IoT研究会の現場から-中小企業のIoT、何から始めるべきか

岩本 晃一 上席研究員

次世代への動き―何もしないと時代の孤児に

なぜ、いま、世界中の人々が、「第4次産業革命だ!」と大騒ぎをしているのだろうか。ムーアの法則によれば、コンピュータの処理速度や蓄積容量は、時間とともに累乗的に増加していく。インターネット元年の1995年から今日までの約20年間に起きた変化とほぼ同規模の変化が、向こう5〜10年程度で起きると予想されている。

これまでの約20年間で、パソコン、タブレット、スマートフォンが出現し、これまで出来なかったことが新たに出来るようになり、多くの新しいビジネスや企業が生まれたが、こうした現象は、ほんの入口でしかない。

いままさに離陸しようとする第4次産業革命では、今後、あらゆる分野において、コンピュータやネットワークが導入され、かつ知能を持つことで、 さらに多くの新しいビジネス・企業が生まれ、いまどこにも存在していない機器が、5年後には我々の生活の一部になっている可能性がある。だからこそ、世界中の人々が、商機(いや勝機かも)を得ようと必死になっている。だから今、新聞に毎日のようにIoTに関する記事が載り、多くの企業が夢中になっている。

しかし、それらはほぼ例外なく大企業である。日本の中小企業の現場に新たに本格的なIoTを全面的に導入したという事例はほとんど聞かない。その理由は、「よくわからない」の一言に尽きる。「よくわからない」には2通りの意味があり、1つ目は、「技術が難しくてよくわからない」、2つ目は「自分の会社にどのようなメリットがあるのかよくわからない」である。その壁を乗り越えないと、我が国におけるIoTは、全企業数の99.7%を占める中小企業の生産性を高めることなく終わってしまう。

IoT導入のノウハウ公開-研究会がスタート

そこで筆者は、経済産業研究所において、「IoTによる中堅・中小企業の競争力強化に関する研究会」を2016年4月から主催した。研究会メンバーは、初年度は中小製造業の工場の中をIoTの対象とし、「日東電機製作所」「正田製作所」「ダイイチ・ファブ・テック」「東京電機」の4社にモデル企業として参加いただいた。また、IoTシステム提供側として、富士通、日立製作所、三菱電機。そして識者として、澤谷由里子東京工科大学大学院教授などである。当研究会で採用した手法は、「モデル企業のケーススタデイの積み上げ方式」であった。

IoTは、中小企業の社長にとって、未経験の新しいシステムであり、使いこなせるのか、投資を回収できるのか、現場は大丈夫かなど不安が尽きない。その不安を解消しない限り、中小企業の社長は、IoT投資を決断できない。そこで研究会では、モデル企業4社の検討の途中経過やノウハウを「全て公開」することで、全国の中小企業の社長に、自社の現実の問題として実感して頂きたいと考えた。

IoT導入成功事例-共通要因に着目

日本には、極めて少ないが、IoT導入に成功している中小企業が存在している。それらの事例に共通的な要因は、(1)社長自身がIT投資の重要性を十分に理解し、社内の反対にも係わらず、強いリーダーシップで投資を行ってきたこと。(2)中小企業でありながら、自社内に、システムエンジニアを擁していること、以上、2点に尽きるといってもよい。

象徴的な導入成功事例として、中小企業ではないが、愛媛県松山市に本社がある三浦工業のケースを挙げたい。国内ボイラー市場の約40%を占めるトップ企業である。同社は、IoTという言葉が生まれる遙か以前の1989年から「遠隔状態監視」サービスを行っていた。顧客が使用するボイラーに埋め込んだセンサーから得られるデータを通信回線を介して収集し、オンラインセンターで職員が画面を見ながら稼働状態を監視し、異常が感知されれば、メンテナンス要員を派遣し、ボイラーが故障・停止する前に修理する。

各製造工場でボイラーは重要な設備であり、ボイラーがストップすれば、生産ラインは停止し、顧客に多大な損害が発生する。それを未然に防止することが顧客のためだとして、同社は1973年の第1次石油ショック後、ビフォア・メンテナンス制度を立ち上げた。ボイラーに保守契約を付帯して販売する手法は、従業員や販売店から「他社メーカーに価格で負ける」「メンテナンス料金は前金ではもらえない」と反対されたが、創業者三浦保の強い意志で押し切った。そうした差別化により同社の商品は好調に売れ、売上高(連結)は、2016年3月期までの10年間で52・5%増加した(右下に同社の売上高推移)。現在では5万5185台(16年5月末現在)のボイラーをオンラインにより保守管理する。

