決済サービスの高度化と暗号通貨に用いられる技術

開催日 2015年7月22日
スピーカー 木下 信行 (アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)シニアアドバイザー)
モデレータ 深尾 光洋 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/慶應義塾大学商学部教授)
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開催案内/講演概要

現在の日本の銀行の決済サービスは、ハブ&スポーク型のネットワークにより運行されており、ハブである銀行のコンピュータのセキュリティに大きなコストをかけている。銀行業務の基本は、決済サービスと金融サービスの結合生産にあるが、低金利下においてコストがかさむ一方、シナジーが十分発揮されず、行き詰りに直面している。

これを打破するためには、グローバル化やICT利用のユビキタス化がすすむ企業ニーズの変化に対応した決済サービスの高度化が必要である。現在、既存のシステムに基づく努力が進められているが、クロスボーダーの決済等でおのずと制約がある。この点、暗号通貨に用いられている技術は競争力が高く、決済分野でも、IP電話がかつての国際電話にとってかわったような現象が生ずる可能性もある。銀行は、自らの決済サービスにこの技術をとりいれることで、現状のブレークスルーとするとともに、日本企業の活動へのサポートを強化することが期待される。

議事録

はじめに

木下 信行写真私は、金融庁に勤務していたころ、不良債権問題への対応と並んで、技術革新と金融の分野についても、インターネットが普及しはじめた当初から関与し続けてきました。また、現職に移る直前には、日本銀行に勤務する機会を得て、幸運なことに決済分野を担当することができました。決済システムは、技術的にみえますが、経済の内分泌系統のような働きをしています。この分野の機能が悪いと、産業競争力や経済成長力全体に悪影響を及ぼします。

決済システムの分野では、現在、大変革のタイミングが来ているように思われます。暗号通貨に象徴されるような技術革新が急速に進んでいます。これは、インターネットが日本の産業と流通を変えてきたことと同じようなインパクトがあると考えています。

そこで、本日は、既存の決済システムについてふりかえったうえで、現在の技術革新がそのようなインパクトをもつかについて説明いたします。

銀行システム

現在の決済システムの中核を担っているものは銀行のネットワークです。銀行のビジネスの基本は、「決済サービス」と「金融サービス」を結合生産する商業銀行業務です。これは、欧州では十字軍の頃、日本では江戸時代にはじまりました。それ以来、現在に至るまで、どこの国でも、これが銀行業の基本であることは変わりません。

この2つのサービスは相互依存関係にあります。かつての銀行では、取引先企業の資金決済を都度扱うことによって、その企業のビジネスの状況がよくわかり、それを踏まえて貸し付けや回収を行ったり、必要に応じてリストラを勧めたりすることが中心でした。決済サービスを提供することによって、他の事業者ではできない金融サービスを提供できるという側面です。

一方で、決済サービスの提供には、一件ごとに相当な情報処理コストがかかります。取引先の資金決済を少ない処理コストで円滑に処理するためには、お金を貸したり借りたりする金融サービスを組み合わせることが有効です。典型的な例はクレジットカードです。1回の買い物ごとに銀行振込をすればそのたびにコストがかかってしまいますが、個別取引の際には代金を貸しておいて、1カ月後にまとめて引き落とすことによって、全体のサービスが円滑に行われるわけです。

商業銀行のサービスは、1つの銀行だけでできるものではありません。取引当事者が別々の銀行と取引している場合がありますので、どの銀行と取引していても決済サービスを利用できるよう、銀行全体でネットワークをつくっています。ネットワークの形態としては、金融に限らず通信や交通でもそうですが、メッシュ型とハブ&スポーク型という2つがあります。ネットワークの運行上は、ノードの数を節約できるハブ&スポーク型が効率的です。しかし、ネットワークの中心となるハブにはリスクも集中して脆弱になりますので、メッシュ型の方が頑健です。ネットワークの設計に当たっては、この2つをどう組み合わせるかがポイントになります。

