サウジとイランの対立再燃で原油市場に暗雲
王家内で高まるムハンマド副皇太子への反発

藤 和彦 上席研究員

「イランが原油生産量を制限しなければ、大規模な増産に踏み切って原油価格を下げる」

脅しにも近いこの言葉は、10月28日に開かれたOPECの専門家会合でサウジアラビアの代表が発したものである(11月5日付ロイター)。OPEC関係者が恐れていたサウジアラビアとイランの古くからの対立が再燃してしまったようである。

4月のカタール・ドーハでの原油生産凍結協議は、サウジアラビアの強硬な姿勢が災いしてが不調に終わり、米WTI原油価格は8月上旬に1バレル=40ドル割れした。この事態に危機感を抱いたサウジアラビアが「世界的な原油増産凍結を支持する」と態度を軟化させたことにより、ここ数カ月間、サウジアラビアとイランの間の緊張は沈静化していた。しかし、減産の具体的な内容を協議するやいなや、サウジアラビアの代表は「日量1100万バレル、場合によっては1200万バレルに増産して原油価格を下げる」とし、会合からも退席すると脅しをかけたという。

サウジアラビアは2014年以降、過去最高水準となる日量1050〜1070万バレルにまで原油生産量を引き上げてきた。さらに供給を増やせば、世界的な供給過剰状態が悪化するだけである。

OPEC筋によるとサウジアラビアがキレたのは、イランに対して「自分たちは原油生産量を日量1070万バレルから1020万バレルに引き下げるから、イランも360〜370万バレルで生産を凍結しろ」と提案したにもかかわらず、イランが「増産凍結の取り組みに従わない」との姿勢を崩さなかったからだと言われている。核疑惑による経済制裁が解除されたイランは一貫して「制裁前の水準」まで増産する(日量400万バレル)として、原油生産量の制限は免除されるべきと主張している。

サウジアラビアの減産提案は一見建設的に思える。だが、サウジアラビアは国内の冷房需要を賄うために夏場は日量50万バレル程度増産し、超過需要がなくなる冬場に減産するのが通例だ。イランが「サウジアラビアはなんら妥協をしていない」として従来の主張を曲げなかったのもうなづける。

OPEC加盟国間の結束は、再び危機に瀕している。サウジアラビアとイランとの間の緊張関係が再燃したことで、11月30日のOPEC総会で増産凍結の詳細が決定する可能性が遠のいた感は否めない。9月下旬の「アルジェリア合意」(年内に減産することの合意)への期待による原油価格上昇は帳消しとなり、原油価格は1バレル=44ドル台に下落している。

トランプ大統領の誕生後、原油価格は45ドル台に上昇したが、米上下院ともに共和党が制したことからシェール企業の生産に追い風となり、世界の原油市場の供給過剰を助長するとの見方が出ている。

サウジアラビアの財務相が突如退任

再び強硬姿勢に転じたかに見えるサウジアラビアは、「アルジェリア合意」の恩恵を最も大きく受けた国の1つだった。

なぜなら、米国で「テロ支援者制裁法」が成立したことにより実現が危ぶまれていた「初の海外向けの国債発行」が、10月上旬原油価格が1バレル=50ドル台に回復したことで、10月19日に175億ドルの国債発行に成功したからだ。これにより市場ではドル・ペッグ制廃止などの材料にしたサウジアラビアへの投機的な売り圧力が弱まった(10月21日付ロイター)。

ところがその状況の中で、サウジアラビア政府は10月31日にアッサーフ財務相の退任を発表した。

アッサーフ氏は1996年から財務相を務めてきたが、原油収入の落ち込みに見合う歳出削減ができず悪戦苦闘していた。

流動性の危機に苦しむサウジアラビア政府は、海外向け国債発行による資金が流入するのを待たずに「フライング」的に大量の資金を国内に支出し始めていたことが明らかになっている(10月19日付「ZeroHedge」)。政府は、2015年後半から建設会社への支払いを滞らせている「つけ」を払うとともに、建設業界向け債権の悪化で経営が圧迫されている国内銀行にも資金注入を行ったため、175億ドルもの大量資金のほとんどが手元に残らないだろうといわれている。また、サウジアラビア政府は11月に入り、公共事業の削減幅を200億ドルから2667億ドルに拡大することを決定した(11月8日付「ZeroHedge」)。原油価格が低迷を続ければ、さらなる借り入れ(100億ドル規模の国債発行)を余儀なくされるとの見方も強まっている。

