なぜ繰り返す「3月危機」

小林 慶一郎
研究員

日経平均株価の終値が先週、8千円を割り込み、「3月危機」がまた、語られ始めた。株価対策・経済対策の議論も高まっている。「3月危機」騒ぎは年度末の恒例行事のようでもある。なぜ、毎年、繰り返されるのか。今年は昨年までと違いがあるのか。「3月危機」を考える。

「3月危機」とは何か?

危機のメカニズムは、イラスト(別ウインドウ)を見て欲しい。

株式を多く保有する大企業や銀行は、保有株式の価値を決算書に記載するにあたって、会計年度末の株価で評価することになっている。

多くの日本企業は、会計年度を4~3月に設定していることから、3月に株安が進むと、保有株式の含み損・評価損が膨らみ、赤字決算になってしまう。

企業が赤字になれば、借りていたおカネの返済が苦しくなり、貸手の銀行にとっては不良債権化が進んで、経営を圧迫することになる。

銀行では、評価損の拡大は、自己資本を減らす作用がある。

銀行は、貸し出し債権(融資)などに対する自己資本の割合(自己資本比率)を一定以上に保たなければならず、分子の自己資本が減る中で、この比率を保とうとすれば、分母の貸し出し債権も減らさなければならなくなる。

すると、貸し渋りや貸しはがしが起き、銀行から企業(特に中小企業)に対する資金の供給が収縮する。その結果、企業倒産が増え、リストラも一段と進むことで、経済全体が深刻な不況に陥る。これが危機のメカニズムだ。

日本の銀行や過剰債務を負った企業は、長い間、経営不振に苦しんできた。株安は、すでに危機的な状態の銀行や企業の経営不安を顕在化させる「きっかけ」に過ぎない。むしろ、銀行などの長引く経営不安が、株安と危機の連鎖を生み出す根本原因とみるべきだ。

昨年までの危機と今年は何が違う?

今回の3月危機に、昨年までと違う点があるとすれば、国際環境の変化だ。特に対イラク開戦への不安も手伝って、米国の景気動向が懸念材料だ。

米国景気を支える個人消費は、日本以上に株価動向に敏感で、米国でも株安が進むと、「個人消費の冷え込み→景気後退→さらなる株安」という悪循環に陥る恐れがある。米国景気の落ち込みは、内需不振の日本企業にとっては、対米輸出など、業績を支える柱が細くなることを意味する。

バブル崩壊後の日本と異なり、米国経済は底堅い、という見解も根強くあるが、それにしても、今後の米国経済の動向は要注意だ。

しかし、この点を除くと、今回の3月危機はこれまでの繰り返しの側面が強い。

ここ数年、3月の年度末が近づくたびに日本経済は株価下落に悩まされてきた。株安の根本原因は、さきに述べた「金融システムの弱さ」という慢性病なのだ。

これまで、株安の理由としてその時々、もっともらしい理由が挙げられてきた。IT(情報技術)バブルの崩壊、同時多発テロの影響、などなど。世界経済には毎年事件が起こっており、株安の口実を見つけるのはたやすい。今回も、表面的にはイラク危機による世界同時株安が日本の株価下落を招いている面はあるが、その背景には「金融システムの弱さ」という国内要因があることを見落としてはならない。

危機は来るのか?

3月危機のメカニズムのうち、金融の問題に絞って論を進めてみよう。

小泉首相は「金融危機は起こさせない」と断言する。昨年も、「9月危機、3月危機と騒いだが、危機は来なかったではないか」と自慢した。だが、本当に危機は来ていないのか?

私たちがイメージする金融危機とは、銀行の窓口に預金者が殺到し預金を解約する銀行取り付けや、株が投げ売りされて株価が暴落するパニックのような状態のことだろう。株安をきっかけにパニックが起きることは防止する。それが「金融危機は起こさせない」という言葉の趣旨だ。

だが専門家は違った見方をしている。

最近、世界銀行の研究者が、各国の金融危機を調査した一連の報告書を発表した。そこでは「不良債権が貸し出し全体の一定比率を超えると銀行システムが機能不全を起こす」として、それを金融危機の定義にしているのだ。世銀のリポートでは、日本は90年代初めから、ずっと「金融危機」の真っただ中にある、とされている。

「パニック」だけを金融危機だとすれば、危機など起きるはずがない。政府が「ペイオフ解禁」を延期して普通預金を全額保護しているのだから、預金者が銀行に殺到する理由がない。

問題の本質は、パニックの有無ではない。パニックが懸念されるほど、金融システムと銀行の健全性についての不信が深いことにある。これこそが危機なのであり、それは、今回の株価下落にかかわりなく、我々の前に広がっている。

では、どんな政策必要?

政治の世界では、補正予算による財政政策が取りざたされ、日銀の金融緩和への期待も高まっている。

株価についても、とりあえず3月末を乗り切るためとして、銀行の株式保有制限の先送り、時価会計の凍結など、一時しのぎの対症療法が目白押しに語られている。

しかし、問題の中心には金融システムの弱さがある。株価については「何でもあり」の危機対策をしながら、金融システムの問題については、平時の対応を抜け出していない。もし過小資本の銀行を延命することにでもなれば、国民負担を拡大させることになる。

過小資本とは、株主の持ち分が小さくなっていることだ。失うものが少なくなって、賭け(イチかバチかの事業)に手を出しやすい状態と言える。賭けに失敗して損失を拡大させても、その損失は、銀行の破綻処理などを通じて、最終的に納税者に負担が回ることになる。これは教科書にある典型的なモラルハザードだ。

こうした事態を防ぐためには、行政が、銀行に対する検査を徹底して、過小資本に陥っていないかどうかを厳しくチェックすることが肝心だ。過小資本の銀行を発見したら、速やかに公的管理に移行させなければならない。金融庁は現在、銀行への特別検査を実施中だ。国民は、その結果を注視する必要がある。

また、金融審議会では、公的資本注入の新しい方法を検討し、今年前半に結論を出す予定だ。株価急落を受けて、その予定も5月に前倒しされることになった。

「パニックが起きたら」という対応ではなく、「すでに危機」との前提に立った公的資本注入の方法を示してもらいたい。

「金融システムの弱さ」に対する根本治療に着手し、銀行や企業に対する国民の信頼を回復することが、「3月危機」や「9月危機」を防ぐ最良の処方箋である。

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<含み損・評価損>

株式を買った時の値段よりも、市場価格が下がった場合、売れば損失を被る状態となる。売れば実現する損失を「含み損」と呼ぶ。その反対が「含み益」になる。
また、企業会計のルールで、決算時点では、保有株式の価値を市場価格で表示(評価)する必要があり、株式を持つ銀行または企業は、取得価格との差額を評価損として計上しなければならない。

2003年3月17日 朝日新聞に掲載

2003年3月19日掲載

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