『新常態』下の中国経済

講演内容引用禁止

開催日 2015年3月19日
スピーカー 孟 健軍 (RIETI客員研究員/清華大学公共管理学院産業発展与環境ガバナンス研究センター (CIDEG) シニアフェロー)
コメンテータ 関 志雄 (RIETIコンサルティングフェロー/株式会社野村資本市場研究所シニアフェロー)
モデレータ 岩永 正嗣 (経済産業省通商政策局北東アジア課長)
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開催案内/講演概要

2014年のGDP速報値では63兆6463億人民元(約10.4兆米ドル、約1221兆日本円)に達した。しかし、中国政府の経済政策運営は、政府主導から市場主導への経済構造改革を目標としたため、雇用創出と物価さえ安定すれば、成長率目標にこだわらない基本方針が決定され、経済成長率は7.4%になった。これによって、中国ではこれまでの“量”拡張の10%台成長から“質”重視の7%台成長への『新常態』経済に転換している。

『新常態』経済は、第二次産業より第三次産業が高く、また消費も投資を上回って国内経済構造を再編し、経済成長を牽引する最も重要な原動力となる。さらに、中国はイノベーションによって新しい工業化、情報化、新型都市化及び農業現代化を推進すると同時に、新しい創業と起業の時代に入ろうとしている。

中国政府は当面、このような国内経済構造転換やイノベーションによる成長などを重点施策としている。今回のBBLでは、『新常態』下の中国経済の特徴及びその課題について解説する。

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

2014年の経済運営指標

孟 健軍写真2014年の国内総生産は63.65兆元(約10.4兆ドル、約1221兆円)に上り、世界で米国と中国の2カ国のみが10兆ドルの大台を超える国です。2015年の経済成長率は7.0%を計画していますが、これは主要国の中で高い水準であり、今年7.0%を達成すると、その増分だけで、マレーシアとタイの国内総生産を合計した規模に匹敵します。

中国国内では順調な成長が継続し、2014年度の都市部新規雇用は1322万人(過去最多)、都市住民の可処分所得実質増加率は6.8%となり、農民純收入実質増加率も9.2%になりました。また過去30年間、4~5億人を貧困から救い出すということは、中国にしか成し得なかったことです。つまり、地球上でもっとも成功した社会経済政策であったといえるでしょう。2014年の貧困人口(1日1ドル以下で生活する国民の数)は、7017万人(前年比1232万人減)となりました。

『新常態』経済の特徴

昨年の夏から、『新常態』という言葉がよく聞かれるようになりました。これは英語でNew Normal(ニューノーマル)であり、個人的には完全に外国人向けにした中国経済の構造転換を理解しやすい言葉の表現だと思っています。中国人にとっては、たとえば「全面的小康社会」と表現したほうが、「ゆとりのある社会」という意味合いがより明確に伝わります。しかし現在、『新常態』は中国経済をみる大きなキーワードとなりました。

中国経済はすでに2012年から7%台の中高速経済成長を続けており、これが『新常態』経済の1つの目安となっています。2013年、ようやく第3次産業が第2次産業を超えましたが、2014年は第2次産業の42.6%に対して第3次産業が48.2%であり、前年比5.0ポイント以上の成長をみせています。アリババに代表されるeコマースをみても、中国の構造転換は凄まじいと感じます。消費が投資を上回るという国内経済構造への転換も2014年になってみられるようになり、経済成長を牽引してきました。

また『新常態』経済は、以前のGDP至上主義の地方評価基準から抜け出し、環境保護や貧困減少などを新たな基準としています。持続成長の『新常態』経済になるために、中国はイノベーションによって新しい4つの現代化(工業、情報、新型都市化、農業)を推進すると同時に、新しい創業と起業の時代に入ろうとしています。

2015年の経済政策重点――中国経済の歴史的な変化が迎えられるのか?

中国における今年の経済政策重点として、A)政府と国有企業の更なる改革、B)イノベーションによって新しい4つの現代化へ、C)新しい創業と起業の時代への変貌、D)社会資本の更なる整備、E)自由貿易試験区の更なる拡大、の5点を挙げることができます。

政府と国有企業の更なる改革にとって、重要なのは規制緩和ではなく、規制撤廃にあります。計画経済でやってきた中国には多くの規制があったわけですが、徐々に生じてきたひずみに対応するため、李克強首相は次々と規制を減らしています。今年も、政府行政の簡素化や国有企業の構造改革が大いに推進されることでしょう。政府の“簡政放権”は、2015年のもっとも重要な位置づけとなっています。2014年は、権限の取り消しと移譲によって416項目の行政審査などの政府規制が廃止され、348項目の行政事業性徴収が取り消しあるいは免除されました。2015年には、この流れがさらに加速するものと予想されます。

