広がる投資概念と企業戦略の方向性

宮川 努 ファカルティフェロー

経済成長実現の鍵は設備投資による資本蓄積

アベノミクスが始まって4年が経過した。どのような経済政策も満点を取ることは難しい。確かに、目標としたインフレ率は期限内に達成できなかったものの、多くの経済指標は2008年の世界金融危機前の水準に戻り、失業率や株価については、世界金融危機以前の水準を超えて改善している。すなわち、世界金融危機による大きな落ち込みを取り戻したという意味で、この4年間の経済政策は功を奏したといえよう。

しかし、「日本経済が世界金融危機前の状態にまで回復した」ということは、別の見方をすると「世界金融危機以来、日本経済は実質的に成長していない」ことを意味している。多くの人々は、消費の回復こそが、経済成長率を引き上げる鍵だと述べているが、これは景気回復と経済成長とを混同した考え方である。長期にわたる経済成長を実現するためには、設備投資による資本蓄積の方がより重要である。ただ残念ながら、設備投資も消費と同じく、この4年間の伸びは大きくなかった。資本が年々老朽化し、それを補うための更新投資が必要であることを考えれば、実質的に資本は増加していないといえる。

知識・アイデアなどの無形資産投資を軸に成長力を高める

当初、大胆な金融政策は、実質金利の低下をもたらし、設備投資を増加させるはずであった。円安や株高という追い風も吹いた。それにもかかわらず、なぜ設備投資は十分に増えなかったのだろうか。

これにはさまざまな要因があり、その1つとしては活性化の対象である投資の範囲が狭かったということが挙げられる。1990年代後半から起きたIT革命以降、企業や経済社会が発展するための主役は、建物や機械といった有形資産からソフトウエアや知識・アイデアといった無形資産へと移行している。そして、既存の設備と新たな概念の設備の有機的なつながりこそが、生産性を向上させる原動力となっている。残念ながら、現在のGDPで計上されている設備投資を見ているだけでは、こうした投資概念の変化をとらえきることはできない。

もっとも、これまでの無形資産投資を加えただけでは、日本経済が抱える問題の解決にはならない。今回新たに加えられた民間の知識資産投資も15兆円程度GDPを増加させているが、より広い範囲での無形資産投資を考えるとまだまだ不十分である。図表1では、無形資産投資と有形資産投資の国際比較を行っている。英米の無形資産投資額は有形資産投資額を上回っているのに対し、日本の無形資産投資額は有形資産投資額の半分程度でしかない。

図表1:無形資産投資/有形資産投資比率の国際比較
図表1:無形資産投資/有形資産投資比率の国際比較
出所:JIP DatabaseおよびINTAN - Invest Databaseより筆者推計

しかし逆に考えると、日本にとっては今後無形資産投資を軸に成長力を高めていく余地があることを示唆している。無形資産投資のなかで、研究開発投資は欧米諸国を上回る投資を示しているが、人材や組織改編のための投資は、バブル崩壊後減少を続けてきた。実はこの部分の投資が、近年の日本の無形資産投資の伸び悩みの原因であり、かつIT投資や研究開発投資を活かしきれない要因ともなっている。

「働き方改革」は資本蓄積のあり方も問い直す契機

近年の日本企業は、こうした人材投資や組織改編投資の不足部分をM&Aによって補おうとしてきた(図表2参照)。バブル崩壊後四半世紀にわたって人材投資や組織改編投資が減少を続けてきたことによって、企業組織内で人的資源の蓄積不足が生じてきた。これを短期間で回復させ収益力強化につなげるために、組織と人材をそのまま買い取ったり、業務提携を増加させたり深化させたりすることは、合理的な戦略だといえるだろう。しかし、この戦略を今後持続させていくとすれば、財務面や資本市場に精通した人材をより多く抱えることになり、それに伴う組織改編は避けられないだろう。

図表2:日本におけるM&A金額の推移
図表2:日本におけるM&A金額の推移
出所:月刊「マール」

その意味で「働き方改革」は、長期的な人材育成と企業組織のあり方を考える良い契機となるだろう。言い換えれば「働き方改革」が、労働時間や労働環境の問題にとどまる限りは、成長戦略にはつながらないだろう。

労働環境の改善につながり、かつ、企業活動が維持されるような投資とは何かということを問い直すことを通じて、「投資改革」の側面があわせて検討されることで、初めて今後の企業成長、さらには経済成長への道筋が見えてくるに違いない。新しい年が、人々の働き方だけでなく、資本蓄積のあり方を見直す第一歩となることを期待したい。

『月刊 経団連』2017年1月号に掲載

2017年2月6日掲載

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