歴史から学ぶ企業経営と政策立案

開催日 2015年7月8日
スピーカー 出口 治明 (ライフネット生命保険株式会社代表取締役会長兼CEO)
モデレータ 中島 厚志 (RIETI理事長)
開催案内/講演概要

政策担当者やビジネスパーソンは、IT技術の進化、少子高齢化、グローバル化などにより変化する経済や市場の中で、将来も見通しながら、時代に適合した政策や企業戦略を導き出すことが求められている。そのために、過去どのようにして政策や戦略が立案されそれがどのような成果を上げたのか、先人たちの英知や歴史を学びなおすことが有用と思われる。本BBLでは、経営者でもあり作家でもある出口氏に、歴史から政策立案や企業経営の智恵を学ぶことについてご講演いただく。

議事録

はじめに&森の姿

出口 治明写真人間には向上心があるため、どんなにいい職場にいたとしても、これで100%満足だとは思っていないでしょう。その意味で、すべての人は、自分のいる職場や住んでいる地域を変えたい、よくしたい、周囲の世界の思う存分経営したいという「世界経営計画」を持っているわけです。

しかし人は神様ではないので、世界を理解し、何かを変えたいと思ったら、今のポジションで自分が何をすべきかを考えていくしかありません。つまり人間が働く意味や、日々生きる意味は、「世界経営計画」のサブシステムを生きることにあります。メインシステムは、神様しか変えられないということです。

そのため、周囲の世界をきちんと見る必要がありますが、それはなかなか難しいことです。人間の脳は、見たいものをみるようにできているためです。そこで私はいつも、タテ・ヨコ思考が重要だと言っています。それは時間軸と空間軸、あるいは「歴史と世界」ともいえるでしょう。もう1つは、「数字・ファクト・ロジック」のみで考えることです。

日本の現状を一言でいうと、残念ながら貧しくなっています。なぜこうなったかといえば、競争力が年々落ちているからです。GDPで世界第3位という国の豊かさを維持するためには、競争力も3位である必要がありますが、日本の国際競争力が第27位(IMD「World Competitiveness Yearbook」)という状況を放っておけば、貧しくなっていくだけです。つまり日本にとって一番の課題は、競争力を取り戻すことといえます。

では、どうすればいいか。マクロで考えると、労働の流動性を高めるしか方策はありません。一時期、日本の大学生に「米国の会社で就職したい会社を挙げてみてください」と聞いてみると、ゴールドマンサックス、ボストンコンサルティング、マッキンゼーという御三家の名前が聞かれました。今ならばグーグルが入るのでしょうが、なぜかと聞くと「給料が高いし、キャリアアップにもなる」と答えます。たしかに、そのとおりでしょう。

しかし米国の大学生にとって、この御三家は40位、50位と人気がありません。その理由として、彼らは「今がピークの会社に若者が就職して何が面白いのか」と言うわけです。そして米国の大学生に人気の就職先は、ベンチャー、公務員、NPOもしくはNGOの3つに分かれます。米国はすごい国です。人口が増え、国土も広く、なおかつ大学を卒業した若者の考え方が日本とは違います。一方で、1週間ほど前にも新聞に載っていましたが、日本の大学生に人気の就職先は、大手金融機関と大手商社です。 ある団体の幹部が「最近の若者は3年で3割が辞めてしまう。こんなに我慢ができなくて、この国の将来は大丈夫なのか」と書いていましたが、私はそれを見て、「逆にもっと辞めなければいけないはず」と言ったものです。日本は、労働の分配の時点で大きく歪んでいるわけですから、若い人が大手企業から次の成長産業、小さい企業やNPO、NGOに移っていかなければ、この国の将来はない。

同様に日本では、定年制度を廃止するべきだと思っています。このままでは東京の病床数が足りなくなるといった声がありますが、それは、寝たきり老人の現状を前提にしているためです。欧米には寝たきりの高齢者は日本ほどにはいません。米国の友人が入院した際、お見舞いに行ったところ、「自分でトイレに行けないことが、こんなにつらいとは思わなかった。人間の尊厳というのは、やはり自分で食べて、自分で出すことなのだと初めてわかった」と言っていました。

そうであれば、超高齢化社会の日本に必要なのは、健康寿命を延ばすことです。医師たちに聞くと、「健康寿命を延ばすには、働くことだ」と異口同音に言います。つまりわが国で真っ先にやるべきことは、定年の廃止といえるでしょう。それによって働きたいだけ働いてもらうのです。

