健康寿命延伸に関するエビデンスと課題

開催日 2016年7月7日
スピーカー 島田 裕之 (国立長寿医療研究センター老年学・社会科学研究センター予防老年学研究部部長)
モデレータ 江崎 禎英 (経済産業省商務情報政策局ヘルスケア産業課長)
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議事録

認知症のインパクト

島田裕之写真健康寿命を考えるときの切り口の1つに、要介護状態があります。要介護状態になる要因は、脳血管疾患、認知症、高齢による衰弱(フレイル)、骨折・転倒、関節疾患などさまざまで、これらが健康寿命延伸を阻害しています。

また、早世と障害で失われた年数を算出した障害調整生命年(disability-adjusted life year: DALY)を見ると、健康寿命にはアルツハイマー病をはじめとする認知症がかなり強く影響していることが分かります。健康寿命の延伸には、アルツハイマー病をはじめとする認知症を抑制することが非常に大きな課題といえます。

現在、3秒に1人の割合で認知症が発症しており、2015年から2030年までに2倍、2030年から2050年にかけてさらに2倍と、比較的短期間で認知症患者が増えていくと予測されています。経済的コストも、2018年には約100兆円に膨らむと試算されています。

認知症予防の焦点

認知症予防には幾つかの段階があります。まず、分子レベルでの病理変化の予防です。病気を抑制しようと思えば、病理変化を完全に止めなければならないので、そのための画期的な創薬が必要になります。研究開発が進められていますが、今のところ認知症に効く薬はできておらず、このレベルでの予防は不可能です。

次は、個体レベルでの発症の予防です。薬を飲むのも1つの方法ですが、健康的な生活習慣を身に付けることによって、病理変化があっても発症を遅れさせることができそうであることが分かってきています。

さらに、社会レベルでの重度化の予防です。認知症になった人を社会が受け入れ、尊厳を持って暮らせるようにする。そのためには、社会のシステムをいかに作っていくかが非常に大きな課題になります。これら全てがバランス良く行われることが大切です。

認知症の最も大きな要因は加齢です。年代別の認知症の有病率を見ると、60代、70代には認知症の方はほとんどいませんが、80代から増えだし、90歳以上になると急激に増えます。認知症は加齢そのものが原因であり、年を取れば誰しもが歩む道であると諦めてしまう高齢者も多く見受けられます。

しかし、80代でも8割以上、90歳を超えても6割は認知症ではありません。ですから、年を取れば誰しも認知症になると考えるのは間違いですし、認知症は十分予防可能です。

ただ、認知症の絶対数は今後増えていきます。とくに増えるのが日本を含むアジアです。アジアでは高齢化の急速な進展につれてどうしても認知症の人も増えるので、少なくとも今後数十年間、認知症はアジアにおいて非常に大きな問題になります。

このような背景もあって、平成26年に厚生労働省と国立長寿医療研究センターは、認知症に関する国際的なシンポジウムを開きました。安倍晋三首相も出席し、省庁横断的にきちんと認知症に取り組んでいこうと提言されました。これを受けて「新オレンジプラン」という総合的な戦略が立てられ、施策がさまざまに進められているところです。

2050年の時点で認知症の平均発症年齢を2歳先延ばすことができれば、認知症の人を約20%減らすことができ、5歳先延ばしできれば43〜49%減らせます。地道な取り組みでも、それが広く行われることによって、多くの人々を認知症から救えることを忘れてはいけません。

アルツハイマー病の抑制

認知症で圧倒的に多いのがアルツハイマー病なので、まずはアルツハイマー病の抑制が大きな課題となります。アルツハイマー病は、脳がどんどんやせていく病気です。人間の脳は、運動する、見る、記憶する、判断する、話すなどを別々の部位で分担し、シナプスを介して神経伝達が行われ、そのパターンによっていろいろな機能を担保しています。

神経細胞の膜にはアミロイドの基となるAPPというタンパク質がついており、αセクレターゼあるいはγセクレターゼという酵素で切り離される分には悪さをしませんが、βセクレターゼで切り離されてしまうと、βアミロイドというタンパク質が遊離して神経毒性を発揮します。脳の中にアミロイドが異常に蓄積されると周りの神経を殺してしまい、アルツハイマー病のさまざまな病理学的特徴を引き起こします。

また、アルツハイマー病の人の脳では、神経原繊維変化も起こっています。神経の伝達路である軸索の中にはマイクロチューブが走っており、この管を構成するタウタンパクが異常なリン酸化を受けると、栄養素が末端まで行き届かなくなり、神経がやせ衰えて機能しなくなってしまいます。このような変化がアルツハイマー病の脳では刻一刻と起こっており、脳が萎縮して、最終的に認知症が発症します。

