生産性をめぐる今日的課題 生産性から見た日本経済の展望と課題

森川 正之
副所長

国際機関の見通しによれば、2019年の日本の実質経済成長率は1%前後であり、潜在成長率すなわち現在の日本経済の実力に近い数字である。平成時代に入った30年前、4%前後だった日本の潜在成長率は、「失われた20年」を経て約4分の1に低下した。潜在成長率低下の最大の要因は、生産性(TFP)上昇率の鈍化である。

第二次安倍政権発足後の6年間の潜在成長率の推移を見ると、年率0.2%ポイント程度上昇して約1%になっている。しかし、ここ数年の潜在成長率の上昇は、労働投入、資本投入というインプットの増加に依存したものである。意外にもアベノミクス開始以降のTFP上昇率は漸減傾向を辿っており、足元のTFP上昇率は年率0.5%以下にまで低下している。

インプット増加の中でも、子育て期の女性、60歳以上の高齢層の就労率の高まりが顕著で、歴史的に例を見ないペースで上昇している。第二次安倍政権発足時に68%だった25~44歳女性の就労率は77%まで上昇した。

一方、60~69歳の就労率は49%から58%へと大きく上昇し、就業者数は約70万人増加した。注目されるのは70歳以上であり、この年代の就業者数は約160万人増加し、就労率も約4%ポイント高まった。

就労率の急速な上昇の背景には、景気回復の持続に伴う労働需要の増加があるが、女性・高齢層の就労に対する意識の変化、就労促進を目的とした様々な労働市場政策の効果もあるだろう。アベノミクスはインプット増加による潜在成長率の押し上げという意味では相応の成果を挙げてきたと言える。

もう一つ労働投入増加に寄与しているのが外国人である。2012~17年の5年間、外国人雇用者数は約60万人増加した。昨年末の臨時国会では外国人労働者の受け入れ拡大が最大の争点となった。その背景は、人手不足が一段と深刻化する中、女性・高齢者というマージンでの労働投入増加が限界に近づいてきたことがある。新しい在留資格の創設等により、今後も外国人労働者の増加は一定の成長寄与をするだろう。

ただし、インプットの増加による潜在成長率の押し上げには限界があり、TFPが上昇しない限りいずれ頭打ちになる。就労率が100%を超えることはありえないので、女性や高齢者の就労拡大は必ずどこかで天井に突き当たる。外国人の場合には論理的にはそうした制約はないが、生産性したがって所得水準が高くなければ日本に来るメリットは乏しいので、別の国に行くようになるだろう。

深刻な労働力不足に対応するため、小売業におけるセルフレジの導入など省力化投資が活発になっている。こうした労働の資本への代替は、労働者一人一時間当たりの生産性を高めるが、必ずしもTFPを上昇させるわけではない。TFPが停滞したままであれば投資収益率が低下していくので、資本投入の増加も限界に直面する。

生産性向上を目指して「成長戦略」が毎年策定されてきたにも関わらず、TFP上昇率が低下してきたのは何故なのだろうか。規制改革、貿易・投資自由化など生産性向上に寄与する政策はこれまでずっと講じられてきており、一定の効果を持ってきたと考えるのが自然である。そしてこれらの政策による資源配分の効率性改善は、効果が出尽くすと剥落する。その場合、新しい成長政策が過去の政策を上回るインパクトを持たない限り、生産性上昇率はそれまでの趨勢に比べて鈍化してしまうのである。

前述した女性・高齢者の就労率の急上昇は、労働投入量の面から潜在成長率を高める方向に働くが、既存の労働者と比べてスキルが低い可能性が高い。そうだとすれば、平均的な労働力の質の低下を通じて、計測される生産性を引き下げる効果を持つ。また、中小企業の生産性の底上げを意図した支援政策や、衰退地域の企業への助成は、国民の支持を得やすいが、国全体の生産性にはマイナスに働く可能性がある。過剰なコンプライアンスなど生産性を低下させる要因も増えている。昨年末に刊行した拙著『生産性 誤解と真実』では、生産性向上に有効な政策、効果の乏しい政策、有害な政策を包括的に整理しているので、ご参照いただきたい。

政府は第四次産業革命を「生産性革命」の柱に据えるとともに、「人づくり革命」を強調している。世界各国の歴史的経験から見て、生産性向上の二つのエンジンはイノベーションと人的資本の向上であり、政策の焦点は理にかなっている。ただし、革新的なイノベーションが効果を発揮するためには、物的・制度的なインフラ整備などの補完的な投資が必要であり、生産性向上に結び付くまでには時間を要する。また、人的資本投資のうち量的効果が大きい就学前教育や初中等教育が労働力の質を高めるのは10年以上先になる。つまり、数年のうちに目に見える形で生産性を高める効果が顕在化することを期待するのは無理がある。

2019年は、生産性向上という中長期の政策課題よりも、景気の下振れなど短期的な経済問題への関心が高まる可能性がある。英国のEU離脱、米中貿易摩擦の行方など、世界経済の不確実性が増大しており、下振れリスクの源泉となっている。平成元年に導入された消費税は、10%に引き上げられる予定である。様々な需要平準化政策が採られる見込みだが、個人消費に対して一定の影響はあるだろう。しかし、供給サイドの政策が効果を現すまでに時間を要することを考慮すると、生産性向上のための取り組みを強化していく必要がある。

2019年1月15日 生産性新聞に掲載

2019年1月22日掲載

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