銀行券による決済システム

以上をふまえて、銀行券による決済システムをみますと、関係者の情報のやり取りについては、メッシュ型ネットワークとしての性格が強いといえます。但し、媒体として使われる日本銀行券は日本銀行が集中的に発行しています。銀行券の動きを概観しますと、一般の銀行は、日本銀行に持っている預金を銀行券の形で引き出し、ATMに詰める等により、自分のお客様に提供できるようにします。お客様は、それを引き出して、商店で買い物をするとき等に使います。受け取った商店は、銀行券をたくさん持っていても仕方ありませんから、銀行に預け返します。受け取った銀行は、今度は日銀に預け返します。こうして銀行券は社会を循環します。大事なことは、その循環のステップごとに、銀行券の真偽判定がなされているということです。

日本銀行は、自らの債務証書である銀行券が勝手に増えると困りますから、窓口に銀行券自動監査機を設置して真偽を厳しく点検しています。これは大変精巧な機器で、提供できる会社は世界で2~3社ほどしかありません。各銀行は、偽の銀行券を日本銀行に持ち込めば失点となり、その金額だけ損をすることになりますので、商店等から銀行券が持ち込まれる際に、厳しく点検します。商店も同様に、お客様から受け取るときには、銀行券をじっと見て点検します。また、自動販売機に銀行券が入れられるときも監査装置は動いています。このように、銀行券の真偽判定にはとても大きな社会的コストがかかっています。

預金による決済サービス

銀行券は、こうした真偽点検に加え、運送・保管に多大なコストがかかるため、現在の資金決済の主流は、預金振替によるものとなっています。日本では、その中でも銀行振込が基本的な方法となっています。これを概観しますと、お客様が誰かに銀行振込で代金等を支払うときには、自分の口座がある銀行に指図して、取引先企業の口座に振り込むよう依頼します。支払いをする側の銀行は、全国銀行データ通信システムを通じて相手の銀行に連絡します。その通知を受け取った銀行は、当該取引先企業の預金残高を増やします。こうした結果生じる銀行間の貸し借りについては、ある程度まとまった段階で、各銀行が日銀に持っている預金の振替によって整理をするわけです。

預金による決済サービスのシステムは、このように典型的なハブ&スポーク型ネットワークですから、中心であるハブを攻撃されるとすべてが壊れてしまうというリスクがあります。もちろん日本銀行が最大のハブですが、個々の企業から見ると銀行の預金情報が入っているデータベースがハブになっています。銀行のシステムは、預金口座の情報が入っているDBサーバが中心にあり、それを取り囲むように内部サーバがあり、それを守るべく外部接続サーバがあり、それを外とつなぐための外部接続ネットワークがあるという構造になっています。中心に本丸があり、二の丸、内堀、外堀がある城のような構造といえるでしょう。銀行振込をするということは、これだけ厳重なシステムを正当にかいくぐってDBサーバの情報を書き換えるという大変なことをしているわけです。特に日本では、ATMの暗証番号が正しいかどうかを確認する際にも同様の手順を踏む等、セキュリティ確保がきわめて厳重なので、1件あたりの情報処理コストが高くなっています。それでも、物理的な紙の運送コスト等を考えると、一定以上の金額の支払いであれば、銀行振込のほうが銀行券よりも経済合理的といえます。

銀行業の採算

銀行は、金融サービスと決済サービスの結合生産によって利益を得るわけですが、日本の銀行の現状をみると、資産の半分以上は政府に対する信用供与です。ここでは、決済サービスとのシナジーは効いていません。このように政府向け与信の比重が高い理由としては、日本銀行が異次元緩和によって多くの国債を買っていることもあります。しかし、日本銀行以外の預金取扱機関勘定をみても、中央銀行向け信用、政府向け信用、地方公共団体向け信用等、政府信用に依存しているものが資産残高の半分を占めています。本来、銀行は決済サービスを提供することで情報を得て、自分たちでなければ貸せないところに貸すことで利ザヤを稼ぐわけですが、日本の銀行では、その機能が半分使えなくなっていることが実態です。

