法人税減税、説得の論理

開催日 2015年4月22日
スピーカー 土居 丈朗 (RIETIファカルティフェロー/慶應義塾大学経済学部教授)
モデレータ 新居 泰人 (経済産業省経済産業政策局企業行動課長)
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開催案内/講演概要

法人実効税率が2015年度から引き下げられた。しかし、法人実効税率の20%台への引下げの道筋はまだ描き切れていない。法人税減税の効果については、経済学的には様々に示されているが、必ずしも人口に膾炙していない。さらなる法人税減税に向けた説得に、経済学の論理をどう活用すべきかを議論する。

議事録

法人実効税率の引き下げ

土居 丈朗写真法人税減税について、国民の理解を広く得るのは難しいところですが、その必要性を経済学の立場から唱え続けることで、何が真理で、何が重要なのかを突き詰めていければいいと思っています。私は、「消費税増税論者」といわれているようですが、同時に「法人税減税論者」でもあります。経済学的に見れば、この「消費増税」と「法人減税」をセットでとらえる必要があるでしょう。

平成27年度税制改正において、法人実効税率の引き下げが実現しました。ただし、それだけでは税収が減ってしまうため、代替財源として、法人税の課税ベースの拡大がセットで行われています。具体的には、欠損金の繰越控除の見直し、受取配当益金不算入割合の縮小、外形標準課税の拡大、租税特別措置の縮小が資本金1億円超の企業にのみ適用され、標準税率は現行34.62%から31.33%(東京都では現行35.64%から32.34%)に下がることとなりました。

法人税改革の増減税影響額(平年度ベース)をみると、法人税(国)は10億円減となり、その内訳として法人税率引き下げ(25.5%から23.9%へ)による6690億円減の一方、欠損金繰越控除見直し(限度80%から50%へ)による3970億円増、受取配当等益金不算入見直しによる920億円増、租税特別措置見直しによる1790億円増となっています。法人事業税(地方)は70億円減となり、内訳は、所得割税率引き下げ(7.2%から4.8%へ)による7870億円減の一方、外形標準課税の拡大による7800億円増が見込まれています。

経済財政運営と改革の基本方針2014は、「日本の立地競争力を強化するとともに、我が国企業の競争力を高めることとし、その一環として、法人実効税率を国際的に遜色ない水準に引き下げることを目指し、成長志向に重点を置いた法人税改革に着手する。そのため、数年で法人実効税率を20%台まで引き下げることを目指す。この引き下げは、来年度から開始する。財源については、アベノミクスの効果により日本経済がデフレを脱却し構造的に改善しつつあることを含めて、2020年度の基礎的財政収支黒字化目標との整合性を確保するよう、課税ベースの拡大等による恒久財源の確保をすることとし、年末に向けて議論を進め、具体案を得る。実施に当たっては、2020年度の国・地方を通じた基礎的財政収支の黒字化目標達成の必要性に鑑み、目標達成に向けた進捗状況を確認しつつ行う」としています。

とくに「数年で法人実効税率を20%台まで引き下げることを目指す。この引き下げは来年度から開始する」ことが示され、閣議決定通り、平成27年度から引き下げが始まったわけですが、さらに法人実効税率を20%台に引き下げるために、やはり国民の理解を得ていく必要があるでしょう。感情論に訴えるとか、行動経済学的に訴えるとか、いろいろ方法はあるかもしれませんが、経済学の理論に基づいて、なぜ法人税率をさらに下げるべきなのかを含め、どのような論点があるかを考えていきたいと思います。

法人税改革の障害となる認識

法人税を減税しても国民に恩恵はない、むしろ別のことをすべきではないか、といった認識があると、法人税減税の実現は政治的にも難しいと思います。人それぞれ税に対する好き嫌いがありますし、そもそも法人税は自分に負担がないと勘違いされている方もいるようですので、実際にそうなのかということを、深く考える必要があります。

法人税改革の障害となる認識として、「法人税は法人だけが負担する(法人減税をしても消費者には恩恵がない)」「法人減税をしても内部留保に回ってしまうだけで賃金上昇には役立たず、従業員には何の恩恵もない」「赤字法人は法人税負担を逃れている」といったものが挙げられます。私は、こうした事実誤認や論理的な矛盾をなくすための議論が、もう少し必要だと思っています。せめて与党議員ぐらいは、誤解に基づいて法人税を議論することがないよう「説得」を続けていくべきだと考えています。

