連邦議会選挙後のドイツ―政治・経済政策の方向性

開催日 2017年10月3日
スピーカー Wolfgang TIEFENSEE(ヴォルフガング・ティーフェンゼー) (テューリンゲン州経済・科学・デジタル社会大臣)
スピーカー Hans Carl VON WERTHERN(ハンス・カール・フォン・ヴェアテルン) (駐日ドイツ連邦共和国大使)
モデレータ 南 亮 (経済産業省通商政策局欧州課長)
開催言語 日本語/ドイツ語(同時通訳あり)
開催案内/講演概要

9月24日にドイツでは連邦議会選挙が行われた。この結果を受けて、将来の政策、連立の担い手、人事、社会的、経済的な課題といった時宜を得たテーマについて、ティーフェンゼー大臣とフォン・ヴェアテルン大使にお話しいただく。講演者は質疑応答の時間を多く取り、聴衆の皆様との活発なディスカッションを希望。

議事録

2017年ドイツ連邦議会選挙の分析

ヴォルフガング・ティーフェンゼー写真ティーフェンゼー:
2017年ドイツ連邦議会選挙は、9月24日に行われました。ドイツ経済が将来に向けて素晴らしい動向を見せている中での選挙でした。

ドイツは欧州の中でも力強い国ですが、有権者は自分たちそれぞれの状況に鑑みてドイツの将来を考え、中でも雇用の確保や個人の安全、経済の拡大、教育の向上、エネルギー政策、あるいはこれから関係するヨーロッパを超えた枠での動向を気にしていました。2008〜2009年に欧州各地で財政危機が起こり、近年は米国でトランプ政権誕生、英国でブレグジットも起きました。また、シリアのあつれきや紛争などもあり、それら全てが選挙に影響を与えたと思います。

結果は、これまで大連立政権を組んで政権を担っていたキリスト教民主同盟(CDU)、キリスト教社会同盟(CSU)、ドイツ社会民主党(SPD)は支持を大幅に減らす一方、リベラル政党であるFDP(自由民主党)は返り咲き、緑の党と左派党は議席をわずかに伸ばしました。そして、躍進したのは右派のポピュリズム政党であるドイツのための選択肢(AfD)でした。

ジャマイカ連立へ

私はSPDの一員ですが、SPDは選挙当日の夜、大連立を行わないという決定を下しました。これには少なくとも2つの理由があります。

1つは、有権者の大連立政権への批判が強かったことです。私たちは有権者のために良い仕事をしてきたと自負しています。たとえば私たちは最低賃金を導入しましたし、労働者のために63歳からの公的年金や、家族のための追加的な手当も導入しました。エネルギー転換政策(Energiewende)や経済政策の強化、介護においてもさまざまな対策を取ってきましたし、年金も旧東西ドイツの格差がなくなるようにしたのですが、こうした私たちの成功や実績は認められなかったのです。

もう1つは、AfDが約13%の得票率を獲得したことです。もし私たちが大連立を組んだら、AfDが最大野党になってしまいます。そうなると、予算に関する拒否権や、予算委員会の議長を務めることができるなど、連邦議会においてAfDに多くの権利が発生します。私たちはそれを許さず、国家のために責任政党としてSPDが連邦議会で強力野党の役割を担うべく、下野することを表明したのです。

87%の有権者が民主的な政党に票を入れているのも事実ですが、フランスやイタリア、オランダなどではポピュリズムの政党が台頭し、一歩ずつですが成功している中、今回、ドイツでも同じようなことになってしまいました。前回選挙で棄権した人たちの票をなぜこれだけ多く得ることができたのか、なぜCDUやSPDからAfDに多くの票が流れてしまったのか、疑問はたくさんありますが、とにかくAfDが13%得票し、初めて連邦議会で議席を確保し、第三の勢力となったのです。

私たちは、しっかりこの事態と向き合っていかなければなりません。安定的な政権運営を行い、ドイツを前進させるために、CDU/CSUとFDP、緑の党の大連立が考えられます。これは政党の色がそれぞれ黒、黄、緑であることから、「ジャマイカ連立」といわれています。

ジャマイカ連立が実現するかはまだ分かりませんが、日本との友好関係は変わりません。私たちはこれまで友好的な関係を育んできましたし、ドイツの対外政策、対外経済において日本はとても重要なパートナーです。ドイツと日本の政権が新しくなったとしても、この良い伝統はさらに継続され、両国の友好関係に変わりはないと私は思っています。

ポピュリズムの台頭と日独関係

ハンス・カール・フォン・ヴェアテルン写真ヴェアテルン:
今回の選挙に関して、重要なメッセージが2つあります。1つ目は、87%の有権者が民主的な政党に票を投じたことです。欧州では、欧州連合(EU)の統合を推進し、世界に対して開かれた市場を推進する政党ばかりです。その中でAfDが議会入りを果たしたことは確かで、そうした現象が起きたことで、ドイツに対してとりわけ厳しい目が国際的に注がれています。しかし、それでも87%の有権者が民主的な世界に開かれた政党に票を投じたことは、こうした事態を相対化する事実でしょう。

もう1つのメッセージは、ポピュリズムや孤立主義が台頭している今の時代において、主観的に人々が感じる不安感は大きく、それに対抗するためにはドイツや日本が平和、安全、民主主義、法の支配を守ることに、より強力に取り組まなければならないということです。そのために、私たちはより多くの責任を担わなければならず、より緊密に協力しなければなりません。両国は互いに信頼の置けるパートナーであり、まさに組むべくして組むパートナーだといえるでしょう。

質疑応答

Q:

緑の党とFDPが政権に加わったとすると、環境問題の観点で自動車産業にどのような変化が起こるのでしょうか。

ティーフェンゼー:

政権が構成されていく過程は非常に複雑です。現状では、SPDが大連立政権に参加することはないようです。ですから、選択肢は2つしかありません。1つはジャマイカ連立、もう1つは選挙をもう一度やり直すことです。しかし、選挙のやり直しは誰も望んでいないので、CDU/CSUとFDP、緑の党の3党が大連立を組まなければなりません。しかし、よく見るとCDUとCSUは別々の政党で、4つの政党の中で最も小さいのはCSUなのです。

政党間には大きな政策的な違いがあり、緑の党は2030年までの自動車部門のエネルギー転換(脱内燃機関)を要求しているのに対し、メルケル首相は「支持できない」と言っています。また、CSUは難民の年間受け入れ数に20万人の上限を設定すべきと言っていますが、CDU、FDP、緑の党は「上限設定などできない」と言っています。さらに、税制や欧州統合についても違いがあります。

しかし、ドイツは英国のように小選挙区主体の選挙制度ではなく、比例が主体なので、必ず連立を組まなければなりません。すなわち、小さな政党の発言権が大きいのです。ニーダーザクセン州では州議会選を控えていますが、その選挙が終わるまでにCDUとCSUは歩み寄らなければなりません。しかし、難民政策で真っ向から対立しているので非常に難しいのですが、FDPと緑の党が関わることで良い妥協点が見つかり、歩み寄りが可能になるのではないかと私たちは期待しています。

Q:

緑の党は個人データ保護について関心が非常に強いと聞いていますが、新政権はデータフローや個人情報保護について、どのようなポジションを取っていくのでしょうか。

ティーフェンゼー:

欧州と米国でプライバシーシールド(個人データ移転の枠組み)が長く協議されていますが、ドイツ、とりわけ旧東ドイツでは、個人情報の取り扱いに非常にセンシティブな面があります。デジタル化が進む中、多くの国民は自分たちの情報がガラス張りになってしまっているという不安を感じていますので、データフローの必要性と情報保護との間でしっかりとバランスを取っていかなければならないと思います。

Q:

AfD躍進の背景にあるドイツの地方の人々の不安を少しでも取り除くためには、日本とドイツの草の根交流によって、企業が交流して雇用を生み出し、イノベーションを促進させることが非常に重要です。マクロの取り組みと草の根のミクロの取り組みを上手に組み合わせて、日独双方で確固とした礎を築いていくにはどうしたらいいでしょうか。

ティーフェンゼー:

ドイツは引き続き、自国を世界に開かれた存在にしていく取り組みを強力に続けていきますが、13%が右派ポピュリズムを選んだという事実もあります。しかし、票を投じた有権者はさまざまで、極右の方向にはあまり進んでほしくないと思っている人たちも今回AfDに票を投じています。ですから、彼らの不安と心配を真剣に受け止めていけば、彼らがAfDに票を投じることはなくなると思います。

個人的な意見を言うと、どこの国にも、自分たちの安全を守るために、他のグループの人たちを意識して阻害しようとする人たちが一定の割合必ずいます。もし、失業率がこれからさらに下がり、年金がさらに安全なものになったとしても、全ての学校が改修されたとしても、そういった人たちは自分の心を世界に向けて開いた方がいいという考えにはならないのです。ですから、そういった人たちの考え方から変えていかなければならないと思います。政治家と有権者の信頼関係を強固に築けば、AfDが今後も躍進し続けることはないと思っています。

Q:

自動車の電動化(EV化)に関して、連立の組み方によって政策の選択が変わるのはそのとおりだと思いますが、英国やフランスとは異なるドイツの自動車産業の構造から考えると、おのずと違ったアプローチもあると思いますが、どうお考えですか。

ティーフェンゼー:

自動車産業は転換点にあり、CO2を削減するには電力部門だけでなく、熱部門やモビリティ部門を横断的に考えるセクターカップリングを進めなければなりません。その意味で、私たちは統合されたアプローチを自動車産業に導入していく必要があります。そのためには技術に対してニュートラルになって、どういった駆動システムが市場にとって最善なのかを見ていかなければなりません。

欧州では2025年までに恐らく最大20%の自動車がEV化されると思います。つまり、80%はまだ内燃機関の自動車だということです。しかし、やはり自動車産業や自動車部品のサプライヤーは、新しい動向に対応していかなければなりません。電気自動車になってしまうと、部品数が劇的に少なくなるので、サプライヤーがEV化に向けて何をしなければならないのかということも分かってきます。

その中で、デジタル化がとても重要な役割を担います。そうした動きをサポートすることが私たちの役割であり、まずは企業がその変革を自分で担っていくために、私たちは「労働4.0」というコンセプトを掲げています。インダストリー4.0に向けて労働者の能力も高めていくことに、今後10年をかけて取り組んでいきたいと思っています。

Q:

中国経済のエクスパンションに関して、ドイツはどういう受け止め方をしていますか。

ヴェアテルン:

メルケル首相は、中国に対して影響力を行使していくために、中国政府との緊密な関係を構築してきました。ですから、アジアインフラ投資銀行(AIIB)にも参加して、内部からルールを変えたり、ルールに影響を与えたりする道を選んだのです。

中国は、日本が持っていない問題を抱えています。それは法的な安定性です。日本では市場のルールにきちんとした透明性があり、日本に進出する企業のほとんどが満足していますが、中国市場はそうではありません。ですから、経済的にも政治的にも、ドイツと日本は対中国できちんと協力していく必要があると思います。彼らが世界における責任をきちんと認識して、責任感を伴った行動をしてもらうように働き掛けなければなりません。

Q:

カタルーニャで独立運動が起きるなど、欧州連合(EU)の統合深化と地方分権がうまくいっていないという気がしますが、EUの指導的国家であるドイツとしてどう見ていますか。

ティーフェンゼー:

世界中で分裂の動きや民族が自己主張する運動が起きている大きな要因として、経済力が挙げられます。ドイツの場合、16の連邦州があり、州の規模はさまざまですが、連邦制度において互いの経済力の調整が行われています。経済的に強い州では都市の成長をしっかりと進めることができますが、経済的に弱い地域にはきちんとてこ入れをしていかなければなりません。そうした連帯が必要なのです。しかし、弱い部分が行き過ぎると、AfDの台頭を許すような結果になってしまいます。

企業の社会的責任(CSR)の取り組みも必要です。富める国の豊かさは、貧しい国に置かれた生産拠点によってもたらされています。つまり、格差によってわれわれの富は支えられているのです。ですから、政治家は、貧しい国々との格差を是正していかなければなりません。こうした取り組みに対して力を緩めることなく、ぜひとも連帯の重要性を説得していかなければならないと思います。

ヴェアテルン:

ドイツと日本は違いがあるからこそ、協力関係が実りあるものになっていると思います。2011年に福島原発事故が起きたとき、ドイツは脱原発を掲げましたが、日本は原発を継続するという異なる回答を出しました。人口減少に関しては、ドイツは移民政策を取っていますが、日本はロボットの導入など全く違うアプローチを取っています。

このように、同じような課題に対する解決策が、日本とドイツでは異なります。だからこそ、私たちの対話は余計に興味深く、また実りがあるのではないでしょうか。もし両国で解決策が同じなら、対話も必要ありません。市民レベルの対話も含めて違いがあるからこそ、より興味深いのではないかと思っています。

モデレータ:

今回の選挙では、ドイツ経済は好調だったのに格差問題が拡大した結果、与党の票が左と右に逃げたのではないかと思います。これからますますグローバル化やIT化が進んでいくと、格差問題がいっそう現れやすくなると思いますが、ドイツは格差にきちんと対応していけるのでしょうか。

ティーフェンゼー:

今回の選挙結果はドイツの経済状況が1つの要因だと思いますが、国民に先入観があるのではないかと私は思います。経済状況が良かったとしても、あるいは失業率が低かったとしても、経済危機のときにはEUが持っていた数十億ユーロが国立銀行に流れてしまいましたし、2015年の難民問題にしても何10万人もの移民を受け入れました。彼らは、それなら私たちのことももっと考えてくれと思うわけです。彼らは、とにかく自分の富をもっと高めて、それを決して他の人に譲り渡したくないという考え方を持っています。だから、経済状況は良くても違う政党を選んだのだと思います。

それから、専門能力を持っている人と持っていない人がいるので、インダストリー4.0に向けて何も対策を講じなければ、格差は大きくなっていくと思います。これから専門能力を持たない人たちの職がなくなってしまう傾向が顕著になるからです。ですから、教育制度を改革し、専門能力を身に付けていかなければなりません。

たとえば、幼稚園から大学までデジタル化に向けた教育をする必要があると考えています。テューリンゲン州では、幼稚園の60%で理数系強化のためのプログラムが行われています。小学校においてもデジタル化に向けた教育が行われています。企業も同様に対応していかなければならないと思います。労働者が1日休暇をもらって、自分が興味のある能力を身に付けるための時間を使えるような対応が必要だと思います。自社の従業員の資質を上げていくということです。ただ単に機械を動かすだけでなく、デジタル化も理解しなければならないのです。

私たち古い世代はデジタル化は単なる手段だと考えていますが、若い人たちにとってはベースとして存在するものです。つまり、デジタル化へのアプローチが全く異なるのです。40歳の人がデジタル化に対応できなければ、これからはもっと厳しくなっていくと思います。つまり、専門能力や資格の養成が必要です。

もう1つは、生産性を向上させていくことが重要だと思います。そして、インターフェースというものも考慮していかなければなりません。今のスマートフォンは、とにかくすごい機能を持っていますが、能力のない小さな子どもでも簡単に操作できます。つまり、専門能力をあまり持たない人たちでも、インターフェースが簡単になることによって、プログラムが簡単にできるような技術の導入が必要だと思います。

Q:

ドイツにはInstitute of Labor Economics(IZA)という世界的に有名な労働経済学のシンクタンクがあります。ドイツでは労働政策や経済政策に対して、シンクタンクや経済学者の意見はどれくらい反映されているのでしょうか。

ティーフェンゼー:

非常に大きな影響を及ぼしていると思います。面白いのは、各機関がそれぞれの哲学や思想を強力に主張してくることです。その中でバランスを取った見方をしていかなければなりません。研究者の研究は非常に重要ですので、われわれはトレンドをグローバルに見なければなりません。つまり、研究者同士の協力はとても重要であり、お互いに政策に影響を与え、われわれとしてもエビデンスに基づいた政策決定をしっかりとしていきたいと思っています。

Q:

CDU/CSUが大敗したことは、これからの政策にどのように影響を与えていくのでしょうか。EU加盟国との協力関係は強化されていくのでしょうか。

ティーフェンゼー:

欧州の一部としてのドイツの在り方、欧州との協力は、ジャマイカ連立になっても決して変わりません。ただ、エキサイティングなのは、CDUとCSUがどのようにかじを切っていくかです。現在、2つの州の首相だけが、「より右寄りの政策を取るべきだ」と言っていますが、CDUの多数はそれに乗ろうとしていません。CDUと緑の党よりも、CDUとCSUがどう歩み寄るかの方が、より面白いのです。

4〜6週間たたないと最終的な方向付けがどうなるのか分かりませんが、フランスのマクロン大統領はEU統合強化を唱えているのに対し、FDPのリントナー党首が連立入りすれば、欧州は2つの異なるテンポでやっていかなければならないと言っているので齟齬が生じることになります。マクロン氏にとってあまり良いことではないかもしれませんが、欧州に開かれた政策は、緑の党とFDPが加わったジャマイカ連立においても基本的に変わりはないと思います。

Q:

昔のドイツは、極右的な発言は許されませんでした。ドイツは、極右に対して寛容になったのでしょうか。

ティーフェンゼー:

右翼に対する新たな寛容はドイツにはなく、刑法典におけるレッドラインがしっかりとあります。今われわれが目にしているのは人々の怒りの爆発であり、今まで人々の心の中で抑制されていたものが目に見える形になっているのです。AfDのヨンゲンの師匠である哲学者スローターダイクは「人々は怒りを表に出した方がいい」と言っています。ヨンゲンは、まさにスローターダイクが言った「市民よ、怒れ」という言葉を実現し、福祉制度や政治に対する怒りがしっかりと目に見えて分かる形にしているのです。

フランス人哲学者エセルも、同じようなことを言っています。こうした社会的、哲学的、思想史的なものを背景としてメルケル退場を求める人々の怒りの声が出てきているわけですが、ある一線を越えることは刑法でしっかりと禁止されているのでできません。憲法擁護庁もしっかり見ていて、刑法的な側面からも監視されているので、レッドラインを超えれば裁判沙汰になります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。