こうしたことから、日本の銀行は、全体として採算が取れなくなってきています。まず、日本銀行の損益をみると、発行銀行券の残高90兆円に対し銀行券関係経費が827億円あります。これは年利でみると0.09%となりますが、これは銀行券の券種を定期的に換えるコストや金庫を建てて維持する経費が含まれていない数字です。政策金利は0.1%ですので、日本銀行は、銀行券を刷って調達資金を運用するという業務では、実質的に赤字になっているわけです。

日本銀行のもう1つの資金調達源として、銀行による当座預金の残高が202兆円あります。これに関する経費は銀行間決済334億円、政府関係397億円の計731億円となっています。また、日本銀行は、量的緩和を維持するために、銀行による当座預金に金利を付けています。この付利費用の1513億円を先ほどの731億円に合わせると年利1.0%を上回ります。つまり、現在の日本銀行は、決済サービスでは赤字であり、短期の資金で長期の国債を買うことによる長短ギャップの金利差のみを収益源としています。

一方、普通銀行の当期純利益について、最高益であった2005年度との差の要因分解をみると、大手行で増益要因となっているのは信用コストの減少で、減益要因となっているのはコア業務利益の縮小です。地域銀行でも同様の構造がみられます。要するに、貸倒引当金の取り崩しという一時的な増益要因でコア業務利益の縮小という構造的な減益要因を相殺しているのが現状であり、銀行経営は長続きしない状況といえます。

このように日本の銀行業が儲からない背景には、取引先である企業が儲からないことがあります。もともと銀行業は、企業を取引先とし、その利益に均霑していました。この点について国際比較を行うと、日本は、銀行・企業部門双方のROAの過去10年間の平均値が最低水準にあります。企業部門のROAと潜在成長率も同様に最低水準です。潜在成長率の問題については、私なりに意見があり、RIETI等で発信をしております。別途、金融研究所等からの発表物をご覧頂ければと存じます。いずれにせよ、本日の議論からすれば、国内の成長率がどうであっても、海外での活動を含めて、企業が利益を上げてくれれば、銀行の事業環境は改善します。銀行としては、企業が利益を上げられるよう、内分泌系統を円滑に動くようにしていくことを考える必要があると思います。銀行が企業との関係をきちんと再構築すれば、双方が成長力・収益力を取り戻すことができるのです。

銀行の決済サービスの高度化

そこで、近年の企業活動をみますと、中堅企業の海外進出等のグローバル化のほか、STP化の推進による企業資源の有効活用、スマートフォンを通じた消費ニーズの掘り起こしといったICT利用のユビキタス化が進んでいます。銀行としても、こうした企業活動をサポートするように決済サービスを高度化していくことが重要となります。具体的には、決済システムの稼働時間延長、決済システムへのアクセスのグローバル化、受取企業によるSTP処理を可能とする明細情報、受取企業に対するリアルタイムの通知等が挙げられるでしょう。

これを決済サービスの供給サイドからみますと、企業等の活動がインターネットを基本としているのに対し、銀行のシステムがクローズドであることから生ずる制約にどう対応するかという課題になります。現在の銀行の決済サービスでは、利用可能時間が平日7時間のみ、使用可能文字がカナ・英数字のみ、付記情報が20桁という制約があるのですが、24時間365日、使用可能文字も制限なし、付記情報も可変長とする等、インターネットでの企業活動に合わせた高度化が求められます。

新日銀ネットの導入

次に、こうした課題に向けた銀行の取り組みについて説明します。まず、日本銀行では、本年10月より新日銀ネットを導入予定です。開発コンセプトの1つは、アクセス利便性の向上です。内外の決済システムや金融機関との接続性を改善するとともに、XML電文の採用やISO20022対応、稼働時間の大幅延長等が可能となるシステム基盤を整備する計画です。

