ドーハ会合が決裂、世界が手を焼くサウジの身勝手
高まる地政学的リスク、サウジ王家は大丈夫か

藤 和彦
上席研究員

「原油相場の下支えに向けて、OPECや非OPECの主要産油国は再び増産凍結で合意することを目指し、おそらく5月にロシアで会合を開くだろう」

4月20日、イラクのニマ副石油大臣はブルームバーグの電話インタビューにこう述べた。

また、サウジアラビア石油資源鉱物省の顧問を努めるムハンナ氏も4月21日にパリで開催された会議で、「6月2日のOPEC総会で増産凍結を協議する」と述べた。同席していたOPECのバドリ事務局長も「加盟国はこの先、増産凍結という考えに戻り、非OPEC産油国とさらなる協議を行うだろう」との見方を示した。

このように増産凍結への期待を維持することで原油価格を上昇させようとする動きが相次いでいる。

だが、市場の反応は醒めている(4月22日付ブルームバーグ)。その理由は、ドーハでの会合の顛末があまりにひどかったからである。

サウジの「理不尽な要求」で会合は決裂

「最後の最後に態度を変えた国がある」 ロシアのノヴァク・エネルギー大臣は、計12時間に及んだマラソン会合後、ロシアのテレビインタビューに対して「増産凍結決裂の原因となった国は、サウジアラビアと一連のペルシャ湾岸諸国だ」と不満を露わにした。

4月17日、サウジアラビア、ロシアなど主要産油国18カ国が、カタールの首都ドーハで会合を開いた。この会合で原油の増産凍結に合意できなかったのは、サウジアラビアが頑なな姿勢を崩さなかったことが主要因であると言われている。

イランは核問題に対する国際社会からの経済制裁が1月に解除された。制裁下で日量280万バレルに落ち込んだ原油生産量を制裁前の水準(同400万バレル)に戻す方針を堅持しており、その取り扱いをどうするかが議論の焦点だった(イランは会合には参加していない)。

当初は、「1月の原油生産量を10月まで据え置く『紳士協定』で合意を演出する」というのが会合の筋書きだったようだ(4月19日付日本経済新聞)。しかしサウジアラビアが、出席していないイランにも増産凍結に合意させるという「理不尽な要求」(ノヴァク大臣)に固執したため、会議は決裂してしまった(4月18日付ロイター)。

フィナンシャル・タイムズ(4月18日付)は、「ドーハ会合で決定的な役割を果たしたのはサウジアラビア国王の最愛の息子だった」と指摘している。同紙によれば「会議に参加したヌアイミ石油資源鉱物大臣には決定を下す権限はまったくなかった。会議に参加しなかったムハンマド副皇太子は会合当日の朝、代表団に電話をかけ帰国するよう命じた」という。

ロシアのノヴァク大臣は4月20日、「イランが障害になっており、OPEC諸国が原油増産凍結の合意にこぎつけるとは思えない」として、5月のロシア会合の開催を否定した。「増産凍結合意自体が、世界の原油市場の均衡を保つ方法として有効ではなくなりつつある」「ロシアは原油生産を過去最高水準に引き上げることが可能だ」とも述べ、態度を硬化させている。

ドーハ会合直後にサウジアラビアが「原油生産を日量1150万バレル(現在は同約1020万バレル)にまで引き上げる」と発言した(4月19日付ブルームバーグ)ことで、ロシア側はますます疑心暗鬼を深めていると思われる。まさに「覆水盆に返らず」である。

クウェートで石油労働者が大規模ストライキ

ドーハでの増産凍結合意の決裂を受け、WTI原油先物価格は一時1バレル=37ドル台に急落。たが、すぐに急反発する(その後40ドル台前半で推移)。

OPEC第4位のクウェートの石油労働者によるストライ影響で、同国の3月の原油生産量が日量281万バレルから110万バレルにまで減少したことが判明したからである。約170万バレルの減少量は世界の原油市場の供給過剰分(約200万バレル)に匹敵する規模であり、増産凍結合意よりはるかに大きなインパクトを有する。

石油労働者のストは、財政状況が厳しくなったクウェート政府が公共部門労働者の給与と国民の福利厚生を大幅カットしたことが原因だった。ストライキは3日で終了したが、湾岸産油国内で最も政情が安定しているとされてきたクウェートで大規模なストライキが発生したことは驚きである。

クウェートのストを受けてサウジアラビアのムハンマド副皇太子は「補助金削減が国民に与える影響を抑える政策を準備している」と述べた(4月18日付ブルームバーグ)。サウジアラビアでも石油部門で大規模なストライキが起きる可能性がある。