10月21日に放送された討論形式のテレビ番組では、「原油安に耐えられるように経済を改革するにはどうしたらよいか」が議論された。番組に出演したアラジ人事相は「サウジアラビアの公務員の多くは労働時間が1時間を超えない。研究にも基づいたデータだ」と発言し、国内で大きな波紋を呼んでいる。米コンサルタント会社マッキンゼーによれば、サウジアラビア国民の被雇用者の約70%(300万人以上)が公共部門で働いており、雇用が安定し給料も高い。公共部門の給与は2004〜2013年の間に平均74%も上昇し、人事省に寄せられる応募者数が100万人以上に上るとされている。後任の財務相となる資本市場庁のアルジャダーン長官は、前任が成し遂げられなかった公共部門に大ナタをふるうことが至上命題である。

強権的なムハンマド副皇太子に高まる反発

11月1日付ロイターは今回の財務相交代の理由を「若き副皇太子への権限集中」だと分析しているが、「サウド王家内の『内ゲバ』も影響している」との見方もある。

サウジアラビアの現地メディアによれば、同国の王子が10月31日に西部のジッダの刑務所で他の受刑者とともにむち打ち刑を受けたと報じた。サウジアラビアでは10月、口論の末に知人を射殺して死刑判決を受けた王子の刑が執行されたばかりである。サウド王家のメンバーは数千人に上るが、死刑が執行されるのは極めてまれであるという。どうやらサウジアラビアでは、痛みを伴う改革を成功させるために王家に対する引き締めが強化されている可能性が高い。

一方で、改革の推進者であるムハンマド副皇太子に対する王家の反発も強まっている。

10月18日付ニューヨークタイムズは「ムハンマド副皇太子が昨年フランス南部で目にとまった豪華ヨットを数時間後に約5.5億ユーロで購入し、このことが露見すると、国内で憤りが波のごとく彼に向かった」と報じた。イランメディアも「昨年6月、酔って会議に出席したムハンマド副皇太子が『国のお金はすべて自分のものだ』と放言するなど悪評が高まりつつある」と伝えている。

真偽のほどは定かではないが、ムハンマド副皇太子に不満を持つ王家のメンバーが妨害工作を企てているとの噂もある。これに対し、ムハンマド副皇太子は財務相を電撃交代したことで、「これまでの方針を変更しない」とのメッセージを発したのかもしれない。

国防費の捻出に苦しむサウジアラビア

毀誉褒貶が激しいムハンマド副皇太子だが、イエメンへの軍事介入だけは失策と言わざるを得ない。未曾有の財政危機の中で国防費だけが押し上げられている。

10月28日、サウジアラビア政府は「イエメンの弾道ミサイルが聖地メッカに向けて発射されたが、65キロメートル手前で撃ち落とされた」と発表した。イエメン側は「サウジアラビア西部のジッダにある軍の飛行場に弾道ミサイルを発射した」と主張しているが、いずれにせよサウジアラビア主導のアラブ連合軍は、反政府武装組織フーシ(シーア派)をイエメン国内から一掃することができていないことは事実である。

イエメン内戦はサウジアラビア近海の「地政学的リスク」も急上昇させている。

イエメンとジブチ・エルトリアの間に位置し、紅海とアラビア海をつなぐマンデブ海峡付近では、10月にフーシ派によると見られる米軍艦船への対艦ミサイル攻撃事件が相次ぎ、大型石油タンカーもミサイル攻撃を受けた(11月5日付ビジネス・インサイダー)。

マンデブ海峡は世界の海上原油輸送の8大チョークポイントの1つである。ホルムズ海峡(約1700万バレル)と比べると規模は小さいが、2014年の平均原油輸送量は日量470万バレルと急増している(2010年は270万バレル)。

大型タンカーへのミサイル攻撃は海賊によるとの説が有力であるが、フーシ派が昨年3月末以降紅海の主要原油輸送を見渡せる軍事基地を制圧しているため、ミサイル攻撃をはフーシ派のせいにする向きもある(ただしフーシ派は否定している)。

サウジアラビアは最近「イランがイエメンに兵器を移送している」との主張を強めており、サウジアラビアとイランの政治的緊張が合意の最大の障害となった4月のドーハ会合時の国際環境に似てきている。ドーハ会合直後の5月上旬に、ムハンマド皇太子はベテラン石油鉱物資源相を解任したとされる。皇太子が今回、早々とベテラン財務相を辞めさせてしまったことは、11月末のOPEC総会が失敗する予兆なのだろうか。

2016年11月11日 JBpressに掲載

2016年11月18日掲載