このようにシステム基盤を整備したとしても、現実に稼働時間を延長するかどうかは難問でした。この点、まず、日本銀行がコアタイムと任意利用を分けるという方針を打ち出したことは画期的です。従来、すべての銀行が同じ時間帯で稼働し、決済作業に参加していたわけですが、2016年2月15日以降、夜間・朝方は参加したい銀行のみが稼働するというサービス競争の時代に入ることになります。そのうえで、当面、希望する銀行は、夜9時まで利用できるということにしました。これによって、ロンドンの午前中、バンコクとシンガポールの夕方をカバーすることができます。つまり、ロンドンで日本の銀行がドルやユーロを貸し借りする際、日本の国債を、当日の朝、担保に出せます。日本の銀行の主要資産は国債ですから、重大なメリットが得られることになります。また、バンコクやシンガポールで稼いでいる日本企業が入金すると、その日のうちに本国の資金繰りに使えることになります。これは、中小企業の海外進出を支援するための枠組になると思います。

全国銀行データ通信システムの対応

新日銀ネットは銀行間のネットワークですので、企業に対する決済サービスの高度化のためには、これに加えて、全国銀行データ通信システムが対応することが不可欠です。この点については、昨年の成長戦略で「全銀システムの稼働時間拡大」と「金融EDIの活用」が取り上げられ、全国銀行協会で検討されてきました。その結果として、昨年末、24時間365日稼働を実現するため、本体システムとは別に「新プラットフォーム」を構築することが決定されました。具体的な接続時間帯は、お客様のニーズを踏まえて各加盟銀行で決め、準備が整ったところから順次参加することになりました。主にインターネットバンキング等を利用した振り込みを念頭に置き、接続する加盟銀行間での24時間365日のリアルタイム着金が実現します。

一方で、B to Bのビジネスで重要な金融EDIについては、商流EDIと決済情報の紐付けに向けた検討、費用対効果やコスト分担等を含む実現スキームの検討・検証、産業界における商流EDIの業界横断的な標準化に向けた対応等、流通業界をはじめとする各業界の団体・企業およびEDIや会計関連のシステムベンダー、有識者等と意見交換・検討を深めていくことになっています。このようなテンポとなっていることには、企業間では膨大な件数の受け取り・支払いが行われており、その特定のためには長い桁数の明細情報を付ける必要があるという背景があります。これだけの付記情報を処理できるようにすることは、銀行側のシステムにとって大きな負荷となります。また、産業サイドでは、業種等でバラバラに構築済みの既存システムを一気通貫にすることが困難である等の障害があります。さらに、私の邪推かもしれませんが、企業の経営者には、事務の細かい話に問題意識をなかなか持って頂けないという傾向があるようです。

暗号通貨に用いられる技術と決済システム

銀行の決済サービスのこうした制約は、冒頭に述べたようなセキュリティ確保の必要に応じたものであり、既存のシステムでは対応に困難を伴います。このブレークスルーになり得るのが、暗号通貨に用いられるブロックチェーン等の技術です。

ここで決済の実効性の要件をふりかえりますと、「支払い指図等の情報の的確な伝達」「対価として支払われる決済手段の価値の安定」の2つが挙げられます。これらを保つためには、暗号技術による権限の認証、P2Pを通じた偽造監視等の技術と決済システムの社会的枠組みの双方によるバックアップが必要となります。

この点を踏まえて、既存のシステムと暗号通貨のシステムを比較すると、セキュリティ確保のコストが大幅に異なります。銀行券では、紙媒体に依存しているために、偽造、運送、警備のコストが高くなっています。また、預金では、情報処理の集中管理に依存しているために、なりすまし、侵入、障害への対応が重くなります。これに対し、暗号通貨のシステムでは、P2Pを通じてブロックチェーンを確認するという技術が用いられます。利用者による偽造監視・分散処理によって対応することになるので、セキュリティ確保のコストを格段に低減できます。

