日本再生・空間経済学の視点
供給網、寸断リスク分散を

浜口 伸明
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

東日本大震災後のサプライチェーン(供給網)問題に関する報道の中で、大手企業は新潟県中越沖地震の経験を踏まえて、目が届く範囲でリスク分散を進めていたにもかかわらず、そのさらに先で調達先が集中していたと指摘されたことは印象的であった。意図されていない集中が起きていたことを示唆している。

集中が起きる部品の生産では規模の経済の役割が重要であり、大量生産で部品を低価格で供給できるために供給する企業が少数に絞り込まれていったと考えられる。その際の条件として、顧客である企業は日本全国あるいは世界各地に分散しているので、部品企業が固定費を節約するために生産を1カ所に集約するには、遠くの顧客とも取引可能なように広義の輸送費が十分低くなければならない。

こうした規模の経済と輸送費の相対的関係から自然に集中が発生するという考え方は、空間経済学における産業集積のメカニズムとして理解できる。ここで広義の輸送費の低下とは具体的には、国内における地域間の交通・通信手段の発展や、地球規模で国境を越えて人・モノ・情報が移動するグローバル化を意味している。市場統合の深化が、地域にありながらグローバルな市場とつながった生産活動の集積を可能にしている。

しかし、集積した箇所がグローバルなサプライチェーンのボトルネックになり得るリスクを内包していることが、今回浮き彫りになった。

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震災によるサプライチェーンの断絶により、被災地のみならず全国的に生産が落ち込み、今年3~5月の国内自動車生産台数は昨年同期の半分以下となった。海外でも、タイや中国・広東省などの日系自動車メーカーの存在感が大きい地域では、一部の部品が人手困難になり、自動車生産は一時的に大きく落ち込んだ(グラフ参照)。

グラフ:日本、中国・広東省、タイの月間自動車生産台数の前年同月比増減率
グラフ:日本、中国・広東省、タイの月間自動車生産台数の前年同月比増減率

特定部品企業への集中は、生産規模の増加によるコスト低下とともに価格が下落し、生産性向上を求めるより多くの企業が調達しようとするので、生産量がさらに増加するというように、市場における売り手と買い手の相互作用から起きる。一度そうした集中が形成されると、多少の環境変化では崩れない。このロックイン(囲い込み)効果の存在も、空間経済学の重要な発見の1つである。

関係者の懸命な努力で被災した部品企業の復旧は前倒しで進み、予想を上回るスピードでサプライチェーンは元の体系に戻りつつある。まさにロックイン効果を示しているといえるが、果たして元通りに復旧すれば十分なのか、震災を機に検討すべきである。

極めて単純化すると、日本の製造業は、次のような変遷をたどってきた。1970年代ごろまでに素材・部品・最終製品の量産までをそろえたフルセット型構造を構築し、輸出により海外需要を取り込んで、成長を川上部門にまで遡及させた。その後、地方圏への工場の分散化を進める産業政策や国土計画がとられ、大都市圏への過度の集中により起きる弊害を緩和することで成長を持続させた。

80年代後半以降、円高が進む中で、地方圏の輸出向け量産型工場は東アジアに分散した。日本に残った製造業は、国内の産業集積を活用しながら創意工夫を重ねて輸出競争力を維持しているが、空洞化の懸念が強まっている。

「2011年版通商白書」によれば、地方圏の製造業が直接輸出に占めるシェアは小さいものの、他社の製品に組み込まれる部品として間接的にグローバルサプライチェーンに参加しており、被災地域にも単なる下請けから提案力を持つ研究開発型企業に成長して日本のものづくりを支える企業が数多く存在する。従って被災地復興支援には地域的な施策だけでなく、日本の製造業全体が持続的に成長するための政策が必要である。

