企業統治、何が足りないか 「社外取」増業績改善に条件

宮島 英昭
ファカルティフェロー

齋藤 卓爾
慶應義塾大学准教授

取締役会改革は、コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)や機関投資家の行動指針であるスチュワードシップ・コードを柱とするアベノミクス下の企業統治改革の中心の一つであった。一連の改革を通じて、日本企業の取締役会改革はどこまで進んだのか、統治指針の導入によってどのような効果が表れているのか、残された問題は何かを検討してみたい。

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2015年6月に導入された企業統治指針は、社外取締役2人の選任を原則と定め、選任しない場合には理由の説明を求めた。この結果、会社法の要件に基づく社外取締役の数は、13年では1人以下の企業が東証1部上場の69%を占めたが、18年7月には2人以上を選任する企業が95%に達した。株価指数「JPX日経400」の構成企業では3人超に増加し、相対的に規模の小さい構成外企業でも選任が劇的に進んだ(表参照)。

表:企業統治指針の効果
(出所)東証資料、「役員四季報」、コーポレート・ガバナンス報告書などを基に筆者作成

では、この社外取締役の増員は経営成果につながったのか。改革が想定したのは、社外取締役が過少な企業群が存在し、指針の導入がこうした企業に選任を促し、経営政策を変化させて業績を向上させるというシナリオである。

しかし別のシナリオもある。日本企業は実はこれまで適切に社外取締役を選任していたが、指針の導入で不要な企業までもが選任を進めるというものだ。名目的に増加させるだけの可能性もある。いずれでも経営政策に影響を与えず、企業業績も変化しない。

この2つのシナリオの当否を検討するため、筆者は企業統治指針が実施されたのを利用して、社外取締役の増員が企業業績や企業行動に与える因果的影響の推計を試みた。それによれば社外取締役の増加が、平均的に見ると、総資産利益率(ROA)などの業績を改善しているという結果は得られず、一見後者のシナリオが妥当にみえる。

しかし企業の特性を考慮すると、第1に外国人持ち株比率が低く、資本市場の規律付けが弱い企業ほど、社外取締役の増員による業績改善効果が大きかった。例えば同比率が10%低くなると、社外取締役を2人増員した際のROAの改善効果は0.6%高い。

第2に、社外取締役の増員はファミリー企業で有効であるとの結果も得られた。取締役会メンバーの株式保有比率が10%高くなると、同じく2人増員した際のROAの改善効果は0.3%高かった。

第3に、規模別(売上高)では、中程度の規模で社外取締役増員の効果が最も明確であった。大規模な企業はすでに企業統治が整備されていたため増員の効果が小さく、逆に、規模の小さい企業では社外取締役の導入コストが大きい可能性を示唆している。

ただしアベノミクスの期待したリスクテイクの促進については、平均的にも企業の特性を考慮しても、社外取締役の増員が投資や研究開発(R&D)の支出を増加させるという効果は見られない。むしろ十分に有意とはいえないが、投資を圧縮する効果があったことを示唆しており、事業再組織化を促す方向に作用したとみることができる。

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企業統治改革は取締役会の組織整備の契機ともなった。企業統治指針の実施と並行して改正された会社法は、従来型の監査役会設置会社、米国型の指名委員会等設置会社に加えて、新たに監査等委員会設置会社の選択を可能とした。また指針の補充原則で、指名・報酬などの任意の委員会の設置を推奨した。

この制度改革の効果は大きく、表にある通り指名委員会の選択が停滞しているのに対して、24%の企業が監査等委員会を選択した。任意の委員会を設置する企業も著しく増加し、JPX400企業では50%を超えた。それ以外の企業群では監査等委員会が積極的に利用される半面、任意の委員会の設置が少ない。

今のところ監査等委員会への移行は、企業行動や業績には明示的な効果を与えていない。同委員会への移行が、企業統治の改善のためだけでなく、社外取締役の不足への対応として選択された面があることを示唆している。

他方、任意の委員会は実質的な効果を上げている。筆者の推計ではROAが5%変化すると、任意の報酬委員会を設置する企業では、ない企業よりも経営陣の報酬が9%変化していた。同委員会の設置が役員報酬に占める業績給の比率を高めている可能性を示す。また、指名委員会は経営者の交代の業績感応度を引き上げている。ROAが平均から5%低下した場合、同委員会のある企業の経営トップの交代確率は、ない企業に比べ1.3%上昇している。

任意の委員会の設置は経営者のインセンティブ(誘因)を改善し、取締役会自体の意思決定の質の向上を通じて企業行動や業績に影響を与える可能性がある。この点に接近した推計によれば、任意の委員会の設置による業績の改善効果は十分に明確ではないが、企業の財務政策に有意な影響を与えた。任意の委員会を設置した企業では設置前に比べて、自社株買いを含む株主還元が増加し、現預金保有が削減されたことが確認できる。

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企業統治改革によって、これまで漸進的であった社外取締役の選任は急速に進展した。2人の選任が標準となり、改革は形から実効化の段階へ入った。実効化の一つの方向は任意の委員会を設置することである。日産自動車が報酬委員会を設置していなかったことが、ゴーン元会長による不透明な報酬設定を許したことは記憶に新しい。

もっとも委員会を設置し、経営者の選任、後継者計画、経営成果の評価などを進めるとすれば、複数の委員会を2人程度の社外取締役で運営できるのかという問題が生じる。今後、組織整備が進めば、指針の規定する2人にこだわらない適切な人数の検討が企業に求められるだろう。

社外取締役の人選も重要である。現時点では多様性の不足は改善されていない。経済産業省のアンケート調査(18年1月時点)によれば、1人でも女性の取締役を選任する企業の割合は29%、外国人は5%にとどまる。グローバルな事業展開を目指す企業では改善が急務であろう。また、独立性の要件も検討課題となる。特に重要なのは、上場子会社で、親会社から派遣された役員を独立取締役とみてよいかという点である。

さらに社外取締役の不足のために兼任が増加し、期待された効果が低下するという問題も深刻である。先のアンケート調査は、他社の役員を兼任する社外取締役を選任している企業が41%を占め、増加傾向にあるという。米国を対象とした研究では、3社以上を兼任する社外取締役が過半数を占める企業では、収益性や経営者交代の業績感応度が低いとされる。社外取締役に経営経験を求める企業は多いが、そうした人材は希少である。経営経験者の確保と兼任回避の間の相反をどう解決するかも重要な課題となろう。

2019年1月21日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2019年2月22日掲載

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