金融研究報告(日本経済研究センター) 銀行・生保、足りぬ経営改革

深尾 光洋
RIETIファカルティフェロー

銀行の貸し出し利ざやは縮小が続き、生保の販売も伸び悩んでいるため、金融部門は収益基盤の再構築が課題である。ゆうちょ銀行と競合する中小地域金融機関は経営統合による効率化が必要だ。生命保険は営業職員を大量投入する販売が限界に達しており、販売チャネルの見直しが必要だ。

日本の銀行と生命保険会社の業況は、2002年以降回復に転じた。両部門全体では、収益性、健全性とも回復局面から新たな事業展開を狙える段階へと移りつつある。今回の報告では、銀行・生保部門に残された課題と、今後の経営変革の行方を探ってみた。

銀行では、大手銀行と比べ地域銀行で健全性の指標である不良債権比率や実質自己資本比率の回復スピードが鈍く、中には悪化した銀行もみられた。また中小企業向け融資に特化した銀行として近年開業した新銀行東京と日本振興銀行の2行も、多額の不良債権償却を余儀なくされ、前者は赤字、後者も繰り延べ税金資産を除けば実質赤字になっている。

経費率が高めで手数料収益劣る

地域銀行が抱える課題の1つ目は、人件費などの経費率が大手銀行と比べて高いことである。経費率の高さが、地域銀行の収益を圧迫し、健全性の回復を遅らせている要因となっている。

地域銀行の資金量と営業経費率の分布をみると(図1)、資金量が大きくなるほど経費率は低く、また資金量が2兆円程度まではその傾向が顕著である。規模が特に小さい地域銀行同士の経営統合によって規模の拡大を通じた合理化を図れば、経費率が大幅に低下し、銀行経営を効率化できるといえる。

図1 地域銀行の資金量と営業経費率の分布

今後、民営化されたゆうちょ銀行が貸出業などに参入すると予想されるため、地域銀行の経営効率化は焦眉の課題になる。規模の拡大は、必ずしも合併に限られるわけではなく、個別のブランドを維持したままの持ち株会社による統合、システム統合によるコスト削減など、多様な提携形態が考えられるが、いずれにしても従来の「都道府県」といった枠から一歩踏み出した広域的な連携を視野に入れた経営が必要である。

地域銀行の2つ目の課題は、貸し出し以外の手数料ビジネスが十分な収益源として育っていない点だ。利ざやが縮小傾向にある中、都市銀行では投資信託の窓口販売などによる手数料収入が収益の柱として育ち、粗利益に対する役務取引等利益が16%に達している一方、地方銀行では8%、第二地方銀行では4%と、いまだ副業的な位置づけにとどまっている。

近年の激しい貸し出し競争やゼロ金利政策の解除による預金金利の上昇で、利ざやが今後さらに縮小していく可能性があることを考えると、地域銀行としても、こうした手数料ビジネスを含めた収益確保の道を広げていくことは収益力を安定的に高めていく1つの戦略になりうるといえる。

しかし、顧客への十分な商品説明や、顧客の立場に立ったコンサルティングに基づく適切なセールスが行われなければ、地域の信用を一気に失い地域銀行にとって致命傷になりかねない。このため、銀行職員に対する消費者保護、説明責任、コンプライアンスなどの徹底とそのマネジメント体制への反映が必要だ。

リスク許容量 評価に欠陥も

06年度の生命保険会社の決算は、株価の堅調、債券市場での金利低下などにより有価証券の含み損益が改善し、財務体質の改善が一層進んでいる。保険会社の健全性を測定する公表ソルベンシーマージン(支払い余力)比率は、主要生保9社で800-1300%台と、最低限の健全水準での4倍から7倍弱もの資本を抱える「超健全状態」を示している。

だが、公表ベースの同指標には問題が多く、当センターでは、以前から基準を厳しくした独自の「修正ソルベンシーマージン比率」を試算し、分析してきた。これは資本の質を考慮するとともに、株価変動リスクを大幅に高めるなど改良したものだが、金利変動リスクを適正に織り込んでいないとの大きな課題が残っていた。