サウジアラビア政府は4月19日、歳入の落ち込みを補うために海外銀行団から100億ドルを借り入れることを発表した。外貨準備が急激に減少するなど厳しい経済運営を余儀なくされている結果だが、他の産油国も同様である。

4月13日、国際通貨基金(IMF)は「今後5年間で産油国の財政は、原油価格が上昇した2004年から2008年までと比べて2兆ドル以上悪化する」との予測を発表している。

サウジの身勝手の裏に米国との関係悪化

石油産出国の政情不安に加え、いわゆる地政学的なリスクにも市場関係者の関心が高まっている。

サウジアラビアはなぜここまでイランの参加にこだわったのだろうか。その背景にはイランとの宗教的な対立だけでなく、米国との関係の変化も大きく影響している。

オバマ大統領は湾岸協力会議(GCC)各国との首脳会合に出席するため、4月20日、サウジアラビアに到着し、サルマン国王と会談した。オバマ大統領とサルマン国王は、シリア内戦やIS(イスラム国)、イランへの対応などについて意見交換を行った。

しかし米メディアはこぞってサウジアラビアで「オバマ大統領が冷遇された」ことに焦点を当てた。サルマン国王がGCC加盟国首脳らを空港で出迎えたにもかかわらず、オバマ大統領を出迎えなかったからである。通常オバマ大統領が外国を公式訪問する際は盛大に迎えられるが、今回のリヤド訪問では華やかさも荘厳さもなかったという(4月21日付ウォール・ストリート・ジャーナル)。

両国関係の冷却化を象徴する出来事はオバマ大統領のサウジ訪問前にも起きていた。

9月11日の米同時多発テロへの関与が疑われるサウジアラビア政府を、遺族らが提訴することを可能にする法案が米議会に提出された。そのことに反発したサウジアラビア政府が「『法案が通過した場合は米国の保有資産(7500億ドル相当)を売却する』と警告している」(4月15日付ニューヨークタイムズ)。米主要紙によれば、サウジアラビア側の警告を伝える密使としてジュベイル外務大臣が3月に密かに訪米し、ホワイトハウス高官らと会談したという。

この法案は、今年1月に上院司法委員会を通過した。法案が成立すれば、米国の裁判所がサウジアラビア当局者の引き渡しを要求し、拒否した場合には「サウジアラビアの在米資産が凍結される」ことになる。

サウジ王家崩壊、中東戦争という悪夢のシナリオ

サウジアラビアが大量の米国資産を売却すれば、ムハンマド副皇太子が描く「投資立国」構想に甚大な悪影響をもたらす。そのため、サウジアラビアの主張を「口先だけの脅かし」とする向きが多い。だが「権力を維持するためにいかに多くのお金を必要としているかが伺われる」と、サウジの内情を深刻に受け止める専門家もいる(4月21日付ロイター)。

日本でも「サウジ王家の崩壊リスク」を指摘する声が出始めている(倉都康行・RPテック代表)が、米ウォール街は「サウジ王家の崩壊」による原油価格高騰を気長に待つ余裕がなくなってきている。

シェール企業などの経営破綻が急増している(4月25日付日本経済新聞によると昨年以降倒産した企業の負債総額は約200億ドル)ことから、米4大銀行はエネルギー業界向け融資を対象とする貸倒引当金の積み上げが止まらない(4月18日付ブルームバーグ)。4大銀行の中でエネルギー業界へのエクスポージャーが最も大きいのはウェルズ・ファーゴの約140億ドル、シティは約112億ドル、バンク・オブ・アメリカは約77億ドルである(JPモルガンは明らかにしていない)。

ドイツの金融ジャーナリストであるエルンスト・ヴォルフ氏は露メディアのインタビューで、「これらの不良資産には数千億ドル規模の金融派生商品が関わっているため、多くのシェール企業が経営破綻した場合、米国の金融システムは深刻な危機に陥る」と指摘した。

さらにヴォルフ氏は「状況を改善できるのは原油価格の急騰だ。それが最も簡単に実現できるのは、多くの油井が破壊される中東の戦争だ」とも述べる。今年上旬に来日した米ヘッジファンドのアドバイザーが、同様の趣旨のことを筆者に語っていた。戦争の主戦場がサウジアラビアとなったら日本にとって大惨事である。

4月21日、官邸主催の「国際金融経済分析会合」で国際エネルギー機関(IEA)のビロル事務局長は「中東地域の原油の依存度が高まるため、今後原油価格が乱高下する可能性が高い」と懸念を表明した。

予測不能のサウジアラビア、そして米国の政策によって、産油国を巡る地政学的リスクにこれまで以上に注意を払わなければならない時期が到来していると言えそうだ。

2016年4月27日 JBpressに掲載

2016年5月9日掲載

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