しかしトヨタ自動車の豊田章男社長は、円高、震災後の電力問題、高い法人税、厳しい温暖化ガス削減目標、労働コストの高さ、自由貿易協定(FTA)交渉の遅れといった六重苦に直面している日本の製造業は理屈上成り立たない、と発言している。近年、アジアの工業化に誘発されて日本から中間財の輸出が成長しているが、こうした判断が企業経営者の心中にあって産業空洞化がますます進んで国内のものづくりが退化すれば、技術を維持することは困難になり、製品開発や部品生産さえも海外流出が進むのは避けられない。

集積のロックイン効果が市場の相互作用に基づいているということは、ひとたびフィードバックが逆向きに回り始めると急速に分散が起きる。

豊田社長が「石にかじりついてでも国内生産を維持する」とも発言しているように、まだ望みがあるうちに政府は製造業が安心して長期的に国内生産に取り組める環境を早急に整える必要がある。このことは被災他の復興にも大きな力を与えるであろう。特に電力供給システムの不安定性は空洞化を一層加速させるリスクが大きく、政府は当面の供給の保証と持続可能なシステムに移行する工程表の提示を急がなければならない。

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震災後、事業継続計画(BCP)という言葉が頻繁に聞かれるようになった。筆者が経済産業研究所で進めている研究によると、今回の震災後、他地域の自社工場での代替生産や同業者による代替生産の事前の取り決めなどが奏功して、供給停止を短期間に食い止められるなど、BCPの成功例がある。

例えばグラフからわかるように、日本ではサプライチェーン寸断の影響による自動車減産の影響は震災直後から表れたが、広東省は震災の翌月、タイでは2カ月後に最も大きく落ち込んだ。日本からの距離が遠いほど部品の在庫を多く持つようにリスク管理をしていたために、影響が表れるまでに時間差があり、その間にサプライチェーンが回復して減産は短期間で済んだ。

震災後のBCPへの意識の高まりで、緊急時に備えるだけではなく、生産を物理的に分散させる必要性が叫ばれるようになった。分散化は産業全体としてサプライチェーンを安定的にし競争力を高めるが、個別企業は規模の経済を犠牲にする不利益を被る。全体の利益が大きい場合には、売り手と買い手の協調行動を促す政策が必要となる。例えば、自動車部品で個別対応を重視する過剰なカスタマイズ化を減らして、共通化を進める具体策が検討されている。

分散先は国内とは限らず、リスク要因が異なり、すでに産業集積が形成されている東アジアが当然選択肢に入れられることになるだろうが、リスクを認識した分散化は必ずしも一方的に日本の製造業の空洞化に結び付くわけではない。自然災害のみならず、東アジアの複雑な国際関係の中で潜在的にある紛争の可能性、労働争議や格差が広がる社会の不安定な状況などを考えれば、他の東アジア諸国の企業も、生産中断のリスクと決して無縁ではない。

米調査会社のIHSアイサプライによれば、半導体メモリーであるDRAMはソウル近郊で世界の約半分が生産され、中小型液晶パネルの58%は台湾で生産されている。日本企業が他の東アジア企業に先駆けてリスク分散の技術的・組織的な対応方法を示せれば、追随する動きは広がるだろう。そのとき日本は東アジア企業のリスク分散の受け皿になれるはずである。

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現在日本は、対内直接投資の受け入れに関して主要国の中で際立って低い水準にとどまっているが、ものづくりにおけるメード・イン・ジャパンのブランドカを活用して、高度なイノベーション(技術革新)を実現しようとする東アジア企業を積極的に受け入れることが重要である。

入口減少社会を迎えた日本は、アジアをはじめとする世界経済の活力を取り込まなければならない。国内の高い人件費に見合う高い生産性を実現する意欲のある企業に、国籍にかかわらず設備投資と雇用コストを引き下げる税制恩典を与えるなどの支援が検討されてもよいだろう。東アジア全体でリスクを共有する多極分散型の構造の下での発展に向けた地域協力の議論を深めるために、今回の震災をひとつの契機ととらえたい。

2011年9月1日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2011年9月12日掲載

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