国際的な金融規制改革を見直す動きについて

講演内容引用禁止

開催日 2017年3月23日
スピーカー 宮内 惇至 (みずほ証券株式会社顧問/みずほ第一フィナンシャルテクノロジー株式会社顧問)
モデレータ 後藤 康雄 (RIETI上席研究員)
ダウンロード/関連リンク
開催案内

金融危機以降、危機の再発防止を目的として、次々と新たな金融規制が国際的に導入され、強化されてきた。しかし、昨年以降、欧米では一連の金融規制を見直す動きが広がっている。日本はもともと過度の金融規制に慎重な姿勢だったので、主要国は見直しの方向で揃った感がある。トランプ政権の下で金融規制がどこまで見直されるかは現時点では明らかではないが、過剰な規制による歪みが修正される方向は間違いない。

見直し論が台頭した背景には、新しい規制の副作用として、市場流動性を低下させるなど、金融市場の機能を歪めている点が指摘されている。こうした副作用は、新しいマクロプルーデンス型の規制がリスク感応的に設計されていないため、金融機関のインセンティブを歪めていることに起因している。こうした歪みの結果、市場はショックに対して脆弱になっており、新たな危機を招来しやすくなっている。なお、こうしたインセンティブの歪みに起因する規制裁定行動は2007-09年の金融危機の大きな原因でもある。

今後のプルーデンス政策は、インセンティブを歪める規制を是正するとともに、画一的な規制に過度に頼るのではなく、柔軟性のある監督的手法を活用していく方向となろう。これにより金融機関の創意工夫を引き出して金融仲介機能の活力を高めるとともに、低成長、低金利のもとでビジネスモデルが限界にきている銀行に改革を促す必要がある。

議事録

金融危機後の規制の特徴

宮内惇至写真先週3月18日に開かれた金融・世界経済に関する首脳会合(G20)の声明で、金融規制改革の影響を評価する枠組みを7月のサミットに報告するという宿題が出ました。金融危機後に強化された規制にはさまざまな問題が生じているため、規制の弊害の特定を含め、規制の適切性を評価する方法論を作るためです。本日はこうした金融規制の強化を見直す動きとその背景を中心にお話しします。

まず、金融危機後に導入されてきた規制の特徴を整理しておきたいと思います。金融危機以前の国際規制は、インセンティブを歪めないように金融機関のリスク評価を反映する仕組みを目指し、金融機関のリスク管理を生かす方向で設計されました。しかし、実施する直前に金融危機が発生し、金融機関のリスク管理に対する不信感が強まりました。このため、金融危機後の規制は、当局が金融機関を直接的に制御しようとするマクロプルーデンス型の規制が中心となりました。これは、たとえば、金融危機の直前にレバレッジが拡大したのが問題だったのでレバレッジを抑え込む、金融危機時は流動性が不足したのでいざというときに払える預金や国債をたくさん持つように義務付ける、といった対症療法的で強権的な規制です。また、金融危機の際には、金融システムは好況時に過剰なリスクテイクをしたり、不況時に貸し出しを一気に引き上げたりして、景気変動を増幅する「プロシクリカリティ」も問題となりました。そこで、これもまた対症療法的に、好況時には所要自己資本比率を引き上げ、不況時には引き下げるカウンターシクリカル資本バッファーと呼ばれるルールが導入されました。このように、金融危機以前の規制とは正反対に、金融機関のリスク管理は信頼せず、インセンティブ構造にも配慮せず、金融機関を直接コントロールしようとする点が金融危機以降の規制の特徴です。

各国当局の規制導入スタンス

次に、日米欧当局の金融危機後の規制強化に対するスタンスを振り返ると、危機が発生した欧米が規制強化の牽引役でした。一方、日本は一貫して過剰な規制に反対しており、近年はそうした主張を国際的に発信する姿勢を強めています。森金融庁長官は一昨年秋の講演で「多くの専門医が患者の全ての症状に対して異なる強い薬を投与したら、患者はどうなるか」との比喩を用いて行き過ぎた規制の見直しを訴えました。

そうした流れの下で、欧州屈指の強硬派だった英国が一昨年末ごろから規制強化に慎重な姿勢に転換しています。イングランド銀行のカーニー総裁はFSB(金融安定審議会)の議長として規制強化を推進してきた人ですが、「これだけさまざまな規制が整合的に機能するとすれば、それは奇跡だ」と言いだして、規制の整理を言い出したのです。大陸の欧州諸国も昨年に入って、規制強化に慎重になり、規制の弊害についてのサーベイを行ったり、成長を重視する方針を示しています。

