米国のベネズエラ制裁でも上がらない原油価格
代替調達先の確保で、価格急上昇の期待は沈静化

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は1バレル=50ドル台前半で推移している。米国のベネズエラ制裁発動で原油価格が上昇してもおかしくない状況にもかかわらずに、である。

まず供給面について見てみよう。

1月のOPEC加盟14カ国の原油生産量は前月比80万バレル減の日量3081万バレルと大幅下落となった。サウジアラビアが35万バレル減の1021万バレルとなり、減産合意を10万バレル下回る水準となった。減産対象11カ国の原油生産量の遵守率は86%である。

価格上昇に躍起、サウジのさらなる一手とは

原油価格の上昇に躍起となっているサウジアラビアは2月に加え3月もさらに減産する姿勢を示すとともに、米国の原油在庫を減少させるために、同国への原油輸出量を日量44万バレルにまで減少させている(昨年第4四半期は100万バレル超だった)。

サウジアラビアはさらなる一手を投じようとしている。

2月6日付ウォール・ストリート・ジャーナルは「サウジアラビアとOPEC加盟の湾岸諸国数カ国は、ロシアの率いる非加盟10カ国と原油価格を下支えするため、新たな産油国協定を正式に結ぶ方向で模索している」と報じた。OPECプラスとして減産に着手しようという企てである。

新協定はOPECのこれまでの決定方式(原油生産量の規模にかかわらず決定事項に対する投票権を1国1票とする)を改め、サウジアラビアとロシアに特別な権限を与えるという内容である。2月18日の週にウィーンで開く産油国会合で議論し、4月に産油国代表が集まり、最終的な合意を目指すとしている。

だがOPEC内は一枚岩ではない。米国の制裁を受けているイランはロシアとサウジの協力関係の強化で両国の原油価格への影響力が高まり、同国は一段と不利な立場に立たされるとして反発している。イランの現在の原油輸出量は中国へ日量36万バレル、インド30万バレル、韓国13万バレルなど合計で約100万バレルとなり、制裁前に比べて大幅な減少となっている。米国政府は今年(2019年)5月以降イラン産原油輸入の特例措置を認めないとしており、イランの立場はさらに悪化する可能性がある。

ロシアもこの企てについて消極的な姿勢を示している(2月6日付OILPRICE)。「新組織は官僚的な弊害が大きい」というのがその理由だが、背景には国家財政の原油収入への依存度がサウジアラビアに比べて低いことや、中東地域の安全保障で協力関係を深めるイランへの配慮もある。

ロシアの1月の原油生産量は前月比5万バレル減の日量1138万バレルに高止まりしている。ロシアの大手石油会社ロスネフチはOPECプラスの減産に異を唱えているとの情報もある(2月11日付OILPRICE)。

さらに、米下院司法委員会が2月7日、OPECを反トラスト法違反で提訴することを可能にする「石油生産輸出カルテル禁止(NOPEC)法」を可決したこともサウジアラビアにとって痛手である。NOPEC法は本会議で審議されるかどうかは不明だが、米政府高官は2月8日にNOPEC法を支持する異例のコメントを出した(2月9日付ロイター)。これに対しOPEC側はバルキンド事務局長が2月11日、「OPECはカルテルではないし、価格設定に関与しておらず、我々をそのように非難するのは不適切な判断だ」と反論するなど火消しに追われており、このような情勢下で「OPECプラスを常設機関化する」企ては米国の不満に「火に油を注ぐ」行為となる。

米国のベネズエラ制裁の影響

手詰まり感があるOPECプラスにとっての朗報は、米国のベネズエラ制裁による原油生産量の大幅減少である。

21世紀初頭に日量300万バレル超の原油生産量を誇っていたベネズエラはチャベス政権が生産能力増強投資を怠ったことから、その生産量は長期低落傾向にあった。チャベス政権を引き継いだマドゥロ政権下で事態がさらに混迷を深め、直近2年間で原油生産量は70万バレル超減少したが、月ベースの減産量がわずかだったことから市場に与えるインパクトは軽微だった。

だが1月28日、米財務省がベネズエラの国営石油会社「PDVSA」を経済制裁の対象に指定し70億ドル規模の資産が凍結されると市場関係者の注目が一気に高まった。ベネズエラの原油輸出収入の75%を占める米国向けが停止すれば「PDVSAの操業に大きな支障が生じ世界の原油市場は混乱する」と考えられたからである。

米国の12月のベネズエラからの原油輸入量は日量57万バレルであり、大手輸入先はPDVSAの米製油子会社シットゴー(CITGO)とシェブロンなどである。シェール革命により米国ではガソリンなどを生産する軽油は潤沢となったが、ディーゼルなどの生産に適した硫黄分の多い原油は依然として輸入に頼っており、メキシコ湾岸に立地する製油所のディーゼル生産にとってベネズエラ産原油は最適だった。

米国での石油製品生産に支障が生じないよう、今年4月までPDVSAとの取引を継続可能とする暫定措置が採られたが、PDVSAが原油代金の前払いを要求したことから、既に米国企業向けに出荷される原油を積載したタンカーがベネズエラ沖で停泊したままとなり、「760万バレル分の原油がメキシコ湾で漂流中」との情報がある。PDVSAと取引を停止した米国の製油企業が代わりの調達先の確保に奔走したため、米国メキシコ湾岸の硫黄分の多い油の価格指標は1バレル=60ドル近くに上昇した。

