Special Report──RIETI政策シンポジウム「グローバル都市の盛衰-東京圏、日本、そしてアジアにとっての含意」直前企画

都市が発展を遂げる必要条件とは?

アレン・J・スコット
カリフォルニア大学教授

昨今、東アジア全体が「世界の工場」としての地位を揺るぎないものとしつつあり、この地域の世界貿易・世界経済における重要性が急速な高まりを見せています。また、それと並行して、アジアにおいては大都市の集積が着実な成長を遂げてきています。都市集積の重要な点は、都市が「イノベーションの基地あるいは揺りかご」としての役割を果たしていることです。RIETI政策シンポジウム「グローバル都市の盛衰-東京圏、日本、そしてアジアにとっての含意」では、都市集積の成長の背景には広義の規模の経済が存在する中で、アジアを代表するワールド・シティである「東京圏」の現在のポジショニングは、21世紀を通じて不変なものであるのかといった問題意識を持ち、日本の都市、特に東京圏の役割を捉えます。本コーナーでは、シンポジウム開催直前企画として、シンポジウムの論点の見どころ等についてシリーズで紹介していきます。第2回目は、カリフォルニア大学ロサンゼルス(UCLA)政策学部および地理学部教授であるアレン・J・スコット氏に、産業クラスターの成功要因や都市住民の政治参加をいかにして高めるかといった問題についてお話を伺いました。

RIETI編集部:
産業クラスターは都市集積の重要な要素のひとつですが、産業クラスターが成功するためにはどのような要因が必要なのでしょうか。シリコンバレーやハリウッドのような成功例は、産業集積をめざしながらもあまりうまくいっていないその他の事例に比べて何が違うのでしょうか。

スコット:
成功に導くための決まった処方はありません。とはいえ、いかなるかたちであれ長期継続的な成功を遂げるためには、満たさなければならない数々の必要条件があります。まず、地域の内部構造に関する条件があります。それぞれがある分野に特化しながらも互いに補完的な製造業者のネットワーク、集積に必要とされる各種特殊技能を十分に補充できる層の厚い労働市場、諸活動に有益な情報の継続的な循環を通した活発な技術知識の習得プロセスが存在しなければなりません。次に、クラスターの外の問題に関する条件があります。とりわけ重要なのは、最終生産物をより広範な市場で商品化し、販売する能力です。しかし、このようにどちらかというと力学的な条件を効果的に整えるのは至難の業です。大きく分けて2種類の状況がその成否を握っていると思います。第1に、規模と範囲の外部経済効果を十分に高めるため、全体として一定の秩序を担保するための適切な諸制度が必要です。第2に、その地域の文化、規範、慣習が高度な協調的な相互作用や創造を促す物である事が必要です。こうしたプロセスを支援する上で政策立案者ができることはたくさんありますが、自信をもってこの問題に取り組むためには、まだまだ研究を進めていく必要があります。

RIETI編集部:
スコット教授は、南カリフォルニアの経済開発戦略の構築に携わって来られましたが、現在、この地域における現在の課題は何でしょうか。東京圏にも関連性のある課題があるでしょうか。

スコット:
かつて航空宇宙産業に支えられていたロサンゼルス経済は過去20年間で大きな変貌を遂げ、映画やテレビ番組の制作、電子ゲーム、建築、ファッション、宝石等のクリエイティブ産業中心の経済に生まれ変わりました。この地域における最重要課題の多くは、(a)こうした産業に従事する熟練労働者の確保、(b)有益な部門間シナジー効果の促進(マーケティング、デザイン等の分野)、(c)一層強まりつつある低賃金労働の外部委託化の流れと何らかのかたちで折り合いをつけること、に関するものです。東京圏もクリエイティブ産業における主要なグローバルセンターになりつつあると思います。重要なのは、間違いなく、東京で生み出される物が(競争優位に立つという観点から)文化的に差別化された物でありながら、世界中の消費者に魅力的であるよう担保する事だと思います。

RIETI編集部:
近年、アニメーション、ビデオゲーム、ファッションをはじめとする日本発の文化輸出が大きく伸びています。日本経済は従来、製造業に大きく依存してきましたが、その経緯に照らしてみた場合、文化輸出の増加という新たな展開は、経済的にどのような重要性を持つとお考えでしょうか。文化産業の成長を促すために日本の政策立案者にできることがあるとすれば、どんなことでしょうか。

スコット:
日本におけるクリエイティブ産業の成長は、明らかに、大変重要な動きです。このような産業が生み出す製品に対する需要は世界的に急増しており、国内総生産(GDP)への寄与という点でもますます重要度が高まっています。そしてその原動力となっているのは、ニューヨーク、ロサンゼルス、パリ、ロンドン、東京といった世界の大都市圏なのです。日本、とりわけ東京は、世界経済のこの分野のキープレーヤーになるだろうと、私は考えています。政策立案者に対して2つの全般的なアドバイスがあります。まず1つめですが、文化の特性を生かしながらも、他の社会の人々が理解できるような製品作りを奨励することが必要です。つまり、文化的な独自性をフルに生かし、競争優位を十分に発揮しなさいということなのですが、その際、(ハリウッドを真似ることなく)ある程度の普遍性を持たせるよう心がける必要があるということです。もう1つのアドバイスは、当然の帰結として、これらをグローバルな市場で商品化し、流通させるためのシステム作りに積極的に投資しなければならないということです。北米地区以外のクリエイティブ産業はこれまで、2つめの側面における努力を著しく怠ってきました。

RIETI編集部:
外国人居住者を含む都市住民の政治参加を高める必要があるとおっしゃっていますが、市その他の地方行政当局は、どうすれば、これまで意思決定の外側に取り残されてきた人々の政治参加を促すことができるのでしょうか。

スコット:
世界中の大都市圏において、大規模な移民集団の存在がますます大きな特徴となっていますが、こうした移民の多くは低賃金・低技能の職についています。また、移民の多くは社会的・政治的にも隅に追いやられており、それ自体が容認しがたいものであるばかりでなく、より広範な都市社会の観点から見てもうまく機能しない状況となっています。言わんとしているのは、その他のレベルの政治機構、とりわけ主権国家とは明確に区別された、市民権の領域としての都市地域という概念です。私が今ここで伝えようとしている市民権の概念は、民族国家によって与えられる生得権としての市民権が有する通常の意味とは対照をなすものです。政策的には、これをある特定の地域に居住することによって獲得することのできる市民の属性としてとらえ、その地域特有の実質的な権利と義務を付随させることができます。この意味において、個人がその生涯においてある都市地域から別の都市地域に、ときには国境を越えて、移り住むたび、何度も市民権を取得することができるようになり、部外者という位置付けによる「無力化」の効果が地方政治に関する限り無効になります。この方向に真の改革を進めることによって得られる重要な成果の1つは、多くの国際的な都市地域で社会の主流から取り残された多くの移民集団に参政権を与えることによって、彼らを地域社会の一員として正式に受け入れ、より民主的な地域生活の構築に向けて道を切り開けることです。

取材・文/RIETIウェブ編集部 木村貴子 2005年3月8日
参考資料

REGIONS, GLOBALIZATION, DEVELOPMENT [PDF:98KB]
Allen J. Scott and Michael Storper

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2005年3月8日掲載

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