さらに、国際的な取り決めであるバーゼル合意よりも柔軟な独自の規制案を、昨年7月に英国が、11月にはEUが相次いで提示しました。これらは、いろいろな意味でゆがみが少なく、バーゼル合意よりも理にかなった規制案になっているように見受けられます。こうした欧州の変節の背景については後ほど詳しくお話ししますが、低成長・低金利や規制の副作用の顕現化などを指摘できます。

一方、米国は銀行バッシングの世論が強く、それに民主党が乗っていたので、大統領選までは規制強化姿勢を堅持していました。昨年秋の国際会議では「強化派の米と見直し派の日欧」の対立が報じられました。しかし、大統領選以降は米国も規制見直しに転じています。この結果、日欧米が見直しの方向でそろったことになります。最近の国際的な規制見直しの動きは、米国の新政権が主導しているわけではなく、日欧が先行しているのです。

トランプ政権の金融規制に対する姿勢

米新政権はドッド・フランク法などの金融規制の問題点をよく理解していて、銀行バッシングの世論に迎合して規制強化を進めた民主党のポピュリスト的な施策の弊害を修正する方向に向かっています。トランプ大統領は「規制がお金の巡りを悪くして経済活動を阻害している」と、選挙戦から一貫して言っています。確かにそのような面もあると思いますが、より注目したいのは、ムニューシン財務長官が「規制の市場流動性、市場の効率性への影響を注視していく」と発言している点です。この点こそが、規制の弊害(副作用)の核心だからです。

ドッド・フランク法についてトランプは選挙期間中、廃止を主張していましたが、ムニューシンは廃止ではなく必要に応じて修正するとトーンダウンしています。金融規制に対する新政権のアプローチはプラグマティックで、教条的な抜本的改革よりも金融機能を阻害する問題点を修正して、金融システムの安定と金融仲介の活力とのバランスの是正を目指しているようです。また、親ウォール街とみられて批判されることを回避しながら、規制の弊害を修正する道を探っているようです。

たとえば、ドッド・フランク法で設置が定められている金融安定監督評議会(FSOC)は米国内の規制当局を集めて規制強化の音頭を取っています。昨年はトランプがFSOCを廃止するという憶測が出ましたが、ムニューシンは存続を示唆しています。この点、ウォール街寄りという批判に応えているわけです。同時に注目すべきは、ムニューシンが、これまで規制強化の牽引役だったFSOCについて、むしろ「市場の効率性を検討する機関として活用していく」としている点です。

また、ボルカー・ルールについてもやめてしまうのかと思ったら、ムニューシンは、「伝統的な銀行業務と自己勘定取引を分離するボルカー・ルールの考え方は理解できる」と親ウォール街との批判に配慮した姿勢を見せています。もっとも、「ボルカー・ルールが市場流動性に悪影響を与えている可能性があり、この点は精査する」とも述べています。銀行のマーケットメイクの機能と自己勘定への投資は本来不可分ですが、ボルカー・ルールがこれらを無理やり分けた結果、マーケットメイクの機能が落ちて市場流動性に悪影響が出ているため、この点からはルールを見直す必要があるかもしれないと実務的な観点から修正の必要性を仄めかしているのです。

ドッド・フランク法は金融消費者保護局(CFPB)の設置も定めています。設立以降、CFPBは次々とコンプライアンス問題を摘発して金融機関に巨額の罰金を科してきました。CFPBについてもトランプ政権の下で廃止されるとの憶測がありましたが、ムニューシンは存続を示唆しています。これも世論への配慮が垣間見られます。ただし、現在の連邦準備制度(Fed)の下にあるCFPBの予算権限を議会の管理下に移し、これまでのようにCFPBが聖域で強権をふるうことを制御しようとしています。

このように、新政権はこれまで金融システムの安定に偏っていた法の内容や運用を、金融市場の活力にも留意しながら、規制の弊害を修正するスタンスを目指しているようです。

このようなスタンスを具体化する初めの一手が2月3日に出された大統領令です。大統領令は、ドッド・フランク法などの金融規制を検証するうえでの基準(コア・プリンシプル)を示しています。中でも、「成長を促進し、活力ある市場を育成」していることを「精緻な影響調査」を通じて確認する、との件は、規制の副作用が成長を阻害し市場の活力を削いでいる問題を強く意識しているように窺えます。コア・プリンシプルに基づく検証作業は財務省が中心となって、120日以内(6月3日まで)に行われます。この作業でどこまでを問題点として洗い出し、修正の対象とするのか、トランプ政権の規制見直しの具体像が見えてくると思います。

