新時代の女性起業家の新しい働き方

開催日 2015年7月3日
スピーカー 村田 マリ (株式会社ディー・エヌ・エー執行役員キュレーション企画統括部長 兼 iemo株式会社代表取締役CEO)
コメンテータ 坂本 里和 (経済産業省中小企業庁経営支援部創業・新事業促進課長)
モデレータ 山口 一男 (RIETI客員研究員/シカゴ大学ラルフ・ルイス記念特別社会学教授)
開催案内/講演概要

新しく起業する人の15%しか女性はいないと言われていますが、意外に女性に向いているとのではないでしょうか。また、起業は結婚や出産といったライフイベ ントとの両立も可能です。今回のBBLセミナーでは、二度の起業・買収された経験をもとに、今の時代だからこそできる、起業と経営の新しいスタイルをご紹介します。

議事録

自己紹介

村田 マリ写真私は、それほど高尚な話をする立場の人間ではありませんが、非常にパソコンが好きで、一言でいうと“パソコンおたく”です。その専門性が少し高く、パソコンを生かした仕事をすることが根っこから好きなため、その居心地のいい環境を続けていくために、自身の結婚、出産、育児の両立の難しさに直面しながらも、自分なりに模索してきた経験をお伝えできればいいと思っています。

2000年、サイバーエージェント社に新卒で入社した私は、人よりもパソコンに詳しかったため、6つの新規事業立ち上げに携わりました。うまくいったものも、そうでないものもありました。2005年には、26歳でコントロールプラス株式会社を設立しました。そして2012年、子どもがゼロ歳のタイミングでgumi社などへ事業売却しています。

育児と仕事の両立が難しいという結論の中で事業売却を経験し、当時の社員は全員gumi社へ移りました。1人に戻り、2社目は育児と両立できる形を模索し、2013年にiemo株式会社を設立しました。そのiemoは、設立から9カ月後にディー・エヌ・エー社からの買収のオファーを受け入れ、私は現在、同社の執行役員に就任しています。

このように会社を売却した経験が2度あるということで、女性のシリアルアントレプレナー(連続起業家)として、これまでにない新しい働き方のロールモデルになるべく、日本とアジアでのビジネスに挑戦しています。

現在、私はシンガポールに在住していますが、日本とシンガポール、さらにアジア地域を移動しながら、次の3つを意識して仕事をしています。「女性のライフステージと仕事の両立」「子育てしながら起業し、ビジネスも成功させる」そして「時間と距離を超えたビジネスへの挑戦」です。

自らで経営の意思決定ができ、緩急をつけやすい自営業ならば、結婚や出産といったライフイベントとの両立も可能です。ですから起業は、意外と女性に向いているといえます。

ロールモデル不在の新しい道

1社目の事業売却(2012年2月)の背景には、出産・育児による仕事の負荷や制限(資金調達やIPOへの制限)の中、レッドオーシャンになる事業領域で、経営者としての限界を感じたということがあります。朝8時からの会議、深夜2時の帰宅、さらに子どもが毎晩ぜんそくの発作を起こすようになり、夫や70代の両親によるサポート、保育園、家事代行でも追いつかない状況となりました。こうした毎日が続いて心身ともに疲労したところに数社から事業売却のオファーをいただき、当時の社員30人が移ってもフィットしそうな会社を選んだわけです。

この経験を通して、男性のキャリアイメージは一直線で、いつでも事業機会や市場の変化・成長についていけるのに対し、女性の結婚・出産・育児といったライフイベントのタイミングは、それに合わせられるとは限らないことに気づき、緩急の「緩」がどうしても襲ってくることを痛感しました。

そして、いつか家族の誰かが倒れてしまうのではとないかとハラハラし、苦痛を伴っていた就業環境を、何とかして突破する方法を一生懸命考えました。当時は、こうなりたいと思える女性のロールモデルも見当たらなかったため、そのときの常識を疑ってみました。今ある形ではなく、まったく新しい環境を自分でつくってみようと。

そこで、2012年にシンガポールへ移住。日本の環境を離れて、家庭、子育て、ベンチャー企業経営者としてのキャリアを模索し始めました。他にも、インターネットビジネスが盛んな香港とサンフランシスコなどを検討しましたが、共働き家庭をサポートする環境が用意され、多民族国家のシンガポールを選びました。移住後2年ほどは子育てに専念し、異文化環境を堪能。その間、子どもと一緒に自宅で打ち合わせを行うなど、iemo事業を立ち上げる準備を進め、再び「急」の期間へと入りました。