また、サービスの利便性では、銀行券の場合は紙媒体を交付する必要があり、預金の場合は銀行のコンピュータシステムが稼働する必要があるので、おのずと制約があります。一方、暗号通貨に用いられる技術では、データを電気通信で送ることができるので、銀行券のような物理的媒体による制約がありません。また、情報処理は利用者によるセルフサービスですので、預金のような利用時間の制約がなく、手数料も桁違いに低くなります。

取引との突合についても、銀行券では物理的な対面が必要であり、預金では銀行のシステムにおける付記情報の処理の制約があります。これに対し、暗号通貨のシステムでは、ネット上でのデリバリー・バーサス・ペイメントが可能です。

このように、ブロックチェーン等の技術を使って決済サービスを提供することには、大きな競争力があります。決済サービスの分野でも、クロスボーダーの決済をはじめとして、大きな変革が起こることが予想されます。通信の分野では、スカイプのようなIP電話がかつての国際電話を駆逐していったのですが、同様の現象が生ずる可能性があります。

こうしたことからすると、銀行による決済サービスについても、預金や銀行券の補助手段として暗号通貨の技術を使っていくことは、大きな威力を発揮する可能性があります。とりわけ、外国送金、少額決済といった分野で有効ですが、それに限る理由はありません。暗号通貨に用いられているブロックチェーンという技術は、いわば電子的な書留です。ビットコイン等のアプリケーションでは、書留の中に、仮想通貨というコンテンツを入れています。この考え方自体、既存の政府と銀行の関係を見直させるものであり、大変興味深いものです。しかし、もっと実務的な議論もできます。この書留の中には、線引き小切手、トラベラーズチェック、貿易書類等を入れてもよいのです。これは、銀行と企業の関係の再構築のツールとなると思います。クロスボーダー取引の決済、企業資源の有効活用の支援、消費ニーズ掘り起こしとの連携が可能となり、銀行と企業の収益性向上の基盤を確立できるものと考えられます。

以上に関して、私は、「決済から金融を考える」という小著を出しています。お時間があれば、参考にしてください。

質疑応答

Q:

実際にビットコイン等を使うには膨大な計算能力が求められるため、ビットコインでいうウォレット(財布)を提供する業者が必要だと思います。そのウォレットの監督は、誰がどのようにすべきとお考えでしょうか。

A:

ご質問は、地域通貨や電子マネーの頃からあった議論です。この点に関しては、物々交換による決済は自由であり、警察的な取り締まりは必要ないということが出発点です。議論の対象となる決済サービスが、物々交換にどの程度近いのか、あるいは通貨に近いのか、という事実関係をよく認識することが先決です。そのうえで、仮にレギュレーションが必要だとすれば、その方法が問題になると思います。金融行政によるレギュレーションの方法としては、不適当な行為を取り締まるというものと、信頼できる事業者に実施してもらうというものがあります。取り締まるならば、それが可能なのか、副作用はどうなのか等、現実をよく見て考えなければなりません。実効ある取り締まりができればいいですが、それで安心というわけではありません。一方では、社会的に信頼される主体に積極的にやってもらうという方法もあるでしょう。銀行がやったらどうかという考え方もあると思います。

Q:

銀行の収益に占める決済業務の割合は、どの程度あるのでしょうか。また、ERP等による企業資源の有効活用と決済業務の関連について、もう少しご説明いただきたいと思います。

A:

日本の場合、ATM手数料といった決済業務の役務収入が銀行の収益に占める割合はごく小さく、実費弁償に近いと思います。ERPに関しては、ドイツのフィレロイ・ボッホという会社でお話を伺ったことがあります。この会社は伝統のある会社ですが、完全にERPベースで運営されています。そのなかでも、ERPの一環であるペイメントファクトリーシステムが銀行の支払決済システムとつながっていることが重要で、SEPA(Single Euro Payment Area:単一ユーロ決済圏)が非常に役立っているということでした。