しかし、どういう形で法人税改革を進めるかという具体策のとりまとめになると、企業間の利害対立もあって悩ましいところです。今回の税制改正では顕在化しませんでしたが、法人税の課税ベースの拡大策次第では、法人税率を引き下げても増税になってしまう企業があることや、法人税以外の税(土地に対する固定資産税など)を代替財源とする場合、増税になってしまう企業があることも、法人税改革の障害となるでしょう。

さらに、租税特別措置で大きな恩恵を受けている企業からは、租税特別措置を廃止して法人税率を下げるプランに対し、設備投資や研究開発において「はしごが外れてしまう」という反対もありました。また、中小企業に対する外形標準課税の適用拡大が採用されなかったのは、それによって増税になる企業がたくさん出てくるためです。もし、法人減税の代替財源を法人税の中だけに求めるならば、企業間の対立を生むことも懸念されます。

法人税減税によって増税になってしまう企業があり、さらに家計や消費者にとっても増税となるならば、反対はより大きいでしょう。純粋に法人税率だけを下げればよい財政状況ならいいのですが、それが難しい場合、ある程度の代替財源を考える必要があります。その考え方についても、話していきたいと思っています。

法人税の性質

「法人」とは、株主、従業員、債権者、顧客といったステークホルダーの集まりであって、法人税は労働所得税と資本所得税の鵺(ぬえ)的存在、つまり得体の知れないコンビネーションといえます。労働所得税や資本所得税ならば、それらはどういう状態の場合に何%課税されるかが事前に決められているわけですが、法人税は税率が決まっているものの、法人の納税負担が誰にどういう形で転嫁されるかは「出たとこ勝負」だということです。

たとえば企業は、法人税を納めるために給料あるいは配当を増やせなかったという形で、法人税の負担を転嫁します。ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ教授は、公共経済学の著書の中でこの考え方に触れ、経済学者は皆これを支持しているけれども、そういう理論に限って、なかなか世の中の人々に浸透しないと指摘しています。

法人税は、消費者がまったく負担しないとは限らず、その負担は、需要や供給の価格弾力性によって決まります。そして法人税の負担の転嫁は、現時点だけでなく、将来にも及ぶ可能性があります。法人税を課した後、結局は誰が負担したかが事前にわからない形にあることから、私はあえて「鵺」と揶揄しているわけですが、こうした性質から、むやみに法人税を課すべきではないと考えています。たとえば配当に課税したいのであれば、法人税ではなく配当所得税を使えばいいわけです。

法人税は誰が負担しているか

Randolph氏は、米国が法人税を1%増税した場合、その負担が、どの国の誰に何%転嫁されるかを分析しています(Randolph, W.C., (2006) "International burdens of the corporate income tax," Congressional Budget Office Working Paper Series 2006-09.)。すると、一番負担が大きいのは、米国の労働者であるという結果が示されました。米国の場合、法人税の負担は約70%が労働に、約30%が資本に帰着しています。

さらにシミュレーションによると、米国で法人税を増税した場合、他国に比べて課税後の資本収益率が下がるため、投資先としての魅力が薄れ、資本流出が起こります。そして米国から生産拠点が移った国で雇用機会や労働生産性が高まり、その国の労働者がゲインを得ることになります。つまり法人税増税の直接的な影響を受けるはずもない他国に住む労働者が、回りまわって恩恵を受けるわけです。「風が吹けば桶屋が儲かる」的にいうと、「米国で増税すると日本の労働者が儲かる」ということになります。

その逆に、「米国で減税すると日本の労働者は損をする」ということもいえます。資本が国境を越えて自由に動き、労働者は動かないという状況においては、国際間での法人税負担の転嫁が起こります。現在も、さまざまな国で課税されている法人税の負担が、国境を越えて我が国にも及んでいるはずです。つまり、我が国で法人税率を下げなくても、諸外国で法人税率を下げた場合、我が国の労働所得にとって不利になるわけです。

企業の意思決定に影響を及ぼす法人税率

国際的に活動する企業において、第1段階の直接投資(現地生産)の意思決定には、平均実効税率が影響します。第2段階として、立地選択も同様です。さらに第3段階の投資水準決定には限界実効税率、第4段階となる利益の帰属先決定では表面税率が重要となります(出典:経済産業省資料 「マーリーズ・レビュー研究会報告書」)。

また、法人利潤は「正常利潤」と「超過利潤」に分けて考えることができます。正常利潤は、投資から通常(平均的に)期待できる企業の利潤であり、裁定取引が完全に働けば、国債金利と等しい(期待)収益率になります。超過利潤は正常利潤を上回る企業の利潤で、立地環境や技術力、人的・天然資源等から生じる経済固有のレントです。

