少子高齢化と財政の持続可能性:社会保障とマクロ経済の定量的展望

開催日 2018年6月27日
スピーカー 北尾 早霧 (RIETIファカルティフェロー/東京大学大学院経済学研究科教授)
モデレータ 井上 誠一郎 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省経済産業政策局調査課長)
開催案内/講演概要

急速な少子高齢化は、社会保障支出増を通じて財政に大きな打撃を与える。老年従属人口指数は今後数十年にわたり上昇する、長期的な課題だ。中長期的な財政健全化を目指すには、生産性向上に支えられた社会保障改革が欠かせない。今回のBBLでは、RIETIファカルティフェローで東京大学大学院経済学研究科教授の北尾早霧氏が、南カリフォルニア大学セラハッティン・イムロホログル教授および明治大学山田知明教授との共著『Fiscal sustainability in Japan: what to tackle?』をベースに、マクロ経済モデルを使った高齢化による財政・マクロ経済への影響の分析結果を発表した。また、どのような社会経済環境の変化と社会保障改革が成長を通じた財政健全化につながるか、参加者とともに意見を交わした。

議事録

日本における少子高齢化の現状

北尾早霧写真日本は大きな財政問題を抱えており、2017年時点での政府債務残高は対GDP比240%(グロス)、130%(ネット)と非常に高いです。これは継続的な財政赤字の結果で、今後も急速な少子高齢化と実質賦課方式の社会保険制度(年金・医療・介護保険)の存在により、状況はますます厳しくなるでしょう。日本の財政制度は果たして持続可能なのでしょうか。

まずは現状把握として、2017年の年齢別人口分布によると、日本では人口のピークは65歳、年金受給開始年齢にあります。第2のピークは第2次ベビーブーマーの40代前半で、その後は約45年間に渡り出生数は減少しています。また女性1人当たりの子どもの数も、戦後は4人に近い数字だったのが、1970年代半ばを境に2人を下回っています。2人というのは、人口を維持するのに最低限必要だとされる数値です。

一方、寿命は大幅に延びています。1960年頃には60歳前後でしたが、現在では女性が85歳、男性が80歳、今後もますます延びていくでしょう。しかし少子化の影響の方が強く、人口全体は2008年をピークに減少を続けており、今世紀末には日本の人口は6000万人にまで減少することが予想されています。

経済的な問題としては、生産年齢人口(20〜64歳)=労働力の減少が挙げられます。一方で老年人口(65歳以上)=年金受給世代は2040年をピークに上昇します。老年従属人口指数(65歳以上/20〜64歳)=労働者1人当たりが支える老年人口の割合は2050年には0.8にまで上昇する見込みです。これらの推計からも分かる通り、労働力の減少は長期的な課題であり、2050年までを見据えて対策を講じていくことが重要です。

これは世界的な動向ですが、規模・スピードともに日本の高齢化は顕著です。他国でも高齢化に対する危機意識が高まっており、日本がどのような対策をしていくのかが注目されています。

今回の研究について

私の研究では、政府会計のどの部分が重要か、将来推計の諸仮定の違い(人口推計、経済変数、政策)による影響は何かについて、ミクロ個人異質性と政策・制度の詳細を組み込んだ世代会計モデルを構築し、数量分析をしています。

今回の研究では、可能な限り政策・制度の詳細をモデルに組み込むようにしています。またシミュレーションの始点を2015年に定め、国立社会保障・人口問題研究所(社人研、National Institute of Population and Social Security Research、IPSS)の人口推計をベースに2100年までを試算しています。さらに、家計の異質性(年齢、性別、雇用形態、属性毎の賃金、社会保険の被保険者種類(号)、年齢別医療・介護費用等)について、ミクロデータを用いて将来推計を行っています。

一方、家計による経済行動の最適化は行っていません。よって、幸せ度に対する政策の判断もできません。また「一般均衡」モデルではなく、外生的な金利設定に基づいてシミュレーションを行っています。政府債務についても、それが毎年の政府不均衡を吸収すると仮定しています。

会計モデルには3つの社会保険制度(公的年金、健康保険、介護保険)を組み込んでいます。皆保険制度により、すべての日本人は何らかの形で保険を受けています。また被保険者には第一号、第二号、第三号の3種があります。会計モデルにおいては、各個人を年齢・性別・雇用形態により分類しています。雇用形態は正規労働者、非正規労働者、自営業者、非労働者の4つに分けています。