今の私

iemoは、インテリアやリフォームなど、住まいに関する幅広い情報を「まとめ」形式で配信する情報サイトです。スタートから1年半経った現在、月間ユーザー数は約500万人と急速に伸びており、ユーザー属性として96%を女性が占め、90%がスマートフォンを媒体としています。

iemoは、創業9カ月目で数社より買収オファーがありました。私はすでに1度、買収を経験していますが、そのときに異動した従業員は現在でも活躍しているため、企業買収に対するネガティブなイメージはありませんでした。逆に、1社目を経営していたときのつらさや効率の悪さの反省が大きいため、バックオフィスのサポートが手厚く、事業を伸ばす方向性を積極的に示してくれたディー・エヌ・エーからの買収オファーを、すぐに受け入れることにしました。

買収時、私1人がシンガポールに在住し、7人のメンバーは東京にいました。事業は、パソコンとインターネットさえあれば遠隔でも立ち上げることができます。iemoは、その立証モデルといえるでしょう。ディー・エヌ・エーが、海外居住している私を執行役員として迎える挑戦をしてくれたことにも感謝しています。ダイバーシティの観点で、この新たな風潮が定着していけばいいと思います。

現在は、月1回の経営会議の参加以外、勤務地などの縛りは一切なく、あとは事業の成功を達成するのみです。日本から飛行機で7時間、時差1時間。遠隔での非対面のコミュニケーションを主体としながらも、執行役員として常に結果を求められる立場にいます。

シンガポールでは、周囲の子育て支援と寛容な雰囲気に助けられています。子どもを大切に育てる空気の中で、肩の力を抜くことができました。シンガポールでは子どもをレストランに連れて行って泣いたとしても、スタッフや周囲のお客さんが寛容に助けてくれます。ちょっとした段差があると、何人も駆け寄ってベビーカーを持ち上げてくれたり、社会全体で子どもを育てようという環境になっていると思います。

また、共働きの夫婦が90%といわれますが、幼稚園は朝7時から夜7時まで預かってくれ、お弁当を用意する必要はなく、シャワーにも入れてくれます。頼めば、朝食も食べさせてくれます。外食・中食の文化が発達しているため、料理を一切しない家庭も珍しくありません。

男性は、夕方5時、6時には仕事を終えて帰宅し、育児など家族と過ごすことを重視しています。土日は家族と過ごす時間であり、仕事第一という空気感ではありません。仕事だけでなく、家庭を重視する時間がとれているように思います。

ディー・エヌ・エーでは現在、ママたちが新しいメディアをつくるチャレンジをしており、企業内での女性社員の活用や、働くママだからこそ輝ける、時短勤務でもきちんと回る仕事の取り組みを進めています。

私の場合、出産という大きなライフイベントがあり、仕事との両立が難しかったことから、今ある環境の中で、我慢や苦痛を味わいながらやらなければいけないという観点を捨てました。そして子育てのサポート環境が充実し、寛容なシンガポールに移住し、パソコンでインターネットを通してコミュニケーションしながら2社目を立ち上げる挑戦をしました。

共働きが当たり前のシンガポールの何よりも大きな特徴は、母親に多くを求めすぎていないことです。完璧な母親像を求めず、できる中で最良を求めていけばいいと思ったときに、私自身、健やかに仕事に向かえたと感じています。だからといって移住を勧めるわけではありませんが、そういう環境があることを、日本の皆さんに知っていただきたいと思います。

コメント

コメンテータ:
総務省の「就業構造基本調査」をみると、わが国の女性起業家は男性起業家の約半数に留まっています。女性起業希望者も男性起業希望者の半分程度以下の水準で推移しており、まだ数は少ない状況です。起業家数では、ほぼ全ての年代で男性が女性を上回り、起業した時点の年齢については、男性は30代と60代、女性は30代での起業が多くなっています。

男女別の企業分野では、女性の起業は個人向けサービスが中心です。女性の創業は、女性ならではの視点を生かして新たな需要を掘り起こし、家事・育児のアウトソースの受け皿となるサービスの提供により、女性就業を支援するケースが多くみられます。女性の経営者が女性の働きやすい環境をつくりだし、女性の雇用を創出するという好循環の原動力にもなっています。

起業時の課題として、「経営に関する知識・ノウハウ不足」「家事・育児・介護との両立」で、大きな男女差がみられます。起業時に欲しかった支援では、「同じような立場の人(経営者等)との交流の場」を挙げる女性が多いことから、なりたいと思えるロールモデルに出会えるかどうかが、動機づけとして大きいように感じます。

