IoTが創り出すビジネスモデル(中)
雇用への影響大 職業訓練の充実必要に

岩本 晃一
上席研究員

建設業の人手不足対策、医療では入院予防など期待

前回は第4次産業革命という名のもとで、IoT(モノのインターネット)がドイツを中心に勃興してきた経緯や、日本の産業界にとっても対応が急務であることを指摘しました。また製造業、農業について実際の導入例を紹介しましたが、今回もまず4つの分野での事例から見ていきましょう。

【建設業】

建設業でのIoTの活用はスマート・コンストラクションと呼ばれます。建設業は他業種に比べて生産性が低く、技能労働者の高齢化が進んでおり、低賃金のため若者の参入が少ない(29歳以下は1割以下)という課題を抱えます。国土交通省は建設現場にIoTを導入する「i-Construction」プロジェクトを推進していて、ドローンを用いた短時間・高密度の3次元測量や、そのデータをもとにした施工量の自動計算などを研究しています。

日本では戦後作った大量のインフラが寿命を迎えつつあり、老朽インフラによる事故も起きています。代表的な例は2012年に発生した中央自動車道笹子トンネル事故です。全てのインフラを熟練作業員が定期的に点検することは不可能なため、例えば橋梁であれば、振動センサーを設置し、データを得て橋梁を「遠隔状態監視」する方法が考えられます。

【健康医療】

健康管理や医療でのIoT応用は、インターネット・オブ・ヒューマン・ヘルスケア(Internet of Human Healthcare; IOHH)と呼ばれ、幅広い活用が期待される分野です。ウェアラブル端末や、下着に埋め込まれたセンサーなどから取得された歩数、消費カロリー、体温・心拍数、歩数、運動量、睡眠時間、睡眠の質などから健康状態を常に把握することができます。

体調の変化を事前に察知し、対処することで、入院に至る事態を防止する「未病革命」とも呼ばれています。茨城県日立市の青葉台団地では、地域サポーターが利用者の活動量データを定期的に把握し、散歩や無理のない運動を勧めたり、健康相談に応じたりと、健康増進を支援しています。

【営業】

店舗が保有する顧客の過去の行動データを解析して、最適なマーケティングを個人個人に行うもので、AI(人工知能)デジタル・マーケティングと呼ばれます。店舗での買い物やその店のウェブサイト閲覧、問い合わせといった履歴データと、顧客の属性(男女、年齢、居住地、出身地など)や気候、市況などを組み合わせて、各顧客に最適な商品を最適な時間、最適な場所で提案するという考え方です。

また、どのような提案がうまくいったかという経験を機械学習することで、提案力を高めます。顧客データが多ければ多いほど精度が上がるため、将来は複数の店舗が協力してデータを提供しあうことが想定されます。

【金融】

金融へのAIやIoTの活用はフィンテック(Fintech)と呼ばれます。最も有望なビジネスモデルは「中小企業向けオンライン融資」でしょう。審査が圧倒的に早く、利便性が高いのが特徴で、米国で急成長しているフィンテック・ベンチャーの大部分はオンライン融資企業でストライプ、ソフィなどが代表例です。そのほかに「AIによる投資アドバイザー(ロボットアドバイザー)」「クラウドファンデイング」などがあります。

製造業の労働市場、落ち込みは一時的か

IoTで大量のデータが集められ、AIで処理される第4次産業革命が進んだ先に、課題として議論されるのは雇用への影響です。

英オックスフォード大学のフレイ氏とオズボーン氏による試算で、10〜20年内に労働人口の約47%が機械に代替可能という結果は、メディアでもよく取り上げられています。

私が知る限り世界には雇用問題を扱ったリポートが5本あり、うち3本が試算結果を出しています。ドイツ・ボストンコンサルティングの試算では25年までにドイツ国内で35万人の雇用増が見込まれ、30年までには580万から770万人の従業員不足数が見込まれています。このように試算方法によって結果が大きく異なっているのが実情で、最も過激な数字に捕らわれて不安がる必要はありません。

一方、全てのリポートに共通するのは、製造業の労働市場では一度は短期的な落ち込みがあるがその後緩やかな回復が見られ、高い能力を有する人材の獲得で生産性向上が見込まれるとしている点です。そのため企業や国が主体となり、教育訓練で必要な技能を身につけさせるよう主張しています。

16年3月、筆者はドイツ各地の専門家を訪問し、雇用への形響に関するドイツの研究の最新状況についてインタビューして回りました。この分野では、ドイツは日本より3〜4年研究が先行しています。IGメタル(金属労働組合)やそれを支持基盤とする社会民主党が、雇用問題に真剣に取り組むよう主張してきたからです。そのインタビューの結果を総括すると次の通りで、示唆に富むものです。

「世界で試算結果が発表されているが、人間の仕事は何でも自動化できると妄想している者の根拠のない数字だ。グーグル・ドイツ社長に20年後の雇用形態について聞いたところ『20年前この世に存在していなかったグーグルが、どうして20年後を予想できるのか』と返された。この言葉が雇用に関する将来推計の本質を現しており、IGメタルは試算よりもIoT導入による将来の新しい業務内容を想定し、今の雇用者が新しい業務の下でも働けるよう、職業訓練所の内容を充実させることに注力している。インダストリー4.0を推進しなければドイツの競争力が失われ、雇用に悪影響が出るため、積極的に様々な検討会に参加し、組合員に好ましい制度設計にしようと努めている」

もう1つの重要な課題は、中小企業へのIoT導入でしょう。日本もドイツも、中小企業は全企業数の99.6〜99.7%を占めており、中小企業が国家経済を支えています。中小企業へのIoT普及の程度がその国でIoTが成功したか、失敗したか、という評価になると言っても過言ではありません。中小企業へのIoT導入は難しいものの、その壁を乗り越えて進まないと大企業だけを潤して終わり、となってしまいます。IoTによる恩恵は、全国津々浦々に広がらなければなりません。いずれも、現在筆者が取り組んでいる研究テーマです。

2016年7月17日 「日経ヴェリタス」に掲載

2016年8月10日掲載

この著者の記事