米国社会の混乱が原油価格の下落を招く
「第2次南北戦争」の懸念が広がる

藤 和彦 上席研究員

8月28日の米WTI原油先物価格は1バレル=46.57ドルと約1カ月ぶりの安値となった(その後「原油在庫減少」の統計結果が出たが、「ハービー」の被害が拡大するとの観測から原油価格は同45ドル台に続落した)。

8月に入ってから米国の原油在庫が順調に減少を続けたことが原油価格を下支えしてきた。だが、ハリケーン「ハービー」が25日にテキサス州に上陸したことで製油所の一部が操業停止となり、製油できない原油在庫が今後増加に転じるとの懸念が生じたからである。

25日深夜に「ハービー」が上陸したことで米国第4の都市ヒューストン周辺は大洪水に見舞われた。テキサス州は27日、州兵3000人を派遣し数千人を救出したが、翌日に米連邦緊急事態管理局(FEMA)が「救援が必要な被災者は45万人以上にのぼる」との見通しを明らかにするなど、事態が収拾する兆しはない。約250の高速道路や空港、港湾施設が閉鎖され、沿岸部の油田地帯で操業する製油所も直撃を受けた(沿岸部の油田地帯は米国全体の製油能力の3分の1を占める。製油量は日量約560万バレル)。

米石油最大手のエクソンモービルは27日、米国で2番目に大きなベイタウン製油所の操業を停止し、英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルやブラジル国営石油(ペトロブラス)などの製油所もこれに続いた。こうして、米国全体の製油能力の約20%(日量約310万バレル超)が失われ、28日の米ガソリン先物価格は一時約2年ぶりの高値を付けた。

テキサス州では、シェールオイルの産油地帯であるイーグルフォードで一部生産が停止するなど原油生産量も約2割減少している(日量約30万バレル超)。だが、原油の減少以上に製油量の減少幅が大きいことから、原油在庫が増加することを嫌気して、23日に若干上昇した原油価格は大幅に下落したのである。

テキサス州では降雨が続いており、石油関連施設の復旧には最低でも1カ月以上かかるとされている。ゴールドマンサックスは28日、「今後数カ月にわたり原油在庫の大幅増加が続く可能性がある」との見解を示した。

「カトリーナ」は原油価格を上昇させたが……

米国の産油地域へのハリケーン襲来と言えば、2005年8月末にルイジアナ州(ニューオリンズ)を中心に甚大な被害をもたらした「カトリーナ」が頭に浮かぶ。

日量約330万バレルの製油能力を誇るルイジアナ州を「カトリーナ」が直撃したことから全米でガソリン価格が高騰し、原油価格もこれに連動した。

「カトリーナ」の場合も原油在庫は大幅に増加したはずだが、価格は低下しなかった。中国の「爆食経済」のおかげで「世界的に原油供給は不足する」と見込まれていたことから、「カトリーナ」は結果的に原油価格の上昇の大きな要因となった。7月末に1バレル=約60ドルだった原油価格は8月末には一時同70ドル超に高騰し、米国政府が原油価格を抑制するために戦略石油備蓄(SPR)を放出する事態にまで発展した。

その後、原油価格はリーマンショックが発生する2008年までうなぎ登りに上昇した。振り返って考えると「カトリーナ」はその格好の「発射台」となったと言えよう。

しかし「ハービー」の場合は、原油価格の上昇につながっていない。その理由をシェール革命によるものとする説がある(8月25日付日本経済新聞)。シェール革命により米国の原油生産量は2005年に比べ1.7倍となり、米国の原油の輸入依存度が低下し、国内の原油在庫も豊富であることから、原油供給は対ハリケーンで「抵抗力」をつけているのだという。

「抵抗力」が強化されているという指摘は正しいだろう。しかし、シェール革命後の2016年10月上旬でも「ハリケーンの上陸情報」を理由に原油価格は上昇している。今回のようにガソリン価格が急騰しているにもかかわらず原油価格が急落する事態は異常ではないだろうか。

社会の分断を助長するトランプ大統領

前述の日本経済新聞は、市場関係者が、初の大規模な自然災害となる「ハービー」へのトランプ政権の対応に憂慮していることも伝えている。

「カトリーナ」では政府の対応が遅れて多くの犠牲者(1833人)を出し、当時のブッシュ大統領の支持率が急落、求心力を失う結果となった。無法地帯と化したニューオリンズ市では人種問題の深刻さが改めて露わになったとされている。

トランプ大統領は8月29日に現地入りして危機対応力を示そうと躍起になっている。だが、その言動が人種問題など社会の分断を助長している感が強く、この難局を成功裏に乗り越えられるとは市場関係者は見ていない。原油在庫の増加に加え、社会の混乱の拡大が原油需要の低迷を招くとの憶測が出始めている。「ハービー」は原油価格の長期下落の引き金になるかもしれないのである。

筆者は「ハービー」発生以前の8月19日に石油関連情報サイト「OILPRICE」が「What Would A U.S.Civil War Look Like?」と題する記事を掲載し、「我々は第2の南北戦争に向かっているのではないか」との懸念を伝えていたのが気になっていた。このような論調は米国のメディアでは珍しくなくなってきているが、なぜ業界専門サイトまでこのような記事を載せたのだろうかと。