活動を通じ浮かび上がった課題

さて、「IoTによる中堅・中小企業の競争力強化に関する研究会」では、メンバー全員がモデル企業4社の現場を視察し、質問しながら議論していくことを繰り返した。

そのうちおぼろげながら、モデル企業が抱える「課題」が浮かび上がってきた。それは、実は技術的に課題解決がすぐにでも簡単にできるものであった。以下のようなものである。

「受注の平準化」…作業の負荷の平準化のために、たとえば営業部隊に、工場内の製造工程の流れを把握でき、どのような受注をすれば負担が平準化するかがわかるような情報機器を、常に持ち歩かせることができればいい。受注を平準化させつつ、総受注量の増加につなげられる。

「電力の無駄使い」…「電気はこまめに消そう」というが無駄使いは残る。対策として個々の設備の電源から引くだけで電力の使用状況を細かく「見える化」することがある。大した技術ではない。電力の使用状況を細かく「見える化」して食堂等に大きな画面で表示し、従業員全員に周知徹底することで省エネを促すケースもある。また人感センサーを工場内に設置し、作業員がいる時間と場所だけ、必要な照明と空調を提供することも容易である。

「製造品の流れを見える化」 …いくつかのモデル企業では、いま、どの製造品が、どこをどう流れているのかわからなかった。そのため、中小企業の製造工程の流れが、総じて効率的なのか非効率なのかさえ十分に把握できなかった。現場での仕掛品の滞留時間を計測したところ、作業終了日まで時間的余裕がある場合に、設備の前に仕掛品が放置されたままという事例もあった。本来の受注可能量より低いレベルで、受注量が制限されていることがわかった。

IoTは改善の為、 1つの道具だ

本稿では、モデル中小企業4社が実際に導入を表明したIoTシステムが、身の丈にあった、現実的な効果をもたらすものであったことを特筆したい。

いきなり高いレベルを目指すのでなく、まず現実的なところからスタートする。これらの対策が現実的に効果を現すのは、1〜2年後であろう。そうすれば、その時点でまた、次の可能なIoT導入を検討する、という着実なステップが中小企業にとって現実的な手法であろうと思う。

研究活動を続けてハッキリしたのは、企業が抱える「課題」を見いだすことと、課題の「解決策」を見いだすことの2点がIoT導入の最も重要なポイントだったことだ。大事なのは解決策をもたらすことができる専門技術職を養成すること、そして「課題発見」「課題解決」の業務を組織的に進めるためのノウハウを日本のなかで蓄積することである。

ただ、「課題解決策を見いだす」において、必ずしもIoT導入が前提とはならない。例えば、作業員がメモし続ける程度の情報で十分であれば、なにも敢えて数百万円を投じてセンサーやライブカメラなどを設置する必要など全く無い。課題解決によって得られるリターンを前提として、それに相応しい投資金額を考えることが重要である。

企業は繰り返し「カイゼン」活動を続けてきた。IoT導入も、その「カイゼン」活動の一環でしかない。いま行おうとする「カイゼン」のなかで、IT技術を使えば、それを人はIoTと呼ぶだけだ。真の目的は「カイゼン」であって、IoTはそのための単なる1つの道具でしかない。

IoT取組みで副産物も

筆者は研究会を始めるに当たって、正直、成果を上げていけるだけの確たる見通しがあった訳ではない。参加されたモデル企業の方々も含めみんなが試行錯誤だった。だが、モデル企業は、1年を経た今、IoT導入のノウハウを手に入れた。それは第一弾のほんの小さなステップかもしれないが、第二、第三のIoT導入では、もはや試行錯誤することなく、目標に向かって最短距離で一直線に進むだろう。それと同様、私としても、中小企業に対する円滑なIoT導入支援法のノウハウを手に入れた。

筆者は最近モデル企業にインタビューした。そこで各社の思いを知った。最も響いた言葉は、「もし研究会に参加していなければ、IoT導入は出来なかっただろう」という言葉であり、「社長がやれ、と言ってくれたからこそ、できた」という言葉である。

参加モデル企業の一社である東京電機の言葉を最後に、本稿を終えたい。同社は従来、立会検査時に顧客の様子もあまり見ず検査成績表を説明していた。しかし、社員にタブレットを持たせ、会議室にプロジェクタを入れたところ目線が変化し社員が前を向いて説明するようになり、顧客の表情が見え、顧客の要望に応えようとするようになった。接客の考え方が変化し、社内の元気な挨拶も定着し、ある顧客から「以前と変わった、まるで別の会社のようだ」と言われたそうだ。社内の雰囲気まで変わった。

私を含めIoT専門家は、IoT導入がもたらす直接的な効果だけを考えてきたが、社内の雰囲気まで変えてしまうような力があったとは、驚きとしかいいようがない。

来年度、当研究会は新たにモデル企業を募集し、別の研究課題を掲げて議論を行っていこうと考えている。

2017年3月25日 「日本物流新聞」に掲載

2017年4月5日掲載

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