公的年金は実質賦課方式です。2015年の年金総支給額は52兆円(GDP比10%)で、その60〜70%は保険料で構成されています。給付方法は基礎年金と報酬比例部分の2階建てで、受給開始年齢は現時点では65歳です。また保険料は被保険者種別に応じて決定します。

健康保険は国民全員に同じ支給、年齢別に違う自己負担率となっています。69歳までは30%、それ以降は20%、10%と変動していきます。保険料は同じく被保険者種別に応じて決定します。また現時点での国民医療費支出は42兆円(対GDP比8%)です。医療費は年齢が上がるほど高くなります。よって、高齢化が進めば国の負担もその分増え、財政は厳しい状況になります。

介護保険は2000年に開始しました。支給対象は40歳以上です。自己負担率は賃金によっても異なりますが、現時点では10%と仮定してシミュレーションを行っています。保険料は被保険者種別のほか、年齢に応じて決定します。65歳以上が「介護保険」第一号被保険者、40〜64歳は「介護保険」第二号被保険者に分類されます。日本の総介護費用は10.1兆円(対GDP比2%)です。介護費も年齢が上がるほど高くなります。

世代会計モデル(家計部門)

家計部門と政府部門の2つから成るモデルを使います。家計部門では異質な個人をそれぞれの属性からマクロの数字を計算するという手法を用いています。人口推計については社人研の2017年推計を用いてシミュレーションをしています。

労働参加率と所得は非常に重要になってきますが、ミクロデータを用いて各年齢、性別、雇用形態別賃金プロファイルを推計しました。労働参加率は総務省の労働力調査、雇用者所得は厚生労働省の賃金構造基本統計調査、自営業者所得は総務省の全国消費実態調査報告を用いて推計しました。

労働参加率を男女で比較すると、男性の参加率が著しく高く、女性も以前よりは高くなっているものの男性よりは低いです。また女性では30代前後で出産や子育てを機に離職し、40代前後で復職する傾向が見られました。さらに興味深いのは、雇用形態別でみた場合、正規の女性は労働参加率が著しく低く、また40代前後での増加が少ないことから、40代前後で復職する際の雇用形態はほとんどが非正規であることが分かりました。また所得については、男女差だけでなく、男女ともに正規・非正規の差が大きいことが分かりました。

個人の消費については、全国消費実態調査報告というミクロデータを用いて推計しています。また年齢別家計資産は所得と消費の残差によって計算しています。

世代会計モデル(政府部門)

政府の支出や税収を細かく分けて、予算制約式を作成しました。シミュレーション開始年の2015年の制度と数値に合致するよう初期化した上で、制度が変わらないことを前提に、どれだけ債務が積み上がっていくかを、2100年まで長期シミュレーションしました。

理解がしやすいように金額ではなく、対GDP比で示しています。GDP全体については、賃金成長率を1.5%(全要素生産性成長率1%相当)と仮定し、賃金成長率と雇用者数の変化を掛け合わせて変化するという計算を行っています。

政府歳出と歳入を対GDP比で表すと、その差はますます広がり、2070年には対GDP比18%にまで増加すると考えられます。計算上では、赤字がそのまま債務に積み上がっていった場合、現時点で対GDP比130%の政府債務残高は、高齢化が進むことで2070年には対GDP比600%になります。これは制度が変化しないことを想定した計算のため、現実では当然その前に、これだけの債務を発行することができなくなり、買い手も見つからなくなり、金利も現状を維持することができなくなるでしょう。 年金基金残高については、現時点で対GDP比約40%の資産が、2050年代後半にはゼロになるというシミュレーション結果が出ています。

政府債務の増加

続いては政府債務の増加を、プライマリーバランス、年金収支、健康保険収支、介護保険収支、純金利支払いの5つの要因に分けて考えてみました。その結果、やはり3つの社会保険制度(公的年金、健康保険、介護保険)が、財政の将来を見極める上で非常に重要になってくることが明らかになりました。逆に、この3つの財政収支を正常化することができれば、大きな問題にはならないということです。これらを対GDP比で比べてみると、なかでも健康保険の数値が一番成長すること、介護保険は今後の成長率が一番高いということ、年金は一貫して大きな数値であることが分かります。

