アジア経済の見通しとADBの役割

講演内容引用禁止

開催日 2015年3月25日
スピーカー 中尾 武彦 (アジア開発銀行(ADB) 総裁・理事会議長)
モデレータ 森川 正之 (RIETI理事・副所長)
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アジア経済の現状と見通しについて俯瞰するとともに、途上国の経済発展に必要な条件とADBの役割について議論します。

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

アジア経済の状況

中尾 武彦写真現在、アジア開発銀行(ADB)の域内加盟国は48カ国、域外加盟国は19カ国となっています。2013年4月末の就任以来、私は貸し付け対象となっている域内25カ国を訪問しましたが、そのすべての国で首脳と会い、意見交換をしてきました。たとえば、最近政権交代したインドのモディ首相とも2回、インドネシアのウィドド大統領とも面会して、改革政策へのADBの協力について議論をしました。そのような面会を通じて感じるのは、各国のアジア開発銀行への信頼であり、それを支えてきた日本への信頼です。ミャンマーでも2回の訪問でどちらもテイン・セイン大統領と1時間近く会談しましたが、ADBや日本の現実的な開発への関わり方が、ミャンマーでも評価されていると思います。

ADBと中国の関係について述べれば、中国は現在もインドに次ぐ大きな貸付先です。ADBの副総裁6人のうち1人は中国人ですし、12の理事には中国も入っています。中国は、アジアインフラ投資銀行(AIIB)が創設されてもADBが重要なパートナーであることは変わりなく、環境保護や気候変動、上下水道などの分野で借り入れも続けていきたいとの意向を表明しています。中国の李克強首相にも東京に来る直前の3月23日に意見交換の機会を持ちました。

ADBのメンバーであるアジアの途上国では、今後とも高いGDP成長を続けることが期待されます。先ほど発表されたADBのAsian Development Outlook 2015によると、中国の2015年の経済成長率予測は、中国政府の計画値7.0%を上回る7.2%となっています。中国の都市化は依然として進行中であり、公共投資の余地も残されています。さらに金利の自由化や人民元の国際化、金融セクターの改革、国有企業の改革、地方に税収を委ねてガバナンス強化を図る財政改革なども推進しています。これらも成長を支える要素です。さらに、石油価格の下落も、高めの成長率を見通す背景にあります。

楼継偉財政相とはこれまで5回の訪問のたびに中国の開発課題について議論を重ねていますが、大臣は、たとえば、中国の地方財政改革におけるポイントとして、地方に歳出の権限を移す際に、どれだけ地方に近いサービスであるか、他の地域への外部性があるのかないのかに加え、地方が歳出をより効率化するインセンティブが必要だと指摘していました。あらゆる仕組みの中に、モラルハザードを招かないためのインセンティブ構造が求められるというわけですが、大臣は日本の交付税交付金制度のこともよく勉強していました。

インドでは、モディ首相が土地収用法、金融セクターにおける海外からの資本規制の緩和、環境基準プロセスの迅速化、GST(付加価値税)の導入による複雑な税制の整理、法人税の引き下げなどに取り組んでいます。また、基本といえば基本ですがトイレを全国に普及させる、電力などインフラの整備を推進する、なども課題としています。

日本はデリー・ムンバイ間産業大動脈構想(Deli-Mumbai Industrial Corridor:DMIC)を支援していますし、ADBにとってもインドは最大の貸付国となっています。私が訪印した際も、鉄道の近代化を助けてほしいということでした。インドの鉄道は鉄道省が運営していますが、労働組合の問題もあり、これから大きな改革が必要です。また、スマートシティについても協力することになっています。

インドには多様な問題があって、うまくいきそうになると問題が起こり、これまで期待を裏切られてきた部分もあります。州の力が極めて強いため、うまくいかないことも多いといえるでしょう。しかし、そのような問題を打ち破って、モディ首相が改革を進めてほしいと考える人が多いのです。

インドネシアも、ウィドド大統領がさまざまな改革、特に国有企業の改革やインフラ事業の推進を図ろうとしています。そしてインドでも、インドネシアでも、燃料補助金の削減が始まっています。同時に、補助金の削減で生まれた財源を使って教育や保健分野への投資を高める方針を明らかにしています。このような政策は、気候変動対策の観点からも、本当に必要なことを政府が支援する観点からも推奨されてきましたが、これまで政治的な理由でできなかった改革です。

