製造業就業者1000万人割れ―国内回帰促進、米国に学べ

浜口 伸明
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

製造業の空洞化に歯止めがかからない。昨年12月の製造業の就業者数は51年ぶりに1000万人を下回った。安倍晋三政権の経済政策の狙いは、デフレから脱却して賃金上昇を伴う内需拡大を実現することにある。確かに雇用されている労働者の賃金が上昇することは重要だが、物価上昇が供給の増加を促し、労働需要も増えて新規雇用が拡大するかどうかがより重要な政策評価のポイントになるであろう。

製造業が提供する雇用はサービス業の4分の1以下であり、製造業の衰退が雇用全体に与える影響は深刻ではないとの見方もあるが、地方経済に注目するとそうではない。

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図は、総務省「労働力調査」のデータにより、2007~12年の5年間に起きた就業者の増減を、製造業とサービス業について中核経済圏(南関東、東海、近畿)とそれ以外の地方圏に区分して集計したものだ。若年層と高齢層の就業者数の変化を労働市場への新規参入と退出の影響を受けた増減ととらえ、若年・高齢層以外の経済情勢の影響とみなされる就業者数の変化による増減と区別した。

図:非1次産業雇用の変化(2007年と12年の比較)図:非1次産業雇用の変化
(出所)総務省「労働力調査」をもとに筆者作成

具体的には若年層の新規労働参人数は、(1)2007年の20~24歳の就業者の集団が12年に25~29歳の集団になる際の増加分(2)07年の15~19歳の集団が12年の20~24歳の集団になる際の増加分(3)12年の15~19歳の集団に新たに加わった分--の合計で求めた。また、07年の55歳以上の就業者の集団が12年の60歳以上の集団になる際の減少分をもとに退出労働者数を求めた。参入から退出を引いたものを「若年・高齢層の増減」とした。一方、07年の25~54歳の集団が12年に30~59歳になる際の変化を「経済情勢の影響による増減」とみなした。正規・非正規の区別はしていない。

就業者の年齢層、産業、地域の3つのフィルターを通してみると、以下のことが観察される。まず製造業就業者の経済情勢の影響による減少は、産業が集積する中核経済圏とほぼ同じ規模で地方圏でも起きている。次に製造業雇用の若年・高齢層の減少は中核経済圏でより大きい。詳しくみると、南関東で退出39万人に対し参入10万人と開きが大きい。この時期、いわゆる団塊の世代が定年退職を迎えたにもかかわらず、それを補充する若年層が採用されなかったことがわかる。製造業雇用の若年・高齢層の減少のうち、南関東のシェアは中核経済圏全体の55%に及ぶ。

3点目は、中核経済圏では合計約80万人の製造業雇用が失われているが、それを上回る規模の雇用がサービス業で創出されたことである。これに対し、地方圏ではサービス業が製造業で失われた雇用を吸収できておらず、産業空洞化の影響をまともに受けて雇用が減少している。

基本的に非交易財であるサービス業は事業所立地と市場が一致している。人口が少ない地方圏では、他地域の需要を取り込む交易財産業が衰退すれば、サービス業も成長できない。図では地方経済にとってもう1つの重要な交易財産業である第1次産業が除かれているが、これについても悲観的な状況にあることはよく知られている。日本はサービス経済に構造変化したのだから、地方圏で製造業の雇用を創出するよりも、サービス業の雇用がある中核経済圏への人口移動を促進すべきだとの考え方は合理的なようだ。

しかし図によれば、中核経済圏のサービス業が創出した雇用は同地域の製造業で失われた雇用をカバーした程度でしかなく、地方圏の労働力を吸収して一国経済全体をけん引するだけの力はない。それだけに、製造業の衰退に歯止めをかけられれば、地方経済にとって特に恩恵が大きい。

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製造業の回復を考えるうえで参考になるのが、日本以上に脱工業化が進んできた米国で起きている「製造業ルネサンス」と呼ばれる製造業の国内回帰の現象だ。かつて製造業の国外流出をオフショアリング(海外移転)と称したことに対して、リショアリング(再上陸)と呼ばれている。

米マサチューセッツ工科大学(MIT)のサプライチェーン(供給網)研究グループのアンケート調査によると、市場までの時間の短縮、オフショアリング先のコスト高、製品の品質管理を徹底する必要性などがリショアリングの理由に挙げられている。

英エコノミスト誌は、中国で労働者や管理職の賃金が上がっていることや、労働規制強化で労働争議が頻発していることを挙げた。また、もともと生産性が高い米国の労働組合が雇用確保優先に戦略を転換し賃金低下を受け入れるようになり競争力が増したことや、新型天然ガスのシェールガスの増産でエネルギー価格が下がる期待があることも背景にあると指摘している。

米ボストンコンサルティンググループの11年のリポート「メードインアメリカ・アゲイン」も興味深い。原油価格が高いため国際的な長距離輸送が割高になっていること、大量生産・大量輸送で在庫を抱えるコストや市場動向の変化に迅速に対応できないデメリット、大規模自然災害のリスク重視などの要因も市場の近くで生産する誘因を高めていると指摘した。

高価な金型を必要としない3D(3次元)プリンターなど低コストで多品種少量生産を可能にする技術革新も、オフショアリングのメリットを低下させて生産を市場に近づけると期待される。米国のリショアリングにおける工場立地は、労働や土地が安価で、天然ガス価格が相対的に安い南部の州に集中する傾向があり、地方経済が恩恵を受けやすいことを示唆している。

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筆者が専門とする空間経済学の視点で製造業空洞化の要因をまとめると、海外の生産費用の低さ、不十分な国内需要、海外から国内市場に容易にアクセスできることの3点が挙げられる。国際的生産費用格差の縮小や国際物流費用の上昇という点では、日本も米国と同じ状況にある。日本でも円高是正の進展・定着により製造業の国内回帰が本格化することが期待できる。

しかし、米国との相違点もある。第1に、円高以外に日本が直面するコスト要因がある。米国にコスト優位をもたらしている安価なエネルギーという好条件がない。逆に原発事故以降、エネルギーコストは上昇している。高い法人税率も問題だ。一方で、日本の製造業は国内の産業集積および東アジアの生産ネットワークから部品調達をしやすいという利点を持つ。こうした日本の製造コスト面の弱みと強みを再検討して国内回帰の条件を整備すべきだ。

第2に、日本の製造業空洞化はコスト要因だけでなく、長期的なデフレがもたらした需要不足にも原因があり、早期のデフレ脱却は製造業の国内回帰を促すという観点からも不可欠だ。海外の需要を効果的に取り込むための自由貿易協定(FTA)締結に積極的に取り組むことも重要だ。

第3に、需要の回復に伴い消費者の嗜好は、外国からアクセスしやすい廉価で画一的な製品から、より高度化、多様化することが予想される。そのため今後、きめ細かい対応が必要になり、国内生産のメリットは強まるだろう。これまで低賃金を求めた生産立地と大量生産で価格競争に注力してきた企業は、製品差別化と多品種少量生産を効率的に進める技術革新に戦略を転換する必要がある。

日本で「製造業ルネサンス」を実現するには、コスト、需要、市場へのアプローチに関して以上の課題がある。地方圏での雇用創出につなげるためにも、デフレ脱却後の均衡ある経済復興のシナリオを見据えて、産官が協力して共通のビジョンを形成すべきだ。

2013年3月21日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2013年3月27日掲載

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