『失われた20年』後における中小企業の資金調達環境

開催日 2015年6月25日
スピーカー 植杉 威一郎 (RIETI ファカルティフェロー/一橋大学経済研究所教授)
モデレータ 後藤 康雄 (RIETI上席研究員)
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開催案内/講演概要

1990年代初頭のバブル崩壊後日本経済が長期停滞に陥る中で、日本企業、特に中小企業を取り巻く資金調達環境は大きな変化に直面してきた。最近ではリーマンショック後の急速な景気後退に対応して、中小企業金融円滑化法が2009年12月から2013年3月まで実施され400万件以上の貸出について条件変更が行われるとともに、政府系金融機関による貸出や信用保証制度を用いた大規模な支援策が導入されたことは記憶に新しい。

今回は、「失われた20年」を経て中小企業への資金配分はどのように変化したのか、金融円滑化法による条件変更、政府による危機対応、それ以外の中小企業金融施策はどのように利用されてどのような効果を有したのか、といった点について、政府統計やアンケート調査、貸出レベルデータを用いてRIETIで行われてきた研究成果を紹介しながら概観する。

議事録

はじめに

植杉 威一郎写真「中小企業は、日本経済を支える重要な存在である一方で、情報の非対称性などから資金調達に困難をきたすことが多い」という認識の下、1990年代以降の日本経済の低迷期であるいわゆる『失われた20年』においては、2度にわたる深刻な景気後退に対応したさまざまな中小企業向け支援策が実施されてきました。

とくに、金融面で大規模な資金繰り支援策が導入されました。信用保証制度や中小企業向け政府系金融機関による貸し出し、最近では2009年12月に金融円滑化法が施行されましたが、これらは支援策の具体例です。

こうした政策の効果がどのようなものであったのか。また、「失われた20年」を経て、中小企業の資金調達環境はどのように変化したのかという点について、今日はお話ししたいと思います。内容の多くは、私が運営役を務めている「RIETI企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」における研究成果をもとにしています。

結論を先に申し上げますと、企業レベル・貸出契約レベルのデータを用いた実証分析の結果、中小企業に対して危機時に提供される金融支援策には、資金繰りを改善する効果がありました。一方で、これら施策の問題点として、支援策で提供されている借り入れの期間が非常に長いことや、危機後も手厚い支援策が提供されていることが挙げられます。

このように借り入れを行っている企業への手厚い支援策が危機後も提供される中で、中小企業に対する資金配分には、近年2つの大きな変化が生じています。第1に、1980年代以降、中小企業における資金再配分の程度が低下を続け、大企業の水準を下回るに至っています。第2に、銀行からの借り入れゼロという企業の比率が増加を続け、資金需要不足が顕在化しています。これらの変化を踏まえた上で、中小企業金融に関する施策を考える必要があります。

集計統計でみた中小企業金融

中小企業向け国内銀行貸出残高の推移(日本銀行)をみると、2000年代に大きく低下した後、リーマンショックまで緩やかに増加し、その後は横ばいでしたが、最近になって貸出需要が増加していることがわかります。 貸付条件変更件数の推移をみると、金融円滑化法の期限を迎えた2013年3月末までに約400万件の貸付条件の変更が実行されました。1社で複数の債権に関する条件変更を複数回行うケースがあるため、金融庁では条件変更を受けた企業の数を30~40万社と推計しています。

集計統計では、全体の貸出量の趨勢や、政策の対象となった債権数やおおよその対象企業数を知ることができます。しかしながらこれらの集計量をみるだけでは、全体の貸出量が変化する裏でどの程度の資金配分の変化が企業間で生じているのかという点や、政策がどのような企業によって利用され、それがどのようにして企業の資金繰りに影響してきたかという点が明らかではありません。次のセクション以降では、こうした点にも踏み込んだ分析結果を示します。

中小企業の資金繰り支援策の効果に関する検証

1990年代から2000年代にかけて、中小企業の資金繰り支援策の緊急時対応として、大別して3つのものが実施されました。1つ目は、信用保証です。これは、金融機関の中小企業向け貸出を政府のバックアップを受けた信用保証協会が保証し、中小企業が金融機関からの借り入れを得やすくする制度です。危機時においては、特別保証(1998年10月~2001年3月)、緊急保証(2008年10月~2011年3月)といった大規模なプログラムが導入されました。