生保は超長期の固定金利負債を保有しているが、資産サイドではそれに見合う長期資産を保有しておらず、市場金利が低下すると逆ざやが拡大する脆弱性がある。現在の長期金利は比較的低水準で、将来金利が大幅に低下する可能性は小さいものの、海外の景気悪化や円高などでデフレが再燃して、リスクは存在している。

今回、生保の負債の期間構造のデータを用い、金利変動リスクを織り込んだ新しい修正ソルベンシーマージン比率を推計することで、金利変動リスクの把握を試みた。

1年間の金利低下リスクを0.3ポイントと置いて、一定の仮定のもと各保険会社の総資産・総負債の構造から金利変動リスク量を推定し、ソルベンシーマージン比率のリスク額に加えると、各社の比率は、従来の当センターの比率に比べて2割から4割程度低下することが確認され、金利変動リスクが経営に多大な影響を与えていることが観察された(図2)。

図2 ソルベンシーマージン比率の分布

金利変動リスクを考慮しても主要9社は250-420%と、200%を超えており、健全な状況にあるとみられる。しかし公表ベースからの下落は著しく、公表比率の計算方式は生保のリスク許容量を評価する上で、大きな欠陥を抱えていることが明らかになった。

販売チャネル コストに差異

本業である保険契約の業績を見ると、解約率は低下したものの、死亡保障保険の減少や第三分野保険に一服感がみられたことから、全体としては低調であった。年々伸びていた銀行窓口を通じた個人年金保険の販売も、06年には失速した。

生保各社は、魅力のある商品の開発、販売ルートの充実などを経営戦略に掲げ、飽和気味の市場の掘り起こしを図っている。外資系、損保系生保の勢いに対抗すべく、伝統的生保も独自の発展の道を模索しており、横並だが一連の不払い問題は、生保業界全体が収益拡大を重視するあまり契約者保護を軽視していた状況を浮き彫りにした。各社は、再発防止策を相次いで打ち出しているが、全体像が明らかになり次第、詳細に原因を究明した上で、監督当局、業界双方の真摯な反省と抜本的な改善策が必要となろう。

保険契約の入り口である販売チャネルに目を転じると、営業職員チャネル一辺倒の状況から、代理店、銀行窓口など他のチャネルへのシフトが起こりつつある(表1)。大量採用・大量退職問題もあって営業職員チャネルには高いコストがかかり、伝統的生保はそのコストを保障性の保険商品に吸収させてきた面もある。

表1 民間生保の加入チャネルの変遷

販売チャネルのコストの差異は、保険会社が取り扱う主力商品の種類や価格帯、さらには競争力や収益率にも影響する。今回、複数の生保会社から保険設計書を取り寄せ、ほぼ同じ条件設定で単純な定期保険の保険料比較を行った(表2)。

表2 各社の個人定期保険保険料

その結果、営業職員を主軸とする伝統的生保A、B社の保険料は、代理店・通信販売などを主軸とする外資系C、D社より最大3割程度割高だった。さらにC、D社で選択可能な健康体割引(健康診断で問題がない場合の割引)や非喫煙割引を活用すれば料金格差はさらに広がり、最大2倍程度もの保険料格差が観察された。こうした大幅な保険料の違いは販売チャネルのコスト構造を反映していると考えられる。なお、乗合代理店などではこのような商品比較が容易に可能であり、顧客利便性が高い。

こうした伝統的生保の高コスト構造は、チャネルの複線化や保険ニーズの変化などもあり、維持が難しい。外資系・損保系生保との競争が激化するだけに、チャネルの取捨選択・再構築の重要度は増すだろう。販売チャネルは、契約者にとっても、保険契約の窓口として重要な役割を担っている。顧客利便性の向上とともに、説明責任を含め顧客保護を重視したチャネル構築が重要である。

2007年10月24日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2007年10月30日掲載

この著者の記事