統治に「株主まとめ役」を

小林 慶一郎
ファカルティフェロー

「成長戦略」の議論では、コーポレートガバナンス(企業統治)関連のテーマが注目されている。機関投資家の株主としての行動規範を示したスチュアードシップコード、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の改革などについて議論が進んでいる。

共通するのは、株主から企業への規律付けを強化する意図である。背景には、低成長の一因が企業統治の不全による生産性の低迷ではないかという問題意識がある。株価対策や自己資本利益率(ROE)向上が目標だという議論もあるが、経済成長率を高めるには、究極的には生産性の上昇が必要だ。

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日本型の企業統治は株主だけでなく、従業員や顧客や地域社会などの利益をも最適化する。株主の利益が最大化されていないからといって必ずしも企業経営の規律が弱まったとはいえないという見方もある(例えば広田真一早稲田大学教授の2012年の書籍「株主主権を超えて」)。

しかし、資本と労働の間で付加価値がどう分配されるにせよ、日本経済の生産性(TFP)が20年間低迷していることは事実だ。TFP低迷は一橋大学の林文夫教授と米アリゾナ州立大学のエドワード・プレスコット教授が02年の論文で指摘し、経済産業研究所などが整備するJIP(日本産業生産性)データベースを使った研究でも確認されている(一橋大学の深尾京司教授の12年の書籍「『失われた20年』と日本経済」など)。TFP低迷の原因は明らかではないが、企業統治が適切な方向に変われば生産性の向上は期待できる。

日本では、「投資される側」の改革は進んだが、「投資する側」の改革は進まなかった。97年のストックオプション(株式購入権)制度の導入や持ち株会社の解禁、03年の委員会設置会社の導入などの大改革があったが、投資する側の機関投資家の改革にはめぼしいものはない。

投資する側の課題は、大きく2つある。第1は、日本の機関投資家が総じて投資先への経営関与(エンゲージメント)に消極的または無関心であることである。日本型スチュワードシップコードが変えようとしているのも投資家のこの姿勢である。

機関投資家には、生命保険会社や年金基金など資金の出し手(アセットオーナー)と、彼らから運用委託を受けて株に投資する資産運用会社(アセットマネージャー)があるが、それぞれに問題はある。GPIF改革はアセットオーナーの業界の常識を変えることが1つの目標であろう。

GPIFの運用姿勢が関与重視に変われば、国内のアセットオーナー全体が大きな影響を受ける。一方、アセットマネジャーの消極姿勢は運用業界の非競争的な慣行(成功報酬体系が普及しないことなど)に問題がある。独立系運用会社の参入を促すためにアセットオーナーが運用委託の資金配分や条件を工夫すること、新規参入の運用会社が事務作業を外注できる仕組みなどが今後の課題である。

第2は株主の協調である。複数の株主が協調して企業経営に関与することを「協調行動」と呼ぼう。株主平等の原則が重視される現行制度では様々な背景を持つ株主が企業にバラバラに要求をする関係になりがちだ。これでは株主と企業が真剣に関わろうとするほど、株主側には監視コストの重複が発生し、企業側も多数の株主に対応するため莫大な時間と労力がかかる。

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こうしたコストを低減するのが、株式が決めた代表者(または代理人)が株主全体の利益を考えて経営を監視し、規律付ける手法である。これは「代理人による監視(Delegated Monitoring)」と呼ばれ、経済学では多数の債権者と1人の債務者(企業)の関係の分析に適用されることが多かった。

米シカゴ大学のダグラス・ダイヤモンド教授は、1984年の論文で、多数の債権者が1企業に融資する状況を分析し、債権者(預金者)の資金をとりまとめ、代理人として企業経営を監視する存在が銀行だと説明した。日本のメーンバンク制度も複数の銀行が1つの企業に融資する際、主要行が他を代表して経営を監視する一種の「代理人による監視」である。

多数の株主が存在する上場企業では、コミュニケーションコストの低減は株主による統治が成り立つ必要条件であり、メーンバンク的な仕組みを考えることは有益だ。「リード株主」が株主全体の利益を代表して経営に関与するようなシステムを構築すべきではないだろうか。

リード株主については、海外に先行事例がある。日本投資環境研究所の上田亮子主任研究員の14年の論文によると、近年の英国では他の株主から権利を委託されて投資先企業の経営に関与するプロキシープール・ファンドと呼ばれる機関投資家が存在する。こうした業態は株主と企業のコミュニケーションコストを抜本的に削減し、生産性の向上に資すると考えられる。

ただ、株主の権利を委託または信託することには大きなリスクがある。例えば議決権信託は19世紀末の米国の金融資本が企業を支配して独立起業を形成するのに用いた手法だった(米国の反トラスト法の「トラスト」は議決権「信託」のことである)。独占は市場の効率性を損ない「企業価値の長期的な最大化」という株主共通の利益にも反する可能性がある。

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このような観点から、過剰なあるいは不公正なかたちで一部の株主が他の株主の権利を集めるような仕組みは規制される必要がある。ファンドが出資額をはるかに超えた数の株主権を得る手法が金融工学の進歩で可能となったが、これも不公正な手法として問題視されている。

公正で市場競争を阻害しないリード株式会社システムとして、例えば次のような仕組みを考えることができる。

まず、株主が協調行動をとりやすいよう規制を緩和し、それとバランスさせるために少数株主保護を強化する。ただし、少数株主が過剰な交渉力を持たないよう、適正な対価を支払えばリード株主が少数株主の株を買い取れる「キャッシュアウト」の仕組みも導入する。

そのうえで主要株主が緩やかな集まりを形成し、手数料を「リード株主」に支払い、企業経営の監視や働きかけをさせる。こうしたシステムを作るには、株主平等原則を緩める必要があり、会社法などの改正が必要となるだろう。

欧米にはこうした仕組みは主要な機関投資家の間には見られないし、欧米では、株式の過半を握る機関投資家が企業経営への関与において成熟しているため、株主間の意見の隔たりが小さい。そのためリード株主がいなくても、個々の株主が事実上協調して、同じ方向を向いて企業経営を規律付けられるのである。

つまりリード株主システムは機関投資家が健全な統治主体として成熟してしまえば必要なくなる。過渡期において有益な仕組みなのである。その意味で、機関投資家の投資行動が過渡期にある今の日本において、リード株主システムは有意義だと考えられる。

2014年10月8日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2014年10月23日掲載

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