生産性改革 今後の方向性を読む

森川 正之 理事・副所長

日本経済は完全雇用下の低成長という状態にあり、極端な外生的ショックがない限り、2017年もこうした状況が続く可能性が高い。昨年の日本経済を振り返ると、失業率は約3%と1995年以来の低水準、有効求人倍率は約1.4倍とバブル経済末期の1991年以来の高水準である。こうした中、サービス産業を中心に慢性的な雇用不足状態が続いている。一方、実質経済成長率は、アベノミクスが目標として掲げている2%には遠い状況にある。

年々の経済成長率は景気循環に伴って大きく振幅してきたが、過去10年間を均して見ると、潜在成長率と現実の成長率はいずれも0.5%前後である。「景気が悪い」としばしば言われるが、数字を見る限り日本経済は実力相応の成長をしてきたことになる。

完全雇用下での低成長に対応するための経済政策は、教科書的に言えば総需要の追加ではなく、潜在成長率という日本経済の実力自体を引き上げることである。潜在成長率を目に見える形で引き上げるのは容易なことではないが、日本経済の7割以上を占めるサービス産業の生産性向上が、その成否のカギを握ると考えるのは自然なことである。こうした中、サービス産業の生産性を引き上げるための政策として、様々な試行錯誤が行われてきている。2017年もこうした取り組みが続くだろう。

昨年は、英国の国民投票におけるEU離脱派の勝利、米国大統領選挙におけるトランプ候補の勝利など、反グローバリゼーションの波の強まりを象徴する大きなサプライズがあった。これらのイベントに際して、世界的に政治・経済の先行き不透明感が高まったことも記憶に新しい。国政選挙や党派対立に伴う「政策の不確実性」は、企業の投資や家計の消費といった前向きの意思決定を躊躇させ、実体経済に対してマイナスの影響を持つことが明らかにされており、政治問題にとどまらない波及効果がある。

日本では、2012年末に安倍政権が誕生する前、6年間にわたって首相がほぼ1年毎に交代するという異常な事態が続き、しかもそのうち多くの期間は、野党が参議院の過半数を占めるねじれ国会だった。しかし、安倍政権は5年目を迎え、ねじれ国会も解消して4年目に入っている。現在、日本の政治は主要国の中で最も安定しているとも言える。

アベノミクスの経済政策については毀誉褒貶があり、特に「第三の矢」の成長戦略は力不足であるという指摘がしばしば行われてきた。たしかに痛みを伴う構造改革を避けてきた印象は否めないが、仮に政治の安定がなかったならば、日本経済の成長率はもっと低かった可能性が高く、政治の安定自体が隠れた成長政策として機能してきたとも言える。今後、この政治的資産を、短期的には痛みを伴うものを含めて、骨太な政策や制度改革に結び付けていくことが期待される。

昨年11月、トランプ(次期)米国大統領は、TPP協定からの離脱を表明した。TPP協定は、アベノミクスの成長戦略の柱の1つでもあり、その先行きが不透明になったことは大変残念なことである。しかし、成長政策はTPP協定だけではない。経済成長に寄与する様々な政策の定量的な効果を比較すると、TPP協定の経済効果に比べて、例えばイノベーションや労働力の質の向上の効果の方がはるかに大きい。サービス産業を含めてイノベーションを活発化し、同時に、労働力の質の向上とその効果的な活用ができるならば、TPP協定の不発効による逸失利益を補って余りある。

サービス産業は、ハードな研究開発投資が少なく、売上高比率で製造業の5分の1程度にとどまる。しかし、イノベーション実施企業の割合は、製造業企業と大きく違わない。つまり、サービス産業では、狭義の研究開発活動とは異なるソフトなイノベーション・メカニズムの重要性が高い。また、産業を問わずイノベーションを行った企業の生産性は行わなかった企業に比べて高いが、製造業に比べてサービス産業の方がその差が顕著で、サービス・イノベーションの潜在的な生産性効果が大きいことを示唆している。

サービス産業は製造業よりもIT集約度が高い。つまり、ITの利用度が低いわけではないが、まだ事業に十分活用できていない可能性がある。サービス産業の多くは「生産と消費の同時性」、したがって、作り置きして在庫することができないという性質を持つため、需要変動が生産性に大きく影響する。このため、ITを需要平準化、稼働率向上に生かすことが、サービス分野の生産性を高める1つのポイントになる。最近注目されているウーバー社、エアビーアンドビー社といったシェアリング・サービス企業は、これを巧みに行って成長している例と言える。

最近は、人工知能(AI)・ビッグデータ・ロボットといった「第四次産業革命」への関心が高い。人口減少の下、中長期的に労働力不足が深刻化すると見込まれる日本経済、とりわけ多くのサービス産業にとって、AIやロボットの開発・普及が生産性向上と労働力不足解消の切り札となる可能性がある。特に、医療・介護サービス、流通・物流サービスといった就業者数の多い分野への応用拡大が期待される。

1990年代半ば以降のIT革命により、米国経済の生産性上昇率が加速したが、その大きな部分はコンピューター製造業などのIT生産産業よりも、サービス産業に属する流通業、運輸業、金融業といったIT利用産業で生じたことが明らかにされている。IT革命と同様、第四次産業革命においても「AI利用産業」が、新技術をどのような形で事業に活用できるかが、サービス産業の生産性、ひいてはマクロ的な潜在成長率を高める上でのカギになるだろう。

他方、技術革新は、労働者間での格差拡大をもたらす可能性もある。AIが現在存在する仕事の多くを失わせるとの試算も行われている。これまでのITは、ミドルクラスの仕事に代替する一方、ITで代替されにくい高度な知的職種及び肉体労働型の低スキル職種の就業者を増加させるという「仕事の二極化」をもたらした要因の1つとされている。二極化のもう1つの有力な要因は経済のグローバル化で、最近の反グローバリゼーションの背景である。

筆者が行った分析によると、AI・ロボットは大学院卒業者に代表される高スキルの労働力と補完的で、低スキル労働とは代替的なことが示唆された。すなわち、第四次産業革命は、成長効果を持つと同時に経済格差を拡大する可能性があり、グローバル化への対応と同様、分配面にも目配りして、経済成長と格差是正の両立を図っていくことが課題になるだろう。

ただし、事後的な所得再分配政策の拡大は、資源配分を歪め、経済成長に対してマイナスの効果を持つという「成長と分配のトレードオフ」に直面する可能性が高い。AI革命にうまく対応するためには、国民全体のスキル水準を高めると同時に、スキル格差を縮小していくような教育政策が必要だ。

高度成長期に確立された「生産性三原則」の1つは、生産性向上の「成果の公正な分配」だった。いつの時代でも、新しい技術を現場に普及し、生産性向上に結び付けていく上で、労働者のスキルを高め、また、そのモチベーションを維持し続けることは不可欠である。第四次産業革命の時代を見据えつつ、労使が協力し、生産性上昇の果実の公正な分配を含めて、働き方全体のイノベーションを図っていくことを期待したい。

2017年1月5日 生産性新聞に掲載

2017年1月6日掲載

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