自治体間の財政格差と地方法人特別税-根拠あいまいな是正規模

赤井 伸郎
RIETIファカルティフェロー

地域間の税収格差が大きな問題になるなかで、地方税収の偏在を是正し、税収の安定性を高める体系構築にむけた改革の議論が進み、今年から地方法人特別税、地方法人特別譲与税(詳細は後述)が導入されることになった。

しかしながら、そもそも地方間格差是正の手段としての役割を果たしてきた地方交付税制度との整合性をどう確保するかなどの点に関し、結果として国民の理解が十分進んでいないように思われる。また、制度導入の過程でも、その効果に関して有効なシミュレーションに基づく議論をもとに制度の是非が判断されたとはいいがたい。

以下では、その制度の効果を明らかにし、制度の是非を判断するための材料を提供するとともに、そのために何が必要なのかを問いたい。

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地方分権を進めようとすれば、地方交付税に頼らず地方の独自税源を充実させる必要がある。しかしその結果、かえって地域間格差が拡大してしまうという「トレードオフ」が生じる可能性が高い。また、財政面で余裕がある自治体と余裕がない自治体の間で地方税を再配分する(水平調整)ことも、現実的には難しい。このため、自治体間の財政格差を縮小させる制度設計は容易ではない。

昨年来の議論で地方自治体側は、税収の偏在性が大きい地方法人二税(法人事業税、法人住民税)を国税化する代わりに、消費税5%のうちの1%の地方分(地方消費税)の割合を拡充することを求めた。しかし、この提案は2009年度以降に消費税を含む税制の抜本改革時まで先送りされ、そのかわりの暫定措置として都市部に税収が集中する地方法人二税のうち、法人事業税の半分に相当する2兆6000億円を国税化(地方法人特別税)し、この収入額を人口と従業員を基準に都道府県に再配分する制度(地方法人特別譲与税)に組み替えることが決まった。

この制度改正の過程では、格差是正の効果に関するシミュレーションなどはほとんど公開されなかった。また、法人事業税の半分という規模は消費税1%に相当するため決まったとされるが、これが財政格差是正に妥当な水準かどうか、根拠は曖昧である。そこで関西社会経済研究所の協力で行った格差是正効果の研究を紹介したい。

まず、自治体間の財政格差がどのようになっているのかを調べてみよう。格差を測る代表的な指標である「ジニ係数」(格差がない状態の「0」から最高の「1」までで不平等さを表す指標)を計算して、現状の1人当たり地方税の格差を見てみた。

法人関係の地方税の主要項目には、都道府県では法人事業税と法人住民税、市町村では法人住民税、固定資産税などがある。さらに、法人住民税には、主な税として、法人の所得に関係なく支払う法人均等割と所得に応じて支払う法人税割がある。

計算結果を見ると、地方消費税に比べ、法人二税のうち法人税割と法人事業税の格差が大きく、さらに法人税割の格差は近年拡大傾向にあることがわかった。

では、地方自治体が求めている、法人二税のかわりに地方消費税を拡充する(「地方消費税化」)案が実現した場合の効果はどうか。格差が認められた法人税割と法人事業税のそれぞれに関して地方消費税と入れ替える、すなわち法人税割と法人事業税それぞれの削減分が地方消費税の増加分と同額になるような制度改革のシミュレーションを、05年度のデータを基に行ってみた。

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まず、都道府県で法人税割と事業税のそれぞれの全額を地方消費税と入れ替えると、法人税割の交換では1人当たり地方税のジニ係数は0.230から0.207に低下する一方、事業税の交換では0.177に低下した。つまり法人税割より事業税を地方消費税と入れ替える方が格差是正に大きく寄与する。

同様に、市町村で法人税割の全額を地方消費税化した場合も、ジニ係数は0.165から0.144へと低下、1人当たり税収格差の縮小が確認できた。

だからといって、地方自治体間の財政格差是正にとって、地方消費税化することで問題が解決すると単純に結論づけることはできない。それは使途に制限なく国から渡される地方交付税や使徒を特定して国から交付される国庫補助金に、もともと財政調整機能があるからである。

そもそも地方交付税は、自治体の行政サービスに必要な費用を積み上げた基準財政需要額から地方自治体が独自に得る標準的な税収入の75%の額などをもとに算出される基準財政収入額を引いた差額を国が支払うものだ。したがって、自治体の税収が増加しても、その75%分の地方交付税が減少してしまい、25%分しか総歳入は増えない。ちなみにこれは今回の地方法人特別譲与税の導入でも同様で、その25%分しか「恩恵」が得られないのである。

交付税の算定基準がそのままだと格差是正が限定的なるため、地方法人特別譲与税の創設とあわせて「地方再生対策費」が設けられた。これは、地方法人特別譲与税導入で生じた交付税の余剰分にほぼ相当する4000億円(都道府県分1500億円、市町村分2500億円)を人口などを基に特に財政の厳しい地域に重点的に交付税として配分するものだ。

図 地方法人特別譲与税・地方再生対策費による歳入の変化

この地方再生対策費がどのくらい地域格差是正の効果を持つのかも先のジニ係数で推計してみた。しかしその結果は、市町村、都道府県とも、1人当たり歳入の格差は縮小するどころかむしろ拡大するというものだった。これは、もともと1人当たり歳入の大きい地方部へ地方再生対策費が配分されたためと考えられる。

同じ行政サービスを提供するのでも、地方部の方が1人当たりのコストが高くなるため、もともと地方交付税は1人当たりでみて地方部に相対的に手厚く配分されている。地方再生対策費もこうしたコストの違いを考慮した格差を念頭に置いているため、1人当たり歳入でみた格差が拡大してしまったと考えられる。

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このように、今回の格差是正策導入をめぐっては、1人当たり地方税収でみれば都市部のほうが豊かである一方、1人当たり歳入ではもともと地方部のほうが豊かであるといった具合に、実は何が格差なのかということが十分議論されていない。そこで、国民の判断材料を提供すべく以下の試算も行った。

1つは法人二税を全額地方消費税化した場合、大都市部での総歳入が実質的にどの程度減少する、いいかえれば拠出することになるのかというシミュレーションだ。法人税割の移管では、東京都で946.5億円、愛知県223億円、大阪府89.8億円減少する。事業税の移管では減少額は、東京都で5289億円、愛知県1140.6億円、大阪府375.5億円とさらに大きくなる。ただし、東京都以外はその75%が交付税で補てんされるため、歳入総額への影響は小さくなる。また愛知県は06年度から不交付団体になったため、完全には補てんは受けられない。

地方消費税化した場合、交付税総額がどの程度削減されるかも試算した。地方消費税化で交付団体の地方税収(基準財政収入額)が増加するため、地方交付税の総額は地方消費税化が進むにつれて減少する。この余剰額(地方交付税の減少額)も格差是正の程度を測る1つの指標になる。実際、その額は、都道府県では、法人税割の地方消費税化で710億円、事業税の地方消費税化で2953億円であった。市町村税(法人税割)の地方消費税化では、645億円となった。

今回のように透明性の低い形で議論が進められる制度改正は少なくない。公平性を考える上では、格差をどういう指標・評価基準で測定するかで結果が変わってくる。それだけに、この点での社会的な合意も考慮に入れ、真に必要な格差是正の規模・あり方を考える必要があろう。

2008年6月13日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2008年7月1日掲載

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