本邦におけるフィンテック-現場では今何が起こっているか-

開催日 2016年7月8日
スピーカー 山口 徹 (新日鉄住金ソリューションズ株式会社エグゼキュティブ・プロフェッショナル金融ソリューション事業本部コンサルティング統括センター所長)
コメンテータ 岩本 晃一 (RIETI上席研究員)
モデレータ 福本 拓也 (経済産業省経済産業政策局産業資金課長)
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議事録

フィンテックを支えるテクノロジー

山口徹写真フィンテック(Fin Tech)とは、FinancialとTechnologyを掛け合わせた造語です。Financialとは決済から融資、保険までの金融サービスのことであり、Technologyはブロックチェーン、人工知能(AI)、Web API(Web Application Programming Interface)、IoT(Internet of Things)、ビッグデータ、クラウドコンピューティングなどの革新的な技術(Innovation)を指します。

ブロックチェーンでは、参加する人全員が全ての取引履歴の情報を持っており、それが信頼性を担保しています。1つ1つの取引(トランザクション)が幾つかまとまったものがブロックであり、1つのブロックの信号をハッシュ関数という特殊な関数を使って1つの数字にし、次のブロックに渡します。そうすることでブロック全体が鎖のようになり、誰かが不正を行うと全ての人に分かってしまう仕組みです。

改ざんができないのはいいことですが、新しいブロックを誰が作るのかという問題があります。「元祖ブロックチェーン」といわれるビットコインでは、Proof of Work(PoW)というアルゴリズムが使われました。つまり、一番頑張った人がブロックを作ることができるのです。「一番頑張った人」は一般に「難しい問題を解いた人」と言われていますが、フェルマーの最終定理のような問題を解くとのは違います。たとえて言えば、サイコロを回して同じ目をn回出すことを競うようなものです。

このブロックを作る権利を獲得する努力のことをマイニングと呼びます。マイニングに成功すれば誰でも報酬を得られるので、頑張ってマイニングします。しかし、たまたま同じタイミングで2人がマイニングに成功すると、どちらのブロックを正しいとするかを決めなければなりません。それが合意形成のアルゴリズムで、少しでも早くブロックを作った方に次のブロックができ、長くブロックが連なった方が正しいブロックというルールになっています。

先の例で言えば、世界に100個のサイコロがあって、そのうちの51個を回せる人が現れると、その人に悪意があれば次々にブロックを追加できます。すると、今まで自分が払っていたはずの1万円が無効になるということが起こり得ます。これではファイナリティ(決済完了性)がなくなり、決済システムとして致命的です。

また、ブロックチェーンは全ての人が同じ情報を持っているので、透明性が高すぎるという問題があります。他にも、スループット(取引処理能力)が低い、データがひたすら増え続けるという問題もあります。このようなことから、ブロックチェーンはグローバルな決済を代替するものとしては使えないのではないか、と多くの人は考えています。

最近は、ビットコインのように真に分散されたブロックチェーン(パブリック・ブロックチェーン)が持つ本質的な問題を解決するため、プライベート・ブロックチェーンや、幾つかの会社が集まったコンソーシアム・ブロックチェーンが企画・検証されています。

しかし、これらはブロックチェーンを一部の会社やコンソーシアムが握って決済や取引を行うため、第三者機関が中央で信頼性を担保している現在のシステムとそれほど違いがありません。そのため、プライベート・ブロックチェーンは自己撞着だと言う人もいます。

ディープラーニングは非常に新しい技術で、1979年に論文発表されたニューラルネットワークが基本的なアルゴリズムになっています。最近もてはやされるようになった要因として、1つはハードウエア能力が飛躍的に向上し、安くなったことが挙げられます。もう1つは、もっと複雑なデータを学習しようとすると、学習するためのデータが必要になりますが、このデータがネット上に安く大量に出回るようになったことです。

近年、ディープラーニングをフィンテックに使うことが構想されています。たとえば過去の株価や為替レート、各国首脳の発言などのデータを使って、未来の為替レートや融資先の倒産確率を求めることもできます。

このように使うと、投資アドバイスなどにおいて、人間が処理しきれないほどの膨大なデータに基づいて意思決定することができます。投資アドバイスは従来、一定の資産を抱えたお金持ちにしかできませんでしたが、一般市民へのアドバイスが実現するかもしれません。また、与信審査においては、膨大な貸し倒れ事例を学習させることで、財務情報に頼らない融資が可能になると考えられます。

しかし、どのアルゴリズムを使って何を予測するかは人間が決めることなので、研究の余地がたくさんあります。また、投資がうまくいかなかった場合や、貸した相手が倒産した場合、人間なら自分の判断が間違っていたことを説明して謝れますが、今の機械はそれが得意でありません。AIもそうした説明ができるような機能が必要になると思います。