記事が訴えている内容をまとめると次のようになる。

「米国では、『都市部のグローバリスト』と『農村部のナショナリスト』との意見の相違が修復しがたいレベルに達している。トランプ政権の誕生は“既に遅し”だった。米国で今後発生する可能性がある第2次南北戦争は、1861〜1865年の南北戦争というよりも、ユーゴスラビア内戦やロシア革命や中国の辛亥革命に近い」

「グローバリスト」と「ナショナリスト」の戦いの構図は、『文明の衝突』で世界的に知られる政治学者、サミュエル・ハンチントンが、『分断されるアメリカ』という著書の中で20世紀末に既に予言していた。

『文明の衝突』は、世界のナショナル・アイデンティティを8つの類型に仕分けした上で、イスラム文明と中華文明が西欧と敵対する可能性を指摘した内容だった。つまり、米国にとって「外なる危機」を描いていた。

一方、『分断されるアメリカ』は米国にとっての「内なる危機」を抽出したものである(トランプ政権が誕生した今年1月、日本で文庫版として再び出版された)。ハンチントンは「ナショナル・アイデンティティ」と「トランスナショナル・アイデンティティ」の深刻なせめぎ合いの状況を指摘し、「2025年になってもアメリカがまだ2000年と同じ状態の国であり続けることのほうが驚くべきことかもしれない」との警鐘を鳴らしている。アングロサクソン・プロテスタントの文化の正統性を信じてやまなかったハンチントン(2008年没)が現在に生き返れば、「自分の予言よりも現実の方が早かった」と思うのではないだろうか。

南北戦争(1861〜1865年)と言えば、「奴隷制度」の是非が事の発端だったとの認識が日本ではいまだに根強い。だが、米国ではその原因を「経済」に求める説が有力になっている(8月24日付ZeroHedge)。

当時リンカーン大統領は「南部地域の分離を避けるためなら奴隷制度の容認を認める」立場をとっており、南部地域でも奴隷労働を強いていた農園主はごくわずかになっていた。むしろ、深刻な対立は高関税政策だった。輸出競争力が高い綿花を生産している南部では関税の撤廃を主張していたのに対し、リンカーン大統領の支持基盤である北部では産業保護のために高関税政策の維持に固執していたからである。

リンカーン大統領とトランプ大統領を比較すること自体が米国ではご法度かもしれないが、「高関税」「保護主義」という経済的観点では軌を一にするのである。

米国で第2次南北戦争が起きる日

8月12日、バージニア州シャーロッツビルで開かれた白人至上主義者の集会をトランプ大統領が明確に非難しなかったことが問題となり、トランプ大統領支持者も「人種差別的」で「暴力的」と揶揄されるようになってきている。だが、アリゾナ州フェニックスでトランプ大統領の演説(22日)を聴きに来た参加者たちは「普通の一般市民」のようである(8月24日付ニューズウィーク)。会場の外で反対派が抗議の声を上げる状況で怯えながら、会場内に入ると安堵するという情景を垣間見ると、反対派の方が「暴力的」であり「多文化主義」を押しつける全体主義的な傾向があるのではないかと思えてしまう(29日、タンパ大学准教授が「『ハービー』の洪水被害は共和党を支持したテキサスへの報いだ」とツイッターに投稿、その後、抗議が殺到したため、同准教授は解雇された)。

「マイノリティとなりつつある」との恐怖を感じているナショナリストたちはどのような行動に出るのか。19世紀の南部地域のように連邦から離脱を図る可能性は現段階では低いだろうが、ここで興味深い小説を紹介したい。

タイトルはずばり「アメリカ第2次南北戦争」である。

著者は、中世から近世にかけての欧州を舞台とした歴史小説を多く書いている佐藤賢一氏。10年以上前に執筆した近未来小説だが、2013年に黒人大大統領が銃規制強化に乗り出すと、それに猛反発した南西部諸州が「アメリカ連合国」を結成し、内戦が勃発するというストーリーである。

19世紀の南北戦争では、当時の産油地帯であったペンシルベニア州が激戦地となった(ゲティスバーグの戦いなど)が、今後、米国社会の混乱が拡大すれば、都市部中心に被害が広がる可能性が高い(トランプ大統領は28日、前政権が設けた警察への殺傷能力の高い装備品供与制限を無効にする大統領令を発令した)。このことは原油市場にとっては供給減より需要減の要素が大きいことを意味するため、原油価格は下落することはあっても上がる可能性は少ないだろう。

原油市場では、OPECの懐事情やシェール企業の採算性を考慮すれば「原油価格は再び上昇する」と期待する声が聞かれる。しかし、「ハービー」の襲来をきっかけに世界の原油市場は再び「カオス」となるおそれがある(8月28日付OILPRICE)。

朝鮮半島情勢、ベネズエラ、中東地域など世界中で地政学リスクが高まりを見せているが、最も厄介なのは米国なのではないだろうか。

2017年9月1日 JBpressに掲載

2017年9月8日掲載