金融市場に暗雲を漂わせる原油高
実体経済の悪化から金融システムへの脅威へ

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は、世界の原油在庫の減少と中東地域の地政学リスクの上昇を理由に1バレル=70ドル台に達する勢いである。

4月20日に開催された主要産油国による共同閣僚級監視委員会の会合で、ベネズエラの生産量の低迷などによりOPECの3月の減産遵守率が前月の138%から149%に改善したことが報告された。「OECD諸国の原油在庫水準を過去5年平均まで減少させる」という主要産油国の目標達成も目前である。

協調減産を開始した昨年(2017年)1月のOECD諸国の原油在庫は、過去5年平均を3億4000バレル上回っていたが、足元では120万バレルにまで減少し、6月末のOPEC総会には「過去5年平均を下回る」ことが確実な情勢となっている。目標達成間近となっていることからロシアのノヴァク・エネルギー相は協調減産の幅を緩和する可能性を唱えているが、イランやベネズエラの供給不安が高まっていることから原油価格が底割れする要因とはなっていない。

OECD諸国の原油在庫はなぜ減少しているのか

一方、主要産油国の減産努力に大きな脅威となっている米国のシェールオイルの生産量は増勢に拍車がかかっている。月間ベースで10万バレル以上の増産が9カ月続き、米エネルギー省は「5月には日量700万バレルを突破する」と予測する。

シェールオイルの生産量の伸びが主要産油国の減産規模に匹敵するまでに拡大しているのに、OECD(経済協力開発機構)諸国の原油在庫は着実に減少している。それはなぜだろうか。

昨年1月から世界の原油需要が増加している(昨年の伸びは日量約160万バレル)ことが主な要因だろうが、筆者はOECD諸国である米国の原油輸出の拡大も影響していると考えている。

2015年末に解禁された米国産原油の輸出は昨年から今年にかけて急増し、日量200万バレルを超える水準となっている。前年比の増加幅は日量100万バレルを超え、新規の輸出先の太宗(たいそう)を中国をはじめとするアジア諸国が占めている。OECD加盟国の米国から非加盟のアジア諸国(中国やインドなど)に原油が輸出されれば、OECD内で原油需給が改善しなくても、世界の原油在庫を代表するとされるOECDの原油在庫が見かけ上減少することになるからだ。この傾向はさらに強まるだろう。中国の3月の原油輸入量は日量922万バレルとなり、過去2番目の水準となった(過去最高は今年1月の同957万バレル)。

中国では、新エネルギー車の導入拡大や産業構造の転換などで国内の石油市場が供給過剰状態となり、原油在庫の増加が常態化しているが、原油輸入量は減少するどころか増加し続けている。その要因は中国国内の原油生産量の減少である。2014年後半以降の原油安で日量400万バレルの水準を下回ったが、採算ラインである1バレル=60ドルの水準に原油価格が回復しても、生産量が一向に上昇する兆しがない(今年第1四半期の生産量も前年比2%の減少だった)。大慶や勝利など中国の経済発展を支えてきた大油田が老朽化し、生産コストは想定以上に割高になっていることから、中国産原油と品質が近く、米国内の供給過剰で割安となったシェールオイルへと購入先をシフトした可能性が高いのである。

OPECの戦略に風穴を空けるイラン

足元の需給逼迫感から原油価格は上昇しているが、1バレル=70ドルになれば需要への悪影響から下落するとの見方も出始めている。JPモルガンは4月16日、「原油価格は1バレル=70ドルを超えることはない」との見方を示した。また、国際通貨基金(IMF)も4月18日「原油価格は来年までに1バレル=60ドル割れするだろう」との予測を公表した。

他方、ゴールドマンサックスは「原油高でも世界の原油需要が堅調に推移する」と述べるが、これに中東地域のリスクプレミアムが加味されているのは言うまでもない。

地政学リスクで現在最も注目を集めているのはイランである。

「シリアのアサド政権が化学兵器を使用した」ことを理由に4月14日に米国がシリアへの軍事攻撃を実施した。米国の攻撃は抑制的だったが、その後「9日にイスラエル空軍がシリア領内のイラン革命防衛隊の基地を攻撃した」ことが明らかになったことで、「イスラエルとイランが軍事衝突するのではないか」との懸念が高まっている。

核合意の行方が不透明になったことを背景に通貨リアルが急落、イラン経済の苦境が深まっており(4月23日付日本経済新聞)、イラン国内では強硬派の発言力がますます強まる情勢である。米国が5月にイランとの核合意を破棄することが確実視されつつある情勢下で、イラン側は「即座にウラン濃縮を開始する」と反発し、中東地域の「核ドミノ」のリスクが高まっている。

イランの国際社会への反発が協調減産に悪影響を及ぼすのは必至だろう。イランのザンギャネ石油相は4月23日、「原油価格の上昇が続いた場合、協調減産の期限は必要なくなるであろう」と述べた。1バレル=50ドル台でも財政が賄えるイランにとって原油価格の下落は直ちに大きなダメージにならず、むしろ米国のシェールオイルなどに市場が席巻されることを問題視し始めている。5月に核合意が破棄されれば、経済のさらなる悪化を阻止するために外貨獲得の拡大が必須である。米国の制裁をかいくぐっても輸出攻勢を仕掛け、サウジアラビアが主導するOPECの戦略に大きな風穴を空けることだろう。