結婚や出産、あるいは育児がひと段落して時間的余裕ができたといったライフイベントの要因が、女性が起業に踏み切るきっかけになったという調査結果もあります。女性の場合、とくに出産や育児が、起業のきっかけとしてポジティブな方向にも、あるいは障害や課題になるという意味でネガティブな方向に働くケースもあります。それだけ重要なファクターだということでしょう。

日本経済の新陳代謝を高めるためには開業率を上げる必要があるといわれます。出産を機に6割の女性が離職している中で、一旦会社を離れた女性を含め、いかに女性の起業を促進するかが政策的課題となっています。そこで、「なりたい女性起業家」のロールモデルとして、村田さんのような方が出てくることが後押しになると思います。

質疑応答

コメンテータ:

日曜の夜になると子どもが熱を出す、あるいは海外赴任の大事なタイミングに出産が重なるなど、女性が仕事と家庭のコンフリクトに直面することは多いわけですが、それをうまく解消するヒントが、シンガポールの社会的な空気感にあるように思いました。そこで、起業という形を選べない女性を含め、日本の社会に対してメッセージをいただきたいと思います。

A:

起業のタイミングとして、ビジネスチャンスの波が来ていないと、なかなか乗りづらいものです。私は、いくつかビジネスを検討していましたが、子どもが2歳になって幼稚園に通うようになり、そろそろ始めようというときに、ちょうど波が来ていた3つのうちの1つを選びました。自分が起業するのであれば、そういったタイミングは選べると思います。

商談など、自分がその場にいる必要のあるときは、ビデオチャットを活用しています。私の感覚では、必ず対面でなければいけない場合はありません。営業スタッフが商談先にパソコンさえ持っていけば、先方とビデオチャットできるわけです。シンガポールと日本に離れていても、回線がつながり、コミュニケーションさえとれれば大丈夫だと思います。ただし、唯一できないのは、飲みニケーションです。月に1回、経営会議で日本に帰ってきていますが、その滞在の中では、飲みニケーションをたくさん入れています。

企業で働いている方は、そういったタイミングを選ぶのは難しいかもしれません。そこは、企業側が頑張っていく必要があるでしょう。たとえば、シンガポールでP&Gに勤める女性に聞いたところ、会社にリクエストを出せば、本人が望むタイミングでシンガポールへ赴任でき、また日本へ帰任することが可能だということです。たとえば産休に入って、戻ったときに元のポジションがなくなることもなく、本人が引け目に感じない環境を企業が整えていけば、起業せずとも仕事と家庭の両立は可能になると思います。それは、企業や行政に頑張っていただきたいところです。

Q:

同世代の男性に負けたくない、あるいは世界を変えたいなど、村田さんが頑張る原動力は何なのでしょうか。

A:

「めちゃめちゃパソコンが好きだ」という1点に集約されるような気がします。インターネットのビジネスがどんどん増え、生活が便利になったと感じるとともに、その1つを自分で生み出したいという創作意欲が根底にずっとあります。その時代に合わせたインターネットサービス、アプリ、コミュニケーションツールを、どんどん生み出していきたいと思っています。

シリコンバレーには、それを成功させている人がたくさんいます。さらに中国、韓国、東南アジアからもどんどん出ている中で、日本からいいものを出したいという思いがあります。また、男性目線のプロダクトが多い中で、女性が活躍するケースは非常に少なく、思い浮かぶのは、フェイスブックのシェリル・サンドバーグ、ヤフーのマッリサ・メイヤーといった遠い存在です。ですから、もっと身近なロールモデルに、自分がなれればいいと思っています。

あとは負けず嫌いなので、男性のプレイヤーが頑張っているから負けたくない、あるいは女性であることがハンデになって負けたと思われたくない、といったことは過敏に気になります。そのようなことのないように、女性でも成果を残していきたいと思っています。

Q:

女性は文学部への進学率が高く、それが男女格差の1つのファクターになっていることは、日本のみならずいろいろな国でいわれています。村田さんは文学部出身だということですが、大学で学んだことは役に立っているでしょうか。

A:

申し上げにくいのですが、私は大学へあまり行かずに遊んで過ごした学生の典型で、大学で学んだ記憶は多くありません。しかし小説家になりたいと思い、直木賞作家の先生のゼミに入ったり、歴史小説が好きだったため古典芸能の授業をたくさん入れ、私自身も古流剣道をやったりしました。歴史小説家を目指して大学に入り、遊んでいる中でパソコンに出会い、それにとりつかれてインターネットの日々を過ごしましたが、それが今の仕事につながっているので、帳尻が合ってよかったと思っています。