経済前提に関する感度分析

「生産性」成長率はベースラインを1.5%(全要素生産性成長率1%相当)と仮定し、低成長ケース(0.5%)と高成長ケース(2.5%)をシミュレーションしてみました。高成長ケースでは確かに財政収支は対GDP比2%のプラスになりますが、それでもやはり解決になるような数値ではありません。とはいえ、低成長ケースではさらに事態が悪化することが示されており、いずれにしても成長を促すという政策の重要性は強調してもしきれません。

ただ、それだけでは解決できないということも事実です。高成長ケースでの改善理由として、健康保険や介護保険は収入と同時に支出も上昇するものの、年金は保険料収入が伸びる一方で給付の伸びには時間的ラグがあることが大きく影響しています。

女性の就労状況における分析では、労働参加率、就業形態、賃金水準を仮に男性と同程度まで持ち上げることができたらということをシミュレーションしました。その結果、女性の就労状況の改善が、財政収支の改善に大きく影響することが分かりました。これは総生産や所得税収だけでなく、雇用形態の変化により健康保険・介護保険の保険料収入が増加することが大きく影響しています。年金については、一時的な収入の増加はあるものの、最終的には支出も増えるので効果は相殺されてしまいます。しかし、それ以上に健康保険・介護保険における税収効果が非常に大きく、財政収支の改善に大きな影響が期待できるという結果になりました。

次に社人研の人口推計に基づいて、違うシナリオを使ってみました。出生率、生存率については、中位ケースをベースラインに、低位および高位ケースでシミュレーションしました。出世率の成長は短期的には効果を発揮しませんが、生まれた子どもが大人になる頃に徐々にその効果が表れてきます。よって、長期的に見れば、改善を促すことも必要でしょう。生存率は高くなるほど財政収支も増えていくという結果になりました。

最後に、医療費・介護費成長率が経済全般の成長率を上回る、年1%の「インフレ」が10年もしくは20年続くシナリオを計算してみました。医療費では約1%、介護費では約0.5%、政府に対して上昇圧力が生じるという結果になりました。

政策シナリオ

政策に関しては、モデル自体が会計モデルのため、あまり強調したくないのが本音ですが、一応シミュレーションをしてみました。ベースラインでは消費税が8%からスタートして、2019年以降は10%というシナリオですが、2020年から毎年1%ずつ引き上げられるシナリオを計算しました。消費税アップの効果は大きいという結果が得られました。

また、年金制度についてもシミュレーションをしました。支給開始年齢を引き上げた場合、支給額を10%もしくは20%引き下げた場合のシナリオを計算したところ、どちらも年金収支に大きな効果が期待できるという結果になりました。

健康保険・介護保険についても、自己負担割合を一律20%もしくは30%に引き上げた場合のプラスの効果をシミュレーションしたところ、赤字幅が1〜2%減少するという結果になりました。

終わりに

以上のようなシミュレーションを行って分かったことは、とにかく3つの社会保険制度(公的年金、健康保険、介護保険)についてどのように取り組んでいくのかが重要であるということです。また成長率アップ、女性の就労改善、年金問題解決など1つのツールだけでは財政持続性を達成するのは困難であり、さまざまな政策に多面的に取り組んでいくことが必要です。今回のシミュレーションでは入れていない、高齢者の労働参加や外国人労働者の役割などのシナリオを入れた場合の変化についても、今後は見ていく必要があるのではないかと思っています。

質疑応答

Q:

2つ質問があります。1つ目は、2100年までの展望という話でしたが、2070年までで切っている資料が多いのはなぜでしょうか。

2つ目は、実際には全要素生産性(TFP)が変わり賃金が変動すれば、金利も変動すると思うのですが、今回のシミュレーションでは3%のままと想定しているのでしょうか。また賃金が上がると、遅れて年金の給付が増えるという話でしたが、年金以外の一般支出も賃金の上昇とともに上がる可能性があると思います。その辺りはどの程度、織り込まれているのでしょうか。

A:

2070年で切っていることに特別な意図はないのですが、オフィシャルな推計が2065年までしかなく、2065年以降の出生率と生存率が一定であることを仮定しているので、その先は不確実性が高いと考え2070年までで切りました。

金利に関しては一定にしています。金利が変動したらどうなるかについては、このモデルでは判断できないというのが正直なところです。また賃金が上がれば政府支出も上がると仮定しています。

Q:

女性の就労状況(感度分析2)のケースC(男性と同じ労働参加率+就業形態+賃金水準)に比べ、賃金成長率(感度分析1)の高成長ケースにおける財政収支への影響が少ないのはなぜでしょうか。

A:

感度分析1では経済全体での生産性向上を仮定しているのであって、賃金上昇はあくまでもその1つの結果と考えていただけると分かりやすいと思います。賃金だけでなく、政府支出、医療支出も増えていくと仮定しているので、その分が相殺されて大きな効果がないように見えるのだと思います。

感度分析2では経済全体の生産性向上を抑えた上で、女性の労働参加率が増えることを仮定しているので、大きな効果が出るという結果になっています。

Q:

外国人労働者が増えた場合のシミュレーションはまだ行っていないとのことですが、おおよそで構いませんので、見解をお聞かせいただきたいです。難民の受け入れや人手不足など、さまざまな理由で外国人労働者が増えると思うのですが、その場合にどんなモデルを想定しているのかお聞かせください。

A:

外国人労働者に関しても、2〜3年前にRIETIで論文を書いたことがあります。当時は、日本に外国人労働者を受け入れる余裕はないし、全体数も少ないとの理由で、どこで話しても反応が薄かったことを覚えています。しかし現在は流れも大きく変わり、非常に重要な問題となってきているので、もう一度モデルを組み直して考えてみたいと思っています。

経済学者として経済学的な観点から申しますと、短期的には女性の就労状況のモデルと同様に、効果が期待できると思います。外国人労働者に対してどのような税金を課し、どのようなベネフィットを与えるかによっても変わりますが、税収的な効果も期待できるし、賃金の上昇圧力も抑えられるかもしれません。その辺りも組み入れて考えてみると、面白い結果になると思います。いずれにしても、プラスの効果を生むことが予想されます。

Q:

政策シナリオについて、年金支給開始年齢を引き上げると労働参加率が上昇する、または55歳時点と65歳以上の給料の減り幅がそれほど大きくなければ労働参加率が上昇するという先行研究もあるように、高年齢者の就労を促すインセンティブという点で考えるべき要因は多いと思っています。シミュレーションにどう生かすかについて、非常に興味があります。

また先行研究では男性に焦点を当てた調査が多いですが、女性に焦点を当てる場合には、男性をベースにした先行研究をそのまま当てはめてもいいのか、または大きな隔たりがあると考えるべきなのか、ご意見をお聞かせください。

A:

年金支給開始年齢を引き上げるとどうなるかは実際やってみないと分かりませんが、海外での事例では、働くインセンティブが大きくプラスに変わったという結果があります。65歳から67歳になって影響を受けるのは高齢者だけでなく、例えば50歳の人にとっては年金受給まであと15年からあと17年になり、働くモチベーションにも影響があるでしょう。よって、高齢者の労働参加率だけでなく、経済全体の効果も考えることで大きな影響が出てくると考えられます。ただし、具体的な効果の数値は、モデルを組み立てて調査してみないと分かりません。

男性に比べて女性や高齢者はインセンティブの変化による反応が大きいため、女性や高齢者に対してインセンティブを歪めていないかを考えることは非常に重要だと考えます。

Q:

効用に基づく厚生効果分析は不可能という話でしたが、仮にこうしたシミュレーションに対して厚生ウェルフェアというコンセプトを入れるとしたら、どう評価すべきでしょうか。

A:

このモデルではGDPや個人の消費がどれくらい変化するかを示しているため、それによって各自の幸福度がどう変わるかは、それぞれに聞いてみないと分からない主観的な問題です。効用や幸せを織り込んだモデルでないと答えることができないので、別のフレームワークを使わないと難しいと思います。

Q:

世代重複モデルで作っていると思いますが、各世代の家計収支の負担について、どのような結果になっているのでしょうか。

A:

それについては計算をしていないので分かりません。ただ、それは十分に計算できることだと思います。

Q:

全体のテーマである「日本の財政制度は持続可能か?」という問いに対する先生の答えを教えてください。

A:

今の制度を維持していれば「無理」だというのが私の答えです。政府債務残高が対GDP比600%というのは、実現不能です。それ以前に買い手がいなくなるでしょう。しかし制度、政策シナリオ、女性の労働参加率など、変化が起きれば政府債務残高の上昇を抑え、持続可能にする方法はあると思います。

Q:

厚労省は年金支給開始年齢の引き上げによる効果はないと説明していますが、それは詭弁だと思います。このことについて、どうお考えでしょうか。

A:

収支が変わらないまま引き上げても変わらないというのは、その通りだと思います。今回のモデルでは収入は変わらずに支給だけを変えた場合を想定しているので、厚労省の仮定とは異なります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。