自衛隊のイラク派遣に思う

CURTIS, Gerald
RIETIファカルティフェロー

外交とは、国益確保のために、現実的な状況分析に基づきリスクを負う覚悟で、最善と思う政策を選択することだ。この観点から見れば、イラクに自衛隊を派遣するという小泉首相の決定は、まさに現実的な選択と評価はできる。その決定に反対する政治指導者たちは、政府が採用した政策よりも派兵しない政策がより国益にかなうと説得力ある説明の必要がある。残念ながら今のところ、反対派はそういう対案を示していない。反対以上のものが見えない。

とはいうものの、イラク派遣について、小泉政権の説明を聞いていると首を傾げざるを得ない。まず、なぜ小泉首相ら政府高官は正当性に欠けたブッシュ大統領の対イラク先制攻撃を支持しているのだろうか。多くの米国人は、ブッシュ政権の戦争の必要性の説明が実体を伴わないと思っている。大量破壊兵器は見つからないばかりか、米大量破壊兵器調査団前団長のデビッド・ケイ氏は大量破壊兵器はあるだろうという米中央情報局(CIA)の判断は間違っていたと言っている。国際テロ組織アルカイダとの連携の証拠もない。さらにフセイン政権の時よりも、イラクはテロ組織の活動に適した地域となってしまった。

日米関係の維持とか、ブッシュ大統領と仲良くするために自衛隊を派遣すると強調しすぎると、日本は独自性がないという批判につながり、反米感情を高める危険性さえある。正当性を欠く戦争を徹底的に擁護しなくても、日本は人道支援とイラク再建を手伝うために自衛隊を派遣すべきだ、と説明するのは可能と思う。フセイン元大統領の恐怖政治が去った後、イラク再建は日本を含めた世界にとって重要である。ブッシュ大統領を強く批判する米国人の大半はイラクからの撤退には反対だ。民主党(米国)は他国がより大きな役割を果たすようにブッシュ政権は政策を変えるべきだと主張しており、米国で自衛隊派遣は広く評価されている。

日本の世論調査によると、イラク派兵への支持が増えている。しかし、その理由はブッシュ政権との関係は大事だからではなく、困った状況にあるイラク国民を助けるべきだという信念に基づいているようだ。それは日本人の理想主義とイラク人への同情と思いやりである。なぜ小泉政権はそういう面をもっと押し出さないのだろうか。

もうひとつ気になることがある。イラク派兵を支持する政治家の中には、この行動が相応の国際貢献というより、軍事力行使に対する日本人の戦後アレルギーを克服するためのワンステップと思っている人たちは少なくない。戦後の日本は軍事大国にならなくとも、経済大国になれると身をもって示した。もちろん、ポスト冷戦、ポスト9.11の新しい現実に対応するため、政策調整は必要だ。しかし、平和外交を誇るべきだと思う。イラク派兵を一番喜んでいる人たちの中に、いよいよ日本がこの平和主義と決別するだろう、と期待している人は少なくないようだ。

さらに、イラク派兵は改憲運動に新しい活力を与えている。自民党は2005年に改憲提案する計画であり、民主党は06年を目標にしている。この2政党が、どう改正すべきかについて、それぞれの目標年までに合意できるか、私にとって想像することは難しい。さらに、国会議員の3分の2が国民投票にかける改正に合意することを考えるのはもっと困難だ。憲法改正論議が日本外交のあるべき姿や日本が持つべき将来ビジョンについての論争につながるなら、それなりに大きな意味があるが、改憲そのものはだいぶ先のことだろう。

日本の外交政策は世界の新しい現実に即し調整せざるを得ない。こういう時こそ、その方向性とビジョンを示せる政治指導者が必要である。その必要性は民主党の指導者には特にある。国家運営の舵を取っている自民党連立政権に取って代わろうと思えば、政府批判だけでなく、マニフェストというスローガンを並べたものを出すだけではなく、民主党が採用する政策は、なぜ小泉首相の政策より国益に沿うのかを説明しなければならない。そうした挑戦に立ち上がるようには到底見えない。

2004年2月8日 東京新聞「時代を読む」に掲載

2004年2月19日掲載

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