脳の病理的な変化は、発症の20年ぐらい前から始まっています。ですから、認知症予防の取り組みはできるだけ早い方がいいのですが、若い時に将来認知症になると言われても、ほとんどの人はとくに何もしないと思います。しかし、MCI(軽度認知障害)と呼ばれる状態になったら、対策を講じた方がいいでしょう。MCIは記憶力などの認知機能が衰えてきている状態で、この段階であればまだ正常の状態に戻れる過渡期の状況です。しかし、MCIが重度化してくると認知機能が正常に戻る割合は大きく減るので、異常をできるだけ早期に発見して何らかの対処をすることが大事なのです。

危険性の早期発見

認知症の危険性を発見するには、ある程度の検査が必要です。医学的な健診で異常がなくても、複雑な認知機能検査を行って初めて、自分でも気付かなかった記憶力の衰えに気付くことがよくありますので、このような検査が広く行われる必要があります。ただ、認知症を心配して受診してみようと思う人は、ほとんどの場合、状況がかなりひどくなっていて、予防の取り組みを始める時期を逸しています。ですから、私は病院以外のもっと気軽に受けられる場所でこのような検査が行われるべきだと主張しています。

これらの検査は病院では専門職が行いますが、地域では専門職が確保できません。そこで、われわれはそれを補うアプリケーションを開発しました。特殊な技能を持たない方でも、一定のトレーニングを積めば検査が十分可能なので、地域での検査体制が構築できます。ただ予防の取り組みを推奨するダイレクトメールを送っても、反応してくれる人は1割しかいませんが、このような検査で自分の状態を客観的に一度知ってもらえば、約6割の方が反応してくれるようになります。行動を変容するきっかけとして非常に大きなツールになると思います。

危険因子削減による認知症予防

認知症になるリスクがあると分かったときの戦略としては、危険因子を取り除くことと、保護因子を促進することがあります。脳にも体力があって、若いときに高等教育を受けて脳の力を上げておくと、だんだん認知機能が落ちていっても認知症のレベルまでは落ち切りません。また、中年期では、生活習慣病がアルツハイマー病のリスクとなるので、服薬管理をきちんと行うことが重要です。

さらに、老年症候群と呼ばれる症候が75歳ごろから現れだします。たとえば、何となくうつ傾向でやる気が出ないと活動しないために急速に心身の機能が衰えます。また、転倒して頭を打つなどの事故が起きやすくなります。転倒した時に異常がなくても、数年先にアルツハイマー病になるリスクが増します。家に閉じこもりがちの高齢者も急速に機能が落ちます。ですから、動くことが重要で、活動的なライフスタイルを身に付けることが大きなポイントになります。

糖尿病、中年期からの高血圧、肥満、うつ、身体的不活動、喫煙は、全て独立してアルツハイマー病発症の危険要因で、1つでもあればリスクを有しているとされます。中でも、先進国では身体的不活動が、人口に対して最も強いインパクトを持ち得ることが明らかになってきました。国を挙げて認知症の予防活動を行うときには、まずは運動不足の解消から取り組む必要があります。

加えて、非常に大事なことは、これらの危険因子全てが抑制可能であるという点です。推計では危険因子10%の削減で9%、20%の削減で16%の人を認知症から救うことができるとされています。これらの対処は今すぐにでも始められるので、集中的なキャンペーンが必要です。

認知症予防に関するエビデンス

最近報告されたフィンランドの研究によると、1260名の高齢者の半分を介入群として食事指導、運動指導、認知的なトレーニング、血管リスクの管理を包括的に2年間行ったところ、非介入群に比べて認知機能が有意な改善が見られましたが、アルツハイマー病の中核症状である記憶については有意な効果は得られませんでした。この研究は現在も続けられており、今後の報告が待たれるところです。

他にもさまざまなエビデンスが出ています。発達過程において、良好な栄養状態、教育、職業状態は認知症のリスクを減らします。心理的要因としては、中年期ではうつや不安、睡眠障害、ストレス、早くに親を亡くすなどのイベントがあると認知症のリスクを高めます。高齢期では、とくにうつの状態が強く影響することが分かっています。

生活習慣では、喫煙は認知症リスクを上げ、身体活動や認知的活動はリスクを落とします。心血管の因子としては、中年期からは、高血圧や肥満、高コレステロール、糖尿病の要素は認知症のリスクを上げます。高齢期においては、むしろ高血圧の人の方が、認知症が発症しにくいという報告もありますが、糖尿病は年齢にかかわらず大きなリスクであることが分かっています。

