成長を促すための法制度は如何にあるべきか
-RULES FOR GROWTH翻訳版の公刊に寄せて-

開催日 2016年4月14日
スピーカー 中原 裕彦 (内閣官房一億総活躍推進室参事官)
スピーカー 鈴木 淳人 (預金保険機構調査部審議役)
モデレータ 井上 博雄 (経済産業省経済産業政策局産業再生課長)
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開催案内/講演概要

イノベーションと経済成長を促すために法的なルールや制度的な枠組みはどうあるべきか、という観点から、米国の気鋭の法律家、経済学者達が行った研究成果(RULES FOR GROWTH, カウフマン財団)を今般、翻訳し、公刊した。

この研究においては、これまでの「法と経済学」は「静学的効率性」(static efficiency)の観点からの分析であったとし、新たに「動学的効率性」(dynamic efficiency)の観点を踏まえながら、成長、イノベーションを最大化するための法制度とはどうあるべきかという命題について、産学連携、高度人材移民、金融規制、租税政策、独占禁止法、知的財産法、契約法、IT法等の分野に亘って先進的な分析がなされている。

とりわけ企業法制改革、「法と経済学」の分析等において諸外国から最も注目を集めることの多いと思われる米国において、成長・イノベーションと法制度という論点について、制度それ自体の観点からも社会科学としての分析の観点からも、現状に満足することはできないとしてアカデミアの間で議論が展開されているのは、驚異的であるというほかない。

本BBLでは、これらの研究の内容を紹介するともに、今後、我が国において、IoT、ビッグデータ、人工知能などの技術進歩を踏まえた第4次産業革命を乗り越え成長を実現していくために、政策立案プロセスにおいて如何に動学的効率性(dynamic efficiency)の実現を図っていくかが鍵になるとともに、そのためには従前の発想の変革が求められていることを問題提起したい。

議事録

はじめに

中原 裕彦写真中原:
Rules for Growth』は、イエール大学やハーバード大学などの法律学者・経済学者が、現在のアメリカのルールは必ずしも成長ドリブンになっていないという観点から、現行の政策や法規制を幅広い分野にわたって見直し、成長をつくるためのルールがどうあるべきかを提言したものです。その思考方法を知ることで、成長のためのルールを経済学的側面から分析する際に各論を検証する参考になればと思い、翻訳版を発刊することにしました。まずこの提言の概要をご説明し、次に、本書から得られるわが国への示唆をご説明します。

イノベーションと成長を促進するうえでの法の重要性

鈴木 淳人写真鈴木:
長期的な経済成長をもたらす要素には、物的資本、人的資本、イノベーションがあり、特に先進国ではイノベーションが経済成長に不可欠とされています。本書では、知識が進歩することでイノベーションが起こるとしています。そこでは、研究開発の成果を事業化する企業家の役割が重要になります。

経済は、ルールの適用が何らかの力で確保されなければ、効率的に機能しません。たとえば、財産権や契約に関するルールは、究極的に裁判で担保されています。

本書では、従来の「法と経済学」による研究を、現存する資源制約の下で産出量を最大化する「静学的な効率性」を対象としてきたと整理した上で、どのように政策的な枠組みを変更すればイノベーションや経済成長を高められるかという「動学的な効率性」に着目しています。

その背景には、「静学的な効率性」の下では、新たな財やサービスにより、どのようにアウトプットを高められるかという問題を十分に捉えきれないことがあります。そこで、イノベーションや経済成長を促す法的システムを解明することをテーマにしています。

イノベーションのための法創造

法制度の大半は、政治的・法律学的なものではなく、経済に関するものです。また、従来の法的インフラは、政府による法創造と弁護士による職業的独占に依存してきたので、文書化されたルールに強く依存するために法律が増え続けたり、弁護士などの個人的経験に基づく要素が大きくなったり、多様性のない生産モデルや強行規定の多用といった問題点も生まれています。

市場ベースの法創造がより大きな役割を持つためには、以下の3つの変化が不可欠です。1点目に、競争のために法的市場を開放することです。法的サービスに対する州の規制を無効にして、全米単位の規制体制を作り、法と経済双方の政策決定者が動かすようにします。

2点目に、民間で作り出されるレジームのために、公共の法的枠組みを整備することです。仲裁人による事案の解決に州裁判所と同じ実効性を与えるとともに、民間でこうしたサービスを提供しても「認められない法実務」に当たらないことを公式に明確化します。

