震災とサプライチェーン
阪神淡路大震災と東日本大震災の比較から

浜口 伸明
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

高度に発達したサプライチェーンが受けた打撃

企業は重層的かつ複雑に構成された分業取引関係の中にあり、仕入先の先の先まで特定することは困難であるし、日常的には知る必要もないのかもしれない。宅配便がほぼ日本全国に翌日には配達されることからもわかるように、私たちはサプライチェーンを支える優れた輸送サービスを享受している。近年ではサプライチェーンは近隣の東アジアを中心に海外にも拡張されており、そうなると調達先の労働コストの安さというメリットも加わって、生産性はさらに高まる。このように組織化された取引関係のネットワークは、日本の産業競争力の源泉にもなっている。しかし、平時にきわめて高い効率性を示す日本産業のサプライチェーンは、生産性上昇を追求して細分化・広域化するほど細いリンクの数が増えて複雑化し、大規模自然災害等が引き起こす予期せぬ断絶への脆弱さを増すことにもなる。実際に東日本大震災の直後、被災地以外でも部品の調達に困難をきたして生産水準の低下に追い込まれる状況が、国内のみならず海外でも発生した。効率性と脆弱性のトレードオフが提示するサプライチェーン問題にどのように対応すべきだろうか。

東日本大震災後、サプライチェーン問題が関心を集めたが、被災が著しかった地域(岩手、宮城、福島、茨城、栃木の各県。以下、被災地域)の国内総生産に占めるシェアは約8% (「平成17年県民経済計算」に基づき算出)にすぎないことからわかるように、サプライチェーンを形成する産業集積がとくにこの地域に集中していたわけではなく、東北地方に限ればグローパル・サプライチェーンの中ではむしろマイナーな参加に留まっていたともいえる。それでも、経済産業研究所の齊藤有希子研究員が行った分析(「被災地以外の企業における東日本大震災の影響――サプライチェーンにみる企業間ネットワーク構造とその合意」、RIETI Discussion Paper Series 12-J-020) によれば、「取引先の取引先の、また先の取引先」まで含めると全国の9割の企業が被災地企業と結び付いている。このように全国に張り巡らされたサプライチェーンは、至る所にリスクが存在するともいえるだろう。

実際にその影響の大きさはどうだったか。各経済産業局の鉱工業生産指数を用いて作成した図1では、震災が発生した2011年3月に、東北地方の鉱工業生産指数は2010年平均と比較して32%下落し、2012年1月に震災前の水準を回復するまでに10カ月を要した。

図1:鉱工業生産指数(地域別・季節調整済値、2010年平均を100とする)
図1:鉱工業生産指数

被災地域に隣接する関東地方(ただし北関東地方は直接の被災地域と考えられる)の3月の落ち込みは18%と同様に大きかったが、3カ月後には2010年平均水準までほぼ回復した。これに対して近畿地方では震災の影響と同期化した変動は観察されなかった。一方で、被災地から離れている中部地方では、3月に16%減少した後、4月にもう一段の下落があり、震災前の水準を回復したのは関東地方よりも2カ月ほど遅かった。震災直後の落ち込みと回復時点で形成する三角形の面積に注目すると、中部地方のほうが、地理的に被災地と近い関係にある関東地方よりも強く直接的に影響を受けたようである。自動車産業に絞って生産指数を描いた図2では、国内の2大集積地である中部地方と関東地方だけではなく、被災地からもっとも遠い九州地方でも東北地方との同期性が顕著に現われた。このことから中部地方が受けた震災の影響は、2万点を超える部品の一部でも欠けると生産が止まってしまうといわれる高度に分業化したサプライチェーンを形成している自動車産業への特化によるものであることが推測される。

図2:自動車産業の工業生産指数
図2:自動車産業の工業生産指数

阪神淡路大震災の時は、震災が発生した1995年1月に兵庫県で鉱工業生産指数が対前年平均で約10%の減少を見たが、隣の大阪府でさえ下落幅は3%に留まり、全国的にはマイナスになるような影響はなかった。このように阪神淡路大震災では広域的な影響は小さく、当時と比較しでも、約20年の間に、生産分業が地域的に完結する集積化からネットワーク化への動きが進んだことがうかがわれる。