学生生活においても、文章を書いたり、ストーリーを考えたりして、人に作品として見せることが好きでした。最近思うのは、事業を構想して、事業計画を株主やユーザー、記者にお話しするのは、小説を書く行為に非常に似ているということです。

事業計画は、うまくいくかどうかわからない「妄想」といえます。SF小説に近い側面もありますし、相当なロマンチストでなければ、なかなかできるものではありません。どういうエンジニアや経営メンバーがいて、どんなことができるなど、登場人物を構想してキャスティングし、どのようにいきいきと活躍し、社会に商品を提供していくかというストーリーを描いていくわけです。そして最終章では、事業が大きく成長して社会に貢献していきます。それが事業計画だと思っていますので、その面で大学の経験は生かされていると感じます。

モデレータ:

iemoがレッドオーシャン(競争の激しい領域)でなくブルーオーシャン(競合相手のいない領域)に乗り出した思いつきは、どこから来たのでしょうか。

A:

はじめのバイラルにうまく乗せるには、とにかく先端情報をつかむという点に気をつけています。タイムマシンモデルといわれるように、米国でヒットしたものが遅れて日本にやってくるという構造は、インターネット事業において過去20年ほど続いています。ですから、バイラルをうまく利用してビジネスを伸ばすというモデルが、米国にはすでにあったものの日本ではまだ見当たらなかったため、それを他よりも早くやろうと思いました。

衣食住のうち「衣」と「食」のビジネスには若い人が多いため、先行してやっている事例が日本にありました。しかし「住」にあたる不動産業界はIT化が遅れているため、まだ誰もやっていませんでした。そこで参入のチャンスがあると思い、3つ悩んだ中の1つとして選びました。

「スマートフォン×不動産」の組み合わせを、同じタイミングでやれば、私でなくとも成功したと思います。それを誰よりも早く始め、ほどなくレッドオーシャン化しそうな要素が見えていた9カ月目、ディー・エヌ・エーの買収を受け入れることにしました。

レッドオーシャンの中でパワーゲームを勝ち抜くのは、資金力と人材を兼ね備え、一番力強く戦えるところです。誰よりも先に資金や人材を増やしたところが勝てることは、ソーシャルゲーム事業のときに学んでいました。つまり、自分が一番手で行くために、私自身がテクニカルにレッドオーシャンのゴングを鳴らしたということです。

Q:

データに示されているように、女性は経営に関するノウハウが不足していることが多く、事業がうまくいかないと、社長自身がタレント化することで乗り切るというパターンが比較的多いように思います。しかし村田社長は、ビジネスをロジカルにとらえ、事業への愛着はありつつも有利に手放すタイミングを冷静に計っておられると思います。そういった能力は、MBA的に学んで身につけられるものなのでしょうか。あるいは、生来持っている資質なのでしょうか。お考えをうかがいたいと思います。

A:

実際、女性は事業を立ち上げるのが下手だと思います。思考パターンとして、感情移入しやすく、思い込みが激しい。あるいは自己顕示欲が強く、業績よりも自分が注目されたい傾向が多いような気がします。先天的に、男性よりもロジカルではなく感情で動かされやすい傾向があるようです。私自身は、市場規模が小さいところで何をやってもうまくいかないということを過去の失敗から学んだため、きちんと流通している市場を対象とし、ユーザーインタビューなどのマーケティングリサーチを踏まえた商品を投入することで、成功の確度を上げています。これはOJTや社内の仕組みによって、後天的にリカバーできるポイントだと思います。

Q:

資金調達というリスクをとらず、自分のできる範囲で事業を行うという選択について、どのように思われますか。また、女性起業家がリスクをとって成長していくためには、何が必要なのでしょうか。

A:

リスクはとったほうが、人生としては面白いと思います。あとは、リスクをとるべき事業なのかどうかに尽きるでしょう。多額の資金を調達し、どこまで伸ばせるかを描けないのであれば、それはリスクというよりも「無謀」といえます。私がiemoでM&Aを選んだのは、この事業自体、賞味期限はそこまで長くない可能性があることと、今後のビジネス構築まで3~5年かかるのに対し、スマートフォンといったデバイスのトレンドが2~3年で大きく変わる可能性があることを考えたときに、IPOでは時間がかかってしまい、リスクが高いと判断したためです。

つまり、資金調達すべきかどうかは、事業モデルによります。そして、時間軸とトレンドを考えれば、計算式のように答えは見えてくるものです。あとは、その方の人生に対する夢、どんな人生にしたいかを考えて選べばいいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。