イノベーションの事例として、中国の高速鉄道は後発の優位性を生かし、海外のさまざまな技術を素早く吸収・消化し、独自の技術進歩を遂げてきました。2003年からわずか10年間で1万6000キロの高速鉄道が建設され、鉄道産業は、世界的にも競争力ある柱産業として育ってきました。

新しい創業と起業時代への変貌

李克強首相は、「大衆創業、万衆創新」を打ち出し、創業・起業しやすい環境をつくり、イノベーションを生み出す社会局面ヘの転換を図ることを発表しました。これにより2年前から徐々に変化がみられ、2014年には1293万社の会社や個人企業などが起業されています。

2015年3月、10万戸の家庭を対象に「中国経済社会大調査2015年」が行われました。そのうち、20.5%(2014年は13.6%)家庭が2015年に創業・起業したいと答えています。事業内容をみると、eコマース、健康医療、金融業などが多くなっています。

また、国務院経済発展センター(DRC)の研究成果(2014年)によると、GDP成長率1%に対する雇用創出は2005年80万人であったのに対し、2013年は140万~160万人に増加しています。

社会資本の更なる整備へ

社会資本の整備は、中国経済が成功した1つの秘訣だといえます。1980年代の三通(Ver.1.0)では通水(水道)、通電気、通路が整備されました。1990年代の五通(Ver.2.0)では通高速道路、通信(固定電話、移動電話)、さらに2000年代の七通(Ver.3.0)には通天然ガス、通高速鉄道がそれぞれ加わりました。これらは中国の経済発展、あるいは構造転換の大きな基礎となっています。

そして中国の新型都市化の展開を念頭にして2014年からの新七通(Ver.4.0)にはソフト面の社会資本の整備も重視され、信息霊通(情報)、資金融通、人材流通、服務溝通(サービス)、政策暢通(政策)、法制順通(法の整備)、生活便通(生活の便利さ)まで広がってきています。

2015年、北京、天津、河北の3都市は、行政区画を超えた人口約1億1000万人の地域に一体化される総合開発計画の実施段階に入っています。中央政府は、2014年8月に「京津冀協同発展指導チーム」を発足し、国務院の張高麗筆頭副総理をチームトップに任命しました。そして昨年12月までのわずか4カ月間で、3つの地域は北京-天津間の第二高速鉄道(時速350キロ)の「京津交通一体化合作議定書」をはじめ、すでに13項目の議定書を締結しています。こうした取り組みが、まさに「チャイナスピード」で進んでいます。北京第二空港も、2014年12月26日に着工しました。最初に、PM2.5問題の共同対策を見出すための北京、天津、河北の協同研究チームは、共同発展の理念のもとに、わずか1年余りで『京津冀協同発展指導チーム』までに仕上げされました。そして、この共同発展の理念のもとに、長江流域の行政区画を超えた“長江経済ベルト構想”やユーラシア大陸の陸と海の両方を跨がる“一帯一路(One Belt and One Road)”戦略構想も始動しています。

また、上海住貿易実験区(FTZ)の更なる拡大実験(天津、広東、福建)は、新たな制度設計を意味します。原則として、法律で禁止されていなければゴーサインであるという時代への実験といえます。

中国の「新常態」経済への評価

「新常態」経済は、習近平のニューディール政策といえるでしょう。「新常態」経済下の中国は、新しい制度設計に基づいて、1つの安定器(雇用創出)と2つのエンジン(公共サービスとイノベーション)を持ち始めています。

多くの研究者は、この習近平による「新常態」経済の全体構想の影響が、1992年の鄧小平の「南巡講和」を超えるものになる可能性を指摘しています。今年の経済注目点の1つとしては、2015年8月以降に議論し始める第13次5カ年計画(2016-2020)の目標値設定などでしょう。

コメンテータ:
この数年間、中国は人口動態において2つの転換点をほぼ同時に迎えています。1つ目は、1980年代にとった一人っ子政策のツケが回ってきて2012年以降、生産年齢人口が減り始めています。人口ボーナスから人口オーナスの時代に入り、中国では今後、高齢化社会が急速に進むことになります。

2つ目は、これまでの農村から都市部への大規模な労働力移動によって、ルイス転換点が到来(完全雇用の達成)。農業部門における過剰労働力は、すでに枯渇しています。これらによって、中国は労働力過剰から不足の状況へと急速に変わっています。

近年、中国ではルイス転換点の到来をめぐって論争が起こり、まだ遠い将来のことであるという意見が一般的でした。しかし、2011年以降、中国の経済成長率が大幅に低下しているにもかかわらず、労働の需給はタイトになっており、求人倍率と経済成長率が大幅に乖離しています。このことは、中国がすでにルイス転換点を過ぎており、労働力の供給に制約されて、潜在成長率が大幅に低下していることを示唆しています。

