問われる国際標準化戦略
「日本発」への執着は無意味

江藤 学
コンサルティングフェロー

昨今、国際標準化が話題になることが増えたのは喜ばしいが、その内容は日本発の標準を世界に広めることにこだわりすぎ、国際標準化機関における活動の結果ばかり議論しているようにみえる。標準化とは、競争をやめることで市場を拡大してコストダウンを進め、標準化されていない部分での利益を最大化するためのビジネス上重要なツールだ。国際標準化機関での活動は、その一部でしかない。

例えば電気自動車(EV)の充電コネクターに関して、新聞紙上などでは日本発のチャデモ方式に対して欧米がコンボ方式を持ち出し、日本が提案した標準化の邪魔をしているという論調が多い。本件では、確かに最初に国際標準化機関に提案したのは日本だったかもしれない。しかし、後から欧米や中国が別の方式を提案し、それらすべてが並列に国際標準として認められるのは一般的なことだ。

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確かに一昔前には、市場で利用される技術がデファクト(事実上の標準)競争で集約されたころに国際標準を決定していたので、標準は1つになることが多かった。しかし、市場投入後のデファクト競争は、負けた側に大きな負担となるため、1990年代ごろから「事後標準から事前標準へ」の掛け声の下で、市場前段階での標準化が模索されるようになった。

ところが、実際に市場に出す前に標準化活動をしたところ、市場の評価がない段階で技術の良しあしだけで選択することは困難であった。さらに、それぞれの技術に特許が複雑に絡むために、特許の許諾権を使って他社の標準化活動を止めようとする動きも目立ってきた。その結果として、標準化活動の場ではお互いにけんかせず、それぞれが提案した技術を横並びで国際標準として認める「マルチスタンダード化」の流れが定着した。

もちろん現在でも、試験方法などを巡り、技術を1つに集約する本来の標準化ができる分野も存在する。しかし、エレクトロニクス系などハイテク分野の製品標準ではマルチスタンダードが一般的だ。メーカーもフォーラム(会議)などで仲間が集まりつつ、国際標準化活動に先んじて製品を市場投入する。既に市場投入されている技術を、国際標準化機関での話し合いで切り捨てることは困難だからだ。

現在では、市場でのシェア拡大と国際標準化活動を並行して進めることがビジネスの常識となっている。特に中国は、自国市場を守るために独自の標準を提案してくるが、多くの場合、それも国際標準の1つとして認められる。この結果、国際標準化後も市場で3~5方式が併存してシェア争いをすることは普通だ。

さらに、いずれシェア争いが終わり1つの標準が選択されるかというと、最近では技術進歩の速さから、市場が選択する前に次の技術が現れ、旧技術を淘汰することが増えている。こうした環境では、「日本発の標準を世界に普及」することに大きな資源を使うのは無駄だ。中国市場には中国標準を使い、欧州市場には欧州標準を使って参入した方が有利なことも多い。

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日本発の標準が少ないわけでもない。図は日本工業標準調査会(JISC)が国際標準化機構(ISO)、国際電気標準会議(IEC)のデータベースを利用して、最初に標準化を提案した国を試験的にカウントしたものだ。日本が国の規模に応じた十分なイニシアチブをとっていることが分かる。ただし前述したように、日本発の技術だけを国際標準にするという戦略は今やほぼ不可能となっている。自らの提案した技術が国際標準の1つとして認められれば成功といってよい。

図:IEC、ISOにおける標準化活動提案件数の各国比率
図:IEC、ISOにおける標準化活動提案件数の各国比率

しかし、この成功は世界市場で勝つための第一歩にすぎない。なぜなら、標準化した技術は利益の源泉にはなり得ないからだ。標準化は市場拡大とコストダウンのための重要なツールだが、この市場拡大は皆で同じ技術を使う安心感により成し遂げられるものだ。また、標準化でコストダウンされた部品や設備は誰でも購入できる。つまり標準化とは、利益を犠牲にして市場拡大とコストダウンを実現する活動だといえる。

利益を得るための競争は標準化されていない部分で行うのだから、そこに購入者の求める価値がなければ競争には勝てない。もちろん価格競争で勝てる自信があるなら、すべてを標準化して低価格だけで競争するのも1つの戦略だが、日本企業がその戦略で勝てないことは自明だろう。

EVのコンセント形状の問題にしても、コストヘの影響はあるが、ビジネス上致命的な問題ではない。本当にビジネス上重要なのは、自社のEVが他社にない魅力を発揮し、一定のシェアを維持することだ。コンセントのコスト差で勝負が決まるような競争をしていたのでは、決して利益を確保できない。例えば「どんな情報をEVから受け取り、EVに渡すのか。その情報で、どんな魅力的なサービスを実現するのか」が新しいビジネスの視点だ。これまでなかった新しいサービスは、EVの大きな魅力となり、そのサービスを支配するものは大きな利益を得るだろう。

だからこそ、標準化参加者は自らがどんなサービスをビジネス化しようとしているかは決して明らかにしない。しかし将来展開したいサービスを念頭に置いて、そのサービスを最も有利に提供できるような通信方式やフォーマットを標準化提案してくるのだ。

つまり標準化とは、参加者がその上でそれぞれの技術力を競うステージを準備する行為といえる。上手な標準化活動とは、自分の技術力を隠したまま、その技術力を最も発揮できるステージを実現することだと考えられる。もし自分の隠し持つ技術が飛び抜けて画期的で強力ならば、ステージを選ばないので、標準化は他社に任せておけばよい。標準化によって安く使いやすいステージができれば、その上で自らの技術を活用して魅力を発揮すれば勝てる。実際、米アップルはこの戦略で驚異的なコストダウンと独特の魅力の両立に成功している。

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早い標準化が有利とも限らない。タイミングが重要だ。標準化とは技術を競うステージをつくる行為だからこそ、自分の強い技術をどのように発揮するのかを先に決めておかなくてはならない。どこでどのようにもうけるのかというビジネスモデルが先にない標準化は、価値がないだけでなく、将来自らのビジネスを阻害する可能性が高い。

いったんつくった標準は取り消せないだけに、ビジネスモデルをきちんと練ったうえで、利益を犠牲にしてでも実行すべき標準化とは何かを見極めることが最も重要だ。最近では米デュポンのフッ素樹脂加工「テフロン加工」や四国タオル工業組合の「今治タオル」などハイレベルの標準と認証を組み合わせてブランド化を狙うビジネスも盛んだ。各標準によってどのような効果を得られるかを理解したうえで、正しいタイミングで標準化しなければ意味はない。

標準化活動は、他社の情報をいろいろな形で入手できる場である。自らの技術を国際標準にすることも重要だが、それ以上に、新しい標準の上で他社がどのようなビジネスをいつごろどこで開始しようとしているのか。標準化活動から様々な情報を得て、それを自社ビジネスに生かしていくことが不可欠である。

2012年7月27日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2012年8月6日掲載

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