中には、若者の職場が奪われてしまうという人がいますが、とんでもありません。日本は労働力が不足しているので、若者の職を奪うことはないのです。企業が高齢者を雇えばやっていけないというのは、世界のどこにもない日本の年功序列の賃金をベースに考えるからであって、同一労働・同一賃金であれば、何も困りません。皆が健康に働いて、健康寿命が延びれば介護も必要ないわけです。寝たきり老人のベッドをどう配分するかなど、考える必要もなくなるでしょう。

次に、ミクロで考えてみたいと思います。個人の生産性を上げるためには、人と違うことを考えるしかありません。今までと同じ仕事を同じようにやっていれば競争力は変わりませんから、今まで5時間かかっていた仕事を4時間でやるにはどうすればいいかを考える必要があります。それができて初めて生産性は向上します。

では、どうすれば人と違うことを考えられるのでしょうか。あるラーメン店の店主は、どのラーメン店も男性客ばかりの現状をみて、そんなラーメン屋をつくってはいけないと気づいたそうです。世の中の半分を占める女性に来てもらえれば、売り上げは倍になります。そこで、ベジそばという女性向けメニューをつくりました。これは、ミシュランガイドにも載っていますが、人参のピューレにムール貝で味をつけています。

なぜこの話をしているかというと、生産性の高い仕事というのは、アインシュタインの相対性理論のように難しいものではなく、当たり前のものの組み合わせなのです。人参もラーメンもムール貝も、どこにでもあります。しかし、この3つを組み合わせた人はいませんでした。これがイノベーションなのだと思います。

また、この店主の趣味は何かといえば、食べることです。生きている間に、全世界の人が食べているご飯を全部食べたい。つまり食いしん坊なのです。だからベルギービールをたくさん飲み、ムール貝もたくさん食べていたといいます。要するに、ムール貝を食べたことがない人に、ニンジンのピューレと合わせようという発想は生まれません。

ですから、イノベーションを起こそうと思ったら、いろいろなことを知っている必要がある。平たく言えば、勉強しかないのです。大人の勉強は何かというと、「人・本・旅」です。たくさんの人に会う。いろいろな本を読む。いろいろなところへ出かけていって、体で覚える。これ以外に勉強の方法はありません。

しかし人間は、勉強が嫌いです。「人・本・旅」の中で一番勉強のイメージに近いのは本だと思いますが、たとえば今日18時に仕事が終わったら、まっすぐ家へ帰ってピケティの本を読もうと決めていたとします。ところが17時に電話が鳴って、友人に飲みに行こうと誘われたら、おそらく私は「ピケティ先生ごめんね。また明日勉強するからね」と言って、飲みに行ってしまうでしょう。人間はそういう動物なので、なかなか勉強ができない。そこにダイバーシティの意味があるわけです。

たとえば日本の伝統的な大企業に、ボードメンバーが10人いるとします。1人1人は立派な人であっても、全員はえぬきの50、60代のおじさんであれば、会った人、読んだ本、行った場所がオーバーラップしていることは容易に想像できます。大きい会社では、部長、課長、係長がセットで出てきたり、中には、自分の読んだ本を読めと回す上司もいたりします。

極論ですが、グローバル企業のボードメンバーはほとんど社外にいるため、日本の大企業に比べて、女性、若者、外国人がたくさんいます。そうなると、会った人、読んだ本、行った場所が異なり、ムール貝を食べた人がいる確率も高くなり、ベジそばも生まれやすい。これがダイバーシティの本当の意味だと思います。

歴史から学ぶ

私は歴史の本を書きましたが、そこでは「日本史はない」と言っています。私が中学生の頃、ペリーは捕鯨船の水を補給するために浦賀へ来たと歴史の授業で習った記憶があります。ところがペリーは、米国国務省にこう言っています。当時の米国の仮想敵国は大英帝国だったわけですが、ペリーの艦隊はニューヨークからロンドンを経由して江戸へ来ています。そして米国と大英帝国が何をめぐって争っていたかというと、中国の市場です。

ペリーは、今のままでは絶対に大英帝国に勝てないと考えました。大西洋の輸送費がかかる分、必ず大英帝国に負けてしまうため、「太平洋の航路を開かない限り米国の将来はない」とはっきり国務省に伝え、当時の最強艦を率いて江戸へ向かう許可を得ているわけです。

もしかするとペリーは、そんなことをはじめから言ったら日本人が驚いてしまうと考え、方便で鯨の話をしたのかもしれません。しかし本音では、明らかに中国を狙っていたわけです。こうしたことは、たとえば徳川家の文書をはじめ日本の歴史だけではなく、米国の歴史を紐とかなければ、わかりません。

