日米貿易摩擦 回避できるか-赤字相手国の批判 不適切

清田 耕造 リサーチアソシエイト

1月に発足した米新政権が貿易政策を通じて貿易を制限しようとする動き(保護貿易)を活発化させている。政権発足直後に環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱と北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を宣言した。さらに貿易相手国との貿易赤字を問題視し、その是正のために高関税を課す動きがあることも報じられている。

こうした一連の動きの背後には自国産業を海外との競争から保護するという狙いがある。そして保護貿易に向けた動きが世界経済の混乱を招きかねないと指摘されている。

そもそもなぜ自国産業を海外との競争から保護することが混乱を招くのだろうか。本稿では保護貿易の影響を経済学的な視点から整理したい。

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思考実験として、ある国が関税の全くない無税の状態から、関税により貿易を制限する状態へと移行するケースを考えてみよう。このとき貿易を保護する効果は、理論的には次の3つに分けられる。

第1に保護を通じて自国の生産者の生産を維持する効果だ。関税により自国の生産者は外国からの厳しい競争を回避できる。このため生産者にはプラスの効果がある。

第2に関税収入を得る効果だ。関税により貿易を制限する前は、貿易は無税であり、関税収入もゼロだ。しかし関税が課されれば、輸入をする限り、その国には関税収入が生じる。このため貿易を制限した国には、関税収入を通じたプラスの効果もある。

そして第3に保護された製品の価格が上昇する効果だ。第1の自国の生産を維持する背後には、関税を通じた価格の上昇がある。製品価格上昇の影響を受けるのはその製品の消費者だ。このため消費者にとってはマイナスとなる。

一般に、この消費者へのマイナスの効果は、生産者と関税収入へのプラスの効果を上回る。一例として日本の自動車産業を考えてみよう。

日本では自動車産業は大きな産業であり、その関連産業まで含めると多くの人が自動車の生産・販売に携わっている。しかし自動車を利用する人はそれ以上に多い。仮に日本の自動車産業を関税で保護すると、価格上昇による消費者の損失は、自動車の生産者が得る便益、および関税収入を大きく上回る。このため関税による保護は、自国の生産者が得る便益と関税収入を仮にすべて消費者に還元したとしても、一国全体としてはマイナスになる。

さらに、企業のグローバル・バリュー・チェーン(国際的な価値の連鎖)の拡大により、自国の海外子会社が外国の輸出の一端を担うこともある。こうした場合、自国の輸入を関税で制限すると、自国の海外子会社からの部品や完成品の調達も制限されることになる。そしてそれは結果的に、自国の生産者に対してもマイナスの影響を与えかねない。

同様のロジックは関税だけでなく輸入量の制限や輸出に対する補助金など、他の貿易政策にも当てはまる。こうした理由から保護貿易には問題があるとされている。

それでは、仮に生産者と関税収入へのプラスの効果が消費者へのマイナスの効果を上回る場合、保護に問題はないのだろうか。

ここで忘れてはならないのは、貿易には相手国があり、その相手国が報復をする可能性があるという点だ。自国が相手国からの輸入に高関税を課し、それに対抗する形で相手国が輸入に高い関税を課せば、両国の輸入する製品の価格は上昇し、貿易は縮小する。そして両国が関税を引き上げ続けると、貿易はどんどん縮小していくことになる。

事実、われわれは過去に貿易摩擦が大きな戦争へと発展したことを記憶している。

1929年の世界大恐慌後に、米国政府は輸入と競合する国内生産者を保護する目的で、輸入関税引き上げという強硬措置に出た。これに追随して各国も次々と関税を引き上げた結果、世界の貿易は急激に縮小し、世界不況は一層深刻化した。そして貿易の縮小は世界経済の分断(ブロック化)を招き、ブロック化した経済同士の関税戦争は武力を伴う第2次世界大戦へと発展した。

現在の保護貿易に向けた動きは各国間の貿易摩擦を深刻化させるのではないかという不安を生み出している。そして、それが混乱を引き起こす一因となっている。

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貿易に関連してもう1つ重要なことは、一国全体の貿易収支赤字は必ずしも通商上の問題ではないという点だ。説明を簡単にするため、ここでは貿易収支と経常収支を同じものとする。貿易収支は輸出から輸入を引いたものだ。そして国内総生産(GDP)を経済全体の支出からとらえた場合、「GDP=消費+投資+政府支出+輸出-輸入」と表すことができる。

ここで経済全体の税を除いた所得、すなわち可処分所得は消費か貯蓄に回ることになることに注意すると、「GDP=消費+貯蓄+税」と表すこともできる。これらの2つの関係から「消費+投資+政府支出+輸出-輸入=消費+貯蓄+税」となり、「輸出-輸入=(貯蓄-投資)+(税-政府支出)」という式が得られる。

この意味は、近年の米国のように政府支出が税収を上回っている財政赤字の場合、それを上回る国内の貯蓄超過がない限り、貿易収支は必然的に赤字になってしまうということだ。さらに貿易政策は国内の貯蓄や投資に影響を与えるものではないため、貿易収支にも影響を与えない。従って一国全体でみると、貿易赤字は通商上の問題というよりは、政府部門を含めた国内の貯蓄と投資の問題ということになる。

また2国間で貿易収支が赤字になっていたとしても、やはり通商上の問題とすべきではない。1月21日付本紙「大機小機」でも指摘されていたように、産業構造や資源の多寡が2国間で異なるなら、2国間の貿易収支が黒字や赤字になるのは自然だからだ。

図はわが国の貿易収支を相手国・地域別にまとめたものだ。中東諸国のいわゆる産油国との間では大きな貿易赤字になっていることがわかる。天然資源の希少なわが国は、天然資源を輸入して工業品を輸出するという貿易をしてきた。このため中東など天然資源豊富国との貿易収支は赤字になる傾向がある。

図:日本の相手国・地域別貿易収支(2015年)
図:日本の相手国・地域別貿易収支(2015年)
(注)貿易収支にはサービス収支を含む
(出所)財務省「国際収支状況(地域別国際収支)」

だからといって、われわれはこれらの国との貿易を不公平だと感じるだろうか。貿易赤字を減らすために、産油国に日本製品の輸入を要望したり、石油の輸入を制限したりすることを考えるだろうか。答えは「ノー」だろう。こうした視点で考えると、2国間の貿易収支の不均衡もやはり通商上の問題とすべきではないことがわかる。

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1817年に英経済学者デービッド・リカードが比較優位の考え方を提示してから、換言すれば比較優位が誕生してから、今年はちょうど200年の節目だ。そのリカードが200年後の現在の貿易制限的な動きを目にしたら、何を思うだろうか。「歴史は繰り返す」というが、繰り返してはならない歴史もある。

もちろん、貿易から得られる便益をどう再分配するかという問題や、貿易自由化に伴う調整費用の問題はもっと慎重に議論する必要があるだろう。しかしそもそも貿易は「ゼロサム」ではなく「プラスサム」であるという基本概念を、われわれはもう一度理解すべきである。

2017年3月7日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2017年3月28日掲載

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