独裁者への道をひた走るムハンマド皇太子

サウジアラビアを巡る内外の情勢も深刻になりつつある。

イエメン西部を実効支配しているイスラム教シーア派武装組織フーシが4月22日、サウジアラビア南部のナジュラーンにある発電施設に向けてミサイルを発射した。サウジアラビア空軍はミサイルを迎撃したとしているが、イエメンからのサウジアラビア領内へのミサイル攻撃が一向におさまらない。

4月23日にはサウジアラビア軍がイエメンを空爆し、反体制派の指導者を死亡させたとの報道が流れたが、同じ日に「フーシがイエメン沖でサウジアラビアの原油タンカー19隻を拿捕した」という驚くべき情報が飛び込んできた(4月23日付OILPRICE)。このようにサウジアラビアとイエメンを巡る紛争は原油輸送にとって現実の脅威になりつつある。

サウジアラビア国内に目を転じると、4月21日夜、飛来した小型無人機(ドローン)が治安部隊に撃墜されるという奇妙な事件が発生した。ドローンは娯楽用のおもちゃであり、サルマン国王は王宮に不在でけが人もなかったという。

しかし、現場付近で銃声が響く映像がインターネットに投稿され、事件発生から数時間にわたり政府関係者や国営メディアが沈黙していたことから、様々な憶測が生まれている。反体制派に近い筋は「外遊中のムハンマド皇太子がイスラエルの合法性を認めたことに反発した陸軍の上級幹部の1人が、サルマン国王やムハンマド皇太子の暗殺を目論み、負傷したサルマン国王はムハンマド皇太子とともに米軍が直轄するリヤド近郊の軍事基地に移動した」と述べている。

真偽のほどは定かではないが、サウジアラビア王族内にムハンマド皇太子への反発が高まっていることは間違いない。建国以前の部族対立を教訓として「王族君主制(君主の王族が君主と一体となって統治する形態)」により国を治めてきたサウジアラビア王族にとって、独裁者への道をひた走るムハンマド皇太子は建国以来の伝統を無視する異端者以外の何者でもない。

原油高が引き起こす実体経済の悪化

失業者の増大に危機感を強めるサウジアラビアは、他国への軍事侵攻や国内のメガプロジェクト(スマートシティ(5000億ドル)、メガソーラー(2000億ドル)の予算確保のため「喉から手が出る」ほどカネがほしい状況だ。そんなサウジアラビア政府が望む原油価格は1バレル=80ドル以上とされる。これに同調する形で原油先物市場で「買い」が過去最高の水準にまで膨らんでいる。サウジアラビア自身の地政学リスクも効を奏して1バレル=80ドルの可能性が見えてきた。

だがその矢先に、盟友であるトランプ大統領からストップがかかった。

4月20日、トランプ大統領はツイッターで「原油価格は人為的にとても高くなっている」と、OPECとロシアなどによる協調減産を批判した。背景には「原油高に伴う国内のガソリン価格上昇が、自らが実施した減税措置の効果を相殺してしまう」との懸念があったようだ。これに対しOPEC側は「米国の石油産業も協調減産の恩恵を受けている」と反論したが、原油高がもたらす米国経済へのダメージはトランプ大統領の想定より深刻かもしれない。

原油価格の堅調さは信用スプレッドの拡大を回避し好調な株価を維持する効果を有することは前回のコラムで述べたが、原油高によるインフレ懸念で米国の長期金利が4月24日に4年3カ月ぶりに3%を突破したことが新たな懸念材料となっている。

マーケットアナリストの市岡繁男氏は「米10年債の利回りが現在過去10年の移動平均を上回っており(2008年時点よりも乖離率は大きい)、長期金利の高止まりにより多額の借金に依存してきた金融市場は大混乱に陥るかもしれない」と警鐘を鳴らしている。

「国際商品相場は再びスーパーサイクルの入り口にあり、マネー流入はさらに加速する」との声も聞こえ始めている。現在生じていることは「景気後退に近づく回復局面後期に国際商品相場が大きく上昇する」現象(4月23日付ロイター)ではないだろうか。

原油高によるガソリン需要の減少などは生じていないが、原油高が実体経済に与える影響については「1バレル=80ドル以上なら世界の経済成長に赤信号が点る」との分析がある(4月5日付日経ビジネスオンライン)。1バレル=40〜60ドル程度が世界経済にとって居心地の良い水準だったが、投機資金の流れが加速し、70ドル超えも十分あり得る情勢になっている。2007年から2008年夏にかけての原油相場の急上昇を彷彿させる動きになりつつあるが、実体経済の悪化から金融システムへの脅威が高まるとのシナリオが繰り返されるのだろうか。

大和証券チーフマーケットエコノストの岩下真理氏は「原油発の『セル・イン・メイ(5月に売り抜けろ)』となるかもしれない」としているが、その後に「リーマンショック」級の金融危機が来ないことを祈るばかりである。

2018年4月27日 JBpressに掲載

2018年5月7日掲載

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