これらを考慮すると、心血管の管理、身体的活動、健康的な食事、脳を使うこと、社会的活動を楽しむことが、認知症の抑制に有効だと考えられます。

運動による認知症の抑制

中でも運動の実施は非常に取り込みやすく、キャンペーンとしては非常に有効だと思います。アメリカのノートルダム修道院のシスターたちを対象としたNun Studyという研究によると、アミロイドの脳内蓄積があっても認知症の症状が出ていなかった人に共通した特徴として、記憶の中枢である海馬の神経細胞がより大きく保たれていることが分かりました。

仮に高齢期になって脳にアミロイドがたまっても、海馬の状態を良くすれば、認知症を免れることができるという仮説が成り立ち、そのために有効なのが運動であることが分かってきました。実際、人による実証研究も行われていて、1年間ウォーキングをした群は海馬が平均2%大きくなりました。海馬は酸化ストレスを非常に受けやすいため年約1%ずつ縮みますが、運動することで栄養因子(BDNF)が多く放出され、脳が大きくなるのです。

この傾向は、運動の仕方によってもだいぶ違うことが分かっています。単純に運動させるよりも、いろいろな遊び道具を置いて遊ばせながら結果として活動させた方が、多くの栄養素が海馬で出ます。ですから、認知症予防の観点からすると、ストイックに黙々と運動するのではなく、わいわいと楽しみながらやった方が効果的かもしれません。

また、運動だけするよりも、頭を同時に使った方が脳は活性化します。臨床試験でも、10カ月間運動を続けると認知機能が上がり、脳の萎縮も防ぐ効果があるという結果が出ました。そこで、われわれは脳と体を同時に使わせる「コグニサイズ」を普及させるキャンペーンを行っています。

課題はそれを社会実装することです。一部のフィットネスセンターでは取り組みを始めていますし、トレーナーがいなくても運動できるように機械を開発するなどして普及啓発を図っていますが、広く浸透するにはほど遠い状況です。

運転寿命延伸プロジェクト

認知症を判定するMMSE検査で、病院で認知症と診断されるレベルの20点以下の人のうち、男性58%、女性15%が運転を継続しています。3月から道路交通法改正が施行され、認知機能検査で機能低下が認められた方の診断書の提出が義務化されますが、やめるべき時にはやめるという体制が必要だと思います。しかし、運転をやめてしまうと生活機能が極端に下がり、早い段階から要介護状態に陥っていくことや、認知症の発症にもかなり強く関与していることも分かってきました。

つまり、運転ができているということは、将来の健康状態に大きな影響を及ぼし得るわけです。そこで、国立長寿医療研究センターでは、自動車を運転できる「運転寿命」を延ばすプロジェクトにも取り組んでいます。

諸外国では、運転を続けるために、路上セッションをして運転技能を高める取り組みが有効かどうかを確認しています。幾つかの研究では効果があったとされていますが、残念ながら日本ではこのような研究はあまり行われていません。

非常に有名な研究としては、高齢者ドライバーに記憶トレーニング、推理トレーニング、情報処理トレーニングを行う群と何もしない群の4群に分かれて検証したところ、推理トレーニングや情報処理トレーニングをした群は、しなかった群に比べて事故を起こす確率が約半分に減ったというものがあります。つまり、高齢者であってもトレーニングをすることで事故を十分に防ぐことができるという知見が出てきているわけですが、これが日本の道路状況において本当に正しいかどうかは、日本の環境下で試験をする必要があります。

また、PETという機械を使って運転による脳の活性化を調べた研究によると、非常に広範な部位がたくさん働くことが分かっています。助手席に乗っただけでも、非常に脳が活性化することも分かっています。自動車業界が自動運転の方向に向かっているのはいいのですが、できれば自動運転でも外が見えるようにして外界の刺激は与えるようにすると、脳の活性化も得られると思います。

自動車教習所の仮免許試験で行う実技検査は100点満点から減点していく採点方式で、70点以上でなければ合格しませんが、高齢者に受けてもらうと平均が-130点で、試験の合格には程遠い状況です。しかし、トレーニングを3カ月間受けると格段に良くなります。きちんとしたトレーニングをすれば、少なくとも安全運転はできるようになるということです。

以上、健康寿命の延伸は認知症予防が鍵になります。今すぐできる予防対策を普及させるには、まず地域でその役割を担うシステムを構築する必要がありますし、認知症健診という形で早期発見、早期対処を促す仕掛けを作っていかなければいけません。また、運転寿命延伸のプログラムの有効性も明らかになりつつありますが、これらを全て税金でまかなって行うのは難しいでしょうから、自己負担か、産業界とタッグを組んで進めていかなければならないと考えています。