3点目に、法的サービスの取引に関する障壁をなくすことです。国内では海外の法的サービスの購入制限を撤廃する一方、国際的にも各国の法曹免許が客観的基準に基づいて、過度に制限的でないようにすべきとしています。

金融規制はどのように市場の力を利用できるか

規制される側の金融機関は報酬が非常に高く、専門知識も持っているため、規制する側の政府は本来的に不利です。その点で、金融規制は市場の力を利用して行うべきだと本書は指摘しています。

金融規制に市場の力を利用する方法として3点を挙げています。まず、オフバランスシート会計(貸借対照表に資産・負債を計上しないこと)が濫用され透明性が損なわれているため、議会はバランスシート(貸借対照表)に全資産負債を記載するよう銀行などに求めるべきということです。

また、規制当局は今まで格付け会社による格付に依拠していましたが、金融危機では格付会社による格付は総じて据え置かれました。他方、市場のCDS(信用リスクの移転を目的とするデリバティブ取引)のスプレッド(金利差・価格差)は素早く反応しており、これを利用すべきということです。

もう1つは、アメリカの裁判所は証券分野における訴訟を限定しつつあり、政策当局は弁護士がきちんと訴訟できるような市場インセンティブをコントロールすべきということです。そのためには、契約における「合成コモンロー(判例法)」の作成機関を構築し、ケーススタディのメニューを提供させることも考えられるとしています。

すなわち、アメリカは判例法主義ですが、本書では実際には存在しない多くの法やルールを民間が作ることを認めるべきだと提言しています。たとえば、ニューヨークとカリフォルニア州の判例法が少し異なっていて、どちらにしようかと迷ったときに、合成コモンローを利用するのです。それは作成機関ごとの競争になるので、より良いルールができると考えられます。

独占禁止法をどのように進化させていくべきか

アメリカにおける独占禁止法の規制は、経済成長を妨げるものが大半だったと評価しています。特に、経済への影響分析の結果にかかわらず慣行を禁止する「当然違法」が、あらゆる形態の価格支配開始行為に対して宣言されたことは重大だとしています。

1890年のシャーマン法では、取引を制限する全ての契約、結合、共謀を禁じていますが、裁判所はその「全て」に一点の例外もないかどうかをずっと議論してきたようです。当時の独禁法の精神は、経済成長に対して敵対的で、基本的に再分配主義です。すなわち、成功した企業の超過利潤をそいで、再分配するという精神がずっと続いていました。1970年以降、こうした方向付けは修正されていますが、まだ動学的な効率を高めるには至っていません。

今後の考え方としては、1つ目に、競争的な市場で急速な変化が生じると考えれば、独禁法はせいぜい産業慣行の変化に働き掛けるための最後の手段とみなすべきとしています。訴訟には10年ほどかかるので、独禁法はその程度で考えようということです。2つ目に、市場が非常にグローバルになっているので、市場の画定は国内だけでなく、海外も含めて行われるべきとしています。3つ目に、保護主義やいかなる形式の産業補助金も禁止する形で独禁法の範囲を拡大すべきとしています。

契約、不確実性、イノベーション

イノベーションのための契約締結においては、公式の契約と非公式の契約を組み合わせることが重要だとしています。公式の契約とは、裁判所の公式なエンフォースメント(執行)に裏打ちされた契約のことです。ベンチャーでいえば、まず2人が集まり、お互いの技術や能力を把握し、コラボレーション(協業)して、必要な役割分担を決める部分は公式の契約になります。

公式の契約では裁判所が出てくるので、強制的に情報を開示させることができる点がポイントになります。裁判所は現場で全てを見ているわけではないので、当事者に強制的に情報を言わせないと先に進まないからです。

他方、ITやベンチャー系は非常に先行きが不透明で、複雑なものを全て契約に書き込めないことが弱点になります。非公式の契約は、裁判所の公式なエンフォースメント(執行)に裏打ちされていない契約のことです。たとえば、最初に情報交換をした後、具体的な製品などの話については、裁判所に任せるよりもお互いに何をしているかよく分かっているので、本書では非公式の契約にした方がよいとしています。

しかし、非常に不確実な関係においては、以上のいずれも機能しません。公式の契約は、書き込まないと機能しません。また、非公式の契約では、継続的な関係があればしっかりやっているかどうかが分かりますが、ベンチャー系は過去の経験がないので分かりづらいという限界があります。

そういうときには、公式の契約が非公式の契約を締め出すことがあります。公式なルールを入れると、かえって非公式なルールが排除されてしまうような場合です。そこで、情報交換の枠組みと、それにサポートされた非公式の関係を守らせるようにする弱い制裁が重要です。つまり、非公式の契約を締め出して相互関係を破壊するような強い制裁はやめた方がいいということです。