たとえば今の日本の株式市場も、外国人投資家を無視して分析できるでしょうか。世界は昔からつながっていますから、世界の大きな流れの中で地域史をみる必要があります。つまり独立した日本史というものは、ないということです。

歴史という学問は、日本では文系の代表のようにいわれて文学部にあるものですが、最近の歴史はむしろ理系の学問だと思います。やはり中学校の歴史の授業では、源平の争いについて、平家が栄耀栄華を尽くしているときに源氏は東国で臥薪嘗胆し、そのうち義経という戦の天才が現れ、おごる平家を滅ぼしたと習った記憶があります。

しかし、よく考えてみると、平清盛は栄耀栄華を尽くしたかもしれませんが、平家のすべての兵士が贅沢できるような生産力が当時あったのかを考えると、怪しいところです。最近の学説では、花粉分析で当時の気候を再現すると、西日本は飢饉に近く、東日本には食べるものが十分あったといわれています。そうであれば、腹を空かせた平家が、腹いっぱい食べていた源氏に負けたことになります。このことからも、歴史は総合的な学問であることがわかります。また大学に文系、理系の区別があるのは、世界でも日本だけです。

歴史は民族の数だけあって、解釈によっていくらでも変わるという人がいますが、私の知る限り、それは世界の歴史学者の中でも圧倒的少数派だと思います。歴史は1つであって、その1つの真実に近づいていく学問である、というのが世界の常識でしょう。

歴史とは出来事です。今日、私が皆さんにお話ししているのも1つの出来事ですが、中にはメモを取っていらっしゃる方もいると思います。それが一次資料といわれるものです。しかし、私の言っていることを100%再現しようと思っているわけではなく、自分が面白いと思ったり、これは変だなと思ったりしたことをメモされているのだと思います。ですから、メモを集めただけでは再現できませんが、録音されたテープがあれば、かなりの部分を再現できます。

これを源平の話に当てはめると、平家物語や源平盛衰記、当時の公卿の日記などが第一次資料であり、テープに相当するものが花粉分析だと思います。このように文系、理系のすべての知見を総合して1つの真実に近づいていこうとするのが、世界の歴史学の大勢だと思います。

また、世界の歴史を動かしてきたのは交易ですが、この大前提は、生態系が貧しいということを人間が発見したことから生まれていると思います。たとえば、日本で最初に文明が起こった北九州には、鉄がありません。しかし朝鮮半島では鉄がとれますので、鉄器を持ってくれば、木の道具に比べて農作業の生産性は簡単に向上します。

つまり生態系の中だけで閉じていれば、そこにある資源を全部使い尽くして貧しくなります。そこで、他の生態系からいろいろなものを持ってくることで、人間は文明を築いてきたのだと思います。ですから、交易は文明のキーワードだといえるでしょう。

その交易のほとんどは、海の道を通って行われてきました。山賊あるいは海賊が略奪しようと思うと、陸の道と海の道では、身を隠すことのできる陸の方が圧倒的に楽です。一方、交易のために品物を運ぶためには、浮力を利用できる海の方がはるかに楽です。正倉院に収められた品々が、らくだの背に揺られてシルクロードを運ばれてきたことを想像するのはロマンチックですが、実は、そのほとんどは海の道を伝って日本へ来たものです。それは最近の研究で、ベトナムから同じようなものが出土していることで裏付けられています。また、東洋史、西洋史という分け方も、歴史の理解を著しく妨げると思います。

歴史など役に立たないと言う人もいますが、リーマン危機や東日本大震災のような出来事が形を変えて再び起こったとき、過去の教訓を一生懸命勉強したA社と、同じことは起こらないだろうと勉強しなかったB社では、A社の方が有利であることは明らかです。つまり、将来何が起こるかわからなくても、教材となるのは過去だけです。おそらく、それが歴史を学ぶ意味だと思います。

何も起こらないときは、リーダーや指導者は必要ありません。普通に物事が進んでいるときは、優秀な部下の言うことを聞いていればいいわけです。しかし、メリット、デメリットがわからず判断を迫られるようなときは、昔の人が、どんなときにどんな判断をしたかという教訓が役に立つのだと思います。

よく、経営に歴史が役立つのかと言われますが、人間の生み出したものの中で、すぐに役立つものなどないと考えるべきでしょう。すぐに役立つものは、世の中が少し変わっただけで役に立たなくなります。本当に役に立つのは普遍的な考え方であり、ケーススタディだといえます。参考になるケースが多ければ多いほど、より正確な判断ができるのだと思います。

