どうなる郵政民営化

小林 慶一郎
研究員

記事の要約

(1)郵貯・簡保を通じて肥大化した非効率な公的金融を縮小させ、将来の国民負担を減らすことが郵政民営化の目的の1つ。
(2)民営化開始から完全民営化までの移行期間は、政府出資が残るため、郵貯・簡保は非効率になりやすい。この間は業務拡大すべきではない。
(3)資金の出口である財投機関の改革も一体的に進めるべきだ。

郵政民営化の基本方針が閣議決定され、9月27日の内閣改造では、郵政民営化担当相に竹中平蔵氏が任命された。郵政民営化にかける小泉首相の並々ならぬ決意は感じられるが、経済的側面から見ると、郵政民営化の方向性にはいくつかの懸念もある。

将来の国民負担を軽減

郵政に関する最大の問題は、「公的金融の肥大化」だ。

国の信用をバックに、郵貯と簡保には、国民から合計約350兆円もの巨額の資金が集まっている。資金の多くは、国債や財投債に投資され、国の赤字財政や財投機関(特殊法人など)の非効率な経営を助長している。これほど巨額の資金が郵貯・簡保という公的金融を経て配分されているという状況は、諸外国に例がなく、異常だ。民間の資金の流れをゆがめている大きな原因とも長年指摘されてきた。

しかし、国の信用で集められた資金が非効率に使われ民業を圧迫するといっても、一般の国民生活では直接のコストをあまり実感できないのが現状だろう。

1つはデフレによる低金利だ。郵貯や簡保は集まった資金で100兆円を超す国債・財投債を購入している。低金利のために利子支払いなどが少なくてすむ一方、国債価格が高止まりしているので郵貯・簡保は安定した資金運用ができているのだ。

もし経済が正常化して金利が高くなれば、利子の負担は増えるし、国債価格も下がるので保有する国債の評価損も増える。そうなれば郵貯・簡保は巨額の赤字を抱えるだろう。それは国が保証することになっているから、結局、大きな国民負担をもたらす。

2つ目の特殊要因は、財投機関の損失を国が保証していることだ。郵貯や簡保の資金が財投機関に流れて、そこで非効率な使われ方をしても、その結果は、郵貯・簡保には跳ね返らない。損がでても国が保証するからだ。その代わり、財投機関のツケは税金投入という形で、納税者に直接かかってくる。これまで、財投機関には事業の公共性を理由に恒常的に税金が投入されてきた。

つまり、経済全体をみると、郵貯・簡保の資金の肥大化が(間接的に)将来の国民負担を増やしていると言える。郵貯・簡保の規模を縮小し、将来の国民負担を減らすことが、郵政民営化の経済的な意義だ。

移行期間は効率化先決

閣議決定された郵政民営化の基本方針は、方向性としては、こうした問題の解決を目指してはいる。郵貯の資金規模も今後10年で約150兆円に縮小するとの見通しもある。

しかし、07年の民営化開始時点では、全額政府出資の4つの民営化会社(窓口ネットワーク、郵便事業、郵便貯金、郵便保険)ができるだけだ。この時点では民営化というより、政府所有の「法人化」である。そこから政府保有株式を売却して郵貯と簡保を完全な民間企業にするまで、最大で10年間の移行期間がおかれる。問題はその間にどのように事業の再構築を進めていくかである。

いまの案では、現存の郵貯・簡保は旧勘定、07年以降の新規契約分については新勘定に分類する。旧勘定の資金は政府保証などの特典を付けたまま、国債などで安全確実に運用する。一方、新勘定の資金は政府保証などを除去し、民間と同じ土俵で企業への融資などもすることになるという。

まず重要なのは、政府出資が残っている移行期間に、民間と同じ条件にそろえられるかどうかだ。基本方針では、郵貯・簡保の新勘定には、ユニバーサルサービスの義務(全国一律にサービスを提供する義務)を課さない一方、政府保証を外し、納税義務を課し、預金保険等への加入も義務づけるとされている。これらの競争条件を民間より緩い条件にしないことが必要だ。だが民営化会社の固定資産税を軽減すべきだという議論がすでに出はじめている。

そうなれば、政府所有の郵貯会社が税を減免されて有利な競争をすることになり、民間金融機関の経営を圧迫する。これでは郵政民営化の本来の目的に反する。

また、政府出資が残る間に融資などへ業務を拡大することには問題がある。郵貯が政府出資会社である間は、国の持つ有形無形の信用力が郵貯会社についてくる。たとえば、零細な信用金庫や信用組合よりも国が出資する郵貯の方が利用者に信用されるかもしれない。そうなれば、郵貯は信金などよりも有利に資金調達ができるだろう。それで融資競争をすれば、まさに民業圧迫になってしまう。

また、政府出資があると、民営化会社が政府による救済をあてにする危険が高まる。よほど巧妙に制度設計しておかないと、これまで融資業務の経験がなかった郵貯会社が、無謀な融資で不良債権を作り出す可能性は、民間金融機関より大きくなるだろう。そうなれば、結局、損失の穴埋めのため、税金の投入が必要になり、将来の国民負担を増やすことになる。

したがって、民間との公平や、将来の国民負担を最小化する観点からは、移行期間中は新勘定についても業務拡大をさせるべきではない。むしろ、移行期間は業務の整理と効率化に専念し、10年よりももっと早く完全民営化し、その後、民間と同じ条件で融資などの競争をすべきである。

特殊法人や財投改革も

公的金融が生みだす将来の国民負担の問題は、郵貯・簡保で過大な資金が集められているという「入口」の問題と、集まった巨額資金が特殊法人などに融資され、非効率に使われているという「出口」の問題に分けて考えるべきだろう。

郵政改革は、「入口」の資金の流入を縮小させて、将来の国民負担増に歯止めをかけようとするものである。一方、「出口」の財政投融資については、01年の財投改革で資金の流れに一定の改善はあったものの、財投機関の事業内容に関しては多くの問題が残ったままだ。これらの改革も、国民負担の観点で郵政改革と同程度に重要だ。

昨年の道路公団民営化の論議で、特殊法人や財投機関の改革論議は終わったかのような雰囲気があるが、ほかにも様々な政策金融機関などがあり、改革の必要性は高い。また、道路関係4公団についても今後も改革の余地はある。来年から経済財政諮問会議で議論される特殊法人改革は、入口の郵政民営化と一体的に進めることが重要だ。

また、郵政民営化の中で国民生活ともっとも密接に関係する部分は、「郵便事業」と郵便局の「窓口ネットワークサービス」(送金などの決済サービスなど)である。

これらの民営化は、JRやNTTの民営化や電力・ガスの自由化と同じく、競争によって民間の活力と創意を導入することが目的だ。そのためにも、民間との公正で厳しい競争を確保することがかぎとなるだろう。

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2004年10月3日 朝日新聞に掲載

2004年12月9日掲載

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