Q:

暗号通貨を用いた決済が普及すれば、金融システムの根源ともいえる信用創造に類似していくと思います。基本的に信用創造は国が握っているわけであり、サービスの利便性だけではやはり限界があるような気がします。お考えをうかがいたいと思います。また、暗号通貨で決済するシステムに、銀行はどのように関与するようになるのでしょうか。

A:

銀行業は金融仲介と決済の2つのサービスを結合して生産していることに値打ちがあります。暗号通貨に用いられるブロックチェーン等の技術には、オペレーショナルな面で革命的な競争力があります。ただ、これを利用することと、ビットコイン等の仮想通貨が提起している通貨体制の本質論とは、当面、切り離して考えることが可能でしょう。過去の金本位制度や金貯蓄口座を考えても、決済サービスの方法と、決済手段の信用力とがセットである必要はないことがわかります。

その上で、あえて決済手段の信用力について、ふれてみます。歴史的に考えると、政府信用に依存して決済と金融のサービスを行うようになったのは、ニクソンショック以降の数十年のことです。それ以前のことを考えると、今後とも、政府信用と決済サービスをセットで考える必要は必ずしもないと思います。

一方、決済サービスの提供について述べると、原理的に、資金決済それ自体は誰が行っても構いません。また、仮に取締りを行うとしても、実効性がないものであれば、かえって、「政府によって規制されているから私たちは安心です」と言って人々をだます者がでてくるという危険があります。むしろ、間違いのない主体にきちんとやってもらうほうが有効かもしれません。

その際、産業における技術革新に関しては、オープンイノベーションが主流となっています。新しいアイデアのある会社と既存のネットワークを持つ会社が融合したり、離れたり、リオーガナイズしたりしています。こうした点を含め、技術革新のもとでの銀行業をどう考えるか。より大きな観点で議論していければいいと思っています。

Q:

日本銀行では、こうした専門的なシステムを理解し、さらに発展させようという人材をどのように養成しているのでしょうか。

A:

通常の会社で働いている人は、今の業務をどう改善するかを考えるのが仕事であって、ビジネスを抜本的に変えることを考えるのは難しいと思います。これは、どの会社、どの銀行でも同じだと思いますし、実は日本銀行も同じです。ただ、日本銀行では、決済の実務に加えて、決済システムを考える決済機構局があり、さらに、金融研究所に金融を含めた暗号技術や情報技術のセンターを置いています。こうした点で、日本銀行は、一般の銀行にも官庁にもない強みがあると思います。

Q:

欧米と比べて、日本の決済システムにはどのような特徴があるのでしょうか。

A:

ドイツやアメリカに比べて、日本は極端に完全主義のシステムになっています。たとえば、日本ではATMで現金を引き出す際、お客様と銀行のDBサーバ間で何度もやりとりをしますが、欧米ではそれほどのアクセスをしません。その代り、1件当たりの使用を一定金額以下に制限しています。日本では、絶対に間違えないことに力を入れるあまり、かえって、取引が集中するとコンピューターが止まるといった問題も起こりました。ただ、この完全主義と大きな障害の組み合わせという問題は、銀行に限りません。いろいろなところのシステムで起きているのが日本の特徴だと思います。

Q:

アメリカやイギリスではレンディングクラブが成長していますが、日本には普及していません。その理由について、どのようにお考えでしょうか。

A:

日本の銀行の金融サービスをみて思うことは、極度に薄利多売だということです。レンディングクラブでは、技術革新を利用してできるだけ効率的かつ安全に金融サービスを提供することを追求しているのですが、日本のように利ザヤが薄いところでは、そうした新たな事業者が入るだけの収益機会がないような気がします。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。