再考 成長戦略
サービス業 生産性向上を

森川 正之
理事・副所長

消費増税後の景気鈍化にもかかわらず、失業率は2000年代以降の最低水準にある。潜在成長率の引き上げが日本経済の重要課題であることは明らかである。景気対策は所与の潜在成長率のもとで需要を拡大し、需給ギャップを埋めるのが役割であり、中長期の成長力を高めるのは難しい。完全雇用下で成長の天井を引き上げるには、供給力を高める政策が必要になる。

労働力人口が減るなかで、潜在成長率を高めるカギは生産性の向上が握る。既に先進国ではサービス産業の生産性がマクロ経済全体の成果を規定するようになっている。国際分業体制の研究が進み、国際競争力に対する国内のサービスの質や効率性の貢献が大きいこともわかってきた。日本経済はものづくりに依拠した貿易立国との観念が根強いが、サービス産業は経済の7割以上を占めており、成長戦略でも主要な役割を担う。

多くの成長戦略のメニューが提示されるなかで実効性のある政策を策定するには、それぞれの定量的な経済効果の大きさを意識する必要がある。その点、サービス産業の生産性向上のマクロ経済への影響は大きく、環太平洋経済連携協定(TPP)や女性の就労拡大、法人減税をはるかにしのぐ潜在的な効果がある。

国際比較データからみて、日本のサービス産業の生産性は低いから引き上げる必要があるという立論は必ずしも正確ではない。それでも底上げや新陳代謝を通じて産業全体の生産性を引き上げる余地が大きいことは確かである。

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サービス産業は製造業に比べて良質なデータが限られていることもあって実証的なエビデンス(証拠)の蓄積が乏しいが、筆者は企業や事業所のミクロデータを用いてサービス産業の生産性の実態解明を試みてきた。そこから導かれた含意は、(1)都市集積(2)需要平準化(3)企業統治(4)新陳代謝--の重要性である。いずれも製造業とは異なる「生産と消費の同時性」という固有の特性が背後にある。

生産と消費が同時である結果、市場の地理的な範囲が限定され、世界市場を対象とする製造業に比べて人口や経済活動の地理的な分布がサービス産業の生産性を強く規定する。もともとサービス産業が都市型産業という性格を持つことはよく知られているが、実際、市区町村の人口密度と対個人サービス業や小売業の生産性の関係を計測すると、サービス産業は人口集積の経済効果が製造業に比べてずっと大きい(図参照)。

図:人口密度と事業所の全要素生産性(TFP)
(立地する市区町村の人口密度が2倍になるとTFPがどれだけ高まるか)
図:人口密度と事業所の全要素生産性(TFP)
(注)筆者著「サービス産業の生産性分析」(日本評論社)掲載の表から作成

最近、地方創生の文脈で東京一極集中の是正が課題となっているが、総人口が減るなかでは、いかに人口集積を維持するかという「選択と集中」の視点が欠かせない。経済活動の密度が希薄化していく場合、集積の経済性の弱まりを通じて経済成長を押し下げる要因となるからである。

この点、コンパクトシティー形成は大きな潜在的効果を持つ。制度的には土地利用規制や不動産税制がサービス産業の生産性に影響する。また、新たなインフラ整備や老朽化インフラの改修に当たっても、人口集積の維持という視点からのプロジェクト選別が不可欠である。

最近の地方分散論では、出生率の回復が重要な政策目的の1つになっている。しかし政策割り当ての基本原則に立つと、集積の経済性を通じた効率性向上と出生率の引き上げという異なる政策目標に対しては、異なる政策手段を割り当てることが望ましい。

具体的には、人口移動を阻害する要因を除去しつつ、集積地での保育や教育サービスの支援をすることが適切なポリシーミックス(政策の組み合わせ)となる。すなわち出生率の回復という目標に対しては、人口の分散という間接的手段ではなく、保育所の整備、公教育の充実といった出生率に直接効く公共政策を割り当てるのが基本である。

サービスは、場所とともに時間的にも生産と消費が同時である。IT(情報技術)の活用などによって需要の変動をならすことができれば、それだけ生産効率が高くなる。例えばホテルの客室稼働率、タクシーの実車率がこれら業種の代表的な経営指標となっているのはその証左である。

半面、在庫をバッファー(緩衝材)として生産を平準化できる製造業とは異なり、小売業、飲食・宿泊業をはじめサービス産業は非正規雇用の比率が高い傾向がある。筆者の分析によれば、需要変動が大きい事業所ほど、非正規雇用比率を上げることで生産性が改善する。逆に言えば、需要変動に対する雇用調整のスピードは正規労働者に比べて非正規労働者のほうが速い。つまり、生産性向上と雇用の安定の間には、トレードオフ(二律背反)がある。

需要変動の解消が不可能な以上、非正規雇用を望ましくない雇用形態として制限するのではなく、その存在を認めたうえでスキル(技能)向上を支援するポリシーミックスを採らざるを得ない。非正規労働者に対する教育・訓練による付加価値向上は1つの有効な方策だと考えられる。

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サービス産業では、生産性の高い企業と低い企業の格差が大きい。生産性の分散が大きいということは、どういう特性を待ったサービス企業の生産性が高いのかを解明することで、非効率企業の底上げを図る余地が出てくる。

企業の生産性を高めるメカニズムとして、市場競争を通じた外部的な規律と、企業統治を通じた内部的な規律とが存在する。

製造業企業は厳しい国際競争圧力にさらされており、それが経営の効率性を改善する強い誘因として働いている。もちろんサービス産業でも企業間の競争が存在するが、国際競争を含めて地理的に離れた企業間の競争は相対的に弱い。実際、筆者が行った調査によれば、サービス産業では国際競争とは無関係と認識している企業の割合が製造業の2倍以上にのぼっている。

個別企業のデータを用いた研究は、生産性にとって「経営の質」が重要なことを指摘しており、政府の成長戦略に企業統治改革が盛り込まれていることは評価できる。最近の企業統治改革では、社外取締役や女性取締役の増加を促す動きが活発である。

ただし、欧米の企業統治改革は経営者の過大なリスクテークを防止することに主眼があったのに対して、日本企業の場合には、逆にリスクテークの過小が問題であり、リスクテークを促すような制度改革がおそらく望ましい。ストックオプション(株式購入権)をはじめとする業績連動型報酬はその一例である。

産業内での生産性格差が大きいことは、優れた企業の創業や市場シェア拡大、非効率な企業の退出といった新陳代謝や創造的破壊が産業全体の生産性向上に及ぼす効果が大きいことも意味している。

海外の先行研究で確認されている通り、サービス産業は参入・退出をはじめとする新陳代謝による産業全体の生産性向上への寄与度が製造業に比べて大きい。しかし、これまでのところ、日本のサービス産業では新陳代謝の生産性効果が必ずしも十分に発揮されていない。新陳代謝を促すため、これまでも創業支援をはじめとする様々な政策が講じられてきたが、労働市場でのマッチングの改善、外形標準課税や不動産保有税の適正化なども課題となる。

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以上のように、サービス産業の生産性は、経済社会の基本的な仕組みと密接不可分である。したがって、その生産性向上のための政策は、しばしば地域の均衡ある発展、雇用・経営の安定といった経済成長以外の社会的価値との間でのトレードオフを伴う。

痛みを伴うことなく成長率を高める魔法のつえはない。実効性のある成長戦略は、経済主体間の利害対立のなかでの選択が必要となる。

2015年1月22日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2015年2月4日掲載

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