そして、正常利潤には限界実効税率(投資量に影響)、法人利潤全体には平均実効税率(企業の立地に影響)が深く関連します(鈴木将覚「法人税改革の論点(下)投資減税より税率下げを」, 『経済教室』, 日本経済新聞2013年11月14日朝刊.)。このように企業の直接投資や立地選択、超過利潤に影響を及ぼす平均実効税率は、法人税率の引き下げによって下げることができます。

法人減税はいいけれども、表面税率そのものを下げるのではなく、設備投資減税など設備投資や研究開発に特化した部分的な減税をすべきではないかという議論があります。しかし、追加的に設備投資を増やすかどうかも重要ですが、立地競争力の低下や米国の法人税が下がると日本の労働者が不利になるといった影響を防ぐためには、日本の法人税を下げなければ対抗できません。

法人税の帰着

現在の法人税負担は、将来にも及ぶことが考えられます。労働所得に帰着する法人税負担の割合をみると、長期になれば法人税の負担は100%労働所得に帰着するようになります(出典:土居丈朗 2012 「法人税の帰着に関する動学的分析-簡素なモデルによる分析-」, 『三田学会雑誌』, 105巻1号, pp.15-29)。つまり法人減税をすれば、長期的には給料が上がる方向に動くと考えられます。

法人税の帰着についてまとめると、法人税の負担は、長期的にはすべて労働所得(国内雇用)に帰着します。その理由は、労働より資本の方が投入量を柔軟に調整できるためです。グローバル化する経済では国際間の資本移動がよりスピーディに起こり、法人税負担は短期的に資本所得にも帰着します。法人減税の恩恵は労働所得(国内雇用)に及び、国際間取引が活発であるほどより早く、長期的には恩恵のすべてが労働所得にもたらされます。

法人減税の恩恵はどう及ぶか

「内部留保」は、過去10~15年で300兆円程度増えたといわれていますが、大まかには負債が約100兆円減少し、あとは現金ではなく投資有価証券が増加しています。つまり内部留保は現金として積み上がっているのではなく、企業のしかるべき意思決定過程を経て、たとえば海外企業の買収などが行われているわけです。ですから、もし内部留保を取り崩す場合は、投資有価証券を売却しなければなりません。

このような形で企業が内部留保を増やしていることについては、コーポレートガバナンスの観点で、しかるべき収益率を投資有価証券から確保できているかを考えるべきでしょう。単に資産側の対応を無視して内部留保が積み上がっているからよくないというべきではありません。経営判断として、他の企業への投資よりも、社員教育など人的資本への投資によって収益力を高めたほうがいいのではないか、といった問いかけが、内部留保の建設的な議論につながるように思います。これは、法人税減税によって得たキャッシュフローの使い道においても、同様といえます。

1971~2004年のOECD加盟国21カ国を標本とし、税収構造が経済成長率に与える影響を分析したところ、個人所得課税および法人所得課税は、税収に占める割合が高まるほど経済成長を阻害しますが、消費課税の構成比が上がると、むしろ経済成長はプラスになっていることが示されています(Arnold, J., 2008, "Do Tax Structures Affect Aggregate Economic Growth?: Empirical Evidence from a Panel of OECD Countries," OECD Economics Department Working Papers No.643)。

これは、消費税率を上げれば経済成長率が高まるということではなく、消費課税でより多くの税収を得る構成になっている経済は、そうでない場合と比べて成長率が高いということです。経済成長の観点からも、法人課税によって多くの税収を得るよりも、消費課税による税収を高めたほうが経済成長と親和的だというわけです。

「赤字法人課税」のとらえ方

赤字法人課税は、企業が立地し、何らかの行政サービスや経済社会全体からの恩恵を受けていることに対し、赤字法人にも応益課税をすべきだという考え方です。その1つとして、外形標準課税の拡大や欠損金の繰越控除などが議論されてきました。しかし、法人課税で代替財源を探すなら、法人住民税の均等割(法人所得や活動規模と独立)の増税のほうがベターといえるでしょう。

「赤字法人課税」問題は、個人事業主の事業所得と、オーナー企業の法人所得の課税・控除の仕方の相違に起因しているとも考えられますが、より大局的な観点で現実的に適用できる落としどころがあるように思います。

欠損金の繰越控除は、企業収益のタイミングによって税負担額が変わることを避けるために欠かせない仕組みです。実務上、書類の保存といった制約はあるかもしれませんが、理論上は、限りなく無期限・無制限に近い形で繰越控除を認めるべきでしょう。

付加価値割? 消費税?