サプライチェーンの頑強性を高めるには

サプライチェーン問題を図3のように模式化して考えてみよう。高度に差別化した部品を供給する能力を持つと仮定するサプライヤーSは、需要の価格弾力性が小さいため、広義の輸送費があっても容易に他社製品によって代替されず、顧客へのリンクL1は広域的である。このような企業は低コスト化を求めて、生産要素費用が低い地方圏に生産拠点を構えやすい。他方、Sに対して、仕様・納期・価格で要請に柔軟に対応できる顧客対応力で競争力を有する下位のサプライヤーSSがある。SSは、突出した技術優位性を持ったSへの輸送費が高くなると競争力を失うので、リンクL2の距離は短く、Sや他のSSとともに産業集積を形成する。

図3
図3

大規模な自然災害はリンクL1、L2を突然寸断し、リンクL1の先の企業の生産を停止させる。そうなれば、そこに供給を行っている他地域のサプライヤーも影響を受ける。このように直接被害は局地的であっても、その影響は生産ネットワーク全体を停止させてしまう広がりを持つ。ここで、Sは技術的に代替が困難であり、顧客対応力によってカスタマイズされたサプライヤーであるSSも短期的には代わりを見つけることが難しいと仮定していることが重要である。代替品が市場で調達可能であればリンクが切れてもネットワークが停止することはないから、代替困難性はサプライチェーン問題を発生させる条件の1つと考えられる。

サプライチェーンの頑強性を高めるにはどのような備えが必要だろうか。災害等による予期しないリンクの断絶が発生しても代替リンクが確保されていれば、サプライチェーンは全体としてより頑強になるだろう。その対策の1つは、たとえば各企業がバックアップ生産体制を持つことである。しかし大規模災害はその衝撃は大きいとはいえ、起こる確率は非常に低い。筆者が経済産業研究所で行っている研究プロジェクトで実施した被災地域製造事業所を対象に行った事業所アンケート調査(「『東日本大震災による企業の被災に関する調査』の結果と考察」、RIETIポリシーデイスカッション・ペーパーとして公開予定)によれば、企業は従業員の安全を守る訓練や、耐震のための工場内の工夫、および代替的な電源や輸送手段の準備などについて関心を持っているが、生産規模が小さい企業は、千年に一度の災害に備えるために生産を分散立地させる等の大規模な投資をすることには消極的である。そもそも、特定の顧客への依存が強い下請け企業では、リスク分散のために顧客から離れた地点に分散立地を行うことは現実的でもない。

そこで大規模な投資を伴わない方法を検討する必要がある。1つの方法は、今よりも少ない生産規模で効率的な生産が可能になるような技術革新を促進することである。図4はもう1つの方法として販売・調達を分散化するアイデアを示している。SS企業が地域グループとして受注する連携を形成し、参加するSS企業のネットワークを通じて新たなS企業と結び付く。品目ごとにばらばらに発注するよりも連携グループにまとめて発注するほうがS企業にとって効率的なので単体のSS企業よりも競争力は強化され、リンクL2を広げて販売先を分散化する。リンクL2が広がることはS企業にとっても調達の分散を可能にする。SS企業間の連携は情報交換を促進しイノベーシヨンを喚起する効果も期待できる。政府はグループ補助金等を通じて、このような地域レベルの中小企業の協力を促進すればよいだろう。

図4
図4

適正規模とスピード感を持った復興を

図1から東北地方においても鉱工業生産はすでに震災前の水準を回復したと述べたが、被災地域が一様に復旧したとはいえない。沿海部の津波浸水地域の生産水準は引き続き大きく落ち込んだままであり(経済産業省「平成23(2011)年度経済産業統計政策調査等(震災後の生産回復に関する調査研究)調査報告書」)、それ以外の地域との間には復旧の度合いに大きな格差が生じている。

沿海部では特に主力産業である水産業の復旧の遅れが目立つ。各地で津波により港の設備が破壊されただけでなく、ワカメ、カキなどの養殖施設が流失。出漁や生鮮出荷に必要な製氷場、冷凍・冷蔵施設、加工場も壊滅的打撃を受けた。