情報経済の成長を指向した法制

中原:
イノベーションと成長にとって、インターネットの特性を生かすことは重要ですが、たとえば特許権や著作権のような知的財産については排他的・物権的な性格があります。こうした知的財産を利用しようとする人は権利者からライセンスを受けなければならず、勝手に使用しようとすると差し止められてしまいます。

しかし、最初に特許権なり著作権なりを取得した者に利用させれば最大の付加価値を生むかというと、確証はありません。場合によっては、知的領域に広大な遊休地ができるかもしれません。本書では、新しい産業がイノベーションを生み出すための実験を容易に行うことができるよう、こうした知的財産を実施するための環境整備を図ることに重点を置くべきだとしています。

ライセンスを受ける人は既存の制度や産業を前提にしておらず、そういう制度ができれば新しい産業が生まれる可能性があります。しかし、制度で実現しようとすると、立法プロセスの中でそういうニーズが伝わりにくく、バイアスが掛かりやすくなるとしています。

知財権は最初に取れば独占できるというインセンティブがありますが、これからはそれを利用する人たちの立場もバランスよく考えていかなければならないので、公正使用や僅少使用法理への配意が必要です。

わが国でも、フェアユースや特許権の差し止めの在り方が議論されたことがありました。差し止めについて一定の限定が掛けられているアメリカにおいても、差止め処分と損害賠償の在り方について、それでもなお見直しが必要だと述べています。インセンティブとディフュージョン(普及)を如何に両立させていくか、そのために建設的な議論を如何に構築していくかが課題です。

企業設立のデジタル化

イノベーションの源泉は複数の考え方を融合させることにあるので、企業の設立は非常に重要です。企業とは、目的志向のチームが協同して、新しいアイデアを創造し、市場に送り出すことを容易にする、いわばアイデアの結節点です。したがって、アイデアを出した人の権利関係を整理する場として、企業は重要です。そして、企業設立のために残された課題は、法のデジタル化であるとされています。

米国では、インターネットを通じて安価に会社を設立できる許可証を発行するビジネスが、州によって生まれ始めています。法律家の役割は、プラットホームの使い方を理解し、企業毎のカスタマイズを支援することや「知識エンジニア」としての業務にあり、そのためには法律家の教育や、人々のアイデアと才能が融合する土台づくりが必要であるとされています。

日本では、企業の設立に係る定款の策定に関して公証人の認証が必要ですが、定款変更のときには公証人の認証は必要ありません。変なペーパーカンパニーが出てきてしまうのはどうかという懸念も指摘されますが、本書では、仮想的なチャーター都市の創設、更にはその先の、企業の国籍をどう考えるかといった未来へ向けた議論が展開されています。

アメリカ特許商標庁は立て直せるか

アメリカ特許商標庁は、訴訟を起こすと特許が無効になるという多数の瑕疵ある特許の発行と、審査遅延や継続出願の利用の常態化という二律背反の状態にあります。せっかく特許を取っても、ライバル企業の侵害に対して訴訟を起こせば特許自体が無効になるというのでは、その意義が失われてしまいます。その点を解決するための提案が検討されています。

審査費用が不足しているので、特許商標庁に料金の設定権限を与えることが提案されていますが、出願時の手数料とその後の特許維持手数料を新規事業者の特許取得の在り方などに配慮しながら設定することは容易ではないものとされています。また、特許審査官の行動パターンを見ると、プライドがあるので、業務委託しても結局自分で発見した先行技術を信頼する傾向にあります。そのため、無効となる事態はそれほど回避されませんでした。それから、離職防止で処遇を改善したようですが、ベテランになればなるほど自分が正しいと判断するので、無効になる率があまり低くならなかったというデータもあります。

最終的には、出願審査料として高い手数料を払った出願については、その後の特許訴訟で強い有効性の推定を与えるようにする一方で、低い手数料支払ったにすぎない出願については「証拠の優越」の水準に引き下げるべきことが提案されています。これは、知財法の権威であるマーク・レムリー教授によるアメリカらしい解決方法で、審査における経済的対価と特許訴訟になったときの効果を連動させて解決しようとするものです。

ガバナンスにおけるデジタル・イノベーション

個人情報は漏えいのリスクが大きいので、漏えいを防止するためにはデジタルセキュリティが大切だという視点で制度が考えられてきました。しかし、これはモノを中心としたデジタル以前の時代の発想に基づいているものであり、デジタルの世界ではプライバシーとセキュリティに関する技術的可能性が根本的に異なっているため、現行の法令と政策には前例としての有益性がないものとされています。