2つ目は、中小企業向け政府系金融機関による貸し出しです。つまり、日本政策金融公庫(旧中小企業金融公庫、旧国民生活金融公庫など)や商工中金による中小企業向けの貸し出しのことです。危機時には、セーフティーネット貸付の創設・拡充などの対応が行われました。

3つ目は、中小企業金融円滑化法(2009年12月~2013年3月)です。金融機関は、中小企業からの条件変更申込みに対してできる限り応じるよう努めることを定めたものであり、企業と金融機関との間で自主的に交渉されるべき契約条件の変更を、政府が促す異例の措置でした。この法律の施行などにより、400万件以上の貸出条件の変更が実施されました。

RIETI研究会などで行ってきた分析結果を踏まえると、これらの3つの支援策には、いずれも制度を利用する企業の資金繰りを改善する効果があったといえます。順番にその結果を紹介します。

第1に、信用保証の効果については、企業レベルデータを用いて信用保証制度の利用の有無情報に基づき、利用企業と非利用企業という2つのグループの間で、企業の資金調達環境や事後パフォーマンスに違いがあるかどうかを検証しました。その結果、特別保証と緊急保証いずれの制度を利用した企業でも、資金調達環境が改善しています。一方で、パフォーマンスに関する結果は一定せず、良くならない場合も多く存在しています。

1990年代後半から2000年代初頭に実施された特別保証では、利用企業の借入比率(LOANRATIO)や長期借入比率(LONGRATIO)の上昇幅が非利用企業に比して1~3ポイント程度大きくなっており、その結果、有形固定資産(FCAP)の増加幅は、制度の利用直後に非利用企業に比して0.4~0.5%ポイント大きくなっています。資金調達環境が改善した結果、設備投資にもプラスの効果を及ぼしているといえます。

2000年代後半から2010年代初頭に実施された緊急保証では、メインバンク経由で緊急保証を利用した場合とそれ以外の銀行経由で利用した場合とを区別し、どちらを利用した場合に資金繰りの改善程度が大きいかという点を合わせて検証しています。メインバンク経由で利用した場合には、総資産の11%を保証付き借入で調達していますが、メインバンクによる保証無し借入を保証付き借入で代替する行動が起きるため、メインバンクからの借入増加は5%分に留まります。一方で非メインバンク経由の場合は、総資産7%を保証付き借入で調達していますが、代替の程度が小さいため、当該非メインバンクからの借入増加は5%分となっています。以上を踏まえると、特別保証でも緊急保証でも、利用企業の資金繰りは改善していたといえます。

第2に、政府系金融機関による貸し出しの効果については、日本政策金融公庫中小企業事業本部(旧中小企業金融公庫、以下公庫とします)から、匿名化された企業レベルデータ、契約レベルデータの提供を受け、1990年代後半と2000年代後半の危機時における公庫借入の役割をそれぞれ検証しました。Sekino and Watanabe (2014)、植杉、内田、水杉(2014)といった論文でこれらについて論じています。これらの論文では、公庫は民間金融機関による貸し渋りを代替する貸出行動をとっていること、公庫との取引関係によって企業の資金調達環境は改善することを示しました。ここでは、リーマンショック後における公庫の役割を検証した植杉、内田、水杉(2014)の内容を紹介します。

公庫による貸し出しの効果として、公庫利用企業では、非利用企業に比して総資産比で17~27%分、借入増加程度が大きくなっています。大部分が公庫からの借り入れですが、時間を経るにつれて公庫以外からの借り入れも増加します。政府系金融機関による貸し出しが民間金融機関による貸し出しを促している可能性があります。資金調達環境の改善の結果、公庫利用企業の設備投資や雇用も増加幅が大きくなります。

第3に、金融円滑化法やそれに基づく条件変更の効果に関しては、金融機関借入の条件変更を受けた可能性の高い企業を中心に、2万社に対してRIETIがアンケート調査を送付し、約6000社から回答を得ており、その結果に基づいて分析しています。

この調査の特徴は、条件変更の有無・内容、経営改善計画、複数回の条件変更の有無、条件変更後の状況について質問することで、円滑化法がどのような効果を有していたのか、条件変更を受けた企業はどのような属性を有していたのか、事後パフォーマンスはどうだったのか、といったことを知ることができる点です。条件変更を受けたと回答した企業は約1600社あり、これら企業に対する質問が中心です。