外形標準課税について、法人事業税の付加価値割(付加価値に比例して課税)には問題があると思います。付加価値割は欠損法人でも課税され、輸出取引の免税はありません(消費税にはある)。また、源泉地主義課税(消費税は仕向地主義課税)です。雇用安定控除があるといえども、売り上げが増え、単年度損益を不変にして給与を増やすと、所得割税額は増えませんが、付加価値割税額は増えます。法人事業税の付加価値割は、人件費増や仕方次第で増税になってしまうわけです。

同じく付加価値に課税するものとして消費税がありますが、実は似て非なるものです。付加価値割が加算法付加価値税であるのに対し、消費税は控除法付加価値税です。消費税には、輸出取引の免税も適用されます。付加価値に課税するならば、経済活動を歪めてしまう付加価値割よりも消費税のほうがいいと私は考えています。

二元的所得税

日本の所得税制において、法人成りしたオーナー企業は、給与所得控除を使って合法的に税負担を軽くすることが可能な状況です。一方、個人事業主は事業所得という形で計上されるため、給与所得控除は使えません。こうした非対称な状態をなくすには、事業所得だけは総合課税をやめ、二元的所得税の考え方を援用すべきだと思っています。

質疑応答

Q:

企業にいる者として法人税や消費税を考えると、国際競争が激しい中、欧州では企業の直接的な税負担をできるだけ軽くするとともに、税収確保のために消費税負担を増やしているように思います。企業が身軽になって国家間競争に打ち勝ち、雇用を維持し、必要に応じて税金を納めるという「多国間モデル」の考え方は、閉鎖的な一国の経済でも成り立つのでしょうか。

A:

おっしゃるように、これからの税制は消費課税にシフトしていくほうが時代環境に合っていると思いますし、その考え方は、閉鎖経済でも成り立ちます。経済活動をもっとも阻害するのは資本に対する課税です。とくに閉鎖経済では、国内の貯蓄が国内の投資に回ることになりますので、貯蓄を抑制することになれば、それだけ資本の投下が抑え込まれ、生産が鈍ってしまいます。それによって、将来の所得の伸びも小さくなります。ですから、資本に対して重い税金を課すのは、経済成長ないしは経済活動を活発にするという観点から望ましくありません。

Q:

世界各国で法人税を課している意義は、どこにあるのでしょうか。

A:

超過利潤に対する課税は、残念ながら所得税ではできません。その超過利潤は誰のおかげで稼げたのかが、法人税を正当化する最後のよりどころといえるでしょう。つまり、国がインフラや法制度といったビジネス環境を整えているおかげで、企業が正常利潤以上の超過利潤を稼げているならば、その一部を税金として課すべきだという考え方です。日本の税制は、超過利潤にのみ課税する仕組みにはなっていませんが、超過利潤に法人税を課す余地は、論理的に残っていると思います。

Q:

均等割は中立でなく、企業の組織構造や組織形態に影響を与えることが懸念されますが、今後、均等割が増える可能性について、どのようにお考えでしょうか。

A:

多くの事業所を抱える大企業にとっては、均等割を増やしても法人実効税率を下げればトータルでメリットのほうが上回ると思います。さらに、学校法人、宗教法人、公益法人なども法人住民税の均等割を納めていますので、均等割が増えれば、その分の税収が増加することになり、代替財源の確保にもつながります。

Q:

法人税の減税によって財政赤字の拡大が懸念され、投資活動や株式市場に影響を及ぼす可能性について、お考えをうかがいたいと思います。

A:

予算編成過程において、法人税改革を行った場合の追加的な経済成長への影響は、ほとんど含まれていません。もちろん私は、日本の法人税減税がマクロ経済に好影響を及ぼすものと期待しています。「捕らぬ狸の皮算用」になってはいけませんが、法人税率の引き下げは、それなりにポジティブなインパクトが期待できると思います。

Q:

法人税減税と設備投資の関連について、ご解説をお願いします。

A:

法人税減税の短期的な効果として設備投資が増える可能性はありますが、設備投資の意思決定はある程度の期間を経て、その企業が最適と思う資本ストックの量に調整されることから、私は中長期的な効果として設備投資を分類しています。フローの増加が短期的に起こったとしても、ストックが顕著に増え、さらに潜在成長率を上げるには、それなりの時間を要するということです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。