コア・プリンシプルで1つ気になるのは、「国際的な規制の交渉で米国の利益を促進」という項目です。米国が国際協調を二の次にして独自路線を進めるのではないか、バーゼル銀行監督委員会などの枠組みから離脱するのではないか、という憶測に繋がりました。しかし、新政権のコーン国家経済会議委員長は国際合意の重要性に言及しています。先週のG20の声明でもバーゼル委員会の枠組みを支持することを謳って、こうした憶測を退けています。金融危機後、規制が各国で非整合的に進んだため、国際展開する金融機関は対応に大きなコストを支払っています。新政権のスタッフはこうした経緯を了知し、国際合意の重要性を理解しているようです。今後、むしろ国際ルールに各国の規制が収斂する方向に進むのではないかと私は考えています。

規制見直し論の背景

規制見直し論が台頭している背景の1つには、成長率の趨勢的な低下、超低金利の下での金融機関の低収益という問題があり、規制で締め上げるどころではないという事情があります。とくに昨年の欧州に当てはまります。より広い背景としては、規制の副作用の顕現があります。これは「意図せざる影響」(unintended consequences)と呼ばれています。

さまざまな副作用の中で、とくに深刻なのは市場流動性の低下です。市場流動性とは市場取引のしやすさのことですが、大勢の参加者が大量に売買している市場は一般に流動性が高く、大規模な売買でも簡単に売り手や買い手を見つけることができ、取引がしやすくなります。ところが、市場流動性が低下すると市場取引がしにくくなり、大口の取引やちょっとしたショックで債券などの価格が振れやすくなります。この結果、金融システムが不安定になって、かえって金融危機が生じやすくなります。

市場流動性の低下の背後には、規制によるコストの高まりに対応して金融機関が国債や債券の在庫を圧縮している動きがあります。そうすると、マーケットメイクのような業務ができなくなり、結果的に市場取引がしにくくなります。同様に、クライアント・クリアリング業務からも大手金融機関が撤退して市場機能が低下しています。

それから、厳しい規制がいろいろな形でマーケットをゆがめているので、市場間での裁定が働かなくなり、レポ金利とFFレートの金利が乖離したり、クレジット市場間の裁定機能も低下したりして、市場が分断され、リスクヘッジが難しくなっています。また、市場の分断は市場流動性のさらなる低下につながります。

このほか、カウンターシクリカル資本バッファーやある種の優先証券の利払い停止など、経済状況に応じた可変的・裁量的な規制が導入されました。しかし、そのパフォーマンスはあまりよくありません。政策発動の不透明性などがかえってプロシクリカリティや金融システムの不安定性を高めているのではないかとの指摘もあって、こうしたアプローチの有効性に対する疑念が高まっています。

金融危機後の規制の問題点

以上のように、マクロプルーデンス規制は所期の成果を挙げられず、むしろ副作用や弊害が顕現化しているため、見直し論の台頭につながったわけです。マクロプルーデンス規制のどこがまずかったのでしょうか? 最大の問題は、金融機関のインセンティブや期待形成を勘案していない点にあると思います。インセンティブを勘案しない結果、リスクを反映しない規制が次々と作られてしまいました。

マクロプルーデンス論者は、レバレッジが高いのが問題だったからレバレッジ比率を規制し、流動性不足が問題だったから流動性保有を義務付けるという具合に、金融機関をコントロールすれば金融システムは安定すると考え、金融機関のリスク管理を無視しています。金融機関のリスク評価と乖離した規制を導入すると、金融機関にとっては資本賦課が割高な商品(業務)と割安な商品(業務)が生じます。この結果、全ての金融機関で一斉にインセンティブがゆがみ、相対的に割安な方にリスクテイクが偏在します。逆に割高な商品や業務でのリスクテイクはしなくなり、撤退が相次ぎます。たとえば、レバレッジ規制により、国債が持ちにくくなります。規制の割高感が強いからです。こうした行動はレギュラトリー・アービトラージ(規制回避行動ないし規制裁定行動)と呼ばれ、その結果、市場流動性の低下などの市場機能を阻害する副作用(「意図せざる影響」)が生じます。