2009年12月から2013年3月末まで施行された金融円滑化法の効果として、法施行に伴う周知効果があります。これにより、条件変更の申請・受理件数が増加したと考えられます。また、金融機関に資金繰りの相談をすることへの抵抗感が、1割程度の回答企業で、円滑化法施行(2009年12月)後に弱まり、終了(2013年3月末)後に強まっています。この結果をみると、円滑化法には心理的な効果もあったといえます。

条件変更の内容については、返済期間の繰延が全体の半数以上を占めており、金利減免や元本債務減額といった踏み込んだ措置は比較的少なくなっています。また、条件変更を受ける上で、作成が求められる経営改善計画については、「会社の将来像を明確に示したもの」「会社の弱点克服への具体的な道筋を示すもの」として前向きにとらえる企業が多い一方、「返済条件の変更を認めてもらうためのものであり、自社の事情を十分に反映していない」など、前向きに評価しない企業も相当程度存在します。

条件変更を受けた企業に、「仮に認められなかったらどうなっていたか」を尋ねたところ、「資金繰りに窮して倒産、廃業していた」という回答が半数を超えました。これは、あくまで主観ですので、客観的にみて本当にそういう状況に追い込まれていたかどうかは定かではありませんが、企業の存続確率を高める上で、条件変更が大きな役割を果たしたと認識されています。

条件変更の効果について、事後的な業況感の変化を尋ねたところ、条件変更企業における改善程度は、条件変更の必要を感じなかった企業とほぼ変わりません。また、経営改善計画を前向きに捉えている企業ほど業況感の改善幅は大きく、「自社の事情を十分に反映していない」と後ろ向きに捉えている企業では、業況感の改善幅が小さくなっています。つまり、どのような経営改善計画を作るかによって、条件変更の事後的効果は大きく異なると考えられます。

「失われた20年」を経た現在における中小企業の資金調達環境

これまでに述べてきたように、個別に制度を改善する余地はあるものの、危機時に対応して講じられてきた資金繰り支援策は、概ね中小企業の資金繰りを改善する効果を及ぼしていました。しかし、重要なことは、支援を受けない企業も含めた日本全体における資金配分がどうなっているのかという点に関する検証です。この点を、財務省の法人企業統計を用いて、日本企業の資金再配分の程度を調べた植杉、坂井(2015)と、金融機関から借り入れをしない企業に注目してその要因を明らかにしたTsuruta(2015)の研究成果をもとに、紹介します。

第1は、日本企業における資金再配分の程度に関する分析結果の紹介です。最初に紹介したような集計統計をみれば、中小企業に対する資金供給の増減を知ることができます。しかし、全体で借りれ入が横ばいといっても、「100億円新たに借りた企業と100億円返済した企業」が同時に存在するケースと、「1億円新たに借りた企業と1億円返済した企業」が同時に存在するケースを比較すると、前者で企業間における資金再配分の程度が大きいといえます。最近の中小企業では、こうした資金再配分はどの程度活発なのでしょうか。

このような問題設定をした上で、金融機関からの借り入れを増加させている企業と減少させている企業に分けて、それぞれの平均的な借入変化幅の絶対値を合計し、企業間の資金再配分の程度を検証する作業を行いました。この資金再配分程度を中小企業と大企業とで比較すると、中小企業では1980年代に比べて1990年代と2000年代には大きく低下している上、大企業を下回るに至っていることが分かりました。

第2は、金融機関からの借り入れを全く行っていない企業に焦点を当てた検証結果の紹介です。法人企業統計をみると、金融機関からの借入残高がゼロという企業が多く存在し、しかもその比率は増加しています。2001年から2009年の間にこうした企業の比率が27%から38%に高まり、特に従業員20人以下の企業では4割を超えています。これらの企業では、現預金比率やキャッシュフローが高く成長率が低い傾向にあることから、外部資金に対する需要が小さいため、借り入れを受けない傾向が強いと考えられます。

政策的な含意

これまでの緊急時における資金繰り支援措置は、資金繰りを円滑にする効果を及ぼしています。とくに円滑化法に伴う条件変更は、すでに借り入れを行っている企業に対する支援措置として効果を発揮しています。一方で、緊急措置の終了後もほぼ同等の措置を講じており、円滑化法終了後も貸付条件の変更などや円滑な資金供給に努めることを、金融庁検査・監督で徹底しています。