世の中にはAIやディープラーニングを使ったサービスが既にたくさんあります。中には単純にIF文を並べてAIだと言っているものもあると思われ、どれぐらいすごいものなのかを厳密に考えた上で誘いに乗った方がいいと思います。

従来の金融サービスは、たとえば融資業務にしても、大きな金融機関が営業から回収までのさまざまなステップを集中的に処理します。しかし、それぞれのサービスに得意な人がいるはずなので、それらを分解(アンバンドリング)し、それぞれ得意とする企業が提供し合う仕組みが必要です。そのアンバンドルされた業務を統合する仕組みとして有効なのがWeb APIです。

インターネットバンキングやクラウド会計、ネットショップなど、既にいろいろなサービスがインターネット上に公開されています。これらを連携・統合する方法としては、大きくスクレイピングとAPI連携の2つがあります。

スクレイピングとは、画面に表れた特定の情報を切り出すことです。ネットで本の値段を調べるとき、人間は画面を目で見てこれを読み取ります。機械が値段を読み取るには、画像を認識するのではなくこの画面を表示する元となっている HTMLという特殊な形式のファイルを解析します。この情報を読み込むのがスクレイピング技術であり、もともと人間のためにあったインターフェースを機械同士の通信に流用しています。

スクレイピングには幾つか問題があります。まず、画面デザインの変更に弱いことです。画面のレイアウトが変わるたびにスクレイピングのプログラムを変えなければなりません。また、コンピュータに保存したパスワードが漏えいしてしまう可能性があるので、セキュリティ上の脆弱性があります。それから、細かなアクセスコントロールができない、情報提供側にとっては課金できないという問題があります。

これらを解決するのがWeb APIの技術です。これはHTTPという約束事を使うことによる機械同士のインターフェースで、APIの仕様を決めておけばレイアウトに影響されません。それから、あらかじめアクセス許可を与えておけばパスワードをいちいち入力せずに済みます。さらに、細かくアクセスのコントロールができるので課金もでき、情報提供側と使用側で協業関係を築くこともできます。

ただ、どんなAPIを公開するかは事業戦略上、非常に重要ですし、誰に利用を許可するのか、許可する場合でも無料にするか課金するか、申請ベースにするか認可させるのか、目的について制限を加えるのかといったことを考えなければなりません。APIは技術的な問題であると同時に、事業戦略上も非常に重要な問題であり、この両者をきちんと理解して意思決定する必要があります。このことから、多くの金融機関はバンキングAPIを公開していません。

フィンテックは破壊的か

弊社は昨年末から今年にかけて、日本の伝統的金融機関を対象に、フィンテックに関するアンケートを実施しました。それによると、半数以上が何らかの影響を受けると答えました。逆に、脅威にならないと答えた人は数%にすぎませんでした。フィンテックを活用できる分野を聞いてみると、銀行の資金決済と答えた人の割合が非常に高く、ブロックチェーンに対する脅威を表していると思います。

一方、アメリカでは、JPモルガンのジェームズ・ダイモンCEOが「シリコンバレーがやってくる」という言葉で、既存の金融機関に警鐘を鳴らしました。毎年サンノゼで開かれている Finovateというフィンテック関係のプレゼンテーションイベントがあります。ここでの定点観測によると、数年前まではブロックチェーン関係の破壊的な技術が主流を占めていましたが、最近は既存の金融機関と連携を深めたり、協業したり、すみ分けを行ったりする方向へシフトしているように感じます。

確かに幾つかのフィンテックベンチャーは日本で活動を開始していますが、日本固有の問題が参入障壁になっています。1つはシステム要件です。日本の金融機関は非常に高度な堅牢性を持っており、われわれもそれが当たり前だと思っています。

また、欧米に比べて複雑な法規制があります。銀行法や保険法だけでなく、資金決済法、貸金業法、犯罪収益移転防止法、外国為替および外国貿易法など挙げるときりがなく、それらの法律にがんじがらめになっています。

利用者側も、資産形態の大半がいまだに現・預金で占められ、投資意欲が低いです。現・預金を持っている人の大半は高齢者で、テクノロジーに興味のある若い人はあまりお金を持っていません。また、フィンテックを支える人材の流動性が低く、エコシステムはシリコンバレーの足元にも及ばない状況です。

片や、日本のフィンテックベンチャーにも年間65億〜100億円という資本が流れ込んでいますが、これは多いように見えてアメリカの1%にも及びません。したがって、アイデアは非常に素晴らしいものを持っているのに、マネタイズに苦労しています。まさにシリコンバレーの進出を難しくしているのと同じ理由で、日本のフィンテックベンチャーも苦労しているのです。

