中国、資本規制の実施急げ

伊藤 宏之 客員研究員

2月26-27日に20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が中国・上海で開かれた。会合では年初の上海株式市場急落から始まった世界的金融不安に議論が集中。世界経済後退のリスクに対して各国がそれぞれの事情に応じて「すべての政策手段を総合的に用い」て成長を維持し、「競争的な通貨安誘導は回避すべき」だと再確認された。

上海株式総合指数は昨年6月のピークから今年2月末までの下落率が50%近くになった(図参照)。日経平均株価は年初から2月末までに15%以上も下落。欧州市場でも軒並み株価が下落するなど、中国発の金融不安が世界経済の先行きを不透明にしている。

図:人民元相場と日中の株価指数
図:人民元相場と日中の株価指数
注:日中の株価指数は2014年初を100として指数化

そもそも2013年に米国連邦準備理事会(FRB)が量的緩和策やゼロ金利政策といった非伝統的金融政策の縮小を検討し始めたころから新興国市場から資本流出が始まった。2014年以降中国経済の減速傾向とともに原油価格が大幅に下落し、資源輸出に頼る新興国経済はさらに悪化した。

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昨夏に上海株が下落に転じると人民元に通貨安圧力がかかった。中国金融当局はドル売り元買いの市場介入をするに至り、その結果2014年末に3兆9000億ドルあった外貨準備が16年1月には3兆2000億ドルまで減少した。去年12月と今年1月だけで2000億ドル以上の外貨が流出したといわれる。

従って中国が競争的な通貨安誘導をしているというよりも、何とか急激な元安を食い止めたいのが現状だ。背景には、国有企業や金融機関による過剰投資や不均衡な資源分配、労働人口の減少、低い労働生産性、生産コストの上昇などの構造的な問題がある。

しかし、現在一番の問題は当局側と市場が互いに対して不信感を持っていることにある。当局側は自由化が進んだことで市場の波を直接受けるようになったにもかかわらず、いまだに市場介入により資産価格を操作できると過信し、特定の投資家の行動を規制したり国有企業に強制的に株を購入させたりしている。一方、市場は恣意的かつ不透明な介入に不信感を抱き、これも資本流出につながっている。

そうした市場介入や価格操作は明らかに中国政府が描く長期的な金融システムの方向性にも反する。昨年11月に決まった人民元の国際通貨基金(IMF) の特別引き出し権(SDR)構成通貨入りは名誉の問題だけでなく、今後も金融自由化を進めると世界に宣言することで金融業界に更なる抜本的な改革を求めるという当局の思惑もある。

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国際金融の基本原則である「国際金融のトリレンマ(3者2択)』の原理によると、金融の自由化、独立した金融政策、為替相場の安定のうち、2者は選択できるが、3者全てを選択できない。

すなわち、中国が金融市場の自由化を進める以上、金融政策の独立性をもって独自に金利を設定すれば、他国の金利との差異次第で人民元需要が増減し為替相場が変動してしまう。逆に為替相場を固定化したければ、常に他の主要通貨発行国(例えば米国)と同じ金利を設定する必要があり、金融政策の独立性を放棄せねばならない。それが嫌なら金融市場を完全に閉鎖して金融政策の独立性と為替相場の安定を確保するしかない。

世界第2位の経済大国になった以上、金融政策の独立性と開放的な金融市場を保持し為替変動を許容するのが長期的な目標でありSDR構成通貨になる条件でもある。だが実際には、人民元が通貨高圧力を受けていた時は、中国金融当局はドルを積極的に購入し、元を市場に大量に放出して為替相場の安定を図り、金融自由化をゆっくり進めながら金融政策の独立性を維持してきた。その結果、外貨準備は4兆ドル近くに膨らんだ。

しかし、最近のように逆に通貨安圧力が強まると、急激な元安を防ぐために金融当局が元を市場から買い上げドルを売却する結果、外貨準備が急減する。加えて、当局が不透明かつ恣意的な市場介入をするため、それが不信感を生んで資本流出を招き、さらなる人民元安期待につながる。為替差損を嫌がる投資家がさらに資本を引き上げるといった悪循環が起こっている。

ならば為替介入をやめて直ちに相場変動制にするのはどうか。少なくともSDR構成通貨の発行国としての責任を全うできるし、金融自由化の方向性とも合致する。しかし、現実には構造的な問題が解決されず経済の先行きが不透明である以上、元の急落は避けられない。元が急落すればドル建て債務を抱える企業は返済が難しくなり、かえって金融不安が深刻化してしまう。そうなると結局、市場介入とともに外貨準備が減少し、さらに市場が不安定となる。

こうなると人民元を安定化させ金融不安を拭い去るには、規制により資金流出を防ぐしかない。不透明な介入が続くよりは、一時的にせよ包括的な資本規制を実施する方が金融市場を安定させられるであろう。黒田東彦日銀総裁も1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で「資本規制が為替相場の管理に役立つ可能性がある」と発言した。1997-98年のアジア危機の際にはマレーシアは資本規制で最悪の事態を回避した。

ここ1年半で8000億ドルもの資本が流失したことを考えると世界最大の3兆2000億ドルの外貨準備も十分とはいえない。中国経済がアジア危機を経験した韓国、タイ、インドネシア、マレーシアなどの国の経済を合算した額よりも巨大であることを考えると、金融危機のコストは計り知れない。不安をなくすには一時的に資金の流れを止めるしかない。

しかし、資本再規制をすることはSDR構成通貨入りを果たしたばかりの中国にとってバツが悪く、それが不透明な市場介入にこだわる理由なのかもしれない。それならば中国の金融市場を止血することこそ世界経済のためになるという国際世論を日米欧が中心となってつくればよい。

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先進国にとって中国の金融不安は対岸の火事ではない。日銀は2月16日からマイナス金利政策を導入したが、将来に対する不安に加え、政策的効果が未知数であるため、今のところ悲観論の方が強い。

欧州も同様でマイナス金利政策を導入しているユーロ圏やデンマーク、スウェーデン、スイスなどでも効果は不透明だ。財政出動についても緊縮財政から大幅にかじを切ることは難しく、景気浮揚策の駒はほとんどない。米国も今後景気が後退した場合に、再利下げで景気刺激しようにも利下げ余地はほとんどなく、財政出動も大統領選を控えて政治的にかなり厳しい。金融不安は世界経済が後退する前に拭い去るしかない。

IMFは伝統的に「資本規制=悪、金融自由化=善」という主張を譲らなかったが、最近はマクロ経済の安定を確保するための一時的な資本規制は許容し、推進すらしている。

不透明な介入とその不安感がさらなる市場介入を呼ぶよりは、まずは中国が国際社会にも認められるような形で資本規制を実施し、金融市場を安定させるのが最善である。その際に中国のSDR構成通貨発行国としての地位が担保となる。つまり、中国はSDR構成通貨発行国としての地位をを手放したくないため、短期的に資本規制を実施したとしても、中長期的には金融自由化の方向性を修正するわけにはいかない。そこをうまく利用して、まずは資本規制による止血を求めるべきである。

2016年3月11日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2016年3月25日掲載

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