しかし、緊急保証における最長10年の保証期間など、緊急時における措置の期間が極めて長期に及ぶ結果、中小企業における資金再配分程度が継続的に低下している可能性があります。それに対処していくためには、危機対応と平時の政策との峻別が重要といえます。

金融機関からの借入ゼロ企業が多い背景には、資金需要不足が考えられます。海外市場開拓の余地が限られる中小企業にとって、資金需要を増やすための即効薬は存在しないわけですが、たとえば条件変更を受けたものの前向きの改善計画を作成している企業への資金供給など、企業の再生局面での資金需要は、開拓の余地が残された分野だと思います。あるいは、有形固定資産を持たない企業への無担保貸出にも可能性があるでしょう。しかしながら、逆選択を避けるような制度設計が必要といえます。

質疑応答

Q:

企業の事後パフォーマンスについて、具体的にうかがいたいと思います。

A:

今回はお示ししていませんが、特別保証の効果を検証した際に、事前に自己資本比率が高い企業であるほど、債務超過やデフォルトに陥る確率は制度利用企業と非利用企業の間で異ならなくなります。もともとの企業自身のパフォーマンスやバランスシートの状況が良い状況下で、一時的に流動性が不足した場合には、特別保証を受けて流動性の不足を補うことができたのだと解釈できます。

Q:

日本の金融機関は従来、リスクに応じて金利を変えられず、貸すべき企業に資金が回らない状況があったと思います。こうした金利とリスクの関係について、最近の状況をうかがいたいと思います。

A:

日本の金融機関は、1990年代において質の低い上場企業に低い金利で貸し付け、ゾンビ企業として存続させているという指摘があります。しかし、こうした傾向が現在まで続いているかというと、違うのではないかと考えています。特に、中小企業では、1990年代後半から2000年代初頭においても、倒産するような質の低い企業には、事前の段階でより高い金利が付けられていることが分かっていますし、ゾンビとされた企業も、多くがその後業績を回復させたという研究もあります。また、政府系金融機関でも、リスクに見合った金利を設定しています。

一方で、リスクと金利との関係では必ずしもありませんが、日本の貸出市場における金利水準の問題はあると思います。これは、金融機関間の競争の影響で、質の高い企業に対する貸し出しを中心に貸出金利が下落し、調達コストに見合ったスプレッドを得にくくなっているという問題です。

Q:

資金再配分の指標について、どの程度の水準が適正とお考えでしょうか。

A:

資金再配分の最適水準というのは再配分先の生産性と関連付けて評価するべきものでして、今回の研究では、まだ適正な水準を議論するまでに至っていません。

まだ正確には行っていないのですが、資金再配分(Credit reallocation)の水準を、外国、特に米国と比較することはできます。現時点では、先行研究における米国の数値は年ベースであるのに対し、植杉・坂井で行っている研究は四半期ベースとなっているために直接両者を比較することはできません。ただし、四半期ベースの数字を単純に4倍する限りにおいては、日本の資金再配分の水準は、外国と比べてそれほど低くないように思われます。重要なことは、相対的に生産性やパフォーマンスが高い産業、これから高くなると見込まれる産業に対して、再配分が行われているかどうかをみることです。

「失われた20年」の中で、2000年代前半にCredit destructionが増えていますが、これは不良債権を処理する過程で企業が債務を減らす調整をしたことを強く反映しています。こういった資金再配分の動きについては、前向きに評価していいと思います。

Q:

日本は、企業全体の開廃業率が欧米に比べて低く、政策的に、企業対策よりも雇用対策によって中小企業を守っている側面も強いと思います。果たして欧米は、強力な金融支援策なしに危機を乗り切ってきたのでしょうか。その比較において、日本の課題があれば教えていただきたいと思います。

A:

日本では、欧米に比して開廃業率は低い一方で、既存の企業が生産性を向上する上での牽引役になっていることが、生産性に関するこれまでの研究でも示されています。それと表裏の事象として、日本における中小企業向けの金融支援策が欧米に比して手厚いことも確かです。たとえば、信用保証の残高が経済規模に占める比率において、日本は、韓国や台湾を除けば他の先進国に比して非常に高くなっています。これらの手厚い政策の背景には、最近20年間において講じられた資金繰り支援策がさまざまな形で今に影響している点が挙げられます。緊急時の金融支援策と平時の支援策の切り分けをより明確にする必要があると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。