これらの点から、フィンテックベンチャーが独り立ちするのは難しく、むしろ既存金融機関と強みを出し合って協業(共創)する方向に向かうと思います。

フィンテックで生活はどう変わるか

こう見ていくと、フィンテックは必ずしも破壊者ではないことが分かります。われわれとしては、フィンテックを前向きに捉え、生活を良くするために使いたいと考えています。金融はもともとお金を媒介として物やサービスを循環させ、われわれの生活を豊かにするものです。新しい技術を使って金融本来の目的を達成するのがフィンテックであり、具体的な例として、保険の高度化と商流ファイナンスの高度化、地方創生の3つについてご紹介します。

保険の高度化は、IoTやテレマティクスなどの世界です。自動車にセンサーを付けてその情報を損保会社が収集し、運転が安全であれば保険が安くなるというふうに、保険自体をパーソナライズします。生保でも、生活習慣などを見て健康的な生活をしている人は保険料を安くするということが考えられます。

保険のフィンテックの素晴らしい点は、センサーや生活習慣の情報を使って、顧客リスクのマネジメントができることです。保険はもともと万一のときに補償するものですが、その万一の事態をなくす意味で、フィンテックの保険は素晴らしいものがあります。

商流ファイナンスの高度化では、オンラインで収集できる決済データなどを基に融資審査を行います。これまで大銀行は財務諸表などをベースに融資判断をしてきましたが、中小企業の場合は財務諸表を手間暇かけて調べても割が合いません。しかし、フィンテックを使えば中小企業であっても財務状況やキャッシュフローをすべて見ることができ、正確な与信判断ができます。

地域通貨を利用した地方創生にも生かすことができます。たとえば、地方の金融機関がデビットカードを発行すれば、スマホだけで便利に買い物ができます。また、ポイントを付与するシステムをブロックチェーンで安価に実現でき、地域の活性化につながります。このように、伝統的な金融に新しい技術を加味し、新しいサービスを提供することがフィンテックの真髄だと思います。

フィンテックで活力ある社会を

フィンテックは、日本の閉塞感を打破し、活力ある社会をつくる手段になるかもしれません。そのためにさまざまな方面で改革が進んでいますし、メンタリティのシフトが進んでいます。

まず、金融機関はこれまでリスク回避型の融資姿勢でしたが、金融庁の指導もあってROE(Return On Equity)型の経営、つまり将来性があれば融資し、それによってROEを上げようとする経営姿勢にシフトしています。

行政も今、すごいスピードでフィンテックに対応しつつあります。金融機関による出資規制の緩和や、ビットコインやブロックチェーン(で流通する価値)を物ではなく(仮想)通貨として認めるなど、法整備をどんどん進めています。

利用者側も、これまでは銀行に対するニーズが非常に高かったのですが、あくまで利便性とコストのバランスの上で評価すべきという考え方にシフトしています。また、若い人は金融リテラシー、高齢者はITリテラシーを向上させて、フィンテックを有効活用していくことが必要です。

投資家は、フィンテックをキャピタルゲインを求めるための投資先として見るのではなく、本当に世の中に役に立つかという長期的な視点で捉える必要があります。

われわれのようなSI(System Integration)事業者は、金融機関や非金融機関、ベンチャーとの関係を構築し、協業体制をつくり、エコシステムを創造するハブのような位置付けになれたらいいと考えています。

フィンテックは単純にFinancialとTechnologyの融合ではなく、高度なITを使うことによって複数の事業者が自律的に連携し、高速で安く、場所を選ばないような新しい価値を生み出すためのエコシステム全体と再定義したいと思います。従来の常識にとらわれることなく、言葉に惑わされず、新しい技術の本質を見極め、都市や若者だけでなく、地方や高齢者、弱者をも元気になるような改革をしていきたいと思います。

コメント

コメンテータ:
IT投資によるメリットが見えにくい企業は経営者がIT投資に慎重ですが、経営者がIT投資の重要性を理解して最高情報責任者(CIO)を置いている企業は、積極的に攻めのIT投資をしています。

とくにアメリカと比較した場合、新しいビジネスモデルの開発など攻めのIT投資に重点を置いていますが、日本の場合はコスト削減などの守りのIT投資に重点を置いており、差が非常にくっきりと出ています。

これからは第4次産業革命が起こるといわれていて、あらゆる分野にネットが導入され、知能を持つことでさらに多くの新しいビジネス・企業が生まれることが期待されています。

新しいビジネスとしては、金融分野の市場も大きいと考えられています。その素地として、赤字の地銀が非常に速いテンポで増えており、新しいビジネスモデルに転換しなければ、ますます経営が悪化するということがあるのですが、新しいビジネスモデルの金融機関が介在すれば、日本国内のマネーが一層回るようになり、景気拡大にもつながっていくと思われます。

1995年のインターネット元年以降、海外のIT企業はビッグカンパニーに成長しています。抜きんでたアルゴリズムとビッグデータを握り、世界中からマネーを集めて大きな利益を得ているのです。