水産業では図5に示したような地域的に密なサプライチェーンが形成されており、第1次産業から第3次産業まで多様な事業者が集積している。漁や養殖により生産者が提供する生鮮水産物は、魚市場で生産者から委託を受けた問屋など卸売業者が買受人に仲卸をし、全国の消費地市場を通じて小売業者へと流れていく。地元の加工業者も市場から買受人を通して生鮮品を買い付け、加工した製品を消費市場に出荷している。そのほかにも、地元のホテル、飲食店、小売店で観光客に対して新鮮な海産物や加工品を提供しているし、この図には描かれていないが、生産者を対象に造船・鉄工、燃料、漁具を提供する業者もある。上述した製造業の場合と同様に、一部のリンクが断絶すると、全体の復旧を遅らせることになる。

図5:水産業の地域サプライチェーン
図5:水産業の地域サプライチェーン
出所)気仙沼市産業部水産課『気仙沼の水産』平成24(2012)年版

気仙沼市の資料に基づいて作成した表1によれば、漁船や市場の機能は9割程度戻っているようであるが、漁獲水揚げは2011 (平成23)年が2010年の3割程度に落ち込み、2012年でも2010年の6割に満たない水準にある。復旧のボトルネックを探ると、冷凍工場は震災前の4-5割の復旧状況にあり、加工は1割に満たないことがわかる。水産加工団地では、地震による地盤沈下が起こり、盛り土をして嵩上げしなければ新しい建屋を建設することもできない。国の補助金が投入される港や市場などの公共施設とは異なり、民間資本である加工場には公的資金が投入されにくく、中小の加工業者への支援はグループ補助金などの復興支援制度に限られる。また、市は震災後、災害に強い街づくりを進めるために、新たな防潮堤の建設や海に近い地域の土地利用を規制する総合的な復興計画を国の指示を受けながら進めており、自力で復旧する資金力を持っている大手加工業者も自由に復旧に踏み切れない状況にある。さらに、観光の客足も遠のいたままである。

表1:気仙沼市の水産業の被災の影響
表1:気仙沼市の水産業の被災の影響
出所)気仙沼市水産課「気仙沼の水産」平成22(2010)年版、平成24(2012)年版および気仙沼市水産課資料。観光については宮城県観光課

政府は各自治体の復興支援計画の実施に必要な支援を与え、民間企業が復旧のための投資を行う基盤を早急に整え、寸断されたサプライチェーンの回復を支援することが求められている。その中で、震災以前からこの地域が長期的な人口減少局面にあったことは2つの点で注意を要する。1つは、過去の人口水準が前提となっていた震災前の資本ストックに戻すことは震災がなかったとしても予想された人口減少のトレンドに対して過剰な状態を作り出すことになることである。もう1つの点は、復旧が遅れると過剰な人口流出が起こり、豊かな三陸の水産資源に対して過小な人口しか残らない非効率が生じることである。このような観点から政府は復興を適正な規模でスピード感(住民がこの地域に留まる展望を持てる時間軸の設定)をもって進めることが求められる。

その際に、すでに衰退局面にあった中で阪神淡路大震災で被災した神戸のケミカルシューズ産業の経験が参考になるかもしれない。図6からわかるように、同産業では震災後従業員数が激減した後も緩やかに縮小し続けているが、他方で、1社当たりの生産額は伸びている。震災後、強引に元の状態に戻しでも、円高等で悪化する競争環境下で衰退トレンドを変えることは困難であったと推測されるが、高付加価値化・ブランド化に方針を転換して新たな発展を模索している。三陸においても、例えば北欧から高付加価値化や資源管理を学ぼうとする動きがあるように、震災を機に新たな水産業のあり方を探るアイデアが生まれることを期待したい。

図6:神戸・ケミカルシューズ産業1社当たり生産額と従業員数
図6:神戸・ケミカルシューズ産業1社当たり生産額と従業員数
出所)日本ケミカルシューズ工業組合

『経済セミナー』2013年2・3月号に掲載

2013年3月28日掲載

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