今後、少しでも高成長を保っていくためには、労働投入量の拡大から生産性の上昇による成長への転換、つまり「経済発展パターンの転換」が求められます。

生産性を上げるためにはイノベーションが重要だと思われます。ただしイノベーションという言葉は極めて曖昧で、国によって理解も異なります。

中国では、イノベーションは、1)独創的イノベーション(基礎的または中核的技術の発明とその応用)、2)技術統合によるイノベーション(既存の技術を有機的に組み合わせて、新しい製品や管理方式を生み出すこと)、3)導入・消化・吸収・改良、という3つに分類されます。

狭い意味でのイノベーションは本来1)のみですが、これまでのところ中国では、イノベーションは2)および3)が中心に行われており、1)は今後の課題として残っています。また、中国では、技術革新だけでなく製品、サービス、組織、ビジネスモデル、デザインの革新なども、広い意味でイノベーションの一部とみなされています。

中国は、イノベーションに有利な条件を備えています。後発の優位性が依然として大きく残っており、確実に使える技術を海外から安く導入することができます。日本も、かつては同様の立場でした。

対外開放を積極的に進める中国では、いろいろなルートを通じて海外の技術を導入し、吸収しています。たとえば、リバース・エンジエアリング(機械を分解したり、製品の動作を観察したり、ソフトウェアの動作を解析するなどして、製品の構造を分析し、そこから製造方法や動作原理、設計図、ソースコードなどを調査すること)、外資企業による直接投資やライセンシング(特許権者が権利を第三者へ供与し、その対価を得ること)、OEM(発注元企業のブランドで販売される製品を製造すること)、企業間の技術者の移動、海外での研究開発、などが挙げられます。

中国では、「科学技術の現代化」は工業、農業、国防の現代化とともに、改革開放の目標である4つの現代化の1つに位置づけられ、政府は一貫してイノベーションを支援してきました。

長い間、中国は技術の大半を海外からの輸入に頼っており、イノベーションとは無縁と思われてきました。しかし国全体のレベルでは、WIPO(世界知的所有権機関)などが共同で発表した「グローバル・イノベーション・インデックス2014」において、中国は143カ国・地域の中で第29位と、途上国の中で最も高い順位となっています。

産業のレベルでは、米フォーブス誌(電子版)は、中国が世界をリードしている8つの産業として、1)マイクロペイメント(少額決済サービス)、2)電子商取引、3)宅配、4)オンライン投資商品、5)格安スマホ、6)高速鉄道、7)水力発電、8)DNAシーケンス、を挙げています。

企業のレベルでは、ボストン・コンサルティング・グループの調査結果によると、2014年の「イノベーション企業ランキング・トップ50」に、中国のレノボ(第23位)、小米科技(第35位)、テンセント(第47位)、華為技術(第50位)の4社がランクインしました。これらの企業は、いわゆるシリコンバレー型の民営企業です。イノベーションが企業成長のカギであることを考えれば、民営企業が中国経済の主役になる日はそう遠くないとみられます。

質疑応答

Q:

中国は、知財の保護についてどのように考えているのでしょうか。

A:

豊富な労働力で経済が伸びるという時代は終わり、これからは中国も、より生産性を高めるためにイノベーションが必要となります。特許出願件数において中国はすでに世界一になっており、この伸び率を考えると、あと5年、10年で国際出願においても第1位になる可能性が大きいでしょう。多くが中国の知的所有権となる段階では、より積極的に保護するようになると思われます。

Q:

近年、経済成長率の鈍化に伴い、中国国内の不動産や製造設備などへの投資過剰が指摘されていますが、ご見解をうかがいたいと思います。

A:

98年以降、不動産が市場化したことで投資が過熱し、近年大きな問題になっています。高速鉄道は、2012年頃に大きな方針転換があり、中央政府ではなく各地方政府の銀行借入などで着工するケースがみられます。

コメンテータ:

不動産市場は深刻な状況にあるとみています。上海、北京の住宅平均価格は平均年収の17~18年分に高騰し、日本のバブル期よりも高い水準といえます。すでに調整段階には入っていますが、どのように推移するかは不透明です。日本の経験に照らし合わせると、この1~2年で雇用調整、設備調整、バランスシート調整を迫られることが予想されます。

中国経済の影響は各国に波及しますが、私はとくに鉄鋼産業の動きに注目しています。世界の鉄鋼の約半分は中国産で、その約半分が建設関連に用いられています。そのため、中国の住宅市場が調整に入ると、鉄鋼生産も需要も減少します。そして単に鉄鋼材に留まらず、鉄鉱石やエネルギー消費、つまり石油価格や石炭価格にもマイナスの影響を与えることが考えられます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。