効力を失った供給側の価格上昇要因

市場では「米国での原油供給不足で原油価格が急上昇する」との憶測が一時高まったが、ベネズエラ産重質油の代替調達先に目処が立ったことで事態は沈静化に向かいつつある。

代替調達先として挙げられるのはサウジアラビアとカナダである。サウジアラビアは減産により余剰生産能力180万バレル分を擁しているが、米国の製油企業にとって最も有力な調達先はカナダである。

米国のSPR(戦略国家備蓄)もある。米国政府は1月29日、SPRの放出を検討していることを明らかにした(1月29日付ロイター)。SPRはルイジアナ州とテキサス州に約6.5億バレルの原油(そのうち3分の2は硫黄分の多い原油)を備蓄している。「備えあれば憂いなし」である。

米エネルギー省は2月8日、「PDVSAへの制裁は米国の製油企業の操業に支障を与える可能性は少ない」との声明を発表した。

PDVSAも米国市場に代わり欧州やアジア向けの輸出を増やそうと必死の努力をしている(2月6日付OILPRICE)が、ベネズエラの原油生産量は昨年末の日量110万バレルから今年は80万バレル、来年には68万バレルと大きく減少する可能性があるとの観測が出ている(2月11日付ロイター)。

一方、米国の制裁が功を奏し、欧米諸国が支持するグアイド国会議長が政権を獲得すれば、外国からの資金で同国の原油生産量は次第に回復する可能性も指摘されており(2月5日付OILPRICE)、市場関係者の間では「米国のベネズエラ制裁でも原油市場は平静なままである」とのコンセンサスが広まりつつある(2月5日付ロイター)。

今年1月の原油価格の上昇率は1月としては過去最大(15%)を記録したが、2月に入り原油価格をさらに上昇させる供給側の要因(OPECプラスの協調減産、ベネズエラの政情不安など)は失効してしまった感が強い。

ヘッジファンドによるWTI原油先物の買い越し幅はクリスマスイブを底に拡大傾向にあったが、足元では「売り」が拡大しつつある。

堅調に推移する米国の原油生産量

原油価格の上昇を最も抑制している米国の状況だが、足元の原油生産量は日量1190万バレルと過去最高水準を維持している。石油掘削装置(リグ)稼働数は850基前後で上下しているが、掘削後未完成井(DUC)は8700基を超えている。

シェールオイルの最大産地であるパーミアン鉱区でエクソンモービルが全体の生産量の5分の1を占めるようになり、メキシコ湾の海底油田への今年の投資額はシェールへの投資を上回る見通しである(1月16日付OILPRICE)。シェールオイルの増産の伸びに陰りは出ているものの、米国の原油生産量は今後も堅調に推移するだろう。

さらに米国南部ではシェール輸出のインフラ開発競争が激化する(2月5日付フィナンシャル・タイムズ)など国際市場への供給体制の強化も進んでおり、米国は原油大国としての立場を確固たるものにしつつある。

原油市場は再び供給過剰状態に?

供給とは対照的に需要面では、過去6年間好調だった米国のガソリン需要(日量約930万バレル)の伸びが鈍化の兆しがあり(1月30日付OILPRICE)、米国内の原油の供給過剰感が高まりつつある。

世界最大の原油輸入国である中国でも「頼みの綱」であった民間製油所(茶壺)の1月の原油輸入量は前月比8.7%減の日量272万バレルだった(2月1日付OILPRICE)。債務不履行に陥る企業が記録的に増加しており、中国政府の景気刺激策にもかかわらず中国経済の減速がさらに進む可能性も高い。

OPEC諸国から「第1四半期に原油市場の需給は均衡する」との見方が示されている(2月11日付ロイター)が、需要の伸びが鈍化すれば原油市場は再び供給過剰状態に陥ってしまうのではないだろうか。

世界経済がリセッション入りすれば、ブレント原油価格は35ドルまで下落するとの予測もある(1月16日付OILPRICE)。

突然終了したサウジの汚職摘発運動

最後にサウジアラビア情勢について触れてみたい。

1月30日、サウジアラビア政府は突然「2017年11月に始めた大がかりな汚職摘発運動をひとまず終了する」と発表した。汚職摘発運動により381人中87人が容疑を認め、12兆円の資産(現金や土地、証券)を回収したという。とはいえ、60人以上が未解決のままであり、その発表が検察庁ではなく王宮庁だったことも腑に落ちない。

1月末に突然終了した理由として「ムハンマド皇太子がやりたい放題を慎むようになった」との憶測が出ているが、ムハンマド皇太子はエネルギー需要が増える中国、インドなどとの関係強化を図るために早ければ2月にアジア諸国を歴訪する方向で検討に入ったようだ(1月31日付日本経済新聞)。

ムハンマド皇太子が「サウジアラビア経済の脱石油依存」が一朝一夕では実現できないことを理解し、地に足のついた形で国力強化に努めるようになることを願うばかりである。

2019年2月15日 JBpressに掲載

2019年2月22日掲載

この著者の記事