ウィドド大統領は、食糧安全保障、エネルギー安全保障についても強調していました。安全保障というと保護主義的な印象を受けますが、現在は輸入しなくていいものまで輸入している状況のため、国内生産をより高めるとともに、地熱発電・LNGといった自然エネルギーなども活用する余地があるということでした。

インドネシアやフィリピンといったASEAN諸国は近年総じて経済成長率が高く、さらにタイの政治が安定し経済回復することで、さらに高水準となるでしょう。ASEAN経済圏の人口は約6億2000万人、GDPは約2.5兆ドルに上ります。全体のGDPは中国のおよそ4分の1の規模ですが、ASEANはまだ賃金が低いため、政治的な安定と外国投資を受け入れる努力を加速すれば、今後さらに成長を強化することができると思います。

フィリピン経済の成長率も高水準ですが、海外からの送金に頼っている部分がやや大きくなっています。サービス業、消費のウエイトが高く、製造業の促進、インフラを含めた投資の拡大が課題です。アキノ政権は、PPPを使ったインフラ投資にも本腰を入れ始めています。

ASEAN経済共同体は今年末の実現が目指されていますが、労働の移動や金融の統合など課題が多く残っており、予定より遅れているという人もいます。しかし、ミャンマー、ラオス、カンボジア、ベトナムを除く先発の6カ国では今や関税ゼロの部分がほとんどで、金融統合を進める動きもみられます。労働などのさまざまな基準調和は遅れていますが、前に進んでいること自体が大きな成果であり、内外からの投資を促す効果があります。

またASEANでは、財務大臣・中央銀行総裁会議など、頻繁に各国の当局者が集まり、構造改革やマクロ経済の安定について話し合う機会があります。それがよい経済政策へのピアレビューとして大事な役割を果たしています。ミャンマーが民主化や少数民族との和解を含めて徐々に正しい方向へ進むための影響力にもなっていると思います。コップに水が「半分しかない」と見るか、「半分もある」と見るかにもよりますが、ASEANという枠組みは今後も重要な役割を果たしていくことでしょう。

政治的な分野では、ミャンマーは、大統領選挙がどうなるか、そのための憲法改正がどうなるかが大事なポイントになります。軍事クーデター後のタイは、長く軍事政権を続けるつもりはないと明確に言っているわけですが、タクシン的な選挙制度は多数による民主主義のように見えて、実は腐敗による民主主義だと思っている勢力がバンコクのエリート層を中心にあり、難しい問題は残っています。

ネパールも訪れましたが、極端のマオイストな派閥と社会主義の派閥、それから国民会議派もあって混乱していた時期はあるものの、前向きに安定化へ進んでいるという印象を持ちました。観光、アグリビジネス、水力発電などにチャンスがあります。

IMF世銀総会の議論などを聞いていると、世界経済の成長が弱まっていくという議論が強調され、やや違和感を覚えます。アジアに関しては、成長の基盤がむしろ強くなっていると思います。今年も来年もADBの途上国メンバー全体の成長率は、6%前半を維持すると見ています。そして、欧米や日本への輸出を背景とした成長よりも、アジア域内での需要や生産力に根差した部分がより拡大しています。2008年の世界金融危機の直後に、いくらアジア域内で貿易が活発でも、多くの製品の最終的な消費地は欧米であり、その欧州や米国の経済が低迷すれば、アジア経済も低迷するであろうとする人が多かったのですが、アジアは2009年以降も高い成長を続けました。

中国や東南アジアの国々を見ていると、中間層が一定の水準に達しており、その消費意欲を止めることは不可能でしょう。生産性も向上しており、IT関連製品の半分以上、場合によっては100%がアジアで生産されている状況です。そして、かつてのように付加価値の低い製品だけを作っているわけではなく、イノベーションを自ら進めながら大きな国内需要を背景に発展し、それぞれの国で強みを持つ経済圏になりつつあります。

