新たな経済指標「新国富」
教育・健康・自然の価値重視

馬奈木 俊介 ファカルティフェロー

「レジリエント(強じん)なインフラを構築する」「健康的な生活を確保して福祉を促進する」「質の高い教育を提供して生涯学習の機会を促進する」「気候変動の影響を軽減するための対策を講じる」――。

これらは国連が2015年に採択した「持続可能な開発目標(SDGs)」の一部だ。国際社会が30年までに達成すべき共通の目標で、17の目標と169の具体策からなる。従来の目標が貧困撲滅など途上国支援が中心だったのを、人類の健康問題から資源保護まで網羅し、先進国も含めた内容にした。

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ただし、国や地域ごとにどのように個別の目標を決めて評価していくかや、個別の目標を包括した総合的な評価の方法については国連で同意を得られていない。そこで近年、SDGsの目標にも出てくるインフラ、健康、教育、自然といった異なる価値を、金銭単位に換算して総合的に評価する指標の研究が各所で進められている。

この総合評価指標の代表が「新国富指標」である。ノーベル経済学賞受賞者の故ケネス・アロー氏や、英ケンブリッジ大学のパーサ・ダスグプタ名誉教授といった現代経済学の偉人と評される面々が国連を巻き込み推進した「富の計測プロジェクト」の成果だ。3月27日に国連機関などがベルリンで開催した環境会合で、プロジェクトの代表である筆者が「国連・新国富報告書2017」を発表した。

新国富指標は「人工資本」「教育資本」「健康資本」「自然資本」と呼ぶものを足し合わせ、最終的に、気候変動による被害、原油価格の上昇で得られるキャピタルゲイン、技術進歩などを反映する全要素生産性などで調整したものである。

人工資本とは機械や建物、インフラなど一般に資本と言われるもので、国内総生産(GDP)への効果が大きいとされる。教育資本は教育を受けた人たちが、健康資本は健康な人たちがそれぞれ生み出す価値のことだ。自然資本は石油や鉱物、木材など市場で取引される価値に、森林による水源の養成など見えにくい価値も足したものだ。

つまり新国富指標は、社会全体が保有している多様な「富(豊かさ)」を総合的に測るものだ。国の発展に影響するリスクを軽減し、経済・社会の長期的な成長を推進するのに活用できる。健康などの要因をGDPと比較できるよう表記しており、既存指標との補完的利用ができる。筆者らは米科学誌サイエンスで、新国富指標がSDGsを実行する上で中心的な役割を果たすと提案した。

新国富指標の最新の研究成果を紹介したい。まず14年の世界140カ国の富を調べたところ、135カ国が1990年に比べて増加した。世界全体では44%の成長で、年平均に換算すれば1.8%の伸びである。これは同時期のGDPの年平均伸び率(3.4%)と比べると小さい。

富の成長を要因別にみると、人工資本が年平均3.8%伸びる一方、健康・教育資本の伸びは2.1%にとどまり、自然資本は0.7%減少している。つまり生産設備などの人工資本は、今の価値が見えやすいがゆえに投資が進んだ一方、将来の富の価値といえる健康、教育、自然の各資本は伸びが小さいか、減少しているのである。

世界全体の各資本の構成をみると、人工は21%、教育は26%、健康は33%、自然は20%を占める。この中で唯一減少しているのが自然環境の価値であり、人工物を作る代わりに減ったといえる。

なお日本と米国を比較をすると、1人当たりの富は日本が28万4700ドルと、米国の27万7175ドルを上回っている。これはインフラ整備の伸びは米国が上回るが、日本は健康・教育の伸びが高く、自然の減少幅が小さいからである。一方で富の総額の変化を見ると米国は年2%増と、日本の1.3%増を上回っており、人口の増減が大きく関わることが分かる。

新国富指標は地域経済・社会政策の評価や目標をつくる際にも活用が期待される。すでに福井県、熊本県水俣市、福岡市など複数の地方自治体が興味を示している。

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さらに総合評価の考え方は、企業や投資家も活用できる。国連のSDGsで示された様々な課題の解決には、各国の政府などを通じて企業も関与を求められるからだ。

その一例が「ESG投資」だ。収益だけでなく、環境(エコロジー)、社会(ソーシャル)、企業統治(ガバナンス)の3つの課題に取り組む姿勢で投資先を判断するもので、例えば「社会」では社員の機会均等や地域社会への貢献などが、「企業統治」ではグローバル化に対応した経営体制や企業倫理のポリシーなどが問われる。SDGsで企業に関係する項目がESGで網羅できており、企業版の総合評価といえる。

筆者らは、日米欧中などのグローバルな200社以上の大企業を対象にESGの評価スコアと企業の生産性を独自に計算し、関係を調べた(図参照)。横軸がESGのスコアで、環境、社会、企業統治について情報公開の程度を調べ、100点満点で表した。企業は情報公開に踏み切れば、ステークホルダー(利害関係者)を意識して実際の取り組みも進むからだ。ESGのスコアと生産性が共に高い企業は、総合的に社会に貢献する有益な投資先といえる。

まずESGの総合スコアをみると、50点までは企業の生産性がやや高まる傾向があり、50〜70点未満ではより生産性の高い企業が多くなる。70点以上では信頼性の高い結果は得られなかった。

次に各スコアを概観すると、まず環境のスコアは50点を超えると生産性が高まるのがわかる。環境のスコアではサプライチェーン(供給網)全体での環境負荷低減の取り組みや、気候変動リスクの認知といった要素を考慮しており、これらが生産性の高さと関係している。ただ65点を超えると、生産性が低い企業が多くなることがわかる。

社会のスコアも40〜70点にかけて生産性が緩やかに高くなるが、70点以上になると生産性は低くなっている。企業統治に関しては、スコアが高いほど企業の生産性が高くなることが明確なトレンドとして分かる。

図:ESGは企業の生産性と関係する
図:ESGは企業の生産性と関係する
(注)灰色の部分の幅が広いほど値の信頼性が低下する

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以上のことから、ESGは企業の生産性と関係があり、とくに環境と企業統治の取り組みは生産性の向上につながりやすいといえる。一方でESGのスコアが高くなりすぎると、生産性とトレードオフ(相反)の関係もありうる。そのことを理解した上で、企業は取り組みのバランスを考えると良いだろう。

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)がESG投資を重視する方針を示すなど、企業はESGと収益を共に高めることを現実的に問われている。しかし筆者らの調査では、日本企業のESGのスコアは全般に高いとはいえなかった。まず生産性向上に結びつきやすい環境と企業統治の取り組みを深めることが大事だろう。新国富やESGのような新たな評価基準をもとに、将来を見据えた魅力的な国や企業にしていくことが我々の進むべき方向である。

2017年5月9日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2017年5月17日掲載