また、金融危機後の規制の多くは相互に非整合的で、これらを組み合わせた結果いろいろな問題が起きているといわれています。たとえば、流動性規制で国債を多く持っていなければならない一方、レバレッジ規制で国債を持っていることを不利にしているので、金融機関にとっては対応が大変困難になっています。こうした非整合性はある意味、リスクを反映しない規制をいろいろアドホックに導入した結果ともいえます。リスクを反映せずに対症療法的に規制を作ると、規制相互の整合性を保つことはとても難しくなります。さまざまな規制を整合的に設計するには、リスク感応的に設計するコンセプトを共有するしかないのですが、今回はそうしなかったために互いに齟齬を来しています。

次に、状況に応じた裁量的・可変的規制は、好況期に資本賦課や引当を引き上げて危機時に引き下げるので、一見すると経済変動をならしそうですが、実際のところは、先ほど申し上げたようにうまく機能していません。これは、こうした政策が想定しているほど経済主体の行動パターンは機械的ではないからです。将来、義務付けられる資本や引当が引き下げられることを織り込むと、金融機関は行動を変えるため、反応は非常に複雑になります。スタンフォード大のテイラー教授は「テイラールールのように経済主体の期待形成を織り込んだ政策ルールに沿った運営をしない限り、こうした可変的な政策は機能しないが、現時点ではルールを作るための期待形成に関する知見は乏しい」として、マクロプルーデンス政策を批判しています。

また、こうした裁量的・可変的規制は、バブルなどの過熱発生を見極めて発動する必要がありますが、それは簡単ではありません。さらに、政治的な調整も困難なうえ、政策効果が出るまでに時間がかかるので、タイムリーな実施はとても難しいのです。下手をすると、不況局面に入ってから資本賦課を引き上げてしまったり、その逆が生じたりして、かえってプロシクリカルに働き、景気変動を増幅する恐れもあります。実際に英国はそういう失敗をしており、米国はいろいろな失敗例を参考にカウンターシクリカル資本バッファーの導入を棚上げしています。

なお、新興国ではマクロプルーデンス政策は比較的機能しています。新興国には洗練された市場がないので、別の選択肢が見つけにくいため、レギュラトリー・アービトラージが難しく、規制によるマクロ・コントロールが容易なのです。要するに、マクロプルーデンス政策は市場構造が単純な新興国向けの強権的な施策で、市場が発達している先進国では弊害が大きいということです。

金融危機後、一部の経済学者たちはマクロプルーデンス規制を盛んに提唱しましたが、彼らは経済主体のインセンティブや期待形成に関するインサイトが不足していたと思います。こういった先生方はいつまでも自説を曲げないため、マクロプルーデンス規制の軌道修正が遅れてしまった感があります。

それから、金融危機以降、規制の資本賦課水準を大きく引き上げていますが、これも規制対象の銀行からシャドーバンキングへ取引やリスクのシフトを招いて、金融システムを不安定にしているという指摘があります。また、重い資本コストに耐えかねて一部の金融機関がある種の業務分野から撤退し、その結果、寡占が進むといった弊害もみられています。

これからのプルーデンス政策

レギュラトリー・アービトラージは、金融危機の大きな原因でもありました。過剰な金融緩和は金融危機の必要条件ですが、それだけでは大きな危機には至りません。レギュラトリー・アービトラージによるリスクの偏在が金融システムを脆弱にしたことが、金融危機を100年に1回の規模にしてしまったのだと思います。証券化商品のリスク・ウエイトの設定方法、短期ファイナンスのコミットメントへの資本賦課免除、カウンターパーティリスクの過小評価、流動性リスクと日中信用供与を対象外とする枠組み、などがレギュラトリー・アービトラージを招き、結果的に巨大なリスクの偏在に繋がって金融システムを脆弱にしたことが金融危機の原因となりました。

こうしたことをしっかりレビューせずに、バーゼルIIIでマクロプルーデンシャルな規制を入れてしまい、再びレギュラトリー・アービトラージが生じて市場流動性が低下するなど金融危機が起こりやすい状況を招いているわけです。この点は無反省で非常に残念でしたが、幸いここへきてようやく見直し機運が生まれているということです。