質疑応答

Q:

アルツハイマー病の危険因子はそれぞれ独立であるといっても、複数の因子を持つ人も多いので、単純にこの要因だと判断するのは難しいと思いますが、どうお考えですか。

A:

これらの因子は相互関係を持っていて、1つの因子が良くなれば、当然別の因子も良くなります。研究者は、それらを共変量として入れた形で計算していると理解しています。

Q:

健康寿命の延伸に、自転車はいかがでしょうか。それから、アルコールはワインがいいと聞くのですが、いかがでしょうか。

A:

自転車は比較的安全で、機能が衰えた方でもきちんとした負荷を体に掛けられるので、運動の方法としては非常に優れています。ただ、高齢者の自転車事故が多いので、安全に自転車が運転できることが前提かと思います。

ここ最近の研究から、酒を飲んでいることが健康寿命の延伸にも良さそうだということが分かってきました。酒の種類まではまだまだ分かりませんが、蒸留酒よりもワインや日本酒などの醸造酒の方が良さそうです。しかし、これも適量が前提の話です。

Q:

MCIの判定に際して、血液検査で因子を測る実験が行われていますが、精度はどれほどなのでしょうか。今回の実験でその方法を使われなかった理由を教えてください。

A:

早期に認知症リスクを判定する一番いい方法は、アミロイドイメージングや脳脊髄液からアミロイドやタウを測る方法ですが、地域でのスクリーニング検査としては非現実的です。われわれも血液バイオマーカーに対する期待は非常に高いのですが、今のところは様子見の段階です。脳内のアミロイドの蓄積は、ある程度センシティブに見られそうなことは分かっていますが、それが認知機能低下の判定に直につながるかは明確ではありません。血液バイオマーカーを使うにしても、認知機能検査はきちんと行わなければならないと考えています。

Q:

運転時に注意が行き届かなくなるのは、認知機能の低下も当然あるでしょうが、むしろ慣れによるものが多分にあるように思います。そのあたりはどのように研究されていますか。

A:

教習所の方は、「空白の50年」とよくおっしゃいます。20歳のときに免許を取ってから70歳で高齢者教習を受けるまで、きちんとした講習を受ける機会がないということです。ですから、道路標識も分からなくなっている可能性もありますが、きちんと教えてあげてトレーニングをすれば、十分安全運転ができるようになります。

高齢者の事故は非常に増えていて、保険会社も今後は保険料を高くせざるを得ないと言っています。保険に入れない高齢者が事故を起こすなどして不幸な人が増えてはいけないので、ぜひこのようなプロジェクトが社会実装されることを願います。

Q:

歩きスマホは社会的に悪だとされていますが、脳と体を同時に使うという観点から考えれば、認知症予防にとっては正義だと思うところもありますが、どうお考えですか。

A:

歩きスマホの事故は、スマホに集中し過ぎるあまり、周りに注意分散できないために起きます。われわれは高齢者に歩きながらいろいろやりなさいとよく言いますが、その大前提は事故が起こらない環境下でやることです。周りに注意を向けながら行えることが大事なのです。

Q:

最近、車の設備が充実しています。車内でテレビを見ているとき、脳は活性化しないのではないかと思いますが、その点はいかがですか。

A:

運転は非常に高度な注意を必要とする動作であり、安全運転という面から運転中のテレビの視聴はよくないでしょう。

Q:

認知症チェックを企業が健診などに導入するには、どのような課題がありますか。

A:

遺伝子検査は血液検査で簡単にできて将来の認知症リスクがある程度分かりますが、人権の問題もあって、それを健保でやっていいのかどうかという問題があります。また、現役世代の方の認知機能検査で将来の予測をするのは困難を極めると考えています。加えて、認知症の好発年齢は後期高齢期で、在職期間中に認知症を発症する方はごくわずかです。私が健診の中でと言ったのは、高齢期の健診におけるスクリーニングが必要だということです。

Q:

MCIから認知症に至る過程は、リニアに悪くなっていくのでしょうか。

A:

疾病のタイプによっても変わりますが、アルツハイマー病に関しては、リニアに徐々に悪くなっていきます。

Q:

地方行政で健康寿命の延伸にうまく取り組んでいるところはありますか。

A:

一番の決め手は首長にやる気があるかどうかに尽きるので、まずどうにかして会ってもらって、やる気のある首長のところで展開していくという形で研究を進めています。その際にタッグを組む相手は、研究の課題によって異なります。運転寿命延伸については、共同研究先としてトヨタ自動車とソニー損保に参画していただいていますし、認知症等については、花王や富士通などと一緒にやっています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。