漏えいによるリスクは確かに大きいですが、情報を共有しないことによる被害が、個人情報を保護しないために生じる被害よりもかなり大きくなっていることに気付くべきだとされています。アメリカではそのためのルール作りが議論されており、The National Strategy for Trusted Identities in Cyberspaceという新しい認証のエコシステムを作って、政府が認証する取組が行われています。

本書から得られるわが国への示唆

まず政策メニューの観点から得られる示唆についてです。今後、IT技術の進展の中で、公的部門と民間部門の取り組みが相対化してくると思います。新たな法制を創設するに当たって、民間部門の取り組みがこれまで以上に重要な役割を担います。なぜなら、技術進歩の進展が著しい中では、事前に法制度で実体的な要件を定型的・網羅的に書き切れるわけではないことから、民間部門で一定の手続なり実務なりを経たものを要件に合致するものと取り扱っていくアプローチが重要になっていくものと思われます。

いわゆる「財産権の理論」においては、契約が不完備にならざるを得ないときは、事後的な取引が効率的であったとしても過小投資になってしまうため、統合することにより投資を引き出していくものとされています。私の所感としては、IT技術やビッグデータの進展によって契約で書き切れるところが増えていくのだとすると、統合することが解決策になる領域が少なくなっていく可能性があるように思います。

さらに、この「財産権の理論」では、統合に際しては、財産をより利益を生み出す人に寄せるのが効率的であるとされています。著しい技術進歩の中で、財産にさまざまな利用可能性があり、その独立性が高まっていくことを考えると、統合により物権的に解決しない方がいい領域が増えていくかもしれません。特に、知的財産ではその傾向が顕著になり、ライアビリティルール(金銭的賠償責任のみを認めるルール)で物事を解決していこうとする傾向が増えていくものと思います。

競争法の分野では、激変する競争環境の中で、今まで敵だと思っていた競争相手が味方であることが判明するなどダイナミックな視点を取り入れていくことが必要になっていくように思われます。ネットワーク効果をどのように取り込んでいくか。消費者も含めたロックインの範囲拡大をどうみるか。今後、いわゆる「一定の取引分野」をどのように捉えていくかなども含めて双方向性市場に関する本格的な検討が必要になります。

次に、政策立案プロセスの観点から得られる示唆についてです。こうした大胆な制度改革を行おうとする際には、従前の政策立案プロセスとの接合を良く考えていかなければならないように感じているからです。

まず大胆な制度改革を行おうとする際には、濫用の懸念は常に指摘されることが挙げられます。しかし、仮に、濫用の懸念があったとしても、債務不履行や不法行為などのは一定のプロセスの中で他のケースと同じように解消されていきます。新しい領域ができることでより大きな付加価値が生まれ、新たに救済される人が増加することからすれば、トータルで見れば現状より良くなるため、支持を得てしかるべきですが、濫用の懸念があることのみが新たな制度論の展開のボトルネックになるところをどう解消していくかが課題です。

また、新たな制度をつくるときに現状維持のバイアスをどう克服していくかという課題があります。よく立法事実はあるのかと問われますが、それがものすごく具体的なところまで、酷いときには具体の事業計画まで求められることがあります。しかし、新たな付加価値を生む制度の議論をしているときに、国際競争でしのぎを削っている民間事業者に対し、現行の制度の下で実施できない事項を含んだ事業計画を立案・構想してもらうのは不可能に近いことが多いです。

それから、担ぎ手がいない体系的な制度論をどのように展開するのかも課題です。制度として出来上がればみんなが幸せになりますが、誰がそれをやって欲しいと言うのか、政策形成プロセスにおける囚人のジレンマをどう克服するのかという問題があります。現存するプレーヤーの中には担ぎ手はいないという制度を創設する際には、より問題は深刻化することとなります。

次に、本質が宿る細部の改革の重要性をどのように共有するかです。制度には、地味な技術的な改正に見えてものすごく大きな影響力を持つものと、条文の大部分を変えるもののそれほど影響力を持たないものがあります。メディアを通じた一般的な議論では、後者に注目が集まりやすいところ、前者に対する注目をどのように集めて議論を深化させていくかです。