私は、役に立つと思って本を読むことはありません。面白いから読んでいるだけで、それが何かの時に役に立てば、ラッキーだという程度です。そういうつもりで歴史を勉強すればいいと思います。自分のことは自分で考えるしかありません。それは経営でも同じです。そのときのヒントとして、たくさんのケーススタディが頭の中に入っていれば役に立つことでしょう。

ライフネット生命について

日本では、フリーターやニートの増加を背景に20代が貧しくなっています。その現実を見たときに、私はこんな社会を変えたいと思いました。20代が貧しいということは、晩婚・少子化につながります。日本の少子化の根本原因は、ここにあるといえます。

それを変えるために、自分は何ができるか――。「世界経営計画」のサブシステムの中で、私はたまたま生命保険会社に入り、生命保険の世界を知りました。そこで新しく保険会社をつくり、保険料を大手の半分に抑え、安心して赤ちゃんを生める社会にしようと60歳でライフネットを設立しました。

当社の課題として、インターネットで生命保険という形のないものを販売している以上、信頼を得ることが重要です。そこで私は、自分のビジネスのことは自分で発信するしかないと思い、本を書いたり、ブログを書いたり、講演を行ったりしています。

質疑応答

Q:

日本の成長力を高めるために、マクロでは労働の流動性を高める必要があるということですが、もう少し具体的にうかがいたいと思います。

A:

労働の流動力を高めるためには、セーフティネットをきちんと整備しなければなりません。昨年、厚労省が被用者保険の適用拡大をしましたが、すべての被用者が厚生年金の対象となることが、セーフティネットとして最も有効だと思います。

成長力は「労働力人口×生産性」ですから、日本に必要なのは人口を増やす政策です。それには、フランスの「シラク3原則」をそのまま適用すればいいでしょう。具体的には、1)女性が子どもを持つことによって、新たな経済的負担が生じないようにする、2)無料の保育所を完備する、3)育児休暇後に女性が職場復帰する際、企業は同じ人事ランクで受け入れなくてはいけない、というものです。これを法制化したことで、1996年に1.6人だったフランスの出生率が現在では2.0人を超えています。

短期的には、「新・観光立国論」でアトキンソンが書いているとおり、観光客を短期移民としてフランスと同水準に誘致できれば人口は増えます。成長性を高めるには、わが国は人口を増やすしかないと思います。

Q:

20代の子育て世代が一番貧しい現状は、被用者保険の適用拡大によって変わるということでしょうか。

A:

そのとおりです。第1号保険者が自営業者のみとなり、すべての被用者は第2号保険者となります。厚労省の試算のように月給5.8万円以上の人がすべて被用者とみなされれば、正規雇用と非正規雇用の区別がなくなり、20代の給与は上がると思います。

Q:

そもそも、どういう経緯で生保業界を選ばれたのでしょうか。また読書をする際の本の選び方について、どのようにお考えですか。

A:

完全に偶然といえます。友人とたまたま会社を訪れ、「司法試験を受けて、落ちたら就職するつもりです」と言ったところ、「試験に滑ったら喜んで採用します」と言われました。

本の選び方については、「好きこそものの上手なれ」です。皆さんも、自分の好きな本を読まれるのが一番いいでしょうし、好きなものがなければ、「人から勧められた本は読んでみようか」という程度でいいと思います。

ベンチャーは忙しく、私は今、人生でもっとも長時間働いている状況です。そこで最近は、新聞の書評欄の中から面白そうな本を選んで読んでいます。大学の先生が自分の専門分野について必死に書いているわけですから、さすがにハズレはないと感じています。

Q:

わが国で本格的に移民を受け入れることについて、どのようにお考えでしょうか。

A:

まず今の日本では、現実的にハードルが高いと思います。それを踏まえた上で言うと、移民を受け入れた国がすべて、うまくいっていないわけではありません。長期的にみれば、世界で移民を受け入れた国は、社会的な問題はあったとしてもプラスの方向へ向かっているのがファクトだと思います。

また、日本は移民がつくった国といえます。中国人、日本人、韓国人の遺伝子を分析すると、生物学的には日本人がもっとも多民族だということです。ですから問題はないでしょう。

日本の長い歴史の中で、平均身長・体重がもっとも低かったのは江戸末期です。それは鎖国をして、飢饉のときに食料の輸入ができなかったためです。さらに江戸幕府が人々の移動を禁止したため、通行範囲が極端に狭くなりました。

日本で移民を受け入れることには抵抗が大きいため、一番いい方法は大学の国際化だと思います。大学に多様な人々に来てもらえば、互いに知的刺激を受けることができます。グーグルはロシア人と米国人がつくった企業ですが、大学にいろいろな人が入ってくればベンチャーも起こりやすくなります。そのためには、秋入学にするべきでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。