片や日本は、シャープ、東芝、パナソニックといった電機メーカーの不振が報道をにぎわせています。個人消費も過去22年で12.7%縮小する中、もし仮に通信費の4分の1程度が海外に流れているとすれば、年間約20兆円が国内に環流していないことになります。これでは、ただでさえ弱い日本の個人消費がますます弱くなっていきます。世界的に見て、富が一部の者に独占され、経済格差が拡大する要因の1つになっています。

アメリカ人はこのような成功体験を踏まえ、第4次産業革命においても膨大な富を得ようと、巨大な投資でオープンプラットフォームをつくり、一気に市場を独占しようと知恵を絞っています。IBMの調査では、日本の経営トップの4分の3が、これからのビジネスモデルはオープンプラットフォーム型だと答えています。これからの最大の脅威は、異業種からの新規参入だと回答しています。

第4次産業革命は、日本にとって決してバラ色ではないと思います。日本以外の国にとっては大きく飛躍するチャンスなので、日本のみが現状維持を続ければ、世界との差はますます広がるばかりです。第2のGoogle、Yahoo!、Amazon、Facebookといった企業を日本から生み出すぐらいの危機感と覚悟を持って取り組まないと、日本は本当にグローバル競争から脱落するという強い危機感を私は持っています。

質疑応答

Q:

プライベートやコンソーシアムのブロックチェーンは、運営コスト的にはどうなのでしょうか。ブロックチェーンにおいて、ハッキングはあるというふうに観念するべきものなのでしょうか。

A:

ブロックチェーンが素晴らしいのは改ざんできない点であり、万一改ざんしてもすぐに分かるという仕組みです。そういう仕組みが非常に安いコストでつくることができるといえます。ただ、経済的に幾ら安くなるのかはコミュニティの間でもまだ結論が出ていません。 イーサリアムで起きたハッキングでは、持っていかれたお金を使えないようにするのか、そのままにしておくのかという議論がなされています。使えないようにするには参加者が合意してルールを変える必要がありますが、パブリック・ブロックチェーンの信頼はそもそも多数の人が決められたアルゴリズム以外の方法で合意できないことに依拠しているので、実現するとこの前提が覆ってしまいます。この議論はオンゴーイングで、どのような結論が出るかはまだ分かりません。

(後日(7月20日)イーサリアムのコミュニティは、当該通貨の信頼性が犠牲になる覚悟のもと、ハッキングによる取引を無効にする方向で合意に達しました)

Q:

フィンテックによって、今までの金融システムは何が変わるのでしょうか。

A:

フィンテックの新しい融資形態が登場しても、これまでお金を借りていた人が別の借り方をすることはあまりないと思います。しかし、フィンテックを使えば企業の全てのキャッシュフローを見ることができるので、どちらかというと今までの審査方法で融資の対象になり得なかった企業、つまり財務諸表上は収益が出ていなくてもキャッシュフローはちゃんと回っていたり、将来拡大する可能性がある企業は、フィンテックを使うことで融資機会が得られ、ビジネスを広げられると思います。

Q:

金融が日本のフィンテックを他国ほど生かせない形で推移していったとき、企業にはどのような影響が出ますか。

A:

日本のフィンテックはアジアの中でも遅れている方です。なぜなら、日本は金融のインフラがとても高度に発展していて、今さら新しいシステムに置き換える動機付けがないからです。つまり、産業界と同じようなイノベーションのジレンマが起きているのです。新しいマーケットを創造するために、新しい発想で技術革新をしていかなければ、日本は遅れを取ってしまうという危機感を私は持っています。

Q:

資料にあったように、日本では「FICOのような標準的な与信スコアが存在しない」「原則誰でも銀行に口座が持てる」ということは、家計向けのフィンテックサービスにおいていろいろ障害になると思います。

A:

日本人は、米国人が自分のFICOスコアを気にするようには、自分のクレジットスコアを気にしていません。誰でも口座を持てる国は世界でも珍しいのですが、日本人はそれが当たり前だと思っています。当たり前のことを続けていくのもいいですが、銀行には多大なコストが掛かっていて、今のようにマイナス金利で収益が上がらないと、銀行自身が新しい投資をできなくなってしまいます。新しいサービスに対して敏感になり、便利なものはどんどん使っていかないと、われわれの生活は改善しないと思います。

Q:

この技術の展開いかんによって、金融システムが大きく崩壊してしまうリスクはないのでしょうか。

A:

金融機関が担っている役割は今後も変わることはないと思いますが、新しい技術を取り入れることでコストを抑えられる可能性があります。セキュリティや金融システムを守るという点で最低限のルールは必要ですが、新しいサービスの育成が妨げられるようであれば、どんどん改革していくべきです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。