これは日本にとって、競争が厳しくなるという意味でチャレンジであると同時に、大きな機会といえます。製造業だけでなく、今後、日本を訪れる観光客は、どんどん増えることが予想されます。最近、アジアの友人と話していると、日本を何度も訪れるようになったということをよく聞きます。ビザが多くの国で緩和されていること、円が安くなっていることもきっかけですが、各国の所得が上がっている中で、日本は人々が親切で、町がきれいで、温泉やスキーなどを含め観光資源が豊富で、何より食べ物がおいしいといった点が評価されています。そのようなアジアの国々との貿易・投資関係、人の行き来をさらに強化し、日本経済の活性化につなげていくチャンスが、日本にはたくさんあると思います。

アジア開発銀行(ADB)

日本は1966年の設立当初よりADBに深く関わり、初代総裁以来、わが国から9代続けて総裁を輩出してきました。2014年末現在の資本金は、約1531億ドル(払込資本金77億ドル、請求払資本金1454億ドル)、年間投融資承認額は約131億ドル、投融資残高は約843億ドルとなっています。

ADBの職員数は2990人で、専門職員1074人の内訳は、日本151人、米国146人、インド79人、豪州65人、中国62人、韓国50人、カナダ46人、英国43人、フィリピン42人、ドイツ41人、インドネシア33人、パキスタン32人、フランス29人、その他255人となっています。

主な業務は、アジア太平洋地域の途上国に対する融資、グラント(無償支援)、技術支援です。融資には、OCR (Ordinary Capital Resources:通常資本財源)およびADF (Asian Development Fund:アジア開発基金)があり、OCRでは、中所得国(1人当たり国民総所得が7185ドル以下を目安)向けに準市場金利による融資を行っています。ADFは、低所得国(1人当たり国民総所得が1215ドル以下を目安)向けに超長期・超低利の融資と無償支援を行います。

加盟国による貢献として、OCRの拠出シェアは、日本15.7%、米国15.6%、中国6.5%、インド6.4%、豪州5.8%、カナダ5.3%、インドネシア5.1%、韓国5.1%、ドイツ4.3%、その他30.1%となっています。ADFは、日本37.9%、米国14.2%、豪州7.6%、カナダ6.1%、ドイツ5.9%、英国5.0%、フランス4.3%、その他19.0%という状況です。ADFは税金による各国の貢献をそのまま融資やグラントに使うので、任意のドナー国に非常に大きな負担を求めるものである一方、投票権に結びつかない、ピュアな援助形態ですが、日本は圧倒的に大きな貢献をして低所得国支援を支えてきました。

2014年のOCR国別承認額シェアは、インド27.9%、中国17.4%、フィリピン9.3%、パキスタン7.9%、ベトナム7.1%、その他30.3%です。これをセクター別でみると、運輸34.3%、エネルギー17.1%、公共政策12.5%、金融セクター10.0%、上下水道9.6%、教育4.8%などとなっています。これを見てわかるようにADBは、インフラを重視する一方、広い意味での貧困の概念、教育など人間のエンパワーメントの分野も支援しています。道路や電気がなければ学校にも病院にも行けないという意味では、インフラ整備自体が社会セクターと結びついています。

ADFの国別承認額シェアは、パキスタン18.2%、バングラデシュ16.0%、ベトナム13.2%、ネパール10.5%、カンボジア7.3%、その他34.8%となっています。セクター別では、エネルギー29.6%、運輸25.8%、農業13.0%、教育10.1%、上下水道8.0%といった状況です。

ADBの改革

昨年実施したADBにおける長期戦略(Strategy2020)の中間レビューでは、戦略的重要事項として低所得国とは別に、中所得国への支援を明確にしたのが新しい要素といえます。中所得国には、急速な都市化、環境問題、高齢化、格差の拡大、気候変動への対応、いわゆる「中所得国のわな」を避けるための人的資本のレベルアップ、などさまざまな課題があり、ADBがそのナレッジを活かして支援していくことができます。

また、貸付能力の拡大を図っています。2017年1月からADF(融資部分)とOCRのバランス・シートを統合し、今まではレバレッジを使わずに各国の貢献額をそのまま貸し付けていたADFの資本にもレバレッジを活用して、貸付能力を最大50%拡大する計画です。ADFは、現在のADF対象国に対する無償支援に特化した形で継続し、現在ADFの融資を受けている低所得国に対する譲許的融資は、現在と同じ融資条件で統合し拡大したOCRを通じて実施します。ADF対象国の低所得国に対する支援は、貸し付け、グラントをあわせて70%拡大させることができます。