さらに、Hard cases make bad laws(難事件が悪法を作る)という事態にどう対処するかという課題があります。不祥事があったときに、規制が必要以上に強化されかねない懸念はこれまでも指摘されてきました。不祥事自体が望ましくないことは言うまでもありませんが、感情論に基づいた過剰な規制が将来に大きな禍根を残しかねない事態をどう克服するかです。

最後に、いろいろな制度が補完的にできているときに、全部を一緒に改革できればいいのですが、1つずつ改革していかなければなりません。しかし、1つだけ改革することについては、当然、他の制度との不整合を生じさせますから合理性の説明が容易ではなくなっていきます。これまでは、担当者の職人芸的な説得力で、他の分野への働きかけを含めて行ってきましたが、もう少し総合的に議論する方法論の構築が望まれます。

質疑応答

Q:

日本は大陸法の枠組みで法定主義の側面が大きいので、判例法的な話にたどり着くのは難しいという気がします。日本の法的枠組みで見ると、さらにどういうアプローチが必要でしょうか。

中原:

私なりにものすごく大胆に整理すれば、いわゆる大陸法的な考え方は、リンゴを2つに切るときに精巧な物差し(実体規定)を作るというアプローチです。これに対して、いわゆる英米法的な考え方は、リンゴを切った方の人が後から選択するというルール(手続規定)を作り、そのルールにのっとった結論を正当と認証するアプローチです。しかし、これらは二律背反というのではなく、両者を統合的に採用していくようなアプローチも可能であるものと考えております。たとえばMBO指針(企業買収指針)などのガイドラインは、実際の訴訟において最高裁で指針に言及して判断されたりもしており、こうした取り組みも1つのモデルになると考えています。

鈴木:

英米法と大陸法の違いは、過去にも幾つか議論がありました。本書においても、概念的な違いであって、現実においてはあまり差がないという主張が紹介されています。私の感覚としては、アメリカの法令も非常に細かく書いてあり、特に一部の規制に関する分野においては日本もアメリカも同じという気がします。英米法と大陸法の違いは段々と相対化してきていると思います。

Q:

よりスピーディな企業組織運営、人的資産を蓄積させたインセンティブづくりとは、具体的にどのような企業組織の設立・運営でしょうか。現状維持偏向やHard cases make bad lawsという問題点は全く共有しますが、これらを打破するために、規制改革を担当された立場から見てどういう方法論があるのでしょうか。

中原:

1つ目の質問については、たとえば経営者の皆さんにもう少し頑張ってもらうようなツールを与える方法として、アメリカの訴訟委員会的な制度を入れたり、業務執行取締役についても事前免責を許容したりすることなどが挙げられます。こういったテーマはこれまでタブー視されてきましたが、インセンティブを付与し付加価値向上につなげていくんだという議論を丁寧に行っていくことが課題として残っているものと思います。

2つ目の質問については、今後は新しい制度をつくるときに、潜在的に新しいことを考えている民間部門の方々と私たちが準公的な場で建設的に制度論をつくっていくことが望ましいと思います。準公的な場で腹を割って話していくコミュニティを、政策分野ごとにつくっていくといいのではないかと思います。制度づくりはコミュニティづくりであり、国として大きな製品を作ることではないかと感じています。

Q:

イノベーションをより促すために、金融法制がどのように変わるべきか、具体的なイメージを教えていただけないでしょうか。

鈴木:

リーマンショック後、世界的に金融規制がやや細かくなっているのは事実です。金融の特徴として、国際的に活動している金融機関に対する協調的な規制が必要なため、日本も欧米などの基準に合わせなければならない部分があります。

こうした中、金融でも、フィンテック(ITを駆使して金融サービスを見直す動き)のような前向きな話が出てきています。金融も安定期に入り、よりイノベーティブなものを目指す時期になってきていると思います。日本は、若い人も含めてフィンテック、などに腰が引けているわけではありません。仮想通貨に係る制度的な枠組みができそうですが、このような前向きな動きが広まっていけばと思います。

Q:

17章の「影響力の大きいルール変更の3つのアイデア」について教えてください。

中原:

17章は、デジタル化で科学知識の蓄積が多くなっていくので、著作権などの利用を配慮しつつ、公正使用の範囲をいかに増やしていくこと。次に、科学研究の助成機関は国立衛生研究所の方針などを参考に、オープンアクセスに関する幾つかの措置を講ずるべきだとしており、データ利用申請者に対して研究で生成されたコードやデータの公開に関する計画作成を義務付けたり、研究の利益情報を追跡する幅広いソフトを開発したりすること。さらに、大学と研究者との間の利害を調整するためにオンブズマンを創設すること。こうした点を中心に議論が展開されています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。