくことが重要となる。もちろん、これらの流れは1社で実現されるものではなく、図2に示したとおりエコシステムにおけるキーストーン戦略としては、大きくビジネスイノベーターと技術プラットフォーマーに分類できる。顧客とのインタラクションから得られるデータ解析による顧客ニーズに対応したソリューションを提供する立ち位置と、そのソリューションを提供するために必要不可欠となる技術プラットフォームを提供する立ち位置となる。前者についてはモノづくりにおける「アフターサービス」を、後者については「開発」や「生産技術」を競争領域として経営戦略を集中的に投下する戦略となる。

ちなみにGEは「アフターサービス」に力を入れるビジネスイノベーターとしてのキーストーンの立場を強化するために米国西海岸に1000億円以上を投資してソフトウェア開発センターを設立した。個別製品や部品・材料に強みをもつ日本の製造企業は、どちらかというと技術プラットフォーマー戦略との親和性が高い。もちろん既存の顧客ベースを活用したビジネスイノベーター戦略も可能であるが、その場合はグローバルに大きなマーケットシェアを有することが前提となる。いずれにしても全方位戦略を捨てて、ビジネスエコシステムにおける戦略を明確化していくことが、肝要である。

「CIAJ JOURNAL」2月号(一般社団法人 情報通信ネットワーク産業協会)に掲載

2016年2月22日掲載

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