同時に、ADBでは多くの内部改革を進めています。リスクに応じた手続きの導入による調達手続きの合理化と迅速化、現地事務所への一層の権限委譲を進めています。また、官民連携部を設置し、PPPを推進しています。さらに横串の7つのセクター別グループ(運輸、エネルギー、保健、教育など)と7つのテーマ別グループ(ジェンダー、ガバナンス、環境など)をそれぞれ常設事務局を設けて再編成し、ナレッジや専門性の強化を図っています。既存の資源を活用して改革を進めていく考えです。

これらの改革は、いずれも2013年の夏から構想し、実施してきているもので、AIIBへの対応として急に出てきたものではありません。

質疑応答

Q:

AIIBとADBの望ましい関係について、またガバナンスの問題について、どのようにお考えでしょうか。

A:

これまで私が一貫して言っているように、膨大なインフラ資金が必要とされる中で、AIIBのアイデアは理解できます。一方で、マルチの機関をつくる以上、公開入札を含めた調達基準、環境社会配慮といったセーフガードポリシーについては、国際的なベストプラクティスにならう必要があります。基準に則ってAIIBが創設された際には、ADBとしても協調融資を含めて適切な協力を検討する考えです。一方、ADBも貸付能力の拡大、業務の迅速化を含めて、さまざまな改革に努力しているということを改めて強調しておきたいと思います。

ガバナンスに関連して、ADBは一般公開入札を原則としています。ちなみにADBでも日本企業の調達は非常に少ない状況です。日本の企業は、オーバースペックで価格が高い場合が多く、また道路などは現地企業が有利なため、結果的に中国、インド、パキスタンなどの企業の落札が多くなっています。

セーフガードでは、環境配慮に加え、水力発電や鉄道の開発に伴う住民移転といった社会配慮がよく問題となります。ADBでは外部識者からなるコンプライアンスレビューパネルをつくり、アドバイスを受けています。AIIBは常駐の理事会を設置しないようですが、膨大な業務すべての責任をマネジメントが担うのは大変なことです。理事会の後ろには各国政府、議会、そして多くの市民団体があります。常駐の理事会を持たなければ効率化できるというのは誤解だと私は思います。日本の公害の歴史から見ても、環境社会配慮はきわめて重要であり、セーフガードは先進国が押し付けている負担ではなく、途上国の社会にとっても重要な政策だと思います。

Q:

AIIBは、人民元の国際化に何らかの役割を果たすとお考えでしょうか。

A:

自国通貨を国際化することで、為替リスク低減、利便性向上、通貨発行益といったメリットが考えられますが、もっとも重要なメリットは自国通貨を自由に使うことができる金融セクターの発展でしょう。もちろん通貨の国際化のためには、為替の自由な変動、国内金融セクターの自由化も前提になります。中国は人民元の国際化も進めていますが、AIIBの貸し付けはドル建ということですから、直接は関係ないと思います。中国においてAIIBは財政部、人民元の国際化は人民銀行と担当組織も異なります。

Q:

世界的に債券利回りが低下している状況について、コメントをいただきたいと思います。

A:

中央銀行の信用創造が膨らんでいることに対し警戒を唱える人は多いのですが、私は、先進国ではインフレよりもデフレのリスクが深刻だと考えています。インフレやバブルのリスクが高まったときにも、貨幣供給量を減らす、貸し出しの担保率を高めるなどにより、中央銀行がこれらを制御する能力を持っていると思います。一方、日本の経験から見ても、一度デフレのわなに陥ると、金利をゼロ以下に下げられない点も含め、対処は極めて困難になります。

今後考えられるドルの金利引き上げやクレジット拡大の持続性などの金融面の課題は、実態としての米国経済の成長率回復、米国金融セクターの改善、ユーロの安定化、日本のデフレ脱却、そして東南アジアの実質的な消費に基づく拡大、中国の成長継続などを考えても、対応可能な問題だと思います。クレジット拡大のリスクは、強調され過ぎているように思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。