トランポノミクスが招くかもしれない悪性インフレ
「世界経済の長期停滞を打破できる」の評価は正しいのか

藤 和彦
上席研究員

トランプ新政権が掲げる経済政策はどのような効果を発揮し、世界経済に何をもたらすだろうか。

トランプ氏が提唱する経済政策は、(1)大型減税、(2)大規模なインフラ整備という拡張的な財政政策である。

専門家の間では「レーガノミクスに近い」として、世界経済の「長期停滞」を打破できるとの評価が強まっている。だが、レーガノミクスが導入された1980年代初頭の米国経済は高インフレ・高金利に悩まされたことは気になるところである。

FRBは矢継ぎ早の利上げに追い込まれる?

金融市場では早くも「トランポノミクス」の効果からインフレ期待が高まり、長期金利が上昇している。為替市場でも当初予想されたドル安・円高とは真逆の現象が生じている。

小さな政府を志向する共和党は、減税には賛成するものの、インフラ投資の拡大には消極的であるとされている。しかし日の出の勢いのトランプ氏がインフラ投資拡大計画を実施すればどうなるだろうか(トランプ氏はインフラに投資する「インフラ銀行」の創設を検討し始めているようだ)。

米国経済は既に完全雇用状態にあり、賃金上昇率も緩やかながら加速し始めている。

米FRBのフィッシャー副議長は11月11日、「金融政策当局として最大限の雇用と物価の安定という目標をほぼ達成した」と述べた。12月の利上げは市場では織り込み済みである。

10月初めにイエレンFRB議長が講演で「現在の米国は『高圧経済』の状態にある」と述べたように、インフレ率が中央銀行の目標値を上回ったり、労働市場の逼迫状態が起きつつある。そのうえ、インフラ投資拡大に伴う雇用不足感が高まり、賃金インフレの懸念が高まれば、FRBは市場関係者の予想に反して「来年以降、矢継ぎ早の利上げに追い込まれる」のではないだろうか。

中国経済に及ぼす悪影響

トランポノミクスの悪影響は中国経済にも及び始めている。ドル高により人民元は約8年ぶりの水準に下落し、国内からの資金流出に歯止めがかからない(11月13日付ロイター)。

トランプ氏の、インフラ整備に10年で総額1兆ドルを投じる計画をわずか9カ月で達成する中国(11月14日付ブルームバーグ)でも、人手不足が深刻化している。10月の生産者物価指数(PPI)は前月に続き上昇し、消費者物価指数(CPI)の伸びも加速した。

中国経済もインフレの影に怯え始めているのだ。

インフラ投資の拡大は原油需要を喚起して原油価格を上昇させる効果があるが、人手不足により米国で悪性インフレが生じれば、「政策金利上昇→バブル経済崩壊」という悪夢のシナリオが実現してしまう。

いずれにせよ、トランプ新大統領がどのような政策を繰り出してくるのかを予断を持たずに注視していくことが肝要だろう。

2016年11月19日 JBpressに掲載

2016年11月29日掲載

この著者の記事