原油価格のさらなる下落が8月危機を招く?
米国でガソリン在庫の増加基調が鮮明に

藤 和彦 上席研究員

原油相場に再び関心が高まっている。

8月1日に米WTI原油先物価格が3カ月ぶりに1バレル=40ドルを割り込み、弱気相場入りしたかと思われた。だが、4日に発表された米エネルギー省の統計でガソリン在庫が再び減少となったことから、原油価格は同40ドル台に回復している。

8月3日付「日本経済新聞」は、エネルギー分析の第一人者とされる米国の経済アナリスト、ダニエル・ヤーギン氏のインタビューを掲載した。このインタビューには今後の原油市場を占う上で重要な論点が盛り込まれている。そこで、今回のコラムではこれらについて筆者の見解を述べてみたい。

供給過剰は本当に解消に向かっているのか?

まず原油市場の需給状況だが、ヤーギン氏は「供給過剰は解消に向け動き始めており、再び(今年2月につけた1バレル=20ドル台に)戻るとは見ていない」としている。

その理由として、供給面では「米国の原油生産量が昨年4月に比べ日量約100万バレル減少している」ことを強調している。さらに原油価格急落で原油開発関連投資が大幅に減少しているため、「原油の需給環境が近いうちに逼迫する事態も想定しなければならない」と警戒感を強めている。

これについての筆者の正直な感想は、「今後生産が開始される深海油田のことが考慮されていない」というものである。

低油価にもかかわらず、世界各地の深海油田の開発は順調に推移しており、2017年にはブラジルやメキシコなどの深海油田の生産開始によって世界の原油生産量は日量約160万バレル増加する見込みである。

需要面では、ヤーギン氏は「中国は引き続き重要な市場だが、2014年までの10年間のような旺盛な需要増は見られない。今後10年はインドが非常に重要だ」としている。今年第1四半期にインドの原油需要の拡大幅が初めて中国を上回った。直近のインドの原油需要は日量約360万バレルだが、2040年には現在の1.8倍の同約650万バレルに増えるとの予測(国際エネルギー機関(IEA))がある。しかし、筆者が以前のコラム(5月19日付)で述べたように、金融面の脆弱性からインドは「第2の中国」にはなれないと見たほうがよい。

サウジの財政は火の車、増産凍結合意は困難

次にOPECの役割についてである。ヤーギン氏は「2014年11月の減産見送りでOPECは原油価格の調整役としての役割を終えた。原油価格はOPECではなく市場が決めるようになった」としている。

OPEC諸国は4月の原油生産凍結合意に失敗したが、その後、ベネズエラとエクアドルを中心に一部の加盟国が再び非OPEC産油国とともに増産凍結合意を取りつけようとする動きが出ている(8月5日付ウォ-ル・ストリート・ジャーナル)。イランが9月までに制裁前の原油生産レベル(日量400万バレル)に到達する可能性が高いことから、今度こそイランも巻き込んだ包括的な合意ができるとの期待が高まっているからだ。

提案国が絶好の機会と考えているのは、9月26日アルジェリアで開催される国際エネルギーフォーラムだ。だが、サウジアラビアが首を縦に振らないことには、物事は何も進まない。ヤーギン氏は「(サウジアラビアが)改革の柱である原油以外の収入の多様化を進めるには、逆説的に原油収入が必要となるため、サウジアラビアは原油の販売量とシェアを重視する」としているが、筆者も全く同感である。

サウジアラビアは7月下旬からアジア市場でのロシア、イラン、イラクとの競合を背景に原油の輸出価格を1バレル=0.7〜1.3ドル引き下げた。中国ではロシアと首位の座を争っているが、インドでは第2四半期イラクに首位の座を譲った。

中国では原油需要を支えてきた戦略備蓄向けの調達が一巡したとの観測もあり、アジア市場での需給のだぶつきが顕著になっている。そのような中、財政が「火の車」のサウジアラビアが、他の産油国のために増産凍結合意を決断するのは前回以上に困難であると言えよう。

この原油価格でシェール企業が石油リグ稼働数を増やす理由

シェール企業について、ヤーギン氏は「原油価格の調整役というより、市場の変化に臨機応変に対応する『短期の生産者』と見るほうが適切だ」と興味深いコメントをしている。

8月5日までの週の米石油リグ稼働数は前週比7基増の382基となり、6週連続の増加となった。原油価格が1バレル=50ドルになれば、シェール企業は本格的に生産拡大すると言われてきた。しかし「同60ドルに達する必要がある」(7月29日付ブルームバーグ)との見方が強まっている中、現在の原油価格でなぜシェール企業は石油リグ稼働数を増やすのだろうか。

その答えは、幹部に支払われるボーナスの算定方法にあるようだ。生産・埋蔵量の増加に連動する契約内容にあるため、シェール企業の幹部が自らの報酬増大のために生産量を拡大している可能性がある(7月22日付ブルームバーグ)。

だが、これによりシェール企業の財務はますます悪化している。米金融ウェブサイト「zero hedge」によれば、今年第1四半期シェール企業の平均的な操業実績は原油販売利益に対して4倍のコストを費やすという状態に陥っている。このため現在の負債総額は年間利益の10年以上と上昇しており、その穴埋めのためにシェール企業は今年前半だけで160億ドル以上の株式を売却して資金を捻出しているという。

幹部が報酬を目当てに採算度外視の操業をしているのであれば、シェール企業は「短期の生産者」としても失格かもしれない。ましてや原油価格の調整役にはほど遠いと言わざるを得ない。

原油価格下落の最大要因は米国のガソリン在庫の増加

以上、ヤーギン氏のコメントをつぶさに見てきたが、筆者が一番違和感を覚えたのは足下で起きている原油価格の下落を軽視している点である。

ヤーギン氏は下落の原因は「短期的に、世界経済の先行きに不透明感が出ているから」としている。だが、下落の最大要因は米国のガソリン在庫の増加である。

米国のガソリン在庫は今年2月に過去最高水準にまで膨れ上がったが、その後減少に転じ、6月半ばから再び上昇基調になりつつある。米国のガソリン需要は堅調に推移しているが、需要量を上回る量のガソリンが市場に供給されているため、この時期にガソリン相場が、冬場に需要の多いヒーティングオイル相場を下回るという通常ではありえないことが生じている。

米国のガソリン市場の供給過剰の原因は海外にある。以前のコラム(7月28日付「このままいくと世界にあふれかえる中国製ガソリン」)で紹介したように、世界のガソリン需要の増加を上回るペースで中国国内で過剰となったガソリンが世界市場を席巻し始めているのだ。

夏のドライブシーズンが終わりに近づき需要の増加が期待しづらい時期となれば、ガソリン在庫の増加基調はますます鮮明となり、ガソリン相場の一段安が原油相場にネガティブなインパクトを与えることは必至である。

原油価格は短期的な上昇を経て本格的な調整局面へ

米国商品先物取引委員会(CFTC)が発表した8月2日時点の建玉報告では、ヘッジファンドによるWTI原油先物の買い越し幅は前週比35.7%減で3週連続の縮小となり、2月上旬以来の低水準となっている。原油相場は200日移動平均線を下回ったことから、投機筋も「売り目線」で原油市場を見ている可能性が高い。このため産油国の生産調整への期待などから短期的に原油価格は上昇することはあっても、その後は本格的な調整局面に入るのではないだろうか。

8月は国際金融市場で危機が起こることが多いと言われている。1998年8月にはロシア国債がデフォルトを起こし、米国で著名ヘッジファンドLTCMが破綻、世界市場が震撼した。2007年8月にはサブプライムショックが起こり、翌年9月のリーマンショックとなった。昨年8月は人民元の切り下げによる中国株式市場の暴落を契機に世界同時株安となった。

JPモルガンは「原油価格が1バレル=30ドル台になれば、産油国のSWFは750億ドル相当の株式を売却する」と試算している。

原油価格下落にもかかわらず米国のジャンク債市場は堅調だ。シェール企業が今年前半の原油価格上昇で原油先物取引から収益を再び得られるようになったために、「倒産の波」が沈静化されたからだと言われている。 しかし、原油価格40ドル割れが続けば、財務体質がますます悪化したシェール企業の倒産がこれまで以上の規模で起きるだろう。

今年も8月危機が起こるかどうかは定かではない。だが、原油価格の動向が以前にも増して鍵を握っていることだけは間違いないだろう。

2016年8月12日 JBpressに掲載

2016年8月19日掲載