原油相場が「強気」と「弱気」で揺れ動いている理由
当面は堅調に推移、だが需給面は悪くなっている可能性が大

藤 和彦 上席研究員

8月23日の米WTI原油先物市場は一時1週間ぶりの安値水準となったが、ロイターが「イランがOPEC非公式協議に前向きな兆候を示した」ことを報じると、大きく切り返した。ニュースのヘッドラインを材料に売り買いするプログラムを基に取引を行うヘッジファンドが大量の買い注文を入れたからだとされている。

WTI原油価格は8月2日に1バレル=39.51ドルの安値を付けたあと反転し、8月18日には20%以上上昇、48ドル台に達した。弱気相場入りから3週間足らずで強気相場に転じたことになる。

市場関係者の間では、20%の上げは強気相場、下げは弱気相場の始まりとされている。ウォール・ストリート・ジャーナルによれば今年は既に5回の強気相場と弱気相場の間を行き来している。5回もの相場転換は、原油価格が10ドル台と低迷した1998年以来の多さである。

原油相場はなぜ強気と弱気の間で揺れ動いているのだろうか。

8月初めからの原油価格の上昇は、9月のOPEC非公式協議に対する期待が主要因であることは言うまでもない。ヘッジファンドは価格下落を見込むポジションに大きく膨らんでいたが、OPEC非公式協議で「主要産油国が増産凍結に合意」することが濃厚とのニュースが飛び出したため、一斉にショートカバー(売り持ちポジションの解消)に走ったのである。

今年前半の増産凍結協議を模索する過程で、イランは「経済制裁前の水準に原油生産が達するまでは増産凍結協議には参加しない」との姿勢を貫いていた。しかしイランの7月の原油生産量が日量約360万バレルと制裁前の水準(同400万バレル)に近づいており、前述のロイター記事が、「前回の協議の最大の障害であったイランが参加する」との市場の期待を後押しした。

原油価格の回復は引き続き脆弱

今後、原油相場はしばらくの間、ニュースのヘッドラインに主導される形で堅調に推移しそうである。しかし需給面では何ひとつ変わっていない。いや、むしろ悪くなっている可能性が高い。

市場関係者が注目している増産凍結だが、前回の交渉で凍結が提案された今年1月の生産水準よりも、現在の生産量は日量100万バレル増加している(イランとサウジアラビアの増産が原因)。凍結の水準が日量3300万バレル(OPEC全体の生産量)ではなく同3400万バレルならば、市場の再均衡は少なくとも1年遅れ、2018年以降になるとの見方がある(8月19日付ブルームバーグ)。

ゴールドマンサックスは8月22日、今後1年間の原油価格の見通しを1バレル=45〜50ドルで据え置いたことを明らかにした。8月の原油価格上昇は"投機筋のポジションの急激な変化"などに起因しており、ファンダメンタルズの改善ではないとみているからだ。原油価格の回復は引き続き脆弱との見方を改めて示した格好である。

また、ゴールドマンサックスのレポートの中で注目されるのは、記録的に高いレベルの原油生産量を維持しているOPECの原油生産"凍結"よりも、イラク、ナイジェリア、リビアにおける供給障害の"雪解け"のほうが原油相場のリバランスに影響を与えるという指摘である。

イラク政府は今年3月、パイプラインを支配するクルド自治政府との支払いを巡る問題で、北部の3油田の輸出を停止していた。だが、クルド自治政府との交渉がまとまり、8月22日、数日以内に原油輸出を日量約15万バレル(5%)増加すると発表した。翌24日には、イラン石油省は9月のOPEC非公式会合での生産量確保の観点から石油各社に対して増産を要請した(イラク首相は23日、OPECの増産凍結に消極的な姿勢を示した)。

また、ナイジェリアでは8月22日、数カ月にわたり石油ガス施設に攻撃を行っていた武装組織「ニジェール・デルタの復讐者」が攻撃を停止し、政府と交渉を行うと宣言した。リビアでも国内治安の安定から原油輸出を再開する模様である。

4月のドーハ会合の決裂以降、これらの国の供給途絶が原油価格の下支えになってきたが、これらが解消されれば原油相場は再び軟調となるだろう。

ゴールドマンサックスは、OPECの増産凍結による原油価格の上昇が他の地域の生産活動を促し、逆効果になるかもしれないことも指摘する。

実際に、原油価格が1バレル=50ドル台に向けて回復基調にあることを受け、米シェール企業大手数社が他社に先んじて生産増に動いている。米油田サービス会社ベーカーヒューズが発表した8月19日までの週の石油リグ稼働数は8週連続で増加、前週比10基増の406基となり、2月19日以来の高水準となった。

世界の石油需要はいつピークを迎えるのか

ゴールドマンサックスは「短期的には需要の伸びが急激に鈍化する兆しはない」としている。だが、中国は石油製品過剰の状態に陥っている。

中国では、7月に石油製品輸出が急増した。ディーゼル輸出は前年比182%増の153万トン、ガソリン輸出は同145%増の97万トンとなった。「ティーポット(茶壺)」と呼ばれる民営製油企業が、安値攻勢によりシノペックやペトロチャイナなどの国有石油企業から国内市場を奪ってしまったことが大きな原因とみられる。国有石油企業は国内で石油製品をさばけず、輸出の拡大を余儀なくされているのである。

また、少し大きなスパンで見ると、世界の原油市場に与える悪影響として、もっと深刻な要因が頭をもたげつつある。

8月18日付けフィナンシャル・タイムズは「もしピークオイルが来たら、投資家はスマートになる必要がある」とのタイトルの記事を掲載した。ここで言う「ピークオイル」とは「石油供給能力がピークを迎える」ではなく、「石油の需要がピークを迎える」という意味である。

石油の需要は先進国で既に細りつつある。例えば日本の石油消費は2005年の日量535万バレルから昨年の同415万バレルと、10年間で2割以上減少している。フィナンシャル・タイムズは「日本にとどまらず世界全体でも10〜20年以内に起こる」としているが、筆者はこの予言はもっと早まるのではないかと心配している。

バブル状態の米国経済

世界経済の変調を示す数字として、中でも注目されているのが米国の生産性の伸びである。

米国の生産性の上昇率の過去50年間の平均は約2%である。直近では1999年から2006年までは年率2.4%だったが、2007年から2013年にかけて1.1%に落ちている。今年に入ると第1四半期の生産性上昇率はついに0.6%に低下し、全米産業審議会は5月「今年の生産性上昇率は過去30年余で初めてマイナスとなる可能性が高い」と予測した。

その主な原因はリーマン・ショック後の超金融緩和にあると言われている。金融緩和のせいで、企業は人手不足を合理化ではなく低賃金労働を増やすことでしのいできた。そのため、生産性の上昇が抑え込まれている。

リーマン・ショック以降、米国では廃業率が開業率を上回るなど企業の新陳代謝も振るわない。世界経済を牽引するIT業界では従来型産業と異なり事業拡大が容易であるため、極端な独占企業が出現している。これらの巨大企業がベンチャー企業を次々と買収することで「成長の芽」を奪ってしまっているとの指摘も出ている。

生産性とは生産活動に対する生産要素(労働・資本など)の寄与度を指すが、生産性と経済成長の間には強い相関があると言われている。生産性が上昇しなければ経済は成長しないし、原油需要も増加しない。

資産市場の活況も、長くは続かなさそうだ。ブルームバーグによれば、S&P500株価指数の株価収益率(PER)は来年の予想利益ベースで18倍に達している。2002年以降で最も高い値であり、米国株は「新たな根拠なき熱狂」状態となっている。

米国政府は7月28日、「今年第2四半期の持ち家比率は62.9%と1965年以来で最低となった」と発表した。住宅価格が上昇し、庶民の手が届かないものになりつつある。不動産や株式などの資産価格が経済成長以上のペースで高騰する経済状態をバブル経済と言うのなら、米国経済はバブル以外のなんであろう。

余剰労働力が少なくなり低賃金部門での賃金上昇が加速している現状について、グリーンスパン元FRB議長は8月19日のブルームバーグラジオのインタビューで、「金利が今後ものすごい勢いで上昇する可能性がある」と警鐘を鳴らしている。そうなれば一気に信用収縮となり、バブル経済は一巻の終わりである。

このようにバブルマネーの影響が大きくなった原油市場の変調は、バブル経済の終焉を予兆しているのかもしれない。

2016年8月26日 JBpressに掲載

2016年9月2日掲載