ただ、現在でも規制の副作用について十分に反省がなされているかといえば、残念なことにいくつかの金融当局や国際機関は、規制と市場流動性低下との因果関係を認めておらず、「仮に市場流動性が低下していたとしても規制が主因ではなく、金融緩和やHFT(高速取引)、リスク回避傾向などが主因だ」「規制の影響があったとしても、新しい規制に金融機関が適応する途上の混乱にすぎない」、などと主張しています。こうした主張は、実際に市場参加者が規制の負担を理由に行動を変えたために市場流動性が低下しているという事実から目を背けています。危機の再発防止に向けて取り組んできた一連の規制に、危機の原因となりうる副作用が生じているとは当局としては認めにくいようです。とはいえ、ごく最近は、規制を巡る論調の変化を映じてか、少しずつですが規制と市場流動性低下の関係を認める分析が欧米当局から出始めています。

こうした一部当局の抵抗や一部学者のマクロプルーデンスへの拘りはあるものの、冒頭に申し上げたとおり、3月18日のG20声明では、「規制改革実施後の影響の評価のための構造的な枠組みを策定する」とし、それを2017年7月のサミットに提示するとして、見直しに向けた足場作りに踏み込みました(注)。規制を導入した当局が全面的に自己否定するのは難しいでしょうが、どんな枠組みができて、その後、見直しに向けてどのように運用していくのか、注目されます。

(注)G20声明を受けて、FSBは4月11日に上記の枠組に関する市中協議を開始。

以上の議論を踏まえて、これからのプルーデンス(規制・監督)政策の在り方、見直しの方向を考えてみたいと思います。まず、第1に、規制をリスク感応的に設計すべきです。レギュラトリー・アービトラージを招かないためには、金融機関のインセンティブをゆがめないことが重要だからです。金融機関の内部モデルを使うなどしてリスク管理の多様性を容認する仕組みも活用されるべきでしょう。こうした枠組みにより、金融機関にリスク管理の改善を促せることもメリットです。

第2に、マクロプルーデンス規制のように、規制に過度に依存して、金融機関の行動を直接コントロールしようとするアプローチも見直すべきでしょう。規制ですべてを縛ろうとすれば、レギュラトリー・アービトラージの弊害が大きくなります。インセンティブの歪みが小さな「監督的な対話」を併用することで、規制の弊害を最小限に止めるアプローチが有効だと思います。規制と監督はそれぞれ一長一短があります。規制は画一的でレギュラトリー・アービトラージを招きますが、予測可能性があって透明性が高いのが特徴です。一方、監督は不透明で裁量行政に陥る弊がありますが、柔軟性に富み、インセンティブの歪みが小さい手法と言えます。両者の特徴を踏まえて、監督の濫用を規制が大枠を示すことで抑止するとともに、規制の画一性を監督的対話で補完することが重要でしょう。

第3に、プルーデンス政策をマクロとミクロに二分するのはナンセンスだと思います。そもそもマクロプルーデンス論者の「従来のミクロプルーデンスは個々の金融機関の健全性維持に焦点を当てており、金融システム全体の安定性を見逃している」という主張は全くの誤解です。プルーデンス政策の目的は従来から金融システムの安定と活力の維持で、金融機関の破綻をなくすことではありませんでした。最近では、日銀の黒田総裁が講演で「ミクロの金融機関行動において金融システム不安定化の芽が生じていないかを把握することが重要だ」と指摘しています。この点は重要で、マクロ的な事象の監視は重要ですが、それをインセンティブづけているミクロのゆがみの点検と表裏で包括的に捉えなければいけないということです。

最後に、超低金利・低収益、技術革新(フィンテック)などの新しい環境に対応することが金融機関の大きな課題となっています。厳しい経営環境の下では、収益性・資本政策の持続可能性が金融システム安定の鍵になると思います。その点で、従来までのリスクテイクと資本とのバランスの監視からプルーデンス政策の焦点が変わってきています。バランスシート上の預貸を中心とするビジネスモデルは、限界にきています。新しいビジネスモデルに変わっていくための柔軟性が重要であり、規制で箍を嵌めすぎると変革を阻害します。ビジネスモデルの転換を促すことが大事で、この面でも画一的な規制よりも監督的対話を上手く活用する必要があるように思います。

質疑応答

Q:

金融規制の見直しは今後どのような時間軸で進むでしょうか。また長期的には、再び規制強化論が台頭する恐れはないでしょうか。

A:

規制見直しの範囲や進め方については、夏までにはある程度の姿が見えてくると思います。大統領令に対する答が6月初めに明らかになり、米国当局が考える見直しの対象が絞られてくるはずです。また、7月のサミットに向けて規制をレビューするための国際的な枠組みも見えてくるはずです。

より長期的に考えると、過った規制を見直すとしても、それではどうやって金融システムの安定を維持するのかという議論は残ります。金融システムは常にさまざまな新たな脅威に晒されます。たとえば、フィンテックなどの技術革新への対応やサイバー・セキュリティのあり方なども含まれるかもしれません。そうしたなかで金融システムの安定を維持するために、新たな規制を唱える動きが必ず出てくると思います。日本としては、過剰な規制が金融システムの活力を阻害しないように適切な代替策を用意して、うまく国際世論を導いていくことが大事です。金融庁が検討しているダイナミック・スーパービジョンなども国際的に示しうる有力な代替策かもしれません。

Q:

保険やファンドなどに対する規制はどのように進んでいくのでしょうか。

A:

保険の場合、リスク感応的ではない中途半端な規制が保険会社の行動をゆがめている部分があります。この点を変えていく規制案が検討の俎上に上っていますが、こうした改革を国際的に進めていくのは良いことだと思います。ファンドに関しては、規制の是非が長いこと議論になっており、近年、一部が具体化しています。もっとも、基本的にモラルハザード対策である銀行などの健全性規制とファンドを規制することは異質です。システミックに問題があるからといってインセンティブ構造を無視した規制を入れてしまうと、お金の流れをゆがめる可能性があります。実際、米国のMMF規制の結果、米国で邦銀などがドル資金を調達しにくくなっています。ファンドを規制する目的や正当性、副作用などをしっかり踏まえて、必要性を慎重に検討する必要があると思います。

Q:

国際的な金融の枠組みについての議論は先進国が主導していますが、新興国における導入の状況はどう評価すべきでしょうか。不良債権の認定などが国際的基準で行われなければ正しい比較と判断ができず、疑念が残ると思います。その点はどうお考えですか。

A:

国際的な枠組みは新興国にも適用されています。ここ10年ほどは、国際ルールを考える際に新興国の意見を無視できなくなっています。新興国も国際金融システムの一員として一人前に認められることが、自国の金融機関が国際的に活躍するうえでの基本であるとの思いがあるでしょう。したがって、新興国もバーゼルIIIなどの新しい規制の導入に取り組んでいます。しかし、新興国でバーゼルIIIや国際財務報告基準(IFRS)のような難しいルールについて、先進国並みの体制を確立するには銀行、当局ともに発展途上の国が多く、技術的に時間がかかると思います。また、先進国と同じ精度で運用されているかといえば、そもそも金融システムの洗練度が異なるので、比べようがない面もあります。

Q:

プロシクリカリティ対策としてカウンターシクリカル資本バッファーなどがうまく機能しない理由として経済主体の期待形成に関する問題を指摘していましたが、具体的にはどのように考えればよいのでしょうか? また、マクロプルーデンス規制が機能しないとすると、どのようにプロシクリカリティ問題に対応したらよいのでしょうか?

A:

マクロプルーデンス政策がプロシクリカリティ対策として機能しない最大の理由は、当局の裁量的行動を織り込んだ時の市場参加者の期待形成が複雑な点にあります。景気情勢に応じて求める資本や引当の水準を変更する政策を導入すると、金融機関をはじめとする市場参加者は将来の政策変更まで織り込んで行動します。この結果、現在の政策効果を打ち消す方向に動くこともあるのです。たとえば、スペインではカウンターシクリカル資本バッファーと似た手法として、ダイナミック・プロビジョニングといって、景気の過熱局面で引当率を高め、貸し出しにくくし、不況局面では引当率を引き下げて貸し出しやすくしようとしました。これに対し、多くの銀行では、引き上げられた引当部分はいずれ不況時には引き下げられるので実質的には資本と同じと考え、それだけ積極的にリスクテイクしたので金融機関行動にほとんど影響を与えませんでした。このように、経済主体が裁量的政策をどの程度織り込んで、どのように反応し、その影響がどの程度かというダイナミクスはほとんど分かっていないため、政策の効果がはっきりせず、こうした不透明感が混乱を招いて不安定化要因となり、かえって景気変動を大きくしてしまう可能性があります。

代案としては経済価値やリスクを反映した制度設計をして、金融機関にリスク管理の改善を促すことがプロシクリカリティの低減につながると考えます。たとえば、経済価値を反映しない引当ルールにより、危機下での金融機関の自己資本毀損を少なく見積もることができますが、それでは、それが金融機関の貸し出し余力に繋がって経済変動を緩和したかといえば、実際にはそんなことはありませんでした。むしろ甘い引当ルールにより金融機関は不良債権処理を先送りし、その結果、経済変動が増幅したのです。かつての日本の金融危機でも同様の問題が生じています。経済価値を反映した引当は、変動が大きいのでプロシクリカルに見えますが、金融機関はこうした変動を予測して早めに対応するため、かえって経済変動を均す働きがあるのです。同様に、公正価値会計が金融危機を増幅したとの議論も危機の直後には喧しかったのですが、その後の会計学者の実証研究は、むしろ公正価値ではなかった部分で対応を先送りしたことが危機を増幅していて、一方で、公正価値会計は金融機関にプロアクティブな対応を促し、プロシクリカルではなかった、と結論付けています。また、リスク感応的なバーゼルIIを導入する際にも、資本賦課が大きく変動してプロシクリカルになるとの懸念が一部の経済学者から示されましたが、実際にはそんなことはありませんでした。将来の資本賦課の変動を予測して金融機関は早めにローンポートフォリオを組み替えるなどの対策を講じたからです。リスク感応的な規制は、むしろ金融システムの安定化要因となりました。そもそも経済の変動を増幅している要因を突き詰めれば、将来を見通す能力の欠如によるものです。リスク管理の改善を進めることは、こうした能力の欠如によるコストを低減します。リスクと整合的な制度により、リスク管理を阻害する要因を排除することが、プロシクリカリティの低減につながると思います。

Q:

金融危機では詐欺的な住宅ローンの販売など欧米金融機関の倫理的な問題があったように思います。こうした面での対策は講じられているのでしょうか? そうした意味で欧米の金融システムはそもそも問題が多く、欧米主導の規制策定は問題だと思いますが、当面の規制見直しはどの国が主導して進むのでしょうか?

A:

倫理面の問題が危機を増幅した部分は否定できません。このため金融機関のコーポレート・カルチャーの改善を進めるための議論が国際的に進められています。これは重要なポイントではありますが、私は金融危機につながる問題の抑止力としてあまり機能しないのではないかと思っています。実際、金融危機の直前の局面では、今まで悪かったものが良いものとされたりしました。このように、どうしても価値観は揺らぎがちなので、倫理とかカルチャーといったアプローチで過った金融機関行動を抑えていくことには限界があると思っていた方が良いでしょう。やはりそうした問題にあえて踏み込もうとするインセンティブを生んでいる根本的な制度的要因を見極めて対応することが有効でしょう。

規制強化を主導してきたのは確かに欧米当局でしたが、日本の当局は行き過ぎた規制に反対の姿勢を貫いて、ようやく国際的に理解を得てきたところです。欧州の当局者は昨年、金融規制の見直しを強く主張していましたが、トランプ大統領が出てきてからは若干トーンダウン気味で、トランプ政権による規制緩和の行き過ぎを牽制する発言が見られます。このように常に各国の相対的なポジションを反映して議論が展開しているわけです。今後の見直しの着地点はまだ見えませんが、強化を進めてきた欧米当局が手のひらを返したようにこれまでの作業を全否定することはさすがに難しいでしょうし、新しい規制の中には理に適ったものもあります。また、米国では銀行バッシングの世論が強く、親ウォール街とレッテルを張られるのは得策ではないことは政権も承知しているので、こうしたさまざまなバランスのとり方に影響を受けながら国際的な規制の議論も展開していくと思います。

Q:

日本の金融機関には金融危機後の規制強化やその副作用によって、どのような影響がありましたか。

A:

規制の副作用による最大の影響は、米ドル資金の調達が難しくなったことです。このほかにも所要自己資本の引き上げをはじめ、規制強化の影響が邦銀にも重くのしかかっています。ただ、流動性規制やレバレッジ規制については、日本の金融機関に相対的には大きな影響が出ないように日本の当局がうまく制度設計しているように見受けられます。むしろ欧米の金融機関により強く影響が出ていて、日本の金融機関は債券市場やアジアの与信市場で割と漁夫の利を得ていた感があります。今後、規制の見直しが進むと、こうした相対的なメリットを失う可能性がある点には留意が必要でしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。