イノベーション国際化へ備えを

伊藤 萬里
RIETIヴィジティングスカラー

多国籍企業のR&D

2月に政府が発表した「イノベーション25戦略会議」中間とりまとめは、基礎研究の推進など科学技術政策に加え、イノベーションを生み出す社会環境や教育、人材育成など、多岐に渡る政策に言及した内容となっている。特にグローバル化の進展を念頭に置いてイノベーションを目指す企業や研究者に“開国”を迫っている点が1つの特徴であろう。とりわけ企業に関しては、ハイテク産業を中心に国際競争が激化していることへの危惧が背景にある。

近年、企業の競争力を支えるイノベーションの源泉は本国内に留まっていない。多国籍企業が本国以外で行うR&D(研究開発)活動は急速な拡大を見せており、OECD(経済協力開発機構)によると1995年から2003年にかけて多国籍企業のR&D支出額は2倍の水準に増加した。

この上昇トレンドには2つの傾向がある。

1つは、先進諸国のみで増加しているのではなく、中国やインドなど新興国やその他の発展途上国も含めて国際的に増加傾向にある点。もう1つは、自社製品の進出先市場への適応を目的とした従来型のR&D活動に加え、海外の優れた技術知識やR&D資源にアクセスすることで、まったく新しい技術知識の生産を目的としたR&D活動を行うケースが増えていることである。

このうち後者のR&D活動は、どのような要因によって決定されるのであろうか。このタイプのR&D拠点の設置は、進出先の技術水準や研究者数、知的財産権制度の整備度合いなど、R&Dに関する潜在性に大きく影響を受けていることが実証研究によって明らかにされている。

一方、多国籍企業のR&D活動は国内経済に対して、どのような経済的インパクトを与えるのであろうか。一般に、知識生産活動には、他者のR&D成果が漏れ伝わり、自らのR&Dの生産性を高めるといった“スピルオーバー効果”が存在する。この漏れ伝わるルートにはさまざまなチャンネルがあるが、たとえば既存特許の公開による技術知識の移転や、研究者の移動および交流、あるいは「生産物」を分解して技術を知ることなどがそれである。

経済学者らの分析によれば、高い技術を持つ外資企業のR&D活動は、その成果が国内企業に波及し、生産性を高めることが明らかにされている。さらに、自国企業の海外でのR&D活動が自国に与える影響についても、海外で得た技術知識を自国の本社に還元することから、ここでもプラスの効果が存在することが指摘されている。

企業のR&Dの国際化が、海外進出先と自国との間で双方向のプラスの効果をもたらすのであれば、R&D活動を目的とした外国企業を誘致する政策や、国内企業の海外でのR&D活動への支援措置を検討する余地があろう。ただし、前者の場合には、スピルオーバーを享受できる国内企業は十分な吸収能力を持つ者に限られること、後者の場合には海外における技術流出に注意を払う必要がある。

技術経営力を高める

今後の課題として、R&Dの国際化を意識した他国の政策動向のレビューや、国内産業に対する外資R&Dのインパクトに関するさらなる実証分析の蓄積が求められている。

一方、企業は、R&Dの国際化に備え、技術経営力を高めておく必要があろう。知的財産戦略の迅速な意思決定はこれまで以上に重要な要素となり、高度な経営判断を要することが予想される。そのためには、たとえば知的財産担当役員の設置などによって体制を整備し、“開国”への備えを進める必要がある。

2007年5月29日付 フジ・サンケイ